2020年07月29日

一人称単数 ( 村上春樹 新刊 )  そして再び 中村文則小説 のこと


更なる豪雨災害、 そして自死を選んだ人や 自らの死を他者に委ねざるを得なかった人。
いろんなことが起こってて、ずっと前からの自分のぼんやりとした抱え事にも違った見え方がしてくるこの頃です。

 
 
 中村文則さんの2冊目『私の消滅』を読了し1冊目に引き続き重苦しい精神の闇みたいなものに打ちのめされてしまった私でしたが…思うところあって3冊目『惑いの森』を手に取ってしまいました(マゾか)。
1/4辺りまで読んだところで春樹さんの新刊が出たので辛抱し切れず、『惑いの森』は一旦置いて春樹さんの本へ移行。読み終えたので少しだけ想いを綴っておきます。( 『惑いの森』 もその後に読了したので後述します。)

                       一人称単数 本 - コピー.JPG

『 一人称単数 』(村上春樹著)

 『騎士団長殺し』(長編)から約3年半ぶりの新作でこちらは8篇からなる短編集です(短編集としては6年ぶり)。春樹さんの新刊を読めることをとても嬉しく思いながらページを繰りました。

現実と非現実(でも現実かもしれないと思わせるファンタジー)が重なってゆく世界。
主人公たちが皆、齢を重ねての安定感と背中合わせの深い喪失感みたいなものを抱え、やがて不思議な感覚に陥ってゆくのはやはり春樹さんワールド。しかし従来のそのワールドに(私などが分かった風に語れないことは十分承知の上で言わせて頂けるなら)良い意味で‘春樹さんご自身がお年を召された深み’みたいなものが加わって感じられたのでした。

二番目の収録作品「クリーム」が、最も地味かもしれないけれど最も好き…かな。心に刺さった一文がありました。
七番目の収録作「品川猿の告白」は2005年の短編集『東京奇譚集』の中の「品川猿」の内容を引き継ぐものでありながら、品川猿の老いと宿命の哀が描かれていて前作「品川猿」と基本的設定は同じでも趣きが全く異なる作品のように感じました。
最終話の表題作「一人称単数」は長編『色彩を持たない…』の世界を想起する展開(自己の認識し得ない部分の何かが他者を激しく害う、というような)で、またこの短篇から別の長篇が生み出されるのかもしれないなと思ったりしました。

勿論8篇全てそれぞれに惹かれるものは大きく、今後も何度か読み返すことになると思います。
村上春樹さんの作品を読み続けられていることを、何と言いますか、、、幸せに思います。


 ということで、そのあと中村文則さんの『惑いの森 〜50ストーリーズ〜』に戻りこちらも読了しました。

50篇のショートストーリーから成る一冊ですが、それぞれ違う作品でありながら深いところでつながっている‘一本の糸’を感じました。時折同じ(と思われる)人物や団体、情景などが登場します。
先に読んだ中村氏の他の2冊と同様、重く暗い、そして苦しいイメージが変わらず通底している気がします。
けれど50篇の中のほんの2、3篇の作品のラストには(上手く言い表せないのですが)微かな光のようなものを感じたのですよね。それでやっぱり、、、「もう一冊」と思って4冊目を手に取ってしまいました。

『悪と仮面のルール』です。
ウォール・ストリート・ジャーナル紙の2013年ベスト・ミステリーの10作品に選ばれたらしいですが全く知りませんでした。 2018年に映画化されたらしいですが失礼ながら記憶に無いです(玉木宏さん主演のようです、本書を読み終えた後でならちょっと観てみたい気もします)。

本書に付されたキャッチコピーに今まで読んだ作品と違った‘救い’のようなものの予感が在ったので手に取りました。とにかく読んでみます。


                        曇天の向日葵 - コピー.jpg

曇天の下の向日葵。
実家への道すがら撮った一枚です。

お陽さんの光を浴びてない向日葵、ちょっと淋しげに見えるのは気のせいでしょうか。
関西は梅雨明けも近いのでしょうかね。 そうなったら元気に咲いておくれね。


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2020年07月19日

迷宮グルメ 異郷の駅前食堂 ( BS朝日 )


 連日決して明るくない幾つものニュースに接し続ける中でも、三浦春馬さんのことは衝撃でした。
空の上でどうか安らかに眠ってください。ご冥福をお祈りいたします。



  以前やはりBSでしたかヒロシさんの 『 ヒロシのぼっちキャンプ 』 という番組にハマったことがあったのですが、放送がしたりされなかったりで気が付いた時には終了していました。
よかったのになー、独りで火を起こしてハンモックから眺めてる姿とかそういうの。

で、今はふとしたことで知った、やはりヒロシさんの一人旅を撮った 『 迷宮グルメ 異郷の駅前食堂 』(BS朝日 金曜21時) にすっかりハマってしまっています。毎週録画して楽しみに観ています。

***内容(番組公式サイトよりの転載です)***
  世界の鉄道で旅をして、ふらりと降りた駅前の絶品グルメを異郷で探すふれあいの旅。
  言葉もわからない土地で、ジェスチャーと勘だけで地元の人に愛される駅前食堂を探し、
  人生で味わったことのない美味いモノと、人情に出会います。
 
迷宮グルメ キューバ - コピー.JPG
       ※キューバ・ハバナ中央駅の回。番組公式サイトよりの転載です。


 オープニング曲はニニ・ロッソの「 Arlecchinata 」、原曲はあのチャップリンの映画『ライムライト』の「テリーのテーマ」(チャップリン作曲)です。
旅する地を一本の列車が駆け抜けてゆく…バックにこの音楽が華麗に流れてきて、この瞬間一気に魂が旅の空に飛ぶのです。
もう一曲。ヒロシさんがその日のお店やオーダーするものを決めたりする‘ここぞ!’っていう時に流れるのが「さすらいの口笛」で、この曲は映画『荒野の用心棒』のテーマ曲(エンリオ・モリコーネ作曲)でした。

ヒロシさんがまさに流離いの人という感じです。
在るがままというか、もう無理しない、したくないっていう感じが全身から醸し出されている感じがするのです。(その辺りは芸能界でのご苦労もあってのこと?なのでしょうか。)

言葉が通じないせいでヒロシさんが無意識に(結果的に)吐いてしまった毒と、明らかに‘意識的に’吐いている(←私には何となくそう見える)毒があって観ていてハラハラする時もありつつ、街行く人やお店の人たちとのやり取りを楽しく眺めています。
出されたものを一口食べて「うん、これ豚だね」と言ってて放送時にはテロップで <※鶏です> とか出てたりします。多分カメラマンさんやディレクターさんがウラを取っておられるのでしょうけど、「俺、アレ結構傷つくんだよね」って言ってるヒロシさんがちょっと可愛いです。

「こんな無知な男が(この企画を)よくやってこれたよね」とヒロシさんは言ってらしたけれど、そういうヒロシさんだからこそこの番組が人を引き付けるのだと感じています。
旅する人の殆どが多分 博識家でもフーディーでもない普通の人間なのだから。

それぞれの人にそれぞれの旅があって、いつか自分もそうありたいと思う一つのかたちがそこに在る気がします。

コロナ禍の下いつまで新作が観られるのか(時々旧作の再放送も混じってます)分かりませんが、収録分が尽きてしまっても過去作を再放送してもらえたら視聴歴の浅い私なんかは嬉しいです。
勿論、そう遠くない未来に新たな収録の旅が可能となることを一番に望みますけれど。


                         自粛明けの試 - コピー.jpg

かなり久々の、地酒外呑み。
千鳥正宗しぼりたて(三田市のお酒です)。アルコール度数は19.9度です。
無濾過生原酒です、やっぱり美味しい。

そして村上春樹さんの新刊 『 一人称単数 』 が出ました、読みます。ぴかぴか(新しい)



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2020年07月13日

最近の読書から 中村文則さんとの出会い


豪雨災害、コロナ問題、日々抱えるいろんな事々。
豪雨で被災された女性が「何の試練なのか・・・」と仰っていたのが胸に刺さったまま抜けません。



  最近の読了本4冊と読みかけの1冊。

『噂』(荻原浩著)は何冊目かの同氏の小説で 未読だった一冊。
猟奇的な事件が扱われていて不気味な反面、事件を追う刑事側の人間模様にあたたかみも感じます。しかし、ほのぼのとしたムードで幕引きかと思っていたら最後の一行で凍り付きました。

『ほんまにオレはアホやろか』(水木しげる著)は某新聞記事に載っていたもの。
幼少のころからバカと言われ続けて自分の好きなことしかしなかった(御本人が「文庫版あとがき」で「健康でたくましい糞が出れば人生はめでたしめでたし」と書いておられるほど)とのことですが、本著に触れてーこの人は凄まじいサバイバルのなかを闘って生き抜いてきた人なんだなぁーって痛感しました。戦争体験然り、漫画家としての苦節然り。でもキョーレツなまでに前向きで心の向かい方が自由。そして何故かここぞというところで運に恵まれもおられる。それは水木さん自身の性格が引き寄せた強運に違いないと思わせられました。
自分の思いに正直であり続ければ何らかの道は開けてくるのかもしれないなぁ・・・。

『東京百景』(又吉直樹著)K女史のご紹介によるもの(K様ありがとうございます)
又吉さんの心に残る百の風景を綴った文章。東京を「果てしなく残酷で時折楽しく稀に優しい」と評しておられます。又吉さん自身が東京という街に深い愛を持っているからこその表現ですね。
他者がどう言おうと自分が信じたいと思うことはとことん信じるべきだということと、あと、この人って実はすごいマグマを内包している人やんやなぁと感じました(怖いくらいに)。

そしてその又吉直樹さんのご紹介で(…って、『東京百景』のなかで又吉さんがとても傾倒している作家氏として書かれていたってことなんですけどね)『世界の果て』(中村文則著)
作品を手に取るののは初めての作家氏です。


  世界の果て.JPG                      


「若き実存主義作家」という世間の位置付けにちょっと怯みましたがやっぱり私にはかなりハードルが高く、読了の今もそのハードルを越えられたのか否か分かりません。一冊目のチョイスとしては失敗だったのでしょうか。
短編集ですが全編ダークなトーン。その世界に入り込んでしまったら元に戻れないのじゃないかと、このまま読んでいて大丈夫なんだろうかと、ちょっと怖くなりながらもページを繰る手がなかなか止められず読み進めました。

5篇の短篇が収められていてどの篇にも自分が行くべき場所を求めてもがき続ける人間がいるように思えました。
圧倒的な孤独と先の全く見えない絶望。それでもいつか自分の手で光を掴むことができるのでしょうか。
うぅぅ…4篇目までは読んでいても -私はこの作家さんの発するメッセージを受け止めることができているのだろうか、そこに近寄れてさえいないんじゃないだろうか- と思っていました(つまりは‘置いてきぼり’にされてる感)が、5篇目の「世界の果て」で漸く其処に在る何かにちょっとだけ触れられたような?気がしました(心許ないほど微かにではありましたが)。

なので・・・同氏の小説にもう一冊トライ。
『私の消滅』(中村文則著)。
こちらは一篇の長編作品です。読んでいて苦しいところも怖くなるところ(←読んでいること自体が)もあります。
精神の深い闇に下りてゆく感じの展開。でもその先に何が待っているのか知りたくてやはりページを繰ってしまっています。
ただいま半分を少し過ぎたくらいのところ。


  カムイ - コピー.jpg 毘沙門天 - コピー.jpg トゥーフェイス - コピー.jpg

最近のウォーキング(時々 猫パトロール)から。

1枚目 : あ、目が合ったねカムイ
2枚目 : この子はいっつも逃げる、毘沙門天。繰り返しますが命名に深い意味はありません。
3枚目 : トゥーフェイス。いつも孤高オーラを放っています。

どの子もみんな達者で暮らせよ〜。ぴかぴか(新しい)



posted by ぺろんぱ at 22:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年07月05日

遥か群衆を離れて ( BS.P. 録画DVD鑑賞 )


手探りで踏み出した感の現状でしたが再び不穏な数字が出続けていますね。未知のものはやっぱり怖いです。 未知のものばかりのなかで進化してきた人類なのでしたけれど。。。
更にここに来て豪雨による災害も。犠牲になられた方々のご冥福を祈ります。



  少し前に放映されていたBS.Pでの映画『 遥か群衆を離れて 』(ジョン・シュレシンジャー監督 1967年制作 イギリス )を私は観逃していたのですが、コメント下さっていたビイルネンさんが録画分をコピーして送ってくださいました。
送って下さってから少し日が経ってしまいましたが、やっとこのほど鑑賞できました。

トマス・ハーディーの小説を基に、19世紀のイギリスの農村で自身の思いに真っ直ぐに逞しく生きた一人の女性を描いた作品です。
トマス・ハーディーって映画『テス』の原作者でもあったのですね。『テス』・・・劇場に観に行ったのを覚えていて当時の自分をおぼろげに思い出しました。


遥か…チラシ - コピー.JPG
       ※この画像は映画チラシ情報サイトよりの転載です。


 人生はかくもややこしくもどかしい・・・。
一番しっくりくる(観る側も何となくそう感じる)着地点に辿り着くまでの、何と紆余曲折のあったことよ・・・。
けれど人生って概ねそんなものなのかもしれませんね。
多くの未来(選択肢)があると信じるが故の流離い、その様々な痛手から得た‘本当に大切にすべきもの’の存在。

気位と自立心が強い主人公バスシバは唯々諾々を良しとせず何かと周囲を振り回し、好きな女優さんジュリー・クリスティーが演じているとしても初めは安易な感情移入を許さない感じでした。
彼女の悪戯心の誘惑から本気で彼女を好きになってしまい最後には人生を崩壊させてしまったボールドウッドがとにかく不憫。演じたピーター・フィンチが紳士的で一途だったから余計そう感じてしまって。
自分の蒔いた種でボールドウッドが囚われの身になってしまって、それでカブリエルとの‘幸せの再出発’は無いだろうと私としては思いましたが、バスシバがそれを全て心に抱えたうえでのあの再出発だったのだと今はそう思いたいです。‘幸せ’にも‘背負うもの’はある、と。

若く自分を信じて疑わず突っ走っていたバスシバが終盤に見せる穏やかな表情に時の流れを感じます。
しかしバスシバのもとから去ろうとするガブリエルに対して「行かないで」ではなく「行かないでしょ?」と言う言葉にはやはり彼女の本質は変わっていないのだとも思いました。それが良いとか悪いとかではなくて。
若さ以外にも多くのものを失ってきて感動や喜びの沸点もきっと以前とは違っているであろう彼女だけど、これからのガブリエルとの日々を思い、エンドは実はちょっと複雑なものとして心に残ったのでした。

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          ※ ジュリー・クリスティ この画像は本作の情報サイトよりの転載です。

長尺の約2時間50分の作品でしたが、舞台となる19世紀のイギリス西部の農村風景がダイナミックに捉えられていて人間ドラマ以上に魅せられます。

主要キャスト4人も其々に良かったです。
先述の二人に加えガブリエル役のアラン・ベイツは大地に立つ雄々しさと誠実さをずっと感じさせてくれたし、バスシバの不良夫トロイを演じたテレンス・スタンプは後年の映画『プリシラ』でとても好きになった俳優さんでしたが、本作はあまりに若き頃でスラリと細く長身で前半の役柄はとっても‘ヤな奴’で随分イメージと違ってました ^^; 。後半はトロイなりの生き方の美学を感じたりもしたけれど「じゃあなんで戻ってきたんだろう」と思いながら、彼がバスシバに関わった日々はやはり深かったのだと受け止めました。

そんなこんなの諸々の想い含め、いつかもう一回観たいです。送って下さったビイルネンさんに感謝です。



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自粛明け初の外食は友人とのランチで、テラス席のあるオープンエアなカフェでした。
紫陽花に時折爽やかな風が吹いたこの日。
久々の再会といろんなことに気付かせてもらえた語らいをありがとう。

友人はアルコールのウェットティッシュも携帯していて日傘の柄も時折拭いていました。私も見習わないと。
With コロナ の時代なのですね。


posted by ぺろんぱ at 13:32| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記