2020年05月25日

いま聴いているCDのことなど 


少しずつ‘新しい生活’のリズムができていくのでしょうか。
まだまだウイルスとの闘いやそれに付随する様々な苦悩は続くと思います。どうぞ皆さん身体と心を大切になさってください。



  友人Nが先日送ってくれたCD(コピーしてくれたもの)に聴き入っています。

一枚はJUJUの『 DELICIOUS ~JUJU’s JAZZ 3rd Dish~ 』(2018年)、もう一枚はヘイリー・ウェステンラの『 プレイヤー 〜祈りのピュア・ヴォイス 』(2007年)です。

JUJU - コピー.JPG プレイヤー - コピー.JPG
                オリジナルのCD画像です

JUJUさんはNHKの番組「世界はほしいモノにあふれてる」で時々お見かけしていたくらいでJazzも歌っておられたとは知りませんでした。Jazzのアルバムはこれで3枚目とか。
1曲目はオリジナル曲の「リメンバー」でこれはテンションも高く華やかな歌いっぷりで元気をもらえます。その後はスタンダードなジャズ曲やジャズアレンジのメジャー曲がJUJUさん独特の甘切ない歌い方で歌われていて、全体的にライトな感覚で聴けるジャズという感じです。「Smile」はなかなか素敵です。
ラストの「メトロ」はジャズじゃないオリジナル曲で、大都会で生きる女の子の孤独と希望の想いが綴られた曲でした。JUJUさんのあのダイナマイトな外観とハスキーヴォイスからしてイイ意味でちょっと意外な世界でした。

ヘイリー・ウェステンラさんも実はちゃんと聴いたのは初めてでしょうか。
でも2003-2004年のTV.ドラマ「白い巨塔」の主題歌としての「アメイジング・グレイス」が彼女によるものだったようで、私はこのドラマを観ていたからその頃にはずっと聴いていたんだなぁとも思って…(遠い目)。
このCD、ヘイリーの歌声に一曲目「PRAYER -祈り-」から安全に魅了されてしまいました。
中盤曲の「ブライダル・バラード」「フロード」にもラスト曲の「サマー・レイン」にも、もの悲しい響きの中に包み込まれるような深い優しさを感じます。
魂がすーっとどこか遠くの国へ飛んでゆく感じ。聴きながら魂の旅をしていました。

このような状況の今だからこそシンプルに、美しいモノを見て美しい音楽を聴いて、どこかの誰か、今は触れることのできない何か、に想いを馳せるというのはいいものだと思いましたよ。
Nちゃんありがとう。

静かな夜にこのCDに聴き入っていたら危うく赤ワインのボトルを空にしてしまうところでした・・・って、空になったも同然なのですけれど。



お寺の掲示板 - コピー.jpg

 ウォーキングの途中でとあるお寺の掲示板を見ました。

まぁ、その通りですよね。はい、日々痛感しております。
けれどこの背景画の小さな女の子までもが「人生は思うようにならない」と思ってるとしたらちょっと、いやかなり切ないことですが。

お寺の一言貼り紙は見かけたらいつも見てます。
こうい印刷されたものは珍しく、たいていは手描きでそのお寺オリジナルのものが多いと思います。
かなり前のことですが、友人が某お寺で黒々とした墨文字で 「嵐に耐える、それが人生。」 と書かれたのを見たそうです。
そんなん見たらもう何も言えませんよね・・・。



posted by ぺろんぱ at 20:19| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2020年05月19日

ビリー・リンの永遠の一日 (BS12 録画鑑賞 )


 まだ宣言が解除になっていない当地でも街を取り巻く空気は少し緩んできた感じがします。
希望を持てる反面、経済的な弊害など違う局面での見えざる脅威も続きますね。まだまだそれぞれの心配事を抱えておられる今、どうぞ身体と心を大切になさってください。



  先日<BS12>で放送されていた映画『ビリー・リンの永遠の一日』(アン・リー監督 2016年制作)を録画して観ました。
これはイラク戦争を一時帰還した兵士の目線で描いた作品で、ベン・ファウンテンの同名小説が原作となっています。2017年に日本公開予定でしたが興業的な事情か?延期となって結局は未公開のまま という映画のようです。

                        ビリー・リン - コピー.JPG

 
 複雑な余韻を残す作品でした。
題材がイラク戦争であるから清々しい爽快なラストを迎えるなんていうことは勿論無いのでしょうけれど。

戦地での果敢な行動が報道され一躍英雄となって一時帰還した若き兵士ビリー・リンと、彼を迎えた周囲の人間たちとの間に生じる心の乖離が痛々しい感じで。国を挙げて、アメリカ国民の全てが大きなプロパガンダの塊となってビリーを飲み込んでいこうとしているかのような気がしました。

それはガールフレンドとなった女性でさえ。
彼女に救いを求めるかのようにビリーが言った「キミと逃げたくなった」の言葉への彼女の返事は「(そんなことはできないでしょ、)あなたは英雄よ」という言葉でした。これは辛かったです、切なかったです。ビリーの哀しい表情を観ていられなかったくらいに。

こちら側で暮らす人間にとっては遥かに理解を超える戦場での「現実」。
理解しようと努めても真に理解することは兵士となって戦地に立たない限りきっと無理なのですね。

姉・キャスリンとの抱擁(キャスリンは唯一、ビリーが戦地へ戻るのを阻止しようとした人でした)。
戦場で死した軍曹の幻とビリーが語らうシーン。
それらに心掴まれたままエンドロールへ・・・。
実はそれまで私も‘こちら側’にいたままだったかもしれないですが、彼ら兵士達の物語に一歩近づけたような瞬間でした。・・・それでもやっぱり理解はできていないはずなのですけれどね、きっと。

原作ではビリーは戦地へ戻ったあと結局 帰らぬ人 となったそうです。
それを考えると本作のタイトルはとても深いですね。



                     5月 - コピー.jpg
                  樹々の緑も一層鮮やかに。

  
こういう映画の後はちょっと濃い目のお酒で。
家呑みで微妙に増えているアルコールのストックを消化すべく、バーボンをロックちょいソーダで ー(長音記号1)

今のこの世。
違う明日はどんなふうに違った明日になるんでしょうかね・・・。


posted by ぺろんぱ at 19:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2020年05月12日

秋田・真冬の自販機の前で ( 「NHKドキュメント72時間」2015年放送プログラムの再放送 ) 


 皆さんそれぞれの状況でそれぞれの心配事を抱えておられると思います、どうぞ身体と心を大切になさってください。
また各方面でご尽力くださっている方々には本当に感謝の思いです、ありがとうございます。




  またしても「ドキュメント72時間」の録画から。

前回も記しましたが現在はコロナ禍で新たな制作はされておらず過去放送分の再放送がされています。
先の金曜は2015年制作・放送の 『 秋田・真冬の自販機の前で 』 が再放送されていました。これはその年の同プログラム人気投票で確か ベスト1 になったのではなかったでしょうか。

  72 - コピー.JPG NHK 真冬の自販機 - コピー.JPG
                画像は<NHK>公式サイトからの転載です。
 
 極寒の日本海の地。小さな古ぼけた、うどんとそば だけの自販機がひっそりと佇んでいます。

コンビニでカップラーメンを買って食べるより早い・・・注文のボタンを押して約25秒。吹き曝しのテーブルと椅子に七味が紐で天井から吊り下げられています。
海風を、時には吹雪を真正面から受けながら麺をすすりスープを飲む人たち。早朝から真夜中まで、時間を問わず誰かがそこにやってくるのです。

訪れる人すべてに、やっぱりそれぞれのドラマがあって・・・。
仕事の行き詰まり、仲間や家族との別れ、病の宣告を受けての孤独な暮らし、でも出会いや、恋人とか親子のささやかだけどあたたかい会話もあって悲喜交々。
 
「無性に食べたくなる時があってね」
「無性に振り返りたくなる昔があってここに来るんだ」
「仕事が終わって一人になりたいときにここに来るんだよね」
「何かにぶち当たったときにここはまた来れる場所だから」
訪れた人たちが残した言葉です。

撮影スタッフはある一定のところでそれ以上の踏み込んだ問いかけを止めているように思います。相手が言い淀んだ時は尚更に。
たった独りそこに憩いを求めてやって来ている人たちだから、他者はその聖域に踏み込んではいけないのですねきっと。
この番組の、ギリギリに保たれているスタンスだと感じています。

それはさておき、みんな自分だけの居場所、帰ってこれる場所を欲しているんだなぁーって思いましたよ。
小さなオンボロの自販機がどこかの誰かの心の故郷、拠りどころになっているんだなぁーって。
そのことに、私はただただ 凄いなぁーっ て感じた次第です。

ほんの小さな支えでもいい、この自販機のように誰かの心に寄り添えている日々があればこんな幸せなことはないのかもしれません。
私もせめてたった一人でもいいから誰かの大切な存在になれる生き方ができればいいのに…と思いました。

実は放送後に一旦‘廃業’が決まったこの自販機ですが、ユーザーからの強い要望により秋田の道の駅での稼働再開となったことが後日譚として描かれていたことを書き添えておきます。


                       アナザー - コピー.jpg

ウォーキングで「くろべえ久しぶり!」って思ったら全く違う別の黒猫でした。 
なのでこの子にはその場で ‘アナザーAnother ’ と命名しました。 元気でまた会おね!


自宅呑みの<ブラッディ・サム>バーはあれ以来 トマトジュース を 野菜ジュース に変えて作っています。
もともとブラッディ・マリーにはタバスコやウスターソースを入れるレシピもあるのでトマトジュースよりちょっとスパイシーな感じの野菜ジュースに変えてみたらいいのじゃないかと思いまして。
ソーダもちょっと加えてライムも大きめにカットしてぎゅぎゅっと絞って、、、結構ぐいぐいと呑めてしまいます。 呑み過ぎないように気を付けていますが( こういうことを言い訳のように書きだしたら逆に怪しい?ですか)。


一部に規制緩和もあるかもしれないみたいですね。
先々の状況に於いて予測不可能といえるこの事態ですから判断は難しいところでしょうけれど、とにかくこの状況が少しずつでもよい方向に向かうことを切に願っています。
こんなことしか書けない自分が情けないのですが。


posted by ぺろんぱ at 19:13| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記

2020年05月05日

最後の家族 (本 再読)    自分が決めるということ


 皆さんそれぞれの苦しい状況の中、どうぞ身体と心を大切になさってください。
各方面でご尽力くださっている方々には本当に感謝の思いです、ありがとうございます。


 今回のコロナ禍では今まで自分が知らなかったことを知り得ることも多いです。
そうかそんなところにまで弊害が出るのか…ということから始まってその世界で生きてきた人たちのこれまでの頑張りやこれからの苦難とか…。
そしてその苦境を知ってそこに役立つモノや事柄を生み出そうとしてくれる人たちの存在も。
例えば少し前のことですが、聴覚に障害を持つ方々がマスク装着のままでは相手の微妙な唇の動きが読めないということで透明なマスクが発案されて使われ始めているということとか…小さく流されていたニュースで知って心動かされたことでした。



  前回本のことを書いてから読了本は3冊。
そのうちの一冊は再読本ですが村上龍の『最後の家族』(幻冬舎)です。久々に読み返しました。

最後の家族 - コピー.JPG

引きこもりの長男を軸として父、母、妹のそれぞれの家族の思い、崩壊と再生が描かれています。
龍さんの他作品に多く描かれているヴァイオレンス色の強い世界とは一線を画す抑えられた柔らかみさえ感じる筆致の本作ですが、同じ事象が家族四人それぞれの視点で連なって描かれ続けるところには独特の執拗性、攻撃性みたいなもの(いい意味で言ってます)も感じてああやっぱり村上龍の小説だなぁって思います。

「傍にいる(ある特定の)相手を救いたいという思いが支配につながる」という一文は衝撃的です。
「自分が相手から自立することが結果的に最もその人間を救うことになるのだ」の主張は真理であると理解できても冷静に実践することは難しいことかもしれません。近しい者との関係性に於いてはともすれば相手を救いたいという思いが先行してしまうから。けれどやはりそれだけではダメなんですね、救いたいという思いは相手を対等に見ていないということになってしまう。「共依存」という言葉も登場しますがそこに陥ってしまってはいけないということなのですね。

妹の知美が自身のイタリア行きを逡巡する場面で独白のように語った「決めるのは自分自身だ」の言葉は非常に強く胸を突きます。
ラストはそれぞれがそれぞれの自立を成すのですが、それぞれの決断や変化が心地よいほど爽やかに描かれていて希望が見えるのでした。

これ、過去にドラマ化されたみたいですが私は観ていません。
どんな風に演出されているのか、もしもいつか再放送されたら観てみたいです。



空と緑 - コピー.jpg
 空の青と樹々の緑


こんな時期だからでしょうか、マンションで住人の小さな男の子と遭遇した際にマスク越しではありますがクシャっとした笑顔で「こんにちは!」って言われた時は何だか凄く嬉しかったです。私からも「こんにちは!」。 そして心の中で「ありがとう、元気でまた逢おね!」。

緊急事態宣言は5月末までの延長ですね。
京都・大阪・兵庫は特定警戒府県に該当していますので概ね変わりない今後と覚悟します。
風薫る季節ですが、少しづつでも事態が良い方へ向かうことを祈りながらその季節を静かに感じる日々です。



posted by ぺろんぱ at 19:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記