2022年06月19日

LION/ライオン ( NHK BS.P.録画鑑賞 )


録画していた(5月30日 NHK BS.P.放送)映画『 LION/ライオン 〜25年目のただいま〜 』( ガース・デイヴィス監督 2016年制作 )を観ました。

いい映画でした。
こういう良作を観ると あーやっぱり映画館でまたいいのを観たいなぁ って思わせてくれます。

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< story >
インドで迷子になった5歳の少年が、25年後にGoogle Earthで故郷を探し出したという実話を映画化。
1986年、インドのスラム街で暮らす5歳の少年サルーは、兄と仕事を探しにでかけた先で停車中の電車で眠り込んでしまい、家から遠く離れた大都市カルカッタ(コルカタ)まで来てしまう。そのまま迷子になったサルーは、やがて養子に出されオーストラリアで成長。25年後、友人のひとりから、Google Earthなら地球上のどこへでも行くことができると教えられたサルーは、おぼろげな記憶とGoogle Earthを頼りに、本当の母や兄が暮らす故郷を探しはじめる。  (※映画情報サイトよりの転載です)

 
  実話というのがやっぱり重いかと。 
「人生って・・・・・。」 
この「・・・・・」にはいろんなフレーズが入りました、鑑賞後には。それは良くも悪くも様々な意味で。

前半はサル―を演じた男の子がとにかく可愛くて、見守るような思いで観ていました。
サル―が成長した後は(青年サル―を演じたのは『スラムドッグ$ミリオネア』の男の子、デヴ・パテルだったのですね、知らなかった)彼が抱える 今の幸福と過去に置き去りにしたものとの葛藤、そしてその葛藤がどこにどんな形で辿り着くのかを、はい、やっぱり見守るような思いで観ていたと思います。
サル―の傍らにいる女性ルーシー(演じるはルーニー・マーラ)が素敵で魅せられ、彼女の心の幸せ、つまりはサル―とのより良き関係も祈らずにはいられませんでした。私、ルーニー・マーラのこと拙ブログの別の映画でも「素敵」って書いた記憶がある…この女優さんはきっと好きなタイプなんだろうなぁって思えました。
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※この画像は映画情報サイトよりの転載です


終盤は果てしなく旅をするサル―。
基本、ロードムービーは好きですが本作のロードは通常の旅とは違う、心の中の旅
それも、記憶をなぞり確かなところに手が届きそうになるのに、その瞬間に身体を揺さぶり起こされてまた現実の振り出しに戻されてしまうような、そんなもどかしさに満ちていて。
苦しく、孤独。それでも風景の映像は美しく、やはりこれはまぎれもなく‘旅’なのだと感じさせてくれました。

再会の物語にも心を打たれますが、実はそれ以上に、サル―が自分の‘今の人生’と対峙したシークエンスがとても良かったです。
養母・スー(演じるはニコール・キッドマン)との向き合い、同じく引き取られた血の繋がらない弟・マントッシュへの心情の吐露。特に養母・スーとの対話は胸に刺さり、それがあってこその本作だったように思えました。
GoogleEarthで故郷を探し出したその事実よりも、サル―がオーストラリアとインドそれぞれの家族と‘家族としてつながる’物語だったのだなぁと感じました。

本作のタイトル「LION/ライオン」の意味が明らかになるラストには込み上げるものがありました。
そして最後に、サル―の兄・グドゥには心の底から深い祈りを捧げたいです、彼がサル―を見失った時の激しい動揺がその死に繋がったのではないかと思うと涙を禁じ得ません。グドゥ、どうぞ安らかに。

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ランチ・ハイボールの画です、知多のハイボは初めて呑みました。
最近ジンのソーダ割りより呑む機会が多いハイボール、銘柄は違えどそれぞれ美味しいなぁと感じます。
そして、紫陽花が美しい季節ですね。
特に、大好きな額紫陽花を見るとつい立ち止まって眺めてしますます。憂鬱になりがちな梅雨の頃もこの風物詩には癒されるものですね。


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2022年06月05日

グレートウォール ( BS12 録画鑑賞 )

 
ブログをアップしようとPCに向かったら何度も何度も不具合でリセット、、、ちゃんと立ち上がるまでに30分以上かかり さすがにもう駄目かと。立ち上がってからも暫くはワンクリックごとにかなりのタイムラグが生じ、何とかアップにこぎつけたものの次回はどうなることやら。アナログ人間の自分に激しく自己嫌悪 です。

録画していた(5月21日 ・BSトゥエルヒ放送)映画『 グレートウォール 』( チャン・イーモウ監督 2017年制作 )をやっとこの週末に観ました。
映画館に行くときは 何月何日の何時の回 という具合にそこに全ての照準を合わせて臨むわけですが、自宅での鑑賞は2時間じっくりテレビの前に座せる環境を整えてからの鑑賞開始となるので、やはりそういうところが案外ハードルが高かったりするのですよね。

さて本作、巷(ネット上)ではあまり芳しからぬ評判のようでした(「巨費を投じたB級映画」とか「ハリウッド・スターを招いてのB級映画」とか「マット・デイモン仕事選べ」とか ^^; )が、そういうジャッジは横に置いておいて 私は難しいこと考えずに‘超娯楽大作’として楽しめました。実は消去する前にもう一回観たいと思ってます。

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< story >
世界を旅するウィリアム(マット・デイモン)ら二十数名の傭兵部隊はシルクロードの中国国境付近で馬賊に攻撃された上に謎の獣に襲われる。生き残ったウィリアムとトバール(ペドロ・パスカル)は禁軍が守る万里の長城にたどり着くものの降伏を余儀なくされる。戦略を担うワン(アンディ・ラウ)によって処刑を免れたのち、ウィリアムとトバールは自分たちを襲った獣が60年に一度やって来る饕餮(とうてつ)という怪物であり、万里の長城がその群れを都に入れないための防壁だと知る。  (※映画情報サイトよりの転載です)

 チャン・イーモウ監督作品ということで映像美(特に色彩的な)は期待通りで、何よりやっぱり、なんだかんだと言っても私はクリーチャーものが好きなんだなぁと再認識した次第です。

色彩の美。本作では目が覚めるような鮮やかなブルー。
ブルーのコスチュームに身を包んだ女性兵士達が饕餮(とうてつ)に挑む闘いは徹底的に統率されたアクロバティックなショーのようで、「おお!そんな闘い方が?!」と目を見張ります(残念ながらあまり効果的とは思えない戦法でしたけど)。
赤の兵士、青の兵士、紫の兵士、クリーチャーが弾け飛ばす血の赤でさえ鮮烈で。そして支配する空気のグレー感がそれらを更に鮮やかに見せているかのようでしたが、本作は圧倒的に 青の神秘 だったと感じました。

饕餮(とうてつ)の造形に、何かしらイメージさせるものはあるにせよ オリジナリティーを感じられたのが先ず良かったです(そこはポイント高いです)。どこか東洋的な魔面でもあり。
饕餮の暴れっぷりはCGなので 何でもあり なのですが、とにかくその群れの数が尋常じゃない、凄すぎます。あんなのが大群で押し寄せて来て いくら人間が知恵と勇気をふり絞ったとしても勝てるはずがありません(・・・でも本作では知恵と勇気で、勝つ)。そこにはある‘鉱物由来のモノ’が関与するのですが、まあ何かしらの 天敵 が存在してこその生物なのですものね。

60年に一度やって来るというのも謎ですが、あれだけの数を思念??のようなものだけで統率できる あの女王饕餮 の存在にもう少し迫ってもらえたら一層楽しめた気もします。エイリアンのマザーのように特別に巨大なわけでもなく、ただ思念を送るだけで(私にはそう見えた)支配できるあの女王をもっと知りたかったです。でも本作の中心はソコじゃないってことなのでしょうね。

アンディ・ラウは甲冑コスチュームが似合いますね、画が引き締まる感じで素敵でした。ウィレム・デフォーは結局は欲深な役どころでちょっと残念でしたが、それも意外性という意味では効果アリだったのかな? そしてルー・ハン、初めて知った男優さんでしたが可愛くて魅力的でした。
最後は美味しいところ全部持ってったマット・デイモンはやっぱりそれなりに仕事選んでるんやと思いましたよ^_^。
2時間、久々に何も考えないで楽しむことができました。はい、きっともう一回観ると思います。

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テラスBeerの画、第二弾。

夏の気分ですが その前に梅雨がありますね。
PCに向かってこれを打ってた先ほど、点けてたテレビのNHKスペシャルで「水害リスク」やってました。
本作『グレートウォール』の饕餮は60年に一度やって来るようですが、毎年何処かしら 〇〇年に一度 と言われるような豪雨による水害に泣く昨今、せめて今年は何処も災害に当たらぬようにと祈ります。



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2022年05月22日

PANTANAL  岩合光昭写真展

   
  明石市立文化博物館での春季特別展『 岩合光昭写真展 PANTANAL - パンタナール 清流がつむぐ動物たちの大湿原 - 』に行ってきました。

岩合さん曰く「パンタナールはぼくの地球だ」。
そしてこんな言葉も。「パンタナールは 地球で 宇宙だ」。
その地球で宇宙の地で何とたくさんの命が輝いていたことか。一瞬一瞬のシャッターチャンスが、動物たちの力強い営みを在り在りと見せてくれていました。
猫の写真展のイメージが強い岩合さんですが、動物写真家としてのその神髄を改めて感じさせてもらいました。岩合さん、ありがとう。

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<展覧内容>
世界最大級の熱帯湿地、パンタナール。大部分はブラジルに広がり、一部がボリビアとパラグアイにまたがります。そのスケールは日本の本州の広さに匹敵し、ブラジル側の大半が「パンタナール保全地域」として世界遺産に登録されています。そして雨季と乾季でドラマチックな変化を見せるこの世界でも希有な大湿原は、多彩な野生動物が息づく世界屈指の生命の宝庫です。世界的に著名な動物写真家・岩合光昭が、ジャガー、カピバラ、パラグアイカイマンをはじめ、多種多様な生き物たちの生態に肉薄。2mを超える大サイズを含む迫力ある約100点の作品により、清流がつむぐ生命の輝きをご覧いただけます。   ※博物館公式サイトより転載させて頂きました。

本展は写真NGでしたので、立ち止まって見入ってしまった幾つかの作品を 拙い私の文字で記させてもらいますと以下のようになります。

◇水上に大きく飛び跳ねるピラプタンガ
◇まるで宇宙人のような面相のアメリカバク
スミレコンゴウインコの鮮やかなブルー!
◇お菓子のキョロちゃんのモデルとなったオニオオハシ
◇水中で相対するパラグアイカイマンのドアップ!
◇夕日をじっと見つめる鉄のうろこのパラグアイカイマン ← 神々しささえ感じた
◇ヌタ場を作るクチジロベッカリーの群れ
◇愛らしさの極み、オセロット
レア親子の縦一列に並んだ移動は美しく且つ微笑ましく
◇翼を広げたダイサギの見事なまでの美しさ
◇鳥たちの‘魚の捕獲’の瞬間 ← あの一瞬をあんなに鮮明に捉えられるなんて!
◇狙った獲物を一瞬で仕留めるジャガー 
 そして食べるために、自分よりも大きいその獲物を川から崖上まで30分もかけて咥えて引き上げるジャガー
 まさに執念。岩合さんは「畏敬の念」と。
◇動物だけじゃない、美しい日没をとらえた一枚も。  
(勿論この他にもたくさんの作品がありました。)

一瞬の躍動、輝きを捉えるために岩合さんはひたすら「待つ」のです。
会場パネルに岩合さんのこんな言葉がありました。
待つ、という自然観察をする上で最も大切なことを教えられた。小さなボートで、容赦なく照りつける熱帯の太陽、肥沃な大地に生きる何種類もの肌を刺す虫たちに取り囲まれながら、待つことの幸せをかみしめた。」

Wildlifeの輝き。岩合さんの生き方も然り、なのですね。

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 久しぶりに再会したmineちゃんと、過去にも一度写真を挙げたことのあるオープンテラス席のあるカフェで軽くランチ。
話に花が咲いてドリンクを追加オーダー。辛抱たまらず私は生ビールをチョイス、うふふ。

 さてさて、今日はいいお天気晴れでしたね。
自分で「衣替え日和」と決めて 朝からユーミンのCDをガンガンかけて衣替えをしましたが、「埠頭を渡る風」で泣いてしまいました 私。
ユーミンの曲の中では勿論とても好きな一曲ではありましたが個人的に特別な想い出があったものではなく、なのに…音楽の力って凄い。


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2022年05月07日

ツユクサ


シネ・リーブル神戸で『 ツユクサ 』( 平山秀幸監督 )を鑑賞しました。
全く事前にキャッチしていなくて、「そろそろなんかイイ映画観たいなー」とリブ神のサイトを検索して、気負いなくふわーっとした感覚で観れそうだなぁと選びました。
ふわーっと観れて、でも「ちゃんと幸せになる」(劇中の台詞)っていうことについて考えさせられました。

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<story>
  小さな港町で暮らす五十嵐芙美(小林聡美)は、気心の知れた友人たちと他愛のない時間を過ごしたり歳の離れた小さな親友・航平(斎藤汰鷹)と遊びに出かけたりと穏やかな日々を送っていたが、彼女がひとりで暮らしているのにはある哀しい理由があった。ある日芙美は車の運転中に隕石に衝突するという衝撃的な出来事に遭遇し、町に越してきた男性・篠田吾郎(松重豊)とふとしたキッカケで親しくなるが・・・。 (※映画情報サイトよりの転載です)

   人間が隕石に衝突する確率は 1憶分の1 とか。
そんなことが起こったら自分の運命(未来)をその出来事に賭けてしまうことはあるでしょうね。実際は何かが変わると‘思い込む’ことが以後の自分を微妙にコントロールしてしまうからだと思いますが。そしてそれは自分の心次第でいかようにもベクトルを変えてしまう・・・この物語の中でも上手くいくように見えていかないことが幾つもありました。 それは隕石に遭遇した芙美に限らず、物語に登場する全ての人たちが、前向きに生きてはいてもいろんな‘上手くゆかないこと’を抱えているのですよね。

芙美が「ちゃんと幸せになる」と決めて本当にその方向へ歩み始められたのは、彼女の中にそれを求め、受け入れる柔軟さがあったから。共感するところはありながら果たして私ならあんな風にふるまえるだろうかと感じる 真っすぐな強さ が芙美にはあって、それが彼女を然るべきところへ導いてくれたのだろうなぁって。「小さな奇跡」は奇跡などではなく、芙美の真っすぐな生き方が招いたものなのだと思いました。
でもそこに‘隕石との衝突’という衝撃的な出来事を絡めたことが‘大人のおとぎ話’の扉を見せてくれたのですね。最後に「それは違うんだ」ってことに芙美自身が気付くのはちょっぴりビター。

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※映画ワンシーン 情報サイトよりの転載です

冒頭にも書いたことですが、容易に運命のベクトルは変わってしまうもの。
過去を背負い、もう決して若くはない芙美の幸を願う気持ちは、物語が進むにつれ私の中で祈りに変わってゆく感じでした。だから彼女が抱えてきた哀しみが結果的に誰かの哀しみと呼応し合えたことが(その相手も「ちゃんと生き直そう」と思い始められたことが)私にはしみじみと嬉しかったです。

松重豊さん、イイですね。最近のNHK『カムカム…』での伴虚無蔵役もハマリ役ながら本作の吾郎さん役も中々に。
渋川清彦さんの‘地味なおとーちゃん役’も良くて、航平との海辺での会話にはグッときました。 断酒中の芙美に水割りを勧めるバーの店主・泉谷しげるさんには あるある の笑い。彼の「昔は捕鯨船に乗ってたんだよー」っていう話がラストでキュッと効きます。
小さな作品ながら、ひなびた港町が柔らかいお陽さんの光に優しく包まれる、作品の舞台と同様にあたたかい映画でしたよ。

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 映画の帰りにふらりと立ち寄ったメリケンパークは雲一つない5月の青空でした。GWの某日で、せめて今くらいは と笑む人たちでいっぱい。 平和の象徴と言われる鳩たちにいろんなことを託したいけれど。



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2022年04月17日

眠れない夜に聴いているCDたち

 
眠れなくなる時ってたまにありませんか。
私は寝つきは良い方なのですが、夜中にふとしたことで目が覚めてから眠れなくなってしまう時があります。

「眠れない夜と雨の日には 忘れかけてた愛がよみがえる」という歌詞のオフコースの曲がありましたが、甦る愛の日々も無いみたいなのでそんな時は安らげる感じの音楽を聴いています。というか、もともと就寝時には音量を小さくして音楽をかけることが多く、就寝時用のコンパクトなCDプレイヤーとCDを何枚かを寝室に置いています。音楽だと灯りを点けないままでよいので。

時々入れ替えしていますが 最近のお気に入りは次の5枚、でしょうか。

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先ずは今ダントツで一番よく聴いているのがセリア・ブライアーの『 やすらぎの音楽〜ケルティック・ハープ 』です。
タイトルからして‘心地よく眠りに誘われます’感に満ちていますよね。友人のNちゃんがコピーして送ってくれたものです(ありがとう)。
ハープの柔らかで優しい音色が奏でるメロディーはノスタルジアにかられるものばかりで、心が何処か遠いところに旅するような感覚に陥りながら眠れている気がします。

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その次はケルトつながりというわけではないのですが、 エンヤです。
『 Shepherd Moon / シェパード・ムーン 』と『 the celts / ケルツ 』。持っているエンヤの4枚のCDのうち今はこの2枚を寝室に持ち込んでいます。こちらも聴きながら異国にトリップできます。そしてそのうちに眠りにもトリップします。昔のCDですが存在感が在り続けているCDです。

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4枚目は(以前にもこのCDのことを拙ブログで書きましたが)ヘイリー・ウェステンラの『 プレイヤー 〜祈りのピュア・ヴォイス〜 』です。
この一枚も友人Nちゃんが送ってくれたもので、以来ずっと寝室に置いています。タイトルにある通り、ヘイリーさんの歌声は本当に美しい透明感があります。クリアヴォイスだけではない、そっと寄り添われている感じさえします。あ、以前このCDのことを書いた拙ブログにも「魂の旅ができる」って書いていましたっけ・・・そんなに旅がしたいのか、私!?

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5枚のうちの最後がこちら、プリファブ・スプラウトの『 ヨルダン ザ・カムバック 』です。
これも随分昔のCDですが、最近ちょっとしたきっかけで聴き直したことがあって、以来 寝室に持ち込んでいます。
結構アグレッシブな曲も収録されているし4曲目の「 We Let The Stars Go 星をきらめかせて 」に至っては名曲過ぎてハートがシビレて逆に一層眠れなくなってしまったりもするのですが、、、パディ・マクアルーンの歌声(ウェンディ・スミスの美しいハーモニーも)が何故か無性に聴きたくなる時があって置いています。パディ・マクアルーンさんの歌声は何か神秘的な響きがあるように感じるのです。

 以上は最近のお気に入り持込みの5枚でしたが、勿論この他にも 夜眠る時に灯りを消して静かに聴きたいなぁと思うCDはたくさんありますし、またそのうちCDを入れ替えて、眠れぬ夜を楽しめるようにもなれたらそれはそれでいいかなぁと思っています。眠れないときの一番良い対処法は‘眠らなきゃいけない’と思わないことだと思いますから。


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桜の季節は‘あっという間’に過ぎ去りました。

かの国々での戦闘は続いたままですね。 魔法が使えたら…などという馬鹿なことさえ考えてしまいます、自分があまりに無力すぎて。




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2022年04月03日

生まれて初めて空をみた セラピー犬<ゆき>誕生物語 ( 本 ) 


先月下旬、ちょっと体調を崩して仕事を一日休んだ翌朝のいつもの出勤路でのこと。
あまり元気なく歩いていたのですが、何やら急にあたり一面が明るい色に染まっている感じに思わず「えっ!?」と声を上げて立ち止まってしまいました。
見上げると周辺の桜の樹々が一斉に開花していて、限りなく白に近い薄桃色の花が辺りを染めて景色を一変させていたのでした。たった一日通らなかっただけでこんなに・・・。
「すごい。咲いたんや。」と小さく独りごちていました。
私としては桜の花には切なく哀しいイメージが付きまとっているのですが、この時ばかりはその命の芽吹きの力にただただ圧倒されました。 ひとつ大きく深呼吸をして再び歩き出した、その一歩は違ったものでした。
桜、今年も咲いてくれてありがとう。

今日は少し前に図書館で借りで読了した本のこと。
『 生まれて初めて空をみた セラピー犬<ゆき>誕生物語 』( ジュリアン出版局 )です。
例によって、他の実用書を借りに行って、その際にふと目に留まって借りた本です(表紙の写真に引かれて)。
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<こんな本>
 毎年20〜30万匹が殺処分される捨てられた犬たち。実験犬として収容される犬もあるが実験が終われば生きる道はない。この物語は、施設の中で生まれ外の世界を知らずに育ったある実験犬が助けられセラピードッグとして活躍するまでを描いた物語です。 ※BOOK情報サイトならびに本書 扉 より引用させて頂きました。
  
本の中の言葉を借りればまさに「命のバトン」でした。
大学の実験施設の技術研究員の「たとえ一匹でも救いたい」という思いから始まって日本レスキュー協会やトレーナー、セラピー犬受け入れを決めた老人福祉施設やそこでの新たなトレーナー・・・強い願いが 見えなかった遠くの光を引き寄せたのでした。
たった一匹のみという条件のもとに選ばれた真っ白な雑種犬(後にゆきと命名される)。
これは物語というより、<ゆき>に寄り添い、<ゆき>の閉ざされた心を開き、<ゆき>の体をボロボロの状態から救いあげた、その‘闘い’の日誌でした。

その生い立ちと境遇から人間に心を閉ざし、全ての自由が奪われたケージの中での日々は体を蝕み、加えてゆきには先天性の持病があることも後に判明します。
本の中には何枚かのゆきの写真がありますが、濁りなき目でカメラを見上げるゆきの顔はとても穏やかで、とても可愛い。
しかしその表情になるまでどれほどの苦悩の日々があったことでしょう、救おうとしている人たちにも、ゆき自身にも。

二度、出てくる文章が強く胸を打ちました。
「生まれて以来一人だけの狭い世界で生きてきたゆきにとって、この人は自分にはかけがえのない人なのだと認識させる必要があった。他の人はともかく、この人だけはこの世で自分のことを真剣に考えてくれているのだと気付かせる必要があった。」というくだり(本書p.77)。
「人間に対してゆきが作っていた壁が大きく崩れた時であった。自分のことを真剣に考えてくれるのはこの人だと、ゆきが気付いたのだった。」というくだり(本書 あとがき)。
やはり、何かを変えるのは‘ 一対一の絆 ’なのだと思いました。

 動物実験があって我々人間の今の医学があり、暮らしの安全があります。
全否定も、それをなかったことにすることも、できません。本書にも記されていたことですが、動物たちへの感謝と敬意は忘れてはいけないのだと改めて思います。
そしてかの地では戦闘が続き、多くの人の命が奪われています。
人間の世界はこのように過酷でありながら、我々が気付いていない、或いは見落としているだけで、小さな他の動物たちの世界にも過酷な世界は存在しているのだと、そんなことも感じました。

 ゆきが生まれて初めて空を見上げることができて本当によかった。そして青く美しい空を、一日でも長く見ることのできる‘ゆきのこれから’であって欲しいと願います。


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白い花に蝶々がとまっているの、分かりますか。小さくて分かりにくいですかね。
ネットで調べてみたら<ツマグロヒョウモン>という種類の蝶々みたいです。

蝶々の世界にも過酷な なんやかや があるんでしょうね、きっと。



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2022年03月20日

あやしい彼女 ( NHK BSP 録画鑑賞 )  


録画していた(2月15日 NHK / BSプレミアム放送)映画『 あやしい彼女 』( 水田伸生監督 2016年制作 )を観ました。
前回ブログに挙げた『 ボブという名の猫 』より前の放送でしたが前後して遅れて鑑賞。多部未華子さんも北村匠海さんも気になる若手俳優さんの一人なので必ず観るつもりでしたが、それにしても日が経ってしまいました。でも観れてよかったです、なかなかの良作でした。

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< story >
女手一つで娘を育て上げた73歳の瀬山カツ(倍賞美津子)は頑固でおせっかいな性格のため、周りからは敬遠されがち。ある日娘と喧嘩して家を飛び出し、ふと入った写真館で写真を撮り店を出ると20歳のときの若々しい姿のカツ(多部未華子)になっていた。カツはヘアスタイルやファッションを一新し名前も節子に変え、人生を取り戻そうと決意。その後、商店街ののど自慢大会で昭和歌謡を歌ったことから……。 (※映画情報サイトよりの転載です)

  何だろう・・・生きて年を取ってゆくって、つまり自分の一生を生き抜くことって、肉体的劣化は否めないけれどそう悪いことでもないんだなー、そんなポジティブな気持ちにさせてくれました。

「私は何度生まれ変わっても寸分たがわず私の人生を生きるよ。」の言葉。

若返って別の人生を歩み始めても自分の核である部分は心にあり続け、節子の中に在るカツとして生きてきた年月の重さを改めて感じたのでした。
表面は書き変えられても大切なもの ー家族を想い守りたいという気持ちー は残り続けるのですね。と言うより、そこが彼女の人生の礎なのですね。

しかし二十歳の女の子にはそれなりの恋も訪れるわけで。
カツが本来の彼女に戻った時の、潔さの陰でにじむ切なさ。
愛しい人(演じるは要潤さん)が節子の失踪の‘何か’に気付いた瞬間の表情が凄く印象深かったです。全てが解ったわけでなくても何かに気付いてくれたのだとしたら、節子としての新たな人生もちゃんと存在していたのだと思えて私は嬉しかったです。

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            ※ライブシーン(映画情報サイトよりの転載です)

 本作、韓国映画『 怪しい彼女 』(2014年日本公開)の日本版リメイクらしいですね。
韓国版は観ていませんが、こちらは日本版ならではの昭和歌謡の名曲がたっぷり聴けるので昭和世代の日本人にはこっちの方が良いかも。
カツの孫として登場している北村匠海さんは、元々音楽をやっている人なのでエレキギターを奏でる姿が自然体でとにかくカッコ良かったです。
エンドロールの終り頃で挿入される「見上げてごらん夜の星を」のライブ映像は必見です。
                 
 ああでも一番ドキッとしたのはやっぱりラストの野村周平さんの登場の仕方、ですかね。
それまでの酸いも甘いもしょっぱい涙も、全部持って行っちゃった感じです。遥か彼方の地平線まで風を切って走って行ってほしい、ふたりで。

それにしても・・・あの不思議な写真屋の主はいったい何者なのでしょう。
カツの切なる想いが産んだ幻だったのか? でももう一人のあの人にもソレは起こったわけで、そう考えるとあれは懸命に生きてきた‘もう決して若くはない人たち’へ遣わされた神様の使者なのでしょうか。
人生は何が起こるか分かりませんね。


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 東日本大震災から11年だなぁと思っていたら同時期にかつての被災地にまさかの大きな地震が二つ。改めて自然災害の怖さも感じました。
とにもかくにもあれから11年。元気で前を向けている人が少しずつでも増えていればいいなぁと思っています。


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2022年03月06日

ボブという名の猫 幸せのハイタッチ & 劇場版 岩合光昭の世界ネコ歩き2 ( 共に、NHK BSP 録画鑑賞 )

 
 猫の日(2月22日)とその前日(21日)に、NHK BSプレミアムで粋な計らいの2作品を連夜で放送してくれていてどちらも録画していました。
21日には『 ボブという名の猫 幸せのハイタッチ 』( ロジャー・スポティスウッド監督 2016年制作 )、猫の日の22日には『 劇場版 岩合光昭の世界ネコ歩き2 あるがままに、水と大地のネコ家族 』(岩合光昭監督・撮影 2020年制作)が放送されていました。
現在『 ボブという名の猫2 幸せのギフト 』(チャールズ・マーティン・スミス監督)が劇場公開中ですが、私は録画したこの一作目をやっと先日観たところ、です。

『ボブという名の猫』は実話を基に作られた映画で、『 劇場版 岩合光昭の世界ネコ歩き2 … 』は猫たちが主役のドキュメンタリ―映画です。
勿論テーマもアプローチの仕方も全く別物の二作品ですが、どちらもそれはもう猫への愛が溢れていて幸せな気持ちになれました。

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< ボブという名の猫 story >
ホームレスのストリートミュージシャンと野良猫の運営の出会いを綴ったノンフィクションノベルを実写映画化。本物の「ボブ」が殆どのシーンでボブ自身を演じている。
ロンドンでプロのミュージシャンを目指すジェームズ(ルーク・トレッダウェイ)は夢を果たせず薬物に依存、家族にも見放されホームレスとしてどん底の生活を送っていた。そんな彼のもとに迷い込んできた一匹の野良猫。足をケガしていたその猫はボブと命名され、ジェームズはそんなボブを有り金をはたいて看病し…。 (※映画情報サイトよりの転載です)

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< 劇場版 世界ネコ歩き2 story >
ミャンマーと北海道の2つの土地を舞台に、流れゆく季節の中で営まれるネコたちの家族愛を描く。ミャンマーのインレー湖では、湖上に建つ小さな高床式家屋で暮らすネコの家族とヒトの家族にカメラを向け、寄り添いともに生きる様子を記録。北海道の牧場では、たくさんの母ネコ、オスネコ、子ネコたちがまっすぐに生きる姿を映し出す。俳優の中村倫也がナレーションを担当。(※映画情報サイトよりの転載です)

 
 『ボブという名の猫 幸せのハイタッチ 』を観て一番に思ったことは、互いが互いの存在を求め手放さなかった事がもたらした力 です。
昨年の12月12日付の拙ブログで 本/『 ぼくのだいじなボブ 』(トム・コーウィン著 )について書いていたのでしたが(あ!あの本に出てくる犬もボブっていう名だ!)、あのボブも「トムと暮らしたい」という明確な、そして切実な意思が感じられたものでした。そしてトムの方にも「ボブと共に生きてゆきたい」という強い想いが。
この映画も同じなのですよね。猫・ボブにもジェームズにも、互いを必要とする強い想いがあったのですね。
絆というのはどちらか一方からの愛、一方からの庇護や依存では成されない、双方で形づくられるものであるのだなぁと、何となくそんなことを感じたのでした。
この映画からは猫・ボブの明確な意思が伝わってきました。そしてそのことがジェームズの心を動かし、彼の人生を大きく変えたのでした。ボブ、サイコーです、主演猫優賞を贈ります。非常に悲しいことに、一昨年、実在のボブは亡くなってしまったそうですね、哀悼。
 ラストのサイン会でジェームズのファンとして登場した男性は実在のジェ−ムズさんでしたね、きっと。そう思うと彼がジェームズに発した言葉「僕の人生そのものだ」が心に響きましたし、そのあと直ぐにカメラが捉えたボブも、本物のジェームズを見る とっても優し〜い表情でしたよねー。なんて素敵な演出。

 『 劇場版 岩合光昭の世界ネコ歩き2 あるがままに、水と大地のネコ家族 』はとにかく猫たちが愛らしいです。それぞれの猫家族にそれぞれのドラマもちゃんと描かれていて、同じ地で暮らす他の動物たちや周囲の人間家族との共存にも互いの世界を浸食しない自然な関係があって、これはもう 保存版!です。
 ミャンマーでの、湖に落ちた仔猫を救おうとする母猫の姿には 岩合さんも語っていらしたけど私も「心が震えました」。時おり岩合さんの語りが挿入されていますが、全編通しての中村倫也さんのナレーションが優しくて心地よかったです。


春先の空 - コピー.jpg

本物の春がそこまで来ているというのに・・・世界情勢は不穏極まりない。



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2022年02月20日

CODA あいのうた


  前回の映画から日が経って、やっぱり映画館で映画が観たくなりました。
当初はノーマークでチラシも持っていなかった本作ですが、『 CODA あいのうた 』(シアン・ヘダー監督)を姫路アースシネマズで鑑賞しました。

ネット上でかなりの高評価のようで、たしかに良質の、総合的に完成度の高い作品かと。
でもそんなことを冷静に分析する以前に、王道ともいえるその展開には素直にハマってしまいました。落涙がマスクに溜まって鑑賞後はマスクを取り替えることになってしまいましたが…。

CODAチラシ - コピー.jpg

<story>
  2014年製作のフランス映画「エール!」のリメイク。
海の町でやさしい両親と兄と暮らす高校生のルビー。彼女は家族の中で1人だけ耳が聞こえる。幼い頃から家族の耳となったルビーは家業の漁業も毎日欠かさず手伝っていた。新学期、合唱クラブに入部したルビーの歌の才能に気づいた顧問の先生は、都会の名門音楽大学の受験を強く勧めるが、 ルビーの歌声が聞こえない両親は娘の才能を信じられずにいた。家業の方が大事だと大反対する両親に、ルビーは自分の夢よりも家族の助けを続けることを決意するが……。   (※映画情報サイトよりの転載です)

 「 CODA 」が「 Children Of Deaf Adults 耳の聞こえない両親に育てられた子ども 」の意だということを、恥ずかしながら鑑賞後に知った私です。

‘聾啞者の家族’という点に触れる以前に根本的に心に刺さったのは、‘家族と言えどそれぞれが持つものは、誰かの、何らかの代償(犠牲という言葉にしたくなかったので代償と書きましたが…同じかもしれませんね…)の上に成り立っている生活であり人生であるのだなぁ’ということでした。それは聾啞者家族であること、そうでないこと、に関わらず全ての家族に言えることかと。なので、私自身も自分の家族であったそれぞれに改めて‘守られていたのであるなぁ’と感謝の念を強くしたのでした。家族の愛と葛藤が交錯しつつ最後にはポジティブな感情が華を見せてくれた映画だったと思います。
ルビーの家族を演じた父親役、母親役、兄役、それぞれは聴覚に障害を持つ役者さんのようで、流麗な手話や合間に発せられる息遣い等がとてもリアルで迫力がありました。脚本、台詞という点に於いても、それぞれがそれぞれにルビーに対しての思いを吐露するシーンがあって、それぞれに ‘兄としての’ ‘母としての’ そして ‘父としての’ ルビーへの愛が痛切に感じられるものでした。海辺での兄とのシーンには「あーやっぱりお兄ちゃんなんやなぁ…」とも。監督の、丁寧で優しさの残る描き方でした。

 終盤に父親の感覚に立った ある演出 がなされます。
あのシークエンスは、もっと時間が割かれてもよかったのではないかと思われたほど私自身の気付きに改めての驚きを禁じ得ませんでした。
青春映画としても音楽映画としてもそれぞれに印象深かった本作だったかと。思い返せば若さゆえのほろ苦い(そしてほろ甘い)シーンとか、遠い記憶に甦る曲たちとか、いろいろと想いを寄せられた本作だったと思いましたよ。( ex. 青春の光と影、The CLASHの歌うI Fought the Law とか。) 良い映画でした。


日めくりだより - コピー.jpg

 前々回(1月25日付)記事で高山なおみさんのドキュメンタリーのことを書きました。
あの後すぐに高山さんのエッセイ『日めくりだより』を図書館で予約していて、やっと順番が回ってきたので読んでいます。

それにしても、、、あー寒い寒い。
夕刻に小雪雪の舞う日が続いていて・・・本物の春まではあともう少し待たないといけませんね。


posted by ぺろんぱ at 19:31| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2022年02月07日

お知らせ

やっと修正が叶いました。
画像容量の問題だったかと…申し訳ありませんでした。(2月13日追記)

申し訳ありませんが、直前の「蕎麦屋」の記事ページからサイドバーが下段に掲示されてしまっています。修正を試みていますが何故か上手くゆかず…見づらいですがご了解願います。
posted by ぺろんぱ at 05:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記