2019年12月29日

家族を想うとき    これ以上何が必要なんだろう


  シネリーブルで『家族を想うとき』(ケン・ローチ監督)を観てきました。
ケン・ローチ監督作品ということでそれなりに身構えて臨みましたが、やはりずしりと重く残った作品でした。
年末に(しかも個人的なことを言えば仕事のことであれこれ考え込んでいる今のこの時期に)えらい映画を観てしまったなぁ・・・と。しかしそれも今後の何らかの道標になるかもしれません。


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story
  イギリス、ニューカッスルに暮らすターナー家。フランチャイズの宅配ドライバーとして独立した父のリッキーは、過酷な現場で時間に追われながらも念願であるマイホーム購入の夢をかなえるため懸命に働いている。そんな夫をサポートする妻のアビーもまた、パートタイムの介護福祉士として時間外まで1日中働いていた。家族の幸せのためを思っての仕事が、いつしか家族が一緒に顔を合わせる時間を奪い、高校生のセブと小学生のライザは寂しさを募らせてゆく。そんな中、リッキーがある事件に巻き込まれてしまう。
           ※映画情報サイトより転載


のっけから非常にシビアで過酷な世界が展開します。
家族のために選んだ仕事がどんどん家族を(勿論、自らをも)追い詰めてゆく現実。
そう、これって「現実」で、同じような辛苦に喘いでいる家族は今この瞬間にもたくさん存在しているはずです。
リッキーもアビーもセブもライザも誰一人として悪くなくて、ただ家族を想っているだけ。それなのにどんどん彼らを取り巻く物事が悪い方へ流れていってしまうのは観ていてもの凄く辛いです。

「こんなに苦労するとは・・・」
「私たち、いったいどうしたんだろう・・・」
リッキーとアビーの言葉です。

これが負のスパイラルに陥ってしまうということなのでしょうか。
何らかの軌道修正をしようにも、疲弊しきった肉体と翌朝に否応なくやってくる労働がそれを許さないという現実。
美辞麗句で「個人事業主」と謳い上げ、その実、企業側からの補償も付与せらるべき権利も剥奪されて・・・こんなシステムやそれを容認する世の中、やっぱりどこかおかしいと思わざるを得ない。
息子セブがアートで描く壁画は、ずっと以前から彼が抱いていたそんな世界へ向けての「?」(疑問)だらけの心の叫びだったのでしょうか。セブが描いた画が非常に印象的でした。

そのセブと、妹ライザと、それぞれに描かれたエピソードが素敵で。
夜遅く突然の仕事に向かわねばならなくなった母アビーを父の車で家族皆で送っていこうと提案したセブ。
父リッキーの仕事を手伝いながらとがった父の心をまぁるくしてあげたライザ。
その後に展開する過酷な出来事があまりにつらくて、温もりの在るこのシ―クエンスが嬉しくも切なく思い返される今です。

物語の展開に引き込まれ続けてその牽引力は一度も緩むことなく、最後の最後にローチ監督の静かな怒りが一気に爆発するのを観た気がしました。
あのラストシーン。「キミは何を感じたか?」と問われている気がしました。


原題の「Sorry, We Missed You」は宅配先が留守だった時にドアに貼っておく「残念ながら不在につき…」の文句だそうです。
本作のリッキーのように契約上「個人事業主」の場合は相手先の指定日時に配達ができなければ宅配人本人の罰金となってしまうようです。
家族への「miss」の想いとか、いろんな意味を含んでいて考え込んでしまう原題ですね。


          
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いつだったかの、某店です。
酒肴3種盛りをオーダーしたら生牡蠣が出てきたのでビールを置いといて急いで日本酒をオーダーしました。こちらのお店は初訪問でしたがとてもいいお店でした。
今年一年もお酒にはいろんな意味で救われた気がします。

今年3月半ばに拙ブログを4年ぶりに再開させて頂きました。
今年観た映画を振り返っての感想を挙げたいところですが来年に入ってからのアップになりそうです。
皆さまどうぞ佳い2020年をお迎えください。ぴかぴか(新しい)



posted by ぺろんぱ at 16:27| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記

2019年12月25日

萩尾望都 ポーの一族 展     温故知新的な感慨


阪急うめだギャラリー(阪急百貨店うめだ本店9F)で「萩尾望都 ポーの一族 展」観てきました。
萩尾望都さんのデヴュー50周年を記念して企画された全国巡回展です。(今になってブログに挙げることになりました。阪急うめだギャラリーでの本展は12月16日で終了しています。)

行った頃は街はクリスマス全開モードで、阪急梅田コンコースといい阪急百貨店といいクリスマスイルミネーションが本当に素敵でうっとり見惚れてしまいました。
でもそれも今夜で終わりですね。まあクリスマスのイルミネーションって結構切ないですからね。


ポー - コピー.jpg 梅田コンコース - コピー.jpg


   『ポーの一族』は実は私は読んでいなかったのですが、この展覧会、シリーズ毎にブースが組まれて幾つかの原画が台詞もそのままに展示されていて、物語の展開をそれなりに追うことができました。
「ポー…」を読んでいなかったのに本展を観に行ったのは『トーマの心臓』『11人いる!』が好きで望都さんファンではあったからです。初期の頃の作品『キャベツ畑の遺産相続人』も思い出深いなぁ・・・。


どの漫画家さんもそうですが作品を重ねてゆかれるごとに画の完成度も高まってゆくので、こうして初期の頃の画と何年か経ったあとの画を同時に見比べてみると随分と趣が変わった感じがしてその年月の経過をしみじみ感慨深く思ったります。
勿論それぞれの時代の画風にそれぞれの良さはあります。
少女漫画の幾つかにハマって(私は『りぼん』の一条ゆかりさんが凄く好きでした)掲載誌の新号が発売されてお目当ての作品の掲載ページをめくる時のドキドキ感は今も甦る感覚です。
本展、丁寧に一つ一つの展示作品を観ていると会場を出る頃には約2時間が経っていました。楽しめました。

それにしても望都さんファンは、いいえ望都さんに限らずどの作家さんのファンでも、ファンというのはパワフルで熱情に溢れているかわいいものなのですね。
本展でも会場スタッフさんに独自の望都さん論を語っておられる女性ファンがおられたりして、ファン同士の“静かな火花”が会場のあちこちで散っていた気がしました。(^^)

「ポー…」の新シリーズの画では今までとかなりイメージが変化した新たなエドガーとアランがいて、作画に於いて尚も変化と進化を続けておられる萩尾望都さんに改めて多くのファンを牽引する力を感じましたよ。さすがの望都さんです。

今年は規模の大小いろいろに(関西地方に限られてしまいましたが)様々な展覧会、資料館、発表会に行くことができました。
中でも姫路市「日本玩具博物館」と赤穂市「ビートルズ文化博物館」には、どちらも個人所蔵品によるものであることと共に対象への愛が半端ないことに軽い衝撃を受けました。
両館とも帰り際に館長氏と少しだけお話させて頂ける機会がありましたが、そこに見える 「人(ひと)」 がやはり一番興味深かった気がします。 ありがとうございました。ぴかぴか(新しい)



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撮影角度が雑ですみません。
いつだったかの、某BARでのジンリッキーです。いただいたジンが美味しかったので(不出来な画像ながら)挙げさせて頂きます。

廻る廻る、時は廻る・・・ふわっと酔えた瞬間でした。




posted by ぺろんぱ at 18:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年12月18日

シュヴァルの理想宮     真に築いたもの


 シネリーブルで 『シュヴァルの理想宮』(ニルス・タヴェルニエ監督) を観ました。

リーブルでチラシを手にしてからずっと観たくて公開を待っていました。(無事に観ることができてよかった。)

本作、何がシュヴァルをそこまで引っ張り続けたのか・・・。
観終わって感じたのは、言えなかった家族への想いが彼の背を押し続けたということ。彼は宮殿を造ることで家族(の絆)を築き上げたのだということ、でした。


                        シュヴァル チラシ - コピー.JPG

Story
   フランスに実在する建築物で、ひとりの郵便配達員の男が33年もの歳月をかけ、たった1人で完成させた手作りの宮殿「シュバルの理想宮」の実話を映画化したヒューマンドラマ。
フランス南東部の自然豊かな田舎町。寡黙で空想好きの郵便配達員シュバルは、変わった形の石につまずいたことをきっかけに、愛娘アリスのために「おとぎの国の宮殿」を建てることを思いつく。さまざまな苦境に直面し、周囲の人々にバカにされながらも、来る日も来る日もたった1人で石を運んでは積み上げ続けるシュバル。そんな彼に、過酷な運命が容赦なく襲いかかる。                                                 ※映画情報サイトより転載


  宮殿は西洋の美というより東洋的な美がふんだんに感じられ、カンボジアのアンコールワットをイメージさせる外観です。しかしそこには宗教観というものは無くて、あるのは一つ一つの石に込められた愛と家族への想い。

娘のために築こうとしたおとぎの国の宮殿ですが、それは娘のためだけではなかったのですね。
それはまだ幼かった頃に手放してしまった息子シリルのためでもあり、彼を支え続けた二度目の妻フェロメールのためでもあり、更に自分自身のためでもあったわけです。

寡黙で無口で不器用を通りこして一つのことにしか目を向けられないシュヴァルに歯がゆく思い、彼の持って生まれた性質と思いながらも「どうして!?」とも思ってしまうのでした。
でもこの映画、そんな彼の秘めた想いが終盤になってどーんと押し寄せてきます。どーんと。
同時に、生き別れていた息子シリルと妻フェロメールのシュヴァルへの愛もやっぱりどーんと押し寄せてきて、エンドロールが終わるまで涙をぬぐい続けていました、私。

家族の愛はやはり尊い。
特に妻フェロメールの、シュヴァルを守り、育て、不屈の力を与えた強くて深い愛には心打たれました。
夜中にランプを手に帰ってこぬ夫を探すフェロメールが、疲れ果てて宮殿の隅で眠り込んでしまっていたシュヴァルを見つけてそっと寄り添い眠るシーンは、今思い返して最も好きなシーンです。何か神聖なるものに触れさせてもらえたような感じがしました。

演じたレティシア・カスタは、最初は地味に思えたのに表情の一つ一つがとても印象的でどんどん魅せられてゆくのでした。勿論シュヴァルを演じたジャック・ガンブランも唯一無二のキャスティングと思わせるほどに素晴らしかったと思います。一度見たら忘れない顔です、ジャック・ガンブラン。

ずっとシュヴァルへの秘めた想いがあったと思われるもう一人のあの女性にも心惹かれるものがありました。
きっと淋しくて悲しい女性なのだろうなぁって。あの女性からの視点でもきっと深い物語が紡げるだろうなぁって。
その女性の想いは少しの台詞と一瞬の眼差しなどから勝手に感じたことですが、ああいう、観る者に想像を委ねる演出も素敵だなと感じました。


33年間。
宮殿造りに費やした長い長い年月。
それが“いろんな意味で”報われた時、スクリーンを前に私も安堵し、神に感謝したいような清らかな気持ちに包まれました。

ラストの、灯りに照らされた宮殿は言葉に喩えようもないくらい美しかったです。ぴかぴか(新しい)

年の瀬に良い映画に出会えました。 出会えたことに感謝です。


          
              KWにて - コピー.jpg KWでのレア酒 - コピー.jpg


 友人のリビングにお邪魔したかのような、ソファーもある神戸のお店での乾杯の画です。
ママさん手作りのメンチカツにタコさんウィンナーが可愛い。
珍しいお酒をソーダ割でいただきました。ラベルはワイルドですが、ほんのりとレモン香がお洒落に香るウィスキーでした。

それにしても33年って長い年月。
シュヴァルさんがそれを成し得たことが本当に良かったです。

「ありがとう」と 届かぬ言葉を吐いてしまいました。




posted by ぺろんぱ at 20:47| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2019年12月13日

ライフ・イットセルフ     大切なのは気付くこと


 シネリーブルで『ライフ・イットセルフ』(ダン・フォーゲルマン脚本・監督)観ました。

登場する人物のきっと誰かであるのだろう語り手が(ラストでは明かされます)、ボブ・ディランの名曲を背景にやや軽妙とも思えるトーンで物語に導いてゆく冒頭の演出。
独特の抜け感があって面白かったと思います。

悲惨な出来事が幾つか描かれているのに(しかも派手な効果音付きで)観終わった後は優しい気持ちで満たされていたのはそこにいつも「深い愛」があったからだと観終わった後じんわりと分かりました。


                     ライフイットセルフチラシ - コピー.JPG


Story
ニューヨークで学生時代から付き合っていたウィル(オスカー・アイザック)とアビー(オリヴィア・ワイルド)は、第一子の誕生を間近に控え幸せに満ちあふれていたが、悲惨な事故に巻き込まれる。一方、旅先のニューヨークで偶然その事故に深く関わってしまった少年は、その出来事をきっかけに、スペインで両親と父の雇い主であるオリーブ園のオーナー(アントニオ・バンデラス)の人生を変えることになる。
 ※映画情報サイトよりの転載です。



「信頼できない語り手」というのが若かりし頃のアビーが大学の卒論に取り上げたテーマの中の重要なワードだったのですが、これが本作そのもののテーマにも通じるものでした。

人生そのものが実は「信頼できない語り手」によって紡がれる物語だ、と。
これは「なんのこっちゃ?」的な一文ですが、多分本作をご覧になれば「あぁそうなのかもしれないなぁ」って思ってもらえることだと思います。

人生って何が起こるか全くわからない。
でも幾つもの荒波を乗り越えてこそ見つかる「愛」がある。文字にすれば既視感ばかりの言葉ですが、乗り越えてそこに到達した者にってはそれは揺るぎない真実なのですよね・・・。

愛を見つけたというよりこの物語には実は常に愛がそこかしこに隠れていて、それに気付いたっていうことなのだと思いました。
先述しましたが、実は愛に溢れたそれぞれの人生であったわけで、だから観終わった後に優しい気持ちに包まれたのだと思います。「そこに在ったんだ・・・」という気持ちで。

特に私はサチオーネの無償の愛に静かに心打たれました。
演じたアントニオ・バンデラス・・・初めてこの男優さんを素敵だと感じました。
残った孫娘を慈しみ育てたお爺ちゃんにも。
私が歳を重ねたからでしょうか。男女の熱愛より、ずっと静かで表現の仕方が難しいような愛に心寄せてしまうことが多いです。

過去の全ては未来に繋がる・・・真摯に向き合えばそこに辿り着く・・・。こういう作品は年を締めくくる一今、イイのじゃないでしょうか。

自分としては至極冷静に“淡々と”物語を追っていたつもりでしたが、ラストシーンの何気ない一言には何故かしら落涙。きっと確かな「幸せのかたち」がそこに在ったからなのだと思います。それもこの監督の物語の作り方、見せ方の上手さ?の為せるものなのでしょうか。
ボブ・ディランの曲(歌詞)も効いていましたよ。



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先日明石の天文科学館でちょっとしたお勉強をしてきました。

もう鬼が笑うほど先のことではないので記させて頂きますが、来年は天文学的に「当たり年」だそうです。
日食、惑星との大接近、流星群の大量出現、、、さらに(来年)末にはあの<はやぶさ2>が地球に帰還予定です。
こちらのプラネタリウムでは年末から来年2月初旬『138億光年 宇宙の旅』のプログラムが上映されるようで、これは今からとても楽しみなのです。

勉強会の帰りの反省会(と称する独り呑み)の画。
海の街、某店で酒肴とぬる燗です。


年の瀬ですねぇ・・・しみじみ。


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2019年12月06日

「3年連用日記」更新の年です     高橋書店から博文館へ


2020-2022年10冊目に突入します。


日記帳1 - コピー.jpg


購入した日は好天の日曜で街全体が“長閑な休日モード”でした。お陽さんも暖かくて体にも心にも優しい。
購入したジュンク堂を出たあと公園まで歩いて行って買ったばかりの日記帳をベンチの上でパチリ。

ベビーカーを押す若夫婦や老若それぞれのカップル、ワンちゃんを連れたファミリー等の幸せオーラを浴びながらベンチに何やら置いて一心に写真を撮る謎の女約一名・・・イタいですよね。
9冊目の2017-2019年が何となく自分の中で“流れ”がよくなかった3年だったので、10冊目の3年は「どうぞ佳い日々でありますように」との願いを込めて撮りました。


これまで愛用していた高橋書店さんのハードケース入り3年日記帳は製造販売がもう無くなってしまったらしく(ケースなしのシンプル形状のものは出ています)、こちらの博文館さんのケース入り3年日記帳に変えました。
日記をつけ始めたころは博文館さんのものを使っていましたので初期の頃に戻ったわけですが、高橋書店さんのは一日ごとに短歌や俳句が記されていて結構気に入っていたのですよね。
でも流れがよくなかったこの3年を思うと、ここで博文館さんのに変えるというのも「必然」と考えればいいのかもしれません。
いやいや流れが悪かったのは全部自分の弱さのせい。高橋書店さんの日記帳には本当に長らくお世話になりました。日々と静かに向き合えたことに深く感謝。時には酔酔っ払った解読不可能な文字で書き汚したこと、ごめんなさい

そして新たなこの一冊には「2020年からの3年間、よろしく」


    
ひよこちゃん - コピー.jpg 備前屋1 - コピー.jpg 備前屋2 - コピー.jpg


とある一日、池田市にひよこちゃんに会いに行ってきました。
勿論マイカップヌードルも作りましたよー。
その帰り、駅前で人気の老舗角打ちにての乾杯です。

ダブルで饗してくださるハイボールも美味しかったですが、そのあとはスタッフさんお薦めの日本酒を堪能しました。Nちゃん、お付き合い下さりありがとうぴかぴか(新しい)


あとひと月足らずの2019年、令和元年。
心穏やかに一年を締めくくれたらいいですね。




posted by ぺろんぱ at 19:17| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2019年12月01日

ターミネーター ニュー・フェイト    今は不吉な現実味も 


※結末に触れる記述をしています。


 大阪ステーションシネマで『ターミネーター ニュー・フェイト』(ティム・ミラー監督、ジェームズ・キャメロン原案)観ました。

シネリーブルも専ら神戸ばかりで梅田での鑑賞めっきり減りましたがこの大阪ステーションシネマでの鑑賞は本当に久しぶりです。LINKS UMEDAも出来て圧倒されつつEV.に乗り込みました。


本作ニューフェイト、1991年の『ターミネーター2』(T2)の正統的続編という触れ込みがよく分かりました。というか、核となる構成や物語の展開はほぼ「T2」と同じでした。
変化球だったのは“メキシコ人の小柄な女の子”ダニーの役割。
救世主を生む母親・・・じゃなかったのね。


  ターミネーターニューフェイト - コピー.JPG


Story
  人類滅亡の日である「審判の日」は回避されたが、まだ危機は去っていなかった。メキシコシティで父と弟とごく普通の生活を送っていた21歳の女性ダニーのもとに未来から最新型ターミネーター<REV-9>が現れ、彼女の命を狙う。同じく未来からやってきたという女性戦士グレースが、ダニーを守るためにREV-9と壮絶な戦いを繰り広げるなか、かつて人類を滅亡の未来から救ったサラ・コナーが現れる。
         ※映画情報サイトより転載


展開が「T2とほぼ同じ」と書きましたが、それって本作キャッチコピーの「時代は変わった。運命はどうだ。」の意味に深く通じるものがあったのですね。
スカイネットの「審判の日」はサラたちの手で回避されても、新たに命を得たサイバー戦争用AI<リージョン>の反乱で地球は壊滅的状況になっていたわけで・・・時代の在り方は変わっても人類の負った運命は何ら変わらなかった、ということですね。

シリーズの「3」や「4」や「5」の世界はどこへ?? とも思いますが、パラレルワールドって結局一つじゃないのですよね。多分幾つものパラレルな世界が同時に進行しているのだ、と。ふと村上龍の小説『5分後の世界』を思い出しました。


本作、いきなり死闘が繰り広げられます。
登場する最新型ターミネーターREV-9はとにかく、どこまでも、ひたすら、強い。
「T2」のT-1000の時も思いましたが今回は更に、もうこちらが(こちら??)闘う気力なんて消えてしまうくらい無限の能力を備えていて、最後はどんな葬り方をされるのだろうと・・・それって不可能なのじゃないかと思ってしまいました。(実は観終わった今もあのREV-9の葬られ方の科学的根拠が私にはよく理解できていません。)

とにかくREV-9は強くて不死身。
演じたガブリエル・ルナって本来は笑顔の方が似合いそうな“気のいい隣のお兄ちゃん”という感じでしたけれど、対する<強化型兵士(というらしい)>グレースを演じたマッケンジー・デイヴィスは役どころと合致したかなりの魅力を放っていました。顔立ちは美しいけれどマニッシュな雰囲気で、程よく鍛えられた感の全身がファイトにも美しさを感じさせてくれました。
ダニーとの関係性(これがラストで“効く”)もサラとのそれも丁寧に描かれていましたね。


かつてのT-800がカールとして現在を生きていたことの背景は“登場させることありき”でしつらえられた感が否めませんでしたが、それでもカールがいてこそのあの結末には(「T2」と同じ展開でも)やっぱり泣いてしまうのでした。このシリーズにはアーノルド・シュワルツェネッガーが不可欠の人だったということでしょうか。

ターミネーター、ターミネーター2、そして本作が正統的続編と銘打たれて制作公開されて、じゃあもうこれで終わりでいいじゃないですか・・・と思いきや、本作のラストは「次回作創る気満々!」っていう感じでした。

私はシリーズ一作目と二作目の世界だけを抱いて自分の中でピリオド打っときます。



冬のジン - コピー.jpg

大阪なので再びこちらのBARに寄ってしまいました。
寒くなってきましたがジンの香りが恋しくて。

ジン・トニックならぬ、今回もやはりジンをソニックにしていただきました。
安定の美味しさです、ありがとうございました。


それにしても、「ターミネーター」一作目の頃と比して今はAIの語を見ない聞かない日はなく、本作の世界もぐんと現実味を帯びてきていてそこは不気味ではありましたね。


posted by ぺろんぱ at 18:36| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記