2019年03月27日

まく子   「撒く」には再生の願いが込められいるらしいです


  『まく子』(鶴岡慧子監督、原作は西加奈子)を観てきました。シネリーブルにて。
草g剛さんが出ておられる予告編に惹かれるものがあって。

                      まく子.PNG                

「撒く」ことは風に飛ばされずに落ちてゆくこと。そして落ちてゆくことは美しい、、、これは劇中の言葉です。

撒かれるものたちには消えゆく瞬間の魔力みたいなものがあるのでしょうか。
その魔力みたいなものが再生へとつながるんでしょうか。
でもその「再生への転換」を鑑賞後の今も上手く言葉に表せなくてもどかしいです、私にはそれを解する純粋さが足りないのでしょうね・・・。

子どもはもがいているのね。
でも大人ももっともがいている、と思うのです。

社会に適応しきれない青年ドノ。道ならぬ恋に苦しむ女性チカ。家族を愛しながらも良き夫良き父にはなれない光一(演じるは草gさん)、その妻明美。
親子で楽しむにはきっととてもいい映画だと思いつつ、私はそっち側(上手く生きれてない大人たち)のヒリヒリ感をもっとダイレクトに見たかった気がしました。

でも父子(草g剛さんと山ア光クン)が食卓で向き合うシーンはよかったなぁ。
熱っつあつの白ご飯のお握りを食べたくなったよー、すごく美味しそうでした。(^^)


本作の作品世界、映画化は難しいと言われてきたようです。
原作の西加奈子さんに興味を持ち、映画のあと早速ベストセラーになった『さくら』を購入しました。
早く読みたいのですが、現在村上龍の長編小説『歌うクジラ』と苦闘しているので(まさに苦闘の世界!)『さくら』のページを開けるのはもう少し先になりそうです。


                      TRにて.jpg

いつだったかの、友人夫妻のお店での美味しい白ワインの画。

先日、何故かまだ若かりし頃の清原選手に「休肝日つくってるか?」と聞かれているを見ました。

つくってません。




posted by ぺろんぱ at 18:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記