2019年06月07日

希望の灯り     ブルーノが残した願い


こちらも楽しみにしていた作品です。
『希望の灯り』 (トーマス・ステューバー監督)をシネ・リーブルにて鑑賞しました。

1989年ベルリンの壁崩壊、1990年東西再統一。
旧東ドイツ・ライプティヒを舞台に、社会の片隅で生きる人々を描く。巨大スーパーマーケットで働く無口な青年クリスティアンを主人公に互いを支えあう、心に傷を持つ人々のささやかな幸を映し出した物語。
(映画情報サイトよりの転載です)


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 エンドロール後に残る、この深く静かに心に寄せてくる余韻は何なのでしょう。
激しく打ちのめされる展開もありながら、その“出来事”をも登場人物たちが悲しみながらも静かに心のうちに抱合させてゆくのです。

太陽の光でない人工灯のもとでの労働、太陽が沈み街頭さえも消えた真夜中の帰宅。
彼らにとっての家は安らぎの場ではなく「翌日再び帰り着くためだけの眠り」を取るための場所でした。
それぞれが抱えるそれぞれの事情。

「どんな一日だった?」
「良かったよ。」
叶わぬ夢も悲哀も全て飲み込んでただこれだけの挨拶を交わす職場の仲間たち。ふざけあう会話には興じても相手の傷には決して触れない。哀しみを抱えて生きてきたから分かることがあるのですね、きっと。

軸として描かれていた クリスティアン(フランツ・ロゴフスキ)、マリオン(ザンドラ・ヒュラー)、ブルーノ(ペーター・クルト)。
この三者の、触れ合うようで触れ合わない関係性が切なすぎるくらいに切ないです。

東西統一の陰で自身の中に抱えた深い喪失感をぬぐい切れず、ブルーノはあの「覚悟」を少しずつ固めていったのでしょうか。
何かを諦めた人には時にゾクッとするほどの静寂感を秘めた佇まいを感じることがありますが、まさにブルーノがそういう人でした。
ある覚悟を決めて、彼はクリスティアンとマリオンに手を差し伸べてくれたのですね。
彼が二人へ残した「願い」こそがまさに「希望の灯り」だったのだと思いました。


 暗く灰色がかった青い空気を映す映像美には旧東ドイツに生きる人々のどこにも行けない閉塞感みたいなものが漂っていて、クラシックと様々なジャンルの現代音楽の cool! な曲たちが其々のパートの物語を深く彩ってくれていて、映像的にも音楽的にも独特のセンスが溢れる映画だったと感じました。

出演者に惹かれるところも大きかったです。

実に「忘れがたい一作」になりました。

 

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老舗の酒屋さんの女将がやっておられる、地元以外でも名を馳せる某立ち飲み屋さんにて。私も電車に乗ってこのお店に来ます。
<角ハイ濃い目>のあとは女将さん本日のお薦めの<小鼓・純米吟醸>を冷酒で。コップ酒です、並々と注いでくださいます。

本作『希望の灯り』の中でも、労働を終えて仲間たちが「ビールを飲みに行こうぜ」的なこと言ってましたっけ。
朝からお昼すぎ迄、そして夕方から夜まで再び開店のこちらのお店、日々きっといろんなドラマがあるのでしょうね。



posted by ぺろんぱ at 20:13| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記