2015年03月23日

浮き雲 (久々の再鑑賞) .....そして、また逢う日まで


 今日で拙ブログも丸9年を迎えました。

2006年3月24日、初めてここに綴った映画はシネリーブル神戸で観た『白バラの祈り』でした。
あれから9年。後半はいろいろあってアップアップしたものの、佳き映画や小説、旨しお酒にたくさん出会えて幸せでした。

明日からは10年目の第一歩というというところなのですが、今日でこのブログを終了したいと思います。いつか区切りをと考えていて、やっと「今」の決心がつきました。

いつか、今度は映画やお酒にこだわらず私なりに日々の想いを綴るブログが出来たらいいなぁと思っています。その時はここで告知させて頂くかもしれませんのでどうぞ宜しくお願い致します。
それから、お知り合いになれたブロガー様方のところへはこれからも変わらずお伺いさせて頂く積もりです。

皆さんあっての9年間の拙ブログでした、本当にありがとうございました。ぴかぴか(新しい)



さて、最後くらい新作の劇場鑑賞をと思っていたのですが(シネリーブル神戸で『おみおくりの作法』がかかってるしー)、それもいつかの楽しみとしてやっぱりアキ映画の久々再鑑賞レヴューで幕を閉じたいと思います。

『浮き雲』(アキ・カウリスマキ監督 1996年制作)です。

<story>
不況のため共に職を失ってしまった、レストランの給仕長イロナ(カティ・オウティネン)と電車の運転手ラウリ(カリ・ヴァーナネン)の夫婦。二人は次の職が見つからず苦しむが、やがてイロナがレストランを営むという目標を見い出し、共に手を取り合って夢の実現に励む。
           ※story、作品画像とも映画情報サイトより転載させて頂きました。

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とにかく、ラストの空を見上げるイロナとラウリ、そして犬のピエタリの画が何とも幸せに満ちていて、この画像で拙ブログを終わるっていうのもいいなぁという思いがありました。

アキファンなら皆さんご存じだと思いますが、本作は当初マッティ・ペロンパーを主人公として構想されていた作品でしたが、突然のマッティの死により急遽カティ・オウティネンを主役に据えて夫と妻を逆転させたシナリオに練り変えられたものです。
「マッティ・ペロンパーに捧ぐ」ものとして、本作には実際のマッティの3歳の時の写真がイロナとラウリの亡くなった幼い息子として登場し、イロナが傍に佇むようにして決して短くはない時間、画面に映し出されています。
それから最後の方のシーンで、開店したレストランにお客としてやって来るゴミ収集作業員、トラックから下りてくる二人のうち一人は『パラダイスの夕暮れ』でマッティが演じたニカンデルそのものです。天国へ旅立ったマッティ・ペロンパーを悼む思いに溢れています。
彼はアキ・カウリスマキ監督や共演者のみんなにとても愛されていたんだなぁって改めて思うのでした。

夫ラウリ役のカリ・ヴァーナネンはアキの初期の作品の幾つかにも登場し、大好きな作品『ラヴィ・ド・ボエーム』では風変わりな自称・天才作曲家を演じていますが、本作では真面目なんだけど大マヌケなことばかりやっちゃう、でもイロナを愛する気持ちは一杯の心優しき男性として“アキ作品には無くてはならない感オーラ”を放ってくれています。

私は勿論マッティ・ペロンパーは大好きですが、それでも、今この作品は、やっぱりカティ・オウティネンとカリ・ヴァーナネンが演じる夫婦の物語以外の何ものでもないと思えるのです。

イロナとラウリ、二人はめげない。前を向く。
二人を取り巻く経済的状況は変わっても、二人の間に流れる愛情は変わらないから。


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犬のピエタリはキューっと抱きしめたくなるくらいに可愛いし、序盤の映画館での一連のシーンが無表情の中の可笑しみとドン底に陥る直前のささやかな幸福感みたいなものがあってとても好きだし、エリナ・サロとイロナの会話は示唆に満ちているし(青い傘の乗ったカクテル!!)、レストランでのピアノ歌手の曲など相変わらず歌詞をじっくり最後まで聴かせてくれる(その歌詞自体が映画になっている)のがアキらしいし、語りたいことはたくさんありますが、やっぱりラストの空を見上げるシーンにこの映画は尽きる気がするのです。

さあ、私も明日、空を見上げてみよう。



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それでは皆さん、また逢う日まで。ぴかぴか(新しい)



posted by ぺろんぱ at 20:42| Comment(27) | TrackBack(0) | 日記

2015年03月16日

汽車旅の酒 (本)


漸く春を感じられるようになってきました。
春が来て夏が来て、やがて秋が来て再びまた寒くなってくる今度の冬のことは・・・取り敢えず今は考えずにおきましょう。
さあ、春です。

 書物はあれから角田光代さんの小説二冊(一冊は『紙の月』、映画は未見です)を読み「やっぱり角田光代さんもイイなぁ」と思いつつ何故か再び龍小説に戻ってかなりキッツイのを一冊煩悶しながら読み終えてその影響でか谷崎潤一郎のマゾヒズム小説の萌芽と称される幾つかの初期作品を読み、もう私はノーマルな世界を描いた小説は読めなくなってしまうのかと不安がよぎった矢先、実にゆるゆると心地よく通勤車中を過ごせるこんな一冊に出会いました。
吉田健一著『汽車旅の酒』(中公文庫)です。


〈こんな本〉
旅行をする時は、気が付いたら汽車に乗っていたという風でありたいものである―。旅をこよなく愛する文士が美酒と美食を求めて、金沢へ、新潟、酒田へ、そして各地へ。ユーモアに満ち、ダンディズムが光る著者の汽車旅エッセイを初集成。巻末に著者による短編小説二編と観世栄夫の逸文を付す。著者・吉田健一氏は吉田茂元首相の長男である。
                   ※上記解説は書評サイトより転載・抜粋させて頂きました。

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 エッセイであるからか吉田氏の文体の特徴なるもの故か“思いの巡り”をそのまんま語りかけられているかのようで面白く、時にふわふわと眠気にかられてうつらうつらしながらも手はページを繰り続けているという、まるで吉田氏と共にゆっくりと盃を交わしているかの如き一冊でした。
ふらっと何処かへ旅に出たくなり、昔旅先で出会った旨しものを懐かしく思い出してみたりもし、そして何より無性にお酒を呑みたくなります。

とにかく氏は本当によくお酒を呑む御仁のようです。こんなに呑んでいらして身体は大丈夫なのかと思っていると、やはり氏も人間、酷い二日酔いで前日の痛飲を後悔される時も度々あるようでした。吉田茂元首相のご子息でさぞや別世界の贅沢旅と美酒佳肴の話ばかりかと思いきや、意外に目線が低かったりどうでもよいような事にとことんこだわっておられたりするのが、つくづくこの人は呑んで食べて放浪するのがとにかく大好きなオジさんだったのだなぁと故人ながら親しみが湧き出てくるのでした。

あくまで氏の“旅と酒”観であり“旅と食”観であり(それらは切ってもきれぬもの)更に言えば“人生”観であり、他にもっと違う形で旅(或いは人生)を愉しむ人があって勿論よいと思うのですが、この一冊はこの一冊として、私は十分楽しく氏の論に浸りました。

同じ呑んべえ視線でもってう〜んと唸らされたのは以下の二つのくだりです。
■酒に酔うということは旅することに似ている。何処かの店に入って「お銚子」とか「ビールください」と言えばそれで旅が始まる。
■安心できる二、三軒の店でハシゴ酒というのは一定の行程を繰り返すところに天体の運行を感じさせて悠久なるものがある。


ハシゴ酒を悠久とは、いやはや恐れ入りました。
そして「酔うことと旅が似ている」というくだりには、酔っ払って帰路の電車を遥か遠くまで乗り越してもう帰れなくなってその地に宿を取らねばならない状況になったならばそれこそホンモノの旅になるーーーというお茶目なオチも氏はつけておられます。

でもそんなふうにホンモノの旅に化けなくても、何処かの酒場を訪れる小さな旅を私もとても愛おしく思います。そして日々、実践しております。


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こちらは昨年末だったかの寿司割烹、染わかさんでの一景です。
美味しいお鮨とお魚をいただきに行くというハレの気持ちも加味されて、この日の「旅」はいつもよりちょっぴり華やぐのでした。
こちらには3度目のお伺い。何種類かの和酒(冷酒)を季節ごとの画が描かれた和紙の上に涼やかに饗して下さいます。女将さんのいつものさり気ないお心遣いは毎度のことながら心に沁みます。ぴかぴか(新しい)


posted by ぺろんぱ at 21:23| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2015年03月05日

過去のない男 (久々の再鑑賞)



  更新が滞ってしまっていました。
突然の実家事情で慌ただしくしていたり(今はもう大丈夫です)、自分自身のちょっとしたことで少しだけアルコールを控えめにしていた日々(それでも一般女性の平均飲酒量より遥かに多かったと思いますが)でした。

また、先日の友人Mriちゃんからのメールでは (Mriちゃんが)「ノロウイルスにかかって七転八倒の日々だったのよー」とのことで、アルコール大好きの彼女もさすがに完治するまで一滴も呑めなかったそうです。
Mriちゃんのノロ騒動を受けて「やっぱりお酒は呑めるうちに呑んでおくべし」との教訓を得た私です。(もっと違うことを学びなさい、私)

そんな中、独り静かな夜に手に取るのはやはりアキ・カウリスマキの映画。
今回は『過去のない男』(2002年制作)の久々の再鑑賞となりました。


<story>
  ある日列車に揺られ、夜のヘルシンキに流れ着いた一人の男M(マルック・ペルトラ)。公園のベンチで夜明けを待っていた彼は突然暴漢に襲われ、瀕死の重傷を負う。男は病院で奇跡的に意識を取り戻すが、過去の記憶を全て失っていた。身分証もなく、自分の名前すらも分からない有様。しかし、幸運にもそんな彼にコンテナで暮らす一家が手を差し伸べ、男は彼らと共に穏やかな生活を送り始める。そして救世軍からスープが振る舞われる金曜日、男は救世軍の女性イルマ(カティ・オウティネン)と運命的な出会いを果たすのだった・・・。

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                          ※story、画像とも、映画情報サイトより転載させて頂きました。


カティ・オウティネンは本作でカンヌ主演女優賞を受賞しました。彼女はアキ・カウリスマキ作品のミューズですが、私はずーっと「カティってとことん“哀し顔”やなぁ」って思っていました。でも受賞後いくつかの映画雑誌で晴れやかな笑顔と華やかないでたちでカメラに収まるカティを見て、「ああ、やっぱりこの人は“女優”なのだわ」としみじみと感じたのを覚えています。
カティ・オウティネンの主演女優賞だけでなく、その年のカンヌで本作は(パルム・ドールは逃したものの)グランプリを受賞しました。
あ、そうそう、パルム・ドール賞ならぬ「パルム・ドッグ賞」は本作に登場の犬・ハンニバルがしっかりと受賞しましたよ。このハンニバル(本名はタハティ)、実に可愛いのです。そして賢い、空気読む! ハンニバルはこの物語のいわば“幸せの象徴”でもあります。


今回あらためて「やっぱり本作は完成度が高いなぁ」と思いました。アキ独特の“真っ直ぐに見えてちょっと曲がってる”感は前面に出ていなくて、ある意味“王道を行く展開”という言い方もできるでしょう。それでもアキ・カウリスマキ色はたっぷりあって、哀しいけれどどこか可笑しい、どうしようもなく悲惨なのに何故か明日はきっとよくなる・・・そんな気がしてくるのです。

特に本作は最初の悪漢3人以外、悪いヤツは出てきません。それどころか、皆それぞれ実に“善き人”なのでした(あの強欲そうな警官でさえ)。

後半のイルマとMのラヴストーリーも勿論よいのですが、前半のコンテナ住まいの夫婦とのシークエンスは大好きです。
この夫婦、夫も妻もまさに“人生の達人”なのです。
どん底の生活をしている(としか思えない)のにそれを「私たちは運がいい」と言うコンテナ・妻カイザ。 コンテナ・夫ニーミネンは金曜日、シャワーを浴びて(子どもたちがお湯を汲んで屋根から流す)ビシッとスーツを着込んで(くたびれてはいるけどきっと彼の一張羅)、「金曜日だ、食事に行こう。」とMを誘ったのは何と週に一度の救世軍による配給スープの列。笑いを通り越して哲学さえ感じるのです。

「人生は前に進むしかない。でなければつらい。」とはこのニーミネンの言葉。この言葉が本作の全てを物語っているような気がします。人生は凹むことだらけ。でも前を向いて進め。そこにきっと小さな光が灯る、それこそが人生の価値なのだ、とでも言うように。

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プッと吹き出してしまう台詞が随所に。それ以上に含蓄のある台詞が要所要所で心に響く。
「ビールを呑もう、給料をもらった。」
だからちょっとくらい呑んだって女房は文句を言わないさっていうことなのですが、これだけの台詞なのになんで泣けてくるんだろう。

泣けると言えばこの映画、やっぱりアキ作品ならではで「音楽」がとても効いています。エンディングで流れるクレイジーケンバンドの「ハワイの夜」には公開時の鑑賞ではビックリしましたが、私としては終盤のアンニッキ・タハティによるライヴシーン、「思い出のモンレポー公園」の歌が深く深く心に沁み入るのでした。

もう一つ、泣けるサプライズはとあるBARでの一景。額に入った故マッティ・ペロンパーの写真が少なくはない時間ずっと映し出されていました。アキ・カウリスマキ監督の愛を感じますね。

明日潰れるという銀行の受付の女の子の達観ぶりも凄く好きだし、突然ロックに目覚める救世軍のお抱えバンドマン達もキュートだし、エリナ・サロがいつものようにちょっとした役柄ながら画面をビシッと引き締めてるし、久しぶりに観るとやっぱりかなり好印象な一作なのでした。


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さあ、お酒を呑もう。お給料日はまだだけど。
某居酒屋さんでのカウンターにて。
今日の画はなにがなんでも絶対に熱燗でなければ。
本作でのラスト、過去のない男M が お寿司をつまみに熱燗いってますからね かわいい




posted by ぺろんぱ at 20:41| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2015年02月11日

岩合光昭写真展 ネコライオン


 先日の仕事帰りに京都まで足を伸ばし、美術館「えき」KYOTO(ジェイアール京都伊勢丹7F隣接)に『岩合光昭写真展 ネコライオン』を観に行きました。

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岩合光昭さん、イイですよね。猫好きだけでなく動物好きな人は多分みんな岩合さんのファンなのではないでしょうか。
今回の写真展のテーマは「ネコライオン」「ネコは小さなライオンだ、ライオンは大きなネコだ」というものです。

約150点の作品はネコ、そしてライオンたちの様々な暮らし、そしてその生きざまを伝えてくれていて、どれも立ち止まって見入らずにはいられませんでした。
思わず頬ずりしたくなるような愛らしい表情のネコやライオン(ライオンに頬ずりは命がけですが)、クールで哲学的な表情のネコ、冷静に風と空気を読んで来たる狩りの時に備えようとするライオン、漁師さんの放り投げる魚に我れ先にとジャンプして飛びつく猫、壮絶な闘いの果てに収穫した獲物の息の根を止める瞬間のライオンと、彼らの「生」が実にありありとそこに存在しているのでした。某作品のキャプションにあった言葉をお借りするなら「彼らは生き抜く努力をしている」ということなのでしょうね。

岩合ワールドに浸りました。
岩合さん、そしてたくさんのネコライオンたち、佳き時間をありがとう。

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コピーライトマークMitsuaki Iwago ※岩郷さんの作品(絵葉書)の一部を拡大掲載させて頂きました


ウチ猫a.が逝って来月には一年を迎えます。
生きとし生けるネコ、ライオン、いいえトラもイヌもトリもサカナも全ての生き物たち、頑張って生きるのだよー。
そうそう、美術館を出たところには「我が家のネコライオン」を撮ったたくさんの写真がディスプレイされています。どれも愛情がいっぱい詰まった力作でした。


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夜空にくっきりうかぶ京都タワーの姿をスマホで撮りました。
京都の夜酒を楽しみたい気持ちをぐっとこらえて急ぎ足で帰途に着きました〜、もちろん帰宅後は熱燗をぐいぐい。


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あ、こちらの画像は某日の仕事帰り、友人とのちょい呑みです。
天満の某・立呑み店の<風の森・無濾過無加水(生原酒)>です。このお酒、必ずラインナップに加えてあるお店が神戸でも何軒かあって何度か呑みました。確か奈良のお酒で、わりと好きなタイプです。

2月は逃げてゆくー。もう約半分が過ぎようとしていますね、速い速い。
いっつもそんなふうに、ただ思うばっかり・・・。







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2015年02月04日

久々の再鑑賞、アキの映画 「罪と罰」 から 「愛しのタチアナ」


 今日は立春。春は名のみの・・・で、まだまだ寒さから脱せていない気がします。

劇場通いが再開できないまま、またしてもアキ・カウリスマキ映画を夜な夜な再鑑賞する今日この頃です。
先ずは、アキ長編デヴュー作『罪と罰』(1983年制作)これはドストエフスキーの同名小説をモチーフに撮られた作品です。

story
  食肉解体工場で働く青年ラヒカイネン(マルッカ・トイック)。ある日、仕事が終わった彼は、町中でひとりの中年男の後をつけ、ドアが開いたところで男にピストルをつきつける。命乞いの言葉も虚しく、理由も分からないまま殺される男。そこへ、若い女エーヴァ(アイノ・セッポ)が買い物袋を下げて入ってきた。彼女はケータリング店の店員で、この家で開かれるはずだったパーティの手伝いに来たのだ。だが、女はなぜか悲鳴も上げずに彼を逃してしまう。やがて捜査線上にラヒカイネンが浮上するが、彼は巧みに捜査を攪乱して逃げ続ける・・・。

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                  ※story、画像とも、映画情報サイトより転載させて頂きました。

繰り返しますが小説の『罪と罰』を「モチーフ」に撮られたもので「原作と映画化作品」という図式は当てはまらないと思います。少なくとも私はそう思います。

ドストエフスキーの小説『罪と罰』は、二年ほど前に友人Cさんが貸してくれて読みました。ラスコーリニコフの吐露が「何故そこまで?」としんどくて、最後のページを閉じた時には何を学び取ったかというよりやっと読み終えたという感じが先に立ったのが正直なところ。この本は1/3の長さで充分、むしろその方がイイと思った私はドスト作品を読む資格のない大バカ者なのでしょうね、きっと。カラマーゾフの…も読めないままなら村上春樹ファンとしても失格なのかな(涙)。

さて映画。
ラヒカイネンは変化を求め面識のない男を殺します。私怨があったとされる事実も、しかしそれはキッカケに過ぎないのですね。ラヒカイネンは殺人その罪自体は少しも悔いてはいない・・・これはラスコーリニコフと同じですね。ラヒカイネンが本当に殺したかった「道理」は変えられないまま幕を閉じます。
すごくリアリティがあって怖いくらいに刃先が尖っていて、観る者を突き放すかのようなラストはアキファンにとってハードルが高いデヴュー作だと観るたびに思います。ハードルの高さに私なんかは打ちのめされるものの、アキファンとして原点に立ち返る意味で何年かに一度は観返してみると自分の思い上がりに気付ける気がします。ラヒカイネンの最後の冷笑に何を見るか・・・緊張の鑑賞です。

マッティ・ペロンパーはラヒカイネンを救おうとする友人・ニカンデルとして登場します。彼の登場するシーンのみ唯一、不思議な可笑しみがあってちょっと救われます。
ラヒカイネンやエーヴァは勿論、その他にも本作には屈折した人間ばかり登場しますが、私はペンネナン警部(エスコ・ニッカリ)やエーヴァをひたすら追いかけるエーヴァの上司ヘイノネン(ハンヌ・ラウリ)の屈折感には孤独が見える気がします。

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さて、このあと『マッチ工場の少女』(1989年制作)を手に取りかけたのですが、それだと罪と罰に続いて余りに暗くなるような気がして方向転換、『愛しのタチアナ』(1993年制作)を手に取りました。
これはちょっと幸せな気分を味わえる作品です。

story
   コーヒー中毒の仕立て屋ヴァルト(マト・ヴァルトネン)と、彼の友人でロックンローラー気取りの修理工レイノ(マッティ・ペロンパー)は、退屈な田舎町を捨てて旅に出る。途中出会ったエストニア人のタチアナ(カティ・オウティネン)ロシア人のクラウディア(キルシ・トゥッキュライネン)を港まで送ることになるが、彼らは会話することもなく、ただひたすら旅を続ける。そしてついに港に到着した彼らは・・・。

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                  ※story、画像とも、映画情報サイトより転載させて頂きました。

何も起こらないまま旅が続きます。
現実から逃避して束の間夢を見て、また現実に戻されると思うしかない、そんな終盤でレイノはぶっ飛びの台詞を吐きます。これ以上ないストレートなタイトル、まさに愛しのタチアナ、です。たった一度だけ肩を寄せ合ったレイノとタチアナに究極の愛を観るのです。
相棒ヴァルトも小さな愛(の想い出)を得ます。ミシンを踏む彼の日常は変わらなくても、彼の「明日から」にほんの少しの希望が浮かぶのです。

大好きなシーン。
独りぼっちになったヴァルトの、ハードボイルド・ロッカーな自分を夢想したシーンです。レイノとヴァルト、タチアナとクラウディアを乗せた車・ポピエーダがBARに窓ガラスを大破させて突っ込むのです。ハードボイルドにもロッカーにもなれなかったヴァルトの、もう一つの人生がそこで花開いた瞬間でした。いつか、ロッカーズ・スピリットをまとってクラウディアを探しに行く日は・・・来るんでしょうか。

それにしてもレイノは烈しくお酒を呑みます。
コスケンコルヴァ(フィンランドのウォッカ)をまるでミネラルウォーターのように。このお酒は日本では見かけないのですが、いつかボトルで手に入ったらレイノを真似て、ボトルの底を肘にトンと打ち付けてからキャップをあけてぐびぐびラッパ呑みしてみたいです。(喉灼ける??)


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とある日の夕暮れ。
I氏お薦めのワインBAR、attic(アティック)にて40分のサクッと乾杯です。
新梅田食堂街に新しくオープンしたお店です。元CAさん?と思えるようなママさんが迎えてくださるのですが、実はこちらのお店、拙ブログで一度ご紹介させていただいた<ツバメ食堂>というワインBARのママさんの新たなお店なのでした。嬉しい驚きです。

ワインがメインのお店ですが、この日はバス・ペール・エールBeerのあと、竹鶴の17年をストレートでいただきました。竹鶴は大ぶりのテイスティンググラスで饗してくださるのでウィスキーの香りをしっかりと楽しめました。カラメルの仄かな甘みのあるスモークチーズがとっても美味です、クセになります。Iさん、ありがとうございました。

ほんものの春よ、早く来い。ぴかぴか(新しい)





posted by ぺろんぱ at 20:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2015年01月15日

真夜中の虹 (久々の再鑑賞)


2015年。

年末から年始の先日迄で、春樹小説と龍小説から離れていろんなジャンル(アンデルセンの童話から仏教心理学の新書まで)の数冊の書を読み、少し空いた(おもに就寝前の)時間でカウリスマキ映画を幾つか再鑑賞しました。

何度も観ているのですが観る度に新しい発見もあり、展開が分かってるから途中で眠ることもできるのに結局面白くて最後まで観切ってしまう、カウリスマキ映画は「不思議の国」です。
今回ここに挙げる『真夜中の虹』(1988年制作)は、カウリスマキ映画の「MY BEST 5」には入らないものの、「BEST 8」には絶対入れたい作品です。

story
 フィンランドの北の果て、ラップランド。炭鉱の閉山で失業したカスリネン(トゥロ・パヤラ)に真白なキャデラックの鍵を託し、父は自殺する。南を目指すロング・ドライヴの始まり。ヘルシンキに向かう途中、二人組の強盗に有り金全部奪われ、仕方無く日雇い仕事に出たその帰り、駐車違反の切符切りのイルメリ(スサンナ・ハーヴィスト)と出会う・・・。

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               ※story、画像とも、映画情報サイトより転載させて頂きました。

南を目指すカスリネン。
やっぱり太陽の明るさと空気の暖かさは希望をもたらせてくれるのでしょうか。
ラップランドを出てからは結構苛酷な旅であり、海を渡ってその向こうにあるものもきっといいことばっかりじゃないと思う(むしろいいことなんてないのじゃないかと思える)道行きですが、それでも向こう側へ渡らずにはいられない、希望を持っている自分を信じていないと死んでしまうかもしれない(実際父親は自殺しちゃったのだし)、泣いちゃうくらいに哀しい男の物語ですよね。

泣いちゃうくらいに哀しいのですが、やっぱりそこはカウリスマキ作品で、そこはかとなく可笑しみも漂うのです。
銀行強盗の一連のシーンなんてコメディです。考えてみればカスリネンはかなり天然な気質に見えます。ヘンな自信と思い込みの激しさもあって、実はカスリネンは「南」で生きるべき人間なのかもしれません。彼は「何かと悲観しがちな楽観主義者」とも言えるのかな。ああ、そうか、だから悲観的でしかなかったイルメリや刑務所で出会ったミッコネン(マッティ・ペロンパー!!)が彼に惹かれていったのだわ。

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シンプルでドライ。
カウリスマキ監督の作風は相変わらずそんな感じがします。
でもちょっとしたシーン、ワンショットに優しさが溢れていて、たとえ展開に不要なシーンでも大切に撮られていて妙に心に残るのです。
今作では脱獄の際に殴って気を失った刑務官にそっと枕を添えてやるシーンとか、途方に暮れたカスリネンが車の後部シートで小さなオルゴールを回すシーンとか、とにかく愛おしいキラキラがあちこちに散りばめられています。

友人役のマッティ・ペロンパーは本作でもやっぱりイイですよ〜。
それからイルメリの息子役の男の子も。終盤の某シーンで彼がイルメリに「必ず電話して」と告げるところ、切羽詰まった状況下で母親を信じてすがる幼子の切なさが痛いほど伝わってくるのでした。

本当に罪を犯してしまったカスリネンが残念で悔しい。ミッコネンが海を渡れなかったのはそれ以上に悔しい。
だけど、と言うか、だから、真夜中の虹のその向こうに本当の夜明けが来るといい、カスリネンたちに。


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寒い時のジンもオツなものです。アンドレというかなり久々に訪れたカジュアルなBARで、滞在時間40分のサク乾杯です。
今年も呑みます、いえ、呑みたいです。 どうか心穏やかに呑める一年でありますように。ぴかぴか(新しい)



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2014年12月29日

深夜食堂シリーズ3、そして2014年を振り返って


『深夜食堂 シリーズ3』(深夜食堂3)も終わりました。

シリーズ「1」と「2」について過去に拙ブログで感想を書いていましたので、「3」についても簡単に記しておきたいと思います。

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<深夜食堂 プチ解説>
小林薫が演じる繁華街の片隅の小さな食堂・通称「深夜食堂」のマスターと、そこに集う客たちのやり取りや人間模様を心に深く染み入るストーリーで描いていくシリーズ待望の3。
(※プチ解説と画像はドラマ情報サイトよりの転載です。)

深夜食堂3 ********* 登場する料理たち(各話タイトル)**********

   第1話(通算 21話)  メンチカツ
   第2話(通算 22話)  豚バラトマト巻き
   第3話(通算 23話)  里いもとイカの煮もの
   第4話(通算 24話)  紅しょうがの天ぷら
   第5話(通算 25話)  春雨サラダ
   第6話(通算 26話)  ロールキャベツ
   第7話(通算 27話)  しじみ汁
   第8話(通算 28話)  きんぴらごぼう
   第9話(通算 29話)  レバにらとにらレバ
   第0話(通算 30話)  年越しそば


 どれが一番好きかと聞かれたら「第8話 きんぴらごぼう」と即答します。

ゲンと先生が生きてきた別々の人生がある日を境にぐっと近づいてそして一つになって、やがて突然、それは形を無くし永遠のものへと変わってゆく・・・きんぴらごぼうは二人を繋ぐものでした。
これからゲンはきんぴらごぼうを食べる度に泣くのでしょうか。いやそもそも食べられるのでしょうか、きんぴらごぼうを。
ゲンを演じている山中崇さんがとても良いです。この役者さんはNHK朝ドラ『ごちそうさん』の室井さん役で注目されましたね。
役者さんの好演もさることながら、本作で秀逸なのはラストに挿入されたワンショットです。何処かの地で陽の光を浴びてベンチに佇む二人。それはきらきらと輝き儚く消えた夢のようで。とにかく切なく、心の掴まれ感は見事でした。

ラスト挿入のワンシーンで印象深かったのはもう一つ、「第3話 里いもとイカの煮もの」です。
主人公里見ケイ(演じるは石橋けい)が自転車を漕いて坂道を上がり、ふと振り返るシーンです。来し方を振り返り、ケイには今度は自分の幸せだけを考えて生きていって欲しいと思いました。

あと、加えてドラマとして面白かったのは「プチトマトの豚肉巻き」と「紅しょうが天」でしょうか。
最終話「年越しそば」は、最後のお餅つきが大団円で幸福感に満ちていたものの、なんだか常連ファミリー色が強くてちょっと引きました。不器用にと言いますか、ひっそりと年越しをしたい人たちのための深夜食堂でもあるのじゃないかなぁ・・・って。

あ、そうそう、シリーズ1で「謎の男」を演じておられたオダギリジョーさんが今回「交番のおまわりさん」役でゲスト出演されていたのは嬉しいサプライズでした。
「人生なめんなよ」の決め台詞が懐かしい「謎の男」でしたが、今回のオダジョ警官の決め台詞は敬礼付きの「まんざらでもありません」というものでした。
シリーズ「4」も作られるのでしょうか、、、楽しみです。



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さて、2014年も終わろうとしています
戴き物のモエ・エ・シャンドンで独り乾杯です。
皆様にとってもそうだと思いますが私にとってもいろいろあった一年でした。皆様の温かいお言葉に支えられました、本当にありがとうございました。

例年は劇場鑑賞映画のBESTリストを挙げていたのですが今年はそれも叶わず残念です。
それでも、今年1月に映画館で観ることのできた『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』『少女は自転車に乗って』『さよなら、アドルフ』はいずれも忘れ難い秀作でした。

皆様、どうぞ佳いお年をお迎え下さい。
来たる年がよりよきものとなりますように。ぴかぴか(新しい)





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2014年12月21日

続々・龍ワールド


  12月でこんなに寒かったら1月2月はどうしたらいいのだと、真剣に今後の人生まで考えてしまったこの数日間でした。

『Nのために』読了のあとはこの三冊で、相変わらずの龍ワールドでした。
そういえば「Nのために」はドラマも終了しましたね。今回はドラマの脚本力、演出力を実感しましたが、敢えて言うなら、のぞみちゃんのアンドーへの想いの決着をラストにもう一回、しかと見せてほしかった気もします。

さて読了の龍ワールド3冊は『村上龍映画小説集』『村上龍料理小説集』、『海の向こうで戦争が始まる』(何れも講談社文庫 J書店でたまたま講談社文庫の棚の前に立ったのでこうなりました)です。


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『村上龍映画小説集』『村上龍料理小説集』は小説ですが半自伝的要素もあり、『…料理…』の方は内容はともかく軽く読めるタッチですが『…映画…』の方は息苦しい件(くだり)も多く、村上龍という作家が『 69 sixty nine 』時代に生きていた高揚感に満ちた日々から一転、明らかに真逆の方向へと向かう変化を感じました。龍さんのこの手の半自伝的小説やエッセイなどでは、何度か繰り返しその行をなぞり記憶に留め置きたい文章或いは文言に出会うことがあり、そういう言葉を我々に与えてくれる村上龍という人にあらためて唸る思いでした。この二冊は読み物としては純粋に楽しめました。

『海の向こうで戦争が始まる』は文章は流れるように進んでゆくのですが(段落などの区切りが無くいつの間にか複数の世界が交錯します。文章自体は流れるように進むのですが・・・)、描写されているものがとにかくキツかったです。『限りなく透明に近いブルー』のデヴューから本作が二冊目の執筆刊行であるようですが、『限りなく・・・』に負けず劣らず、できれば見ずに過ごしたい類のモノ(或いはコト)をグロテスクにそして執拗に描写し続けます。
追い詰められていくシチュエーションが人間に内在する凶暴性みたいなものをかきたてるかのようで、なんで星の数ほどある書物の中からわざわざこの一冊を選んでこんな不快な思いをしないといけないのかと途中で放り出したい気分にもなりましたが、読み終えてみると不思議とその拒絶感よりも、拒絶感を持ちながらも見続けた「海の向こうの世界」の意味するものをもう少し自分なりに突き詰めてみるべきではないのかという気持ちが湧いてきたりもするのでした。
それは「喉元過ぎれば熱さ忘れる」なのか私がバカで龍イズムの持つ痛みに鈍感であるからなのか実は無意識下でそれに洗脳されつつあるのかそのへんはよくわかりません。いずれにせよ、ここでもう一回龍ワールドから抜け出してみてまた自身の弱さにムチ打ちたくなったら再び戻ってきたいと思っています。

「あとがき」で龍さん自身が「小説は麻薬とそっくりだ」と書いておられましたが、そっくりそのまま引用すれば「村上龍小説は麻薬とそっくり」なのかもしれません。私は麻薬はやったことはありませんけれどね。


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二ヶ月ぶりくらいのWishy-Washyさんでシメイ・ブルーいただきました。
短い滞在時間でしたが楽しゅうございました、美味しゅうございました。

麻薬はやったことないですが、アルコールは私にとっては常習性を伴う麻薬みたいなものでしょうね。

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2014年11月28日

Nのために、そして今年のボジョレー



  龍ワールドから一旦抜け出て今はこちらを読んでおります。
『Nのために』(湊かなえ著・双葉文庫)です。

連ドラのチェックはNHKの大河と朝ドラ、それと少し前から「深夜食堂3」とそれくらいのものでしたが、今回の『Nのために』(TBS、金曜10時)には何故かハマってしまいました。
原作を読むのは最終話を観終えてからにしようと思っていたのですがドラマは何しろ週一の進行なので、辛抱たまらず買ってしまいました。

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登場人物たちは既にドラマで監督氏の演出とそれぞれ演じる俳優さんたちの演技とでイメージが出来あがっているため、すいすい読み進めてしまうところと、逆にドラマから受ける(私が勝手に作り上げてしまった)イメージと食い違うところもあって違和感を感じたり、それはそれで面白いものの、やはり初めに小説に触れていたらきっともっと想像の翼を広げる楽しみがあったろうにと今になってやっとこの本を手に取った自分にちょっと悔しい思いです。

ただ、ストーリーテラー的な役割も担っていると思われる高野茂という男性はどうやらドラマだけのオリジナル・キャラであるようで、そうなると彼が絡む多くの設定がドラマ独自の脚色ということになり、それは少なからず残念に思いました。ドラマでのこの高野の存在が私には❝何かにちゃんと、誰かにちゃんと、見守られている❞という安心感を与えてくれていて救いでしたから。

ドラマで演じておられる俳優さんたちは皆それぞれイイです、とても。
窪田正孝さん、小出恵介さんは以前から好きで、榮倉奈々さんは本作で初めてイイなぁと思えた女優さんです。「N」以外では先述の高野という人物は三浦友和さんが演じておられます。友和さんにやはりお似合いと思う誠実な役柄に安心感と同時にドラマの安定感を感じるのです。

それにしてもこうして同時に(ドラマより本を読む方がかなり出遅れましたが)一つの作品世界に触れていると、湊さんの文章のストレートでぐいぐい来る力と、ドラマの脚色と演出の緩急付けてじわじわ迫りくる力と、両方とも引き込まれます。活字と映像と、まったくの別物ながら共に力を感じます。

「Nのために」、どう着地するのかな。


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  戴き物のボジョレー<ヴィラージュ・ヴァン・ド・プリムール>です、ありがとうございます。
少し冷やして開栓し、グラスに馴染ませてから愛おしく一口、いただいてみました。 香り華やか。ボジョレーっていつもはそんなに美味しいって思わないのですが、これはフレッシュな中にもしっかり感があって美味しかったです。


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もう12月が直ぐそこに。
少し前に撮った実家近くの公園の木々の色づきです。

皆さん、どうぞ佳い12月を。



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2014年11月12日

続・龍ワールド、そして『問題集』(中島みゆき新譜)


街にはいたるところにクリスマスのオブジェが出現。 今年もあと50日足らずかぁ。

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今は引き続き龍ワールドの中にいます。
切り口がシャープで時に辛辣ですが、小説とはちょっと違ってとにかく肩に力を入れずに読めるエッセイ2冊(「すべての男は消耗品である」シリーズからの2冊)、日本古来の昔話に経済から人生に至るまでの投資論を絡めた物語『おじいさんは山へ金儲けに』の1冊、そして自伝ともとれる小説『はじめての夜 二度目の夜 最後の夜』の1冊。
特に『はじめての夜・・・』は“69 sixty nine、大きくその後 ”とでもいうような小説で中々に面白く且つ切なく、一気に読めてしまいました。
一見スノビズムのようで実はその対極的なものがあり、一見センチメンタリズムなようで実はそれをバッサリ切り捨てるような龍さんの感覚があり、偽物ではないピュアさを感じて、龍ワールドには酔えます。
ついでに田口ランディさんの作品で未読だったものを見つけたので(短編集『ミッドナイト・コール』)、それを読み終えたらまた“脳にムチ打ちながら読む龍さん小説”に再突入したいと思っています。


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そんなこんなの中、中島みゆきの新譜『問題集』(40枚目のオリジナルアルバム)を買いました。
<収録曲>
 1.愛詞(あいことば)
 2.麦の唄
 3.ジョークにしないか
 4.病院童(びょういんわらし)
 5.産声
 6.問題集
 7.身体の中を流れる涙
 8.ペルシャ
 9.一夜草(いちやそう)
10.India Goose

ピンクのジャケットはみゆきアルバムで初めて? びっくり。
「3Dの感じでお願いしますって。ピンクのめまい(笑)」とは御本人・中島みゆき談。手にとってみるとこの総ピンクには逆に凄みを感じました。

本作は2曲目にNHK朝ドラ『マッサン』の主題歌「麦の唄」収録、1曲目には中島美嘉への提供曲「愛詞」のセルフカバーです。6曲目の「問題集」以降の5曲は11月15日から始まる<夜会vol18〜橋の下のアルカディア〜>で使われる曲、とか。

いとおしくジャケットを解いて早速聴いてみました。
パワフルなオープニングから次々に曲を、詞を、ひたすら追う。
「問題集」のロックなリズムから一転、「身体の中を流れる涙」の直球‘ド’ストライクの深い❝みゆき節❞には不意を突かれた感じで涙さえにじむのでした。
そして最終曲「India Goose」にはやっぱり圧倒され・・・。
「飛びたて 飛びたて 戻る場所はもうない
 飛びたて 飛びたて 夜の中へ」
リフレインが心に響き続けました。

中島みゆきといえば思い出す、みゆき信者ともいえる全夜会出席のMっちぃさん。今はどうしているかなぁ・・・お元気ですか。


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さて、かなり久々にお伺いした立呑み・酒舛さん(阪神杭瀬駅より北へ徒歩3分)。相変わらず盛りの良いグラスワインとお任せ3種ちょこっと盛りのディッシュ。
ゆるゆると流れてゆく時間です。しかしながらいつも通りの独りサク呑み・滞在時間50分、すみません。美味しゅうございました。



posted by ぺろんぱ at 21:34| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記