2019年04月28日

女王陛下のお気に入り     埋めることのできなかった孤独


  『女王陛下のお気に入り』(ヨルゴス・ランティモス監督)をアースシネマズの【プライムシネマ】(本来の上映期間を過ぎた作品を選りすぐり、月に一回一日限定で特別上映してくれる)にて鑑賞しました。
今年3月はじめ頃?にリーブルの神戸で?かかっていた作品だったでしょうか。遅れ馳せながら観ることができてよかったです。

物語は・・・
「ルイ14世のフランスと戦争中のイングランド。揺れる国家と女王のアンを幼馴染のレディ・サラが操っていた。そこにサラの従妹で貴族から没落したアビゲイルが召使として働くことになる。サラに気に入られ侍女に昇格したアビゲイルが生き残りをかけてその野望が芽生え始める・・・(映画チラシより)」 というもの。

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アン女王の孤独が圧倒的に迫り来ます。

演じたオリヴィア・コールマンの演技が見事でした。
サラを演じたレイチェル・ワイズもアビゲイルを演じたエマ・ストーンも、どちらも鬼気迫るものがあったけれど(しかも見惚れる美しさで!)私にはアンの支配欲の裏にあった深い孤独と、権力をもってしてもそれだけは補うことができなかった彼女の悲しい人生に心を持っていかれてしまいました。

本作の「ごめんあそばせ、宮廷では良心は不用品よ」というキャッチコピーは誤解を生みますね。
コピーから受けるイメージ、ちょっぴり棘のある宮廷風刺物語・・・などでは決してなく、人間の欲と愛憎が国の運命を左右するほどの底知れぬ闇を作っていた怖い、そして悲しい物語でした。
アン女王の寂しさと愚かさ・・・いつの世も、寂しい心に邪悪なものは巣喰うのですね。

後味は悪いです。
それは、きっと誰も何ものにも勝ってなどいないから。
激しい闘いの後にただ憎しみと、そして哀しみと諦めだけが残ったように感じたから・・・でしょうか。

この監督の御名は知りませんでした。(知らないことばっかりでほんま自分がイヤになります。)
絢爛豪華なる美の世界がダークな色調で描かれてうっとり、でも怪しさもしっかり。美しいものを観せられているのにそこはかとなくおどろおどろしさを感じる(どことなく変態的な)のはこの監督の独特の世界観によるものなのでしょうか。
映像の視点というかカメラワークも斬新な感じで「スクリーンでの観応え感」を堪能できた作品でした。
後味は悪くとも(←二回も言うな)一見の価値の充分ある作品と感じました。


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たまにはコーヒーの画で。

こちらのお店はビルの上階にあって彩光の窓も大きく好天の日は明るいです。
でもいつも混んでていっぱい。
黙々とPCに向かっている人、商談らしき男性連れ、何かについて真剣に議論してるっぽい学生たち、そこだけふんわり丸いスピーチバルーンがみえている若いカップル、、、20センチほどの距離を隔てて其々の人生があって、、、みんな頑張ってて偉いなあ。

傍らの本は車谷長吉の小説です。
私にとって初の車谷ワールド、心の痛みを伴いますが時折ハッとさせられる文章を噛みしめながら読んでいます。映画化もされてたんですね、この小説。(ほんまに知らんことばかりの私。)
活字での新しい出会いもよいものですね。そういえば龍さんのあの小説にも「移動しづつけることで出会いがあってそこに希望が生まれる」的なことが書かれていたんですよね。車谷長吉という小説家の本を手に取るきっかけをくださったビイルネンさんに感謝します。



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2019年04月23日

洗骨     弔いの原点なのかも…


  少し前に記した『ツナグ』のDVD鑑賞に続いて、図らずも死者との(ある意味での)再会を描いた映画にまたしても出会ってしまう結果となりました。
今回は劇場公開作品で、アースシネマズで鑑賞しました。
『洗骨』、照屋年之監督(←ガレッジセールのゴリさんです)の長編監督デヴュー作品です。


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沖縄の離島・粟国島に残る風習「洗骨」をテーマに家族の絆や祖先とのつながりをユーモアを交えて描いた作品(映画情報サイトよりの転載)です。


 ゴリさんてこんなに美しい画を取る御方だったのですね。
朝焼けの海、夕日を浴びて海風にふかれるブランコ、、、ピュアな人なのだろうなぁと思います。
物語も、伝えたいことを真摯に届けようとして下さっているような真っ直ぐな誠意のようなものを感じました。観終わってとても優しい気持ちに包まれました。

お笑いのプロでもある監督さんですから随所に笑いが織り込まれています。特に東京からやってきた亮司(鈴木Q太郎)を巡る笑いが多いのですが、私はQ太郎さん好きだしイヤミのない笑いばかりだったと思います。

洗骨という風習を私は初めて知りました。
その人の「死」から四年後、一旦風葬にした墓から近しい人々が集まって自らの手足で遺骨を取り出し、一つ一つを奇麗に洗って再び葬るのですが、その過程が丁寧に、清々しささえ感じられるように描かれています。
あー、死者を弔うってこういうことなのだろうなぁと思いました。そして、死者のいる場所は幾日幾年を経ようと案外近いのかもしれないなぁ・・・って。

「祖先とはつまり自分自身。これからの命を繋ぐということ。」とは劇中語られる監督の言葉です。
ラストのまさに「繋がれる」瞬間、近親者たちの想いが一つになったんでしょうね。


水崎綾女さんという女優さんには初出会いでしたがとても心惹かれるもがありました。
大島蓉子さん演じる信子さんのキャラがとにかくすごい。
日本の女、日本の母、その原点を見た気がしました。こんな人がそばにいてく入れたらきっと全てが上手くいくと確信しました。
あと、、、奥田瑛二さん演じる信綱さん!
久米仙をコップ(オリオンビールのコップ!沖縄ですねー!)に並々注いでストレートで一気呑みというのはあかんです、久米仙30度ありますから。でも久々に泡盛を呑みたくなったのは正直な話です。


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泡盛ストレートには及びませんがこちらのお店のハイボールは結構濃い目に作って下さっていて私は好きなのです。立呑みですがやはり今回もお独り様で。
Nママさん、久々にお会いできて嬉しかったです。ありがとうございました。




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2019年04月19日

荒野にて      チャーリー・プラマーにひたすら魅せられる


 予告編を見たときからこれは観に行きたいなぁと切実に思っていました。
『荒野にて』(アンドリュー・ヘイ監督)です。シネ・リーブルにて鑑賞。

  天涯孤独な少年と、走れなくなった競走馬。
希望を求め、絶望のふちを行く彼らの旅路は――。 (映画チラシより)

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 少年チャーリーを演じたチャーリー・プラマーの鮮烈な輝きが先ず本作の大きな大きな魅力。ひたすら魅せられました。それから、彼と一頭の馬が旅をするアメリカ北西部の大自然の美しさ。

それらの輝きと美しさに張り付くように在る悲しく辛い出来事の数々には、生きることの過酷さを見せつけられます。
レースに惨敗し苦役の果ての殺処分が待つ競走馬ピートに自分自身を重ねるチャーリー。少年少女と呼ばれる年代の子には無条件に、絶対的に愛されるということがやっぱり必要なのだなぁーって思いました。

「居場所がなくなったら何処にも行けなくなる」
これは中盤に登場する、父親に愛されず精神的に囚われの身になっている少女の言葉です。
ギリギリの状況下でもピートと共に旅をすることができたチャーリーにはまだピートという居場所があったわけで・・・ピートを失うとともに希望を失ったチャーリーの慟哭には私も観ていて呼吸がしにくくなるほど辛かったです。
ピートにとっても、チャーリーからの愛だけでは満たされない動物としての「自由、居場所を求める本能」が恐らくあって、それがあの事故を招いてしまったと私には思えました。辛いです。

終盤の「ピートに会いたい」の一言には落涙を禁じえません。


馬の持ち主であった老匠デルからピートを無断でさらった事も含めチャーリーは逃避行の中で(生きるためとはいえ)幾つかの罪を犯してしまいます。それらの罪と向き合う覚悟も感じさせたチャ−リーの言葉が最後に紡がれたことで、安堵すると同時に長い長い先の彼の幸せを祈らずにはいられなかったです。
やっとチャーリーも愛される場所を見つけたことで、どうか自分を責めるような「あの悪夢」はもう見ないでほしいと強く願いました。

スティーブ・ブーシェミを久々にスクリーンで観れたことは喜びでした。
ブーシェミさん演じるデルが彼のもとを去ったチャーリーをずっと探してくれていたのだとしたらいいなぁと切実に思いました。

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珍しくお洒落なグラスでランチビールをいただきました。
グリーンのボトルが来たる初夏を感じさせてくれますね。

夏は大好きな季節なのだからこのまま止まってちゃいかんのだけどなぁー、私。





 
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2019年04月13日

ツナグ(DVD鑑賞)    本当につながる人にはつながるようになっている


   遠方に住む友人がお便りと共に薦めてくれた2作品をDVDレンタルにて鑑賞しました。
『ツナグ』と『湯を沸かすほどの熱い愛』の2作品です。
『ツナグ』(平川雄一朗監督 2012年制作)について少しだけ書きます。

死者とその死を悼みもう一度会いたいと願う人を一度だけ再会させる力を持つ“ツナグ”と、彼に願いを託した人たちの思いの行方を描いた作品です。

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 人は誰か、或いは何かの不在によってちょとずつ何かが奪われて、代わりに別の何かがちょっとずつ積もっていくような、そんな気がします。
どこかで心の折り合いをつけられたらいいし、叶うならやっぱり、たった一度だけでもいいからもういないあの人、あの猫、あの犬に再会したいと心から私も思います。
例え残った者の自己満足にすぎないのだとしても。

本作にはいくつかの死者との再会がありますが、私としては美砂(橋本愛)と奈津(大野いと)との再会を巡るシークエンスが印象に強く残りました。

美砂の言葉「会ったことは…後悔してないよ」が重く響きました。
  会ったことは後悔していない、と思います。
  後悔しているのは「本当のことを言わなかったこと」だから。
  そしてそれを言える機会はもう二度とやって来ないのだから。
美砂は一生消えないものを背負ってしまったんですね。
それは自分が決めて臨んだ再会の場がもたらしたことだし、彼女が背負わなければならなかったことだと思います。それでもいつか、出来ることならばいつか、それを何らかの形で生きてく糧に変えていってほしいと願います。
私にとっても死者への想いはいつでも「ありがとう」と「ごめんなさい」のワンセットです。

いつか原作(辻村深月さん)を読んでみようと思いました。

やっとやっと、龍さんの『歌うクジラ』(上・下)を読了しましたからね。
本作もやっぱりキツかったー。
龍小説を読むたびに思うのです。秒速の描写が延々と続き性と暴力の描写はこの上なくグロさを極め字面を追えずページを繰ることが苦しくなる・・・にもかかわらず最後に一瞬、清らかな光を感じるのはどうしてなんだろう・・・って。
何故か囚われてしまう魅力を持つ作家氏だと思います、龍さん。
村上と言えば春樹ファンの私ですが、龍さんへの想いも尽きません。

今は先日のブログで記していた『さくら』(西加奈子)を読み始めていますが、そのあと『ツナグ』を手に取ってみたいと思います。
Mriちゃん、映画のご紹介をありがとうねかわいい 『湯を沸かすほどの熱い愛』には落涙でした。


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いつだったかのジンライム。
きっとこの先すぐにジンの夏がやってくるのだろうなぁ。ぴかぴか(新しい)







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2019年04月06日

第三世代    意思と表象の世界とは?


 かなりの久々だった元町映画館を訪れてみたくなりまして行ってきました。
元町映画館へ行くのがメインテーマだったのでその時間にヒットした作品がこちらでした
『第三世代』(ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督、1979年制作、日本初公開)
です。  

意志と表象としての世界。
ニュー・ジャーマン・シネマの鬼才ライナー・ベルナー・ファスビンダーがただ目先のスリルだけを追い求める「第三世代」のテロリストたちを描いた作品。(映画チラシより抜粋)
※「意思と表象の世界」はテロリストたちの合言葉として何度か登場する文言です。

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 私にとって初のファスビンダー映画はかなり難解でした。
当時にしてかなり前衛的と思われるオープニングは挑戦的な感じで、文字と音が溢れてきていきなり身構えてしまいました。心して観ないと置いて行かれる気がして。

そして、心して観ても理解しきれず終わりました。

何となく感じたことは登場人物の誰に対しても共感を持ちえなかったこと、そして監督自身がそれを意図しているかのようであったこと。監督自身が誰に対しても非常に冷徹な眼差し或いは嘲笑めいた眼差ししか持っていないかのようであったこと、です。
権威至上の俗物、物質と性の支配、裏切りと死、愚鈍さと孤独、その描かれ方は時に誇張的で時に滑稽でもありました。そして結局は誰もが何をも成し遂げないまま物語は終わる・・・。
監督はこの時代に、人々に、自分も含めてこの世界に生きることに、すべてに怒りを抱いているかのように感じました。

だから、1982年に若干37歳でこの世を去っているこの監督の「人」として生きた日々に思いを馳せてしまいました。
極端な厭世家と思いきや短い生涯に44本もの監督作品を残し、二度の結婚をし愛人までいたらしいファスビンダー氏、生き方が破壊的だったということなのでしょうか。
同性愛者としての面もあり、性的マイノリティーとしての苦悩は少なからず作品に影響も与えたのではないかと思います。今回の別の上映作『13回の新月のある年に』(1978年制作)はまさに性的少数者として苦悩する男性を描いた作品で、とても観たかったのですがこちらは既に上映終了。センセーショナルな映像が挿入されるかなりの「問題作」とのことなので鑑賞に耐えられなかったかもしれませんけれど。

理解できなかった割りには何故か後を引くファスビンダー映画でした。


それにしても久々の元町映画館はやっぱりワクワクしました。
この感じ、いいです。


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新しく出来たお店に入る時も外観から感じる何となくのワクワク感って大事です。
偶然見つけた新店に思い切って入ってみました、立呑みですがお独り様で。

まだこうしてワクワクしてお酒が呑めるならこれからも頑張れるかな、もうちょっとだけでも。




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2019年04月03日

翔んで埼玉    意外に深い


『翔んで埼玉』(監督はテルマエ・ロマエの武内英樹監督、原作はパタリロの魔夜峰央)を観てきました。アースシネマズにて。
埼玉への自虐的笑いで大ヒットした(らしい)魔夜峰央さんの漫画を実写化したコメディ映画。
オープニングシーンに魔夜峰央先生、怪しげにご登場です。

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  シュールなギャグは、もう突き抜けているというかメーターが振り切っているというか…ハイテンションが2時間近く続くこの映画、監督も役者さんスタッフさんもさぞや大変だったことでしょう。特にGACKTさんの成りきり振りが凄い。もうGACT様じゃなくて麻美麗様にしか見えない。

埼玉県の映画館では満員御礼状態とのことで県民の方々 は作品エッセンスに郷土愛を感じ取られたのでしょうか。…愛の表現はかなり過激でしたが (^^; 。

東京テイスティングのくだりは原作には無いらしいのでその取材力たるや、いやはや凄い。踏み絵ならぬ踏み煎餅も笑えたけれど千葉県との出身者対決のくだりは同列で鑑賞していた人が飲み物噴いてました。
それでもやっぱり表現過激でアブナイ。エンディングのはなわさんの歌に何故か一番安心して笑えました。

笑いの裏でちょっと切なかったのは埼玉県民の方々の海に対する憧憬が痛いくらいの描かれていたことですね。海ってやっぱり生命の源みたいに人間のDNAに組み込まれているのかなぁ…。

そしてそして 実は県民による「埼玉化計画」が着々と進んでいる??
鑑賞後の今は 「何も無いけど いい所!」の埼玉を訪れてみたくなってます、私。



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  ふと降り立った某市の大型ショッピングモール内のペットショップでの出会い
生後2か月のマンチカンの男の子です。
スタッフさんに「抱っこしますか?」と聞かれましたがそんなことしたら別れ難くなるので見つめ合うだけにして帰りました。
ええ人に貰われて幸せになるんやでー、元気でなー。ぴかぴか(新しい)


posted by ぺろんぱ at 19:04| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記