2019年10月31日

ドリーミング村上春樹     「ムラカミ的シュンカン」に酔う


  シネ・リーブルで『ドリーミング村上春樹』(ニテーシュ・アンジャーン監督)観てきました。
村上春樹作品を長年に渡りデンマーク語に翻訳し続けている翻訳家メッテ・ホルムさんの姿を追ったドキュメンタリー映画です。春樹作品ファンとしてこれは外せませんでした。

★こんな作品★ 
    1995年に村上春樹の小説「ノルウェイの森」と出会ったメッテ・ホルムは、20年以上にわたり村上の小説をデンマーク語に翻訳している。これまで村上の小説は世界で50言語以上に翻訳されてきたが、英語本からの翻訳はあってもメッテのように日本語から直接翻訳するスタイルは珍しかった。メッテは「風の歌を聴け」の翻訳作業をする中で、作中のある文章に思い悩む。村上春樹の世界に触れるために日本を訪れたメッテは、村上の故郷・芦屋の町を歩き、小説の舞台となった場所を巡り、村上春樹の世界に自らを浸らせていく。         ※映画情報サイトより転載


                       ドリーミング チラシ - コピー.JPG


 
  かえるくんが登場して語り始めた時、これはメッテさんの姿を追うドキュメンタリーであると同時に春樹さんの作品世界を幻想的に描くフィクションでもあるんだと思いました。

メッテさんは春樹作品と深いところで交わっています、それは文字通りの交わり。
翻訳という行為を通じて春樹さんを愛し交わっているのだと感じました。メッテさんの眼差しやちょっとした会話の端々から、それが同じ春樹作品に魅せられた者である私にも伝わってくるのでした。
たったひとつの言葉の訳語に思い悩み世界中の春樹作品翻訳家と議論を重ねる彼女。
翻訳本の装丁で試作本に対し「この色はハルキが好きじゃないかも」と作り直しを要求する彼女。
全身全霊で春樹さんの世界を自国語に変換しようとするのは愛以外の何ものでもないのです。


かえるくんは春樹さんの短編小説「かえるくん、東京を救う」に登場します。
『神の子どもたちはみな踊る』(新潮社)に収められている一遍で、とても印象深い、私も大好きな短編作品の一つです。
小説でかえるくんが何度か片桐(主人公)に語りかける言葉が映画でもかえるくんの台詞として描かれています。理解し共に闘うという意味に於いて、かえるくんと片桐の関係は村上春樹(作品)とメッテ・ホルムさんの関係と同じなんだって感じました。


ピンボール、ジャズバー、深夜の公園、空に昇る二つの月、滑り台、首都高速。
初期作品や1Q84に登場するアイテムやシーンです。
滑り台の上に座って二つの月を眺めるかえるくんの姿とメッテさんが振り返ってそれを見る姿(でもメッテさんにはかえるくんの姿は見えていない)が交錯するシーンは、今思い返しても全身がゾクっとするほどの「ムラカミ的シュンカン」(メッテさんの造語)でした。異次元でつながった瞬間です。


「完璧な文章などというものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね」
メッテさんはそこに「完璧な訳語」を探し求めて、身体も心も春樹さんの世界を旅するのです。

「孤独の中で成長する村上作品の人物たち」とはメッテさんの言葉です。
内面の自分と外に向かう自分、その「二重性」は現実の自分と時を超える自分との平行世界(パラレルワールド)に通じるのだというメッテさんの分析(とても愛ある分析)には、私もなるほどなぁって素直に頷く思いでした。柔らかいお声の穏やかな口調で語られるメッテさんの言葉の響きは春樹作品に触れる時の感覚とどこか似ている気がしました。

60分という短いこのドキュメンタリーですが、まさに春樹作品の魅力でもある現実と幻想のパラレルワールドに酔える作品でした。
メッテさん、そしてアンジャーン監督、ありがとうございます。ぴかぴか(新しい)



                        舷 白ワイン - コピー.jpg

 
いつだったかの、和食に合わせた優しい感じの白ワインの画です。美味しゅうございました。

美味しいお酒とともに自分の好きな小説作品や映画や音楽や、そんなのについてゆっくり語り合える時間があったらいいですよね・・・。ぴかぴか(新しい)



posted by ぺろんぱ at 20:03| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記