2020年08月06日

ぶあいそうな手紙    久々の映画館にて


気が付けばもう8月。
変わったことと変わりゆくことと変わらないことと・・・。 自分自身はどうなんかな・・・。



  シネリーブル神戸で 『 ぶあいそうな手紙 』 ( アナ・ルイーザ・アゼヴェード監督 ) 観ました。
約5か月ぶりの劇場鑑賞でした。 なかなか良い作品に出会えてよかったです。

< story >
 ブラジル南部のポルトアレグレに暮らす78歳のエルネスト。隣国ウルグアイからブラジルにやって来て46年になるエルネストは、頑固で融通がきかず、うんちく好きの独居老人だ。老境を迎え、視力をほとんど失ってしまったため大好きな読書もままならなくなってしまった彼のもとに一通の手紙が届く。手紙の差出人はウルグアイ時代の友人の妻だった。手紙が読めないエルネストは、偶然知り合ったブラジル娘のビアに手紙を読んでくれるように頼む。手紙の代読と手紙の代筆のため、ビアがエルネストの部屋に出入りするようになるが……。 (映画情報サイトよりの転載です)

ぶあいそうな手紙チラシ - コピー.JPG


 老いてこその選択、老いてこその決断。
自分もいつかそう遠くない未来にエルネストのような心境に陥るのだろうか…そしてその時果たして彼のように自らの直感に忠実に ‘思いきる’ 事が出来るのだろうか… 自問 。 ( 心境だけでいえば既に陥っている気がしないでもないですが。)

「老いというのは分かりあえる人々を失うこと」、この言葉が胸に刺さります。
ゆっくり死と向き合っていく姿がそこにはあったのですが、幾つになっても運命を劇的に変える分岐点は在るのだと思わせてくれる 「クラッシュ(=ときめくこと、劇中の詞)」 と 「悦び」 が、ある時点から力強く描き出されてくるのが小気味よくて段々前のめりになって観ている自分がいました。

ワケありのビアが若さ故かエルネストを振り回しているようにも感じられもしたのですが、その奔放さ(ある種の真っ直ぐさ)がエルネストの忘れかけていた何かを呼び覚ましたのだと感じます。
彼の中の何かがビアを遠ざけることをさせなかったのだと思いますが(決して品行方正とは言えないビアですがイケナイことはイケナイことと認識していたビアです)、それはエルネストの生来の直観力なのか、はたまた長きにわたる独居の寂しさからだったのか、いずれにしても孤独を抱えて生きてきたビアとは引き合う二人ではあったのでしょう。

だから、実はビアとの新しい形の日々があるのかな…とも思ったのでしたが、エルネストが決断したことは、提示されてみるとなるほど最も納得のいく道だったと分かる気がしました。

同じ希望と同じ喪失感を持つ人のもとへーーーーー。 
私には凄い決断に思えましたが、自分もエルネストの年齢になった時あんなふうに自分にとって大切なものを見極めて一心に向かえる人間であれたらいいのに、と思いました。

エンディングで流れる音楽も感動を高めてくれました。 どうか幸多き日々を。ぴかぴか(新しい)

友人ハビエルとの別れのシーンは秀逸です。
切なさがドーンときて、でもそういう友を持てたことが何にも代えがたいことなのだと思わせてくれました。
あのシーン、もう一回観たい。

**主演のホルヘ・ボラーニは、2005年に日本公開となった映画『ウィスキー』の人でした。
お歳は召されても味わいのある風貌は変わらない。確かチラシは残していたはず・・・もう一回観返したくなりましたね、『ウィスキー』。


                         ビールとモンブラン - コピー.jpg

こちらもかなり久々の、やはり半年ぶりくらいの某カフェ。
奥のモンブランは友人オーダーのケーキセットから写真用にちょこっと拝借しました、画的に何となく好いかなと。ありがとう。。。 でも私はやっぱりビールですが ( それやったらモンブラン借りるな、、、ごめんなさい )。



posted by ぺろんぱ at 20:08| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記