2019年05月09日

ドント・ウォーリー     でも乗り越えるのは自分自身


 お日さんのもとでは暖かい、でも日陰ではひんやり。
風は爽やかだけど時にまだちょっと身構えてしまう。

そんな連休終盤の某日、『ドント・ウォーリー』(ガス・ヴァン・サント監督)をシネリーブルで鑑賞してきました。
ガス・ヴァン・サント監督の最新作でありホアキン・フェニックス主演ということで期待値がとても高まっていました。

 59歳で他界した実在の風刺漫画家ジョン・キャラハンの半生の物語。
アルコール依存症のキャラハン(ホアキン・フェニックス)は事故に遭い一命はとりとめるが胸から下が麻痺し車椅子の生活を余儀なくされる。絶望と苛立ちで益々お酒に溺れる彼だが、いくつかのきっかけを得てやがて不自由な手で風刺漫画を描き始める・・・・・というお話。(映画チラシより)

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  ジョン・キャラハンは事故遭遇前から重度のアルコール依存症だったみたいでそこに重度の身体麻痺が科せられて「絶望」以外の言葉が浮かばない現実はかなり息苦しいですが、映画としてはジョン自身の破天荒な生きざまの実像が大胆かつユーモラスに描かれていたりもします。

ジョン・キャラハンの周囲の人間が彼と適度に距離を保った関係性でした。
グループセラピーの指導者であるドニー(ジョナ・ヒル)ですら全面的に手を差し伸べているわけではなくてその関係性は比較的ドライに描かれています。ドニー自身も問題を抱えていて(であるからこそ彼も過去にアルコール依存症に陥って)依存症に苦しむ人たちを救おうとすることで彼自身も救われている気がしました。長い長い道程、やっぱりエンドレスなんですよね依存症の治療は。

自己憐憫からは何も生まれない、まず自分自身が変わらないと何も進まない。
これは依存症でなくたって車椅子生活でなくたって言えることですよね。
誰かのせいにして誰かに救ってもらうことだけ考えてちゃ結局はどこにも行けないんですね。まあそうはいっても自分の根っこにあるものを掘り起こしてそれとガチで向き合うって中々難しいことですけれど。

「許す」ということが自己再生に繋がるというセラピーのプログラム。
「他者を許す」ことが出来たら次なる最終ステップは「自己を許す」こと・・・らしい。
自己を憐れんでいる以上、そして過去の自分に固執している以上、それは許したことにはならないと思うわけで・・・やはりそこがジョンにとって最も高いハードルだったのしょうね。


でもとにかくジョンは難しい局面を何とか乗り越えたわけです。
あんな素敵な恋人(演じるはルーニー・マーラ)ができるのも、高ハンサム度だけではない、ジョン自身の生きることへの底力があったからなのでしょう、きっと。(エンドロール時に映し出された実際のキャラハン氏、とてもハンサムでした。)

終盤の、漫画を描くことに活路を見出す過程の演出に物足りなさを感じたのは私だけでしょうか。今一歩のところで映画の世界に酔いきれなかったのはちょっぴり残念でした。
でも最後の、「ああなるほどここに繋がっていたのか…」と思えるシーンに何となくこの監督らしい透明感のある空気を感じて「やぱり映画館で観れてよかったなー」って思いましたよ。


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劇中にドニーが何度も口にする「Drink water!」の言葉。
村上春樹さんの小説・エッセイで何度も目にする「ゆっくり歩け、たくさん水を飲め。」を思い出しました。

もっと直接的な意味で ですが、私は毎日たくさんお水を飲むよう心がけています。たくさんお酒を呑むので。

アルコール依存症からの脱却を描いた映画の後で恐縮ですが、私にてとってはこれも大切な「命の水」なのでお許しください。  



posted by ぺろんぱ at 19:17| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記