2015年03月16日

汽車旅の酒 (本)


漸く春を感じられるようになってきました。
春が来て夏が来て、やがて秋が来て再びまた寒くなってくる今度の冬のことは・・・取り敢えず今は考えずにおきましょう。
さあ、春です。

 書物はあれから角田光代さんの小説二冊(一冊は『紙の月』、映画は未見です)を読み「やっぱり角田光代さんもイイなぁ」と思いつつ何故か再び龍小説に戻ってかなりキッツイのを一冊煩悶しながら読み終えてその影響でか谷崎潤一郎のマゾヒズム小説の萌芽と称される幾つかの初期作品を読み、もう私はノーマルな世界を描いた小説は読めなくなってしまうのかと不安がよぎった矢先、実にゆるゆると心地よく通勤車中を過ごせるこんな一冊に出会いました。
吉田健一著『汽車旅の酒』(中公文庫)です。


〈こんな本〉
旅行をする時は、気が付いたら汽車に乗っていたという風でありたいものである―。旅をこよなく愛する文士が美酒と美食を求めて、金沢へ、新潟、酒田へ、そして各地へ。ユーモアに満ち、ダンディズムが光る著者の汽車旅エッセイを初集成。巻末に著者による短編小説二編と観世栄夫の逸文を付す。著者・吉田健一氏は吉田茂元首相の長男である。
                   ※上記解説は書評サイトより転載・抜粋させて頂きました。

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 エッセイであるからか吉田氏の文体の特徴なるもの故か“思いの巡り”をそのまんま語りかけられているかのようで面白く、時にふわふわと眠気にかられてうつらうつらしながらも手はページを繰り続けているという、まるで吉田氏と共にゆっくりと盃を交わしているかの如き一冊でした。
ふらっと何処かへ旅に出たくなり、昔旅先で出会った旨しものを懐かしく思い出してみたりもし、そして何より無性にお酒を呑みたくなります。

とにかく氏は本当によくお酒を呑む御仁のようです。こんなに呑んでいらして身体は大丈夫なのかと思っていると、やはり氏も人間、酷い二日酔いで前日の痛飲を後悔される時も度々あるようでした。吉田茂元首相のご子息でさぞや別世界の贅沢旅と美酒佳肴の話ばかりかと思いきや、意外に目線が低かったりどうでもよいような事にとことんこだわっておられたりするのが、つくづくこの人は呑んで食べて放浪するのがとにかく大好きなオジさんだったのだなぁと故人ながら親しみが湧き出てくるのでした。

あくまで氏の“旅と酒”観であり“旅と食”観であり(それらは切ってもきれぬもの)更に言えば“人生”観であり、他にもっと違う形で旅(或いは人生)を愉しむ人があって勿論よいと思うのですが、この一冊はこの一冊として、私は十分楽しく氏の論に浸りました。

同じ呑んべえ視線でもってう〜んと唸らされたのは以下の二つのくだりです。
■酒に酔うということは旅することに似ている。何処かの店に入って「お銚子」とか「ビールください」と言えばそれで旅が始まる。
■安心できる二、三軒の店でハシゴ酒というのは一定の行程を繰り返すところに天体の運行を感じさせて悠久なるものがある。


ハシゴ酒を悠久とは、いやはや恐れ入りました。
そして「酔うことと旅が似ている」というくだりには、酔っ払って帰路の電車を遥か遠くまで乗り越してもう帰れなくなってその地に宿を取らねばならない状況になったならばそれこそホンモノの旅になるーーーというお茶目なオチも氏はつけておられます。

でもそんなふうにホンモノの旅に化けなくても、何処かの酒場を訪れる小さな旅を私もとても愛おしく思います。そして日々、実践しております。


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こちらは昨年末だったかの寿司割烹、染わかさんでの一景です。
美味しいお鮨とお魚をいただきに行くというハレの気持ちも加味されて、この日の「旅」はいつもよりちょっぴり華やぐのでした。
こちらには3度目のお伺い。何種類かの和酒(冷酒)を季節ごとの画が描かれた和紙の上に涼やかに饗して下さいます。女将さんのいつものさり気ないお心遣いは毎度のことながら心に沁みます。ぴかぴか(新しい)


posted by ぺろんぱ at 21:23| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記