2015年02月11日

岩合光昭写真展 ネコライオン


 先日の仕事帰りに京都まで足を伸ばし、美術館「えき」KYOTO(ジェイアール京都伊勢丹7F隣接)に『岩合光昭写真展 ネコライオン』を観に行きました。

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岩合光昭さん、イイですよね。猫好きだけでなく動物好きな人は多分みんな岩合さんのファンなのではないでしょうか。
今回の写真展のテーマは「ネコライオン」「ネコは小さなライオンだ、ライオンは大きなネコだ」というものです。

約150点の作品はネコ、そしてライオンたちの様々な暮らし、そしてその生きざまを伝えてくれていて、どれも立ち止まって見入らずにはいられませんでした。
思わず頬ずりしたくなるような愛らしい表情のネコやライオン(ライオンに頬ずりは命がけですが)、クールで哲学的な表情のネコ、冷静に風と空気を読んで来たる狩りの時に備えようとするライオン、漁師さんの放り投げる魚に我れ先にとジャンプして飛びつく猫、壮絶な闘いの果てに収穫した獲物の息の根を止める瞬間のライオンと、彼らの「生」が実にありありとそこに存在しているのでした。某作品のキャプションにあった言葉をお借りするなら「彼らは生き抜く努力をしている」ということなのでしょうね。

岩合ワールドに浸りました。
岩合さん、そしてたくさんのネコライオンたち、佳き時間をありがとう。

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コピーライトマークMitsuaki Iwago ※岩郷さんの作品(絵葉書)の一部を拡大掲載させて頂きました


ウチ猫a.が逝って来月には一年を迎えます。
生きとし生けるネコ、ライオン、いいえトラもイヌもトリもサカナも全ての生き物たち、頑張って生きるのだよー。
そうそう、美術館を出たところには「我が家のネコライオン」を撮ったたくさんの写真がディスプレイされています。どれも愛情がいっぱい詰まった力作でした。


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夜空にくっきりうかぶ京都タワーの姿をスマホで撮りました。
京都の夜酒を楽しみたい気持ちをぐっとこらえて急ぎ足で帰途に着きました〜、もちろん帰宅後は熱燗をぐいぐい。


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あ、こちらの画像は某日の仕事帰り、友人とのちょい呑みです。
天満の某・立呑み店の<風の森・無濾過無加水(生原酒)>です。このお酒、必ずラインナップに加えてあるお店が神戸でも何軒かあって何度か呑みました。確か奈良のお酒で、わりと好きなタイプです。

2月は逃げてゆくー。もう約半分が過ぎようとしていますね、速い速い。
いっつもそんなふうに、ただ思うばっかり・・・。







posted by ぺろんぱ at 20:03| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2015年02月04日

久々の再鑑賞、アキの映画 「罪と罰」 から 「愛しのタチアナ」


 今日は立春。春は名のみの・・・で、まだまだ寒さから脱せていない気がします。

劇場通いが再開できないまま、またしてもアキ・カウリスマキ映画を夜な夜な再鑑賞する今日この頃です。
先ずは、アキ長編デヴュー作『罪と罰』(1983年制作)これはドストエフスキーの同名小説をモチーフに撮られた作品です。

story
  食肉解体工場で働く青年ラヒカイネン(マルッカ・トイック)。ある日、仕事が終わった彼は、町中でひとりの中年男の後をつけ、ドアが開いたところで男にピストルをつきつける。命乞いの言葉も虚しく、理由も分からないまま殺される男。そこへ、若い女エーヴァ(アイノ・セッポ)が買い物袋を下げて入ってきた。彼女はケータリング店の店員で、この家で開かれるはずだったパーティの手伝いに来たのだ。だが、女はなぜか悲鳴も上げずに彼を逃してしまう。やがて捜査線上にラヒカイネンが浮上するが、彼は巧みに捜査を攪乱して逃げ続ける・・・。

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                  ※story、画像とも、映画情報サイトより転載させて頂きました。

繰り返しますが小説の『罪と罰』を「モチーフ」に撮られたもので「原作と映画化作品」という図式は当てはまらないと思います。少なくとも私はそう思います。

ドストエフスキーの小説『罪と罰』は、二年ほど前に友人Cさんが貸してくれて読みました。ラスコーリニコフの吐露が「何故そこまで?」としんどくて、最後のページを閉じた時には何を学び取ったかというよりやっと読み終えたという感じが先に立ったのが正直なところ。この本は1/3の長さで充分、むしろその方がイイと思った私はドスト作品を読む資格のない大バカ者なのでしょうね、きっと。カラマーゾフの…も読めないままなら村上春樹ファンとしても失格なのかな(涙)。

さて映画。
ラヒカイネンは変化を求め面識のない男を殺します。私怨があったとされる事実も、しかしそれはキッカケに過ぎないのですね。ラヒカイネンは殺人その罪自体は少しも悔いてはいない・・・これはラスコーリニコフと同じですね。ラヒカイネンが本当に殺したかった「道理」は変えられないまま幕を閉じます。
すごくリアリティがあって怖いくらいに刃先が尖っていて、観る者を突き放すかのようなラストはアキファンにとってハードルが高いデヴュー作だと観るたびに思います。ハードルの高さに私なんかは打ちのめされるものの、アキファンとして原点に立ち返る意味で何年かに一度は観返してみると自分の思い上がりに気付ける気がします。ラヒカイネンの最後の冷笑に何を見るか・・・緊張の鑑賞です。

マッティ・ペロンパーはラヒカイネンを救おうとする友人・ニカンデルとして登場します。彼の登場するシーンのみ唯一、不思議な可笑しみがあってちょっと救われます。
ラヒカイネンやエーヴァは勿論、その他にも本作には屈折した人間ばかり登場しますが、私はペンネナン警部(エスコ・ニッカリ)やエーヴァをひたすら追いかけるエーヴァの上司ヘイノネン(ハンヌ・ラウリ)の屈折感には孤独が見える気がします。

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さて、このあと『マッチ工場の少女』(1989年制作)を手に取りかけたのですが、それだと罪と罰に続いて余りに暗くなるような気がして方向転換、『愛しのタチアナ』(1993年制作)を手に取りました。
これはちょっと幸せな気分を味わえる作品です。

story
   コーヒー中毒の仕立て屋ヴァルト(マト・ヴァルトネン)と、彼の友人でロックンローラー気取りの修理工レイノ(マッティ・ペロンパー)は、退屈な田舎町を捨てて旅に出る。途中出会ったエストニア人のタチアナ(カティ・オウティネン)ロシア人のクラウディア(キルシ・トゥッキュライネン)を港まで送ることになるが、彼らは会話することもなく、ただひたすら旅を続ける。そしてついに港に到着した彼らは・・・。

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                  ※story、画像とも、映画情報サイトより転載させて頂きました。

何も起こらないまま旅が続きます。
現実から逃避して束の間夢を見て、また現実に戻されると思うしかない、そんな終盤でレイノはぶっ飛びの台詞を吐きます。これ以上ないストレートなタイトル、まさに愛しのタチアナ、です。たった一度だけ肩を寄せ合ったレイノとタチアナに究極の愛を観るのです。
相棒ヴァルトも小さな愛(の想い出)を得ます。ミシンを踏む彼の日常は変わらなくても、彼の「明日から」にほんの少しの希望が浮かぶのです。

大好きなシーン。
独りぼっちになったヴァルトの、ハードボイルド・ロッカーな自分を夢想したシーンです。レイノとヴァルト、タチアナとクラウディアを乗せた車・ポピエーダがBARに窓ガラスを大破させて突っ込むのです。ハードボイルドにもロッカーにもなれなかったヴァルトの、もう一つの人生がそこで花開いた瞬間でした。いつか、ロッカーズ・スピリットをまとってクラウディアを探しに行く日は・・・来るんでしょうか。

それにしてもレイノは烈しくお酒を呑みます。
コスケンコルヴァ(フィンランドのウォッカ)をまるでミネラルウォーターのように。このお酒は日本では見かけないのですが、いつかボトルで手に入ったらレイノを真似て、ボトルの底を肘にトンと打ち付けてからキャップをあけてぐびぐびラッパ呑みしてみたいです。(喉灼ける??)


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とある日の夕暮れ。
I氏お薦めのワインBAR、attic(アティック)にて40分のサクッと乾杯です。
新梅田食堂街に新しくオープンしたお店です。元CAさん?と思えるようなママさんが迎えてくださるのですが、実はこちらのお店、拙ブログで一度ご紹介させていただいた<ツバメ食堂>というワインBARのママさんの新たなお店なのでした。嬉しい驚きです。

ワインがメインのお店ですが、この日はバス・ペール・エールBeerのあと、竹鶴の17年をストレートでいただきました。竹鶴は大ぶりのテイスティンググラスで饗してくださるのでウィスキーの香りをしっかりと楽しめました。カラメルの仄かな甘みのあるスモークチーズがとっても美味です、クセになります。Iさん、ありがとうございました。

ほんものの春よ、早く来い。ぴかぴか(新しい)





posted by ぺろんぱ at 20:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記