引き続き龍小説のこと、今回は『 MISSING 失われているもの 』。
前回ブログに挙げた2015年刊行の『 オールド・テロリスト 』の後、昨年3月に刊行された、目下のところの最新作です。
読了した今、先ず言えるのは「難解だったなぁ…」ということ。
オールド…は読むのに苦痛を伴う箇所もあったと書きましたが、骨太なエンタメ小説であり読み物としては面白かったわけですが、本書は龍さんの心の深い部分まで一緒に落ちてゆくような、とても観念的な小説でした。そういうの、決して嫌いじゃないけれど。
ページを繰った先に何があるのか、本を閉じる頃に何が待っているのか、知りたいという一心で読み進めました。

〈 こんな本 〉
この女優に付いていってはいけない――制御しがたい抑うつや不眠に悩んでいた小説家は、混乱と不安しかない世界に迷い込み、母の声に導かれて迷宮を彷徨い続ける。『限りなく透明に近いブルー』から44年。ひと筋に続く創造の軌跡の集大成にして重要な新境地作。(※本の情報サイトより転載させて頂きました)
この世とあの世、それをつなぐ境界の世界。
それらの世界をたゆたうように彷徨う主人公。自伝的要素の強い作品なのは明らかで、母親の語り、声の中に自らの苦悶が投影されているのが分かります。なので、母親が語り、声として登場していますが(その語りによって主人公は導かれていきます)、物語は主人公の独白の世界とも言えます。
世界から、自分から、失われているものを見つけようとする病める主人公の姿が描かれ続けていて、結局はこの先も彼はずっと病み続けるのではないだろうかとも感じました。
龍さん自身が執筆という行為に根本的に何かを問うているような?そして龍さん自身も明快な答には辿り着けていないまま物語が終わるかのような?? ごめんなさい、そういう感覚的な事しか今の私には感想を綴れません。
ただ、「現実という言葉すら知らなかった頃を思い出せ」、「現実には意味が無い」というラストの一文が、今は妙に心をざわつかせています。
本書の物語が小説家・村上龍の悩み、病める姿なのだとしたら、そこからの次なる新作が何年かの後に産み出されることを静かに待ちたいと思います。
デヴュー作『限りなく透明に近いブルー』の書き出しの一文が生まれ出た瞬間のことが終盤近くに描かれていて、そこは読んでいてワケもなくグッと来てしまいました。
「飛行機の音ではなかった。」
本書を読んだ今だからこそ、限りなく…をもう一度読み返してみたい思いです。

曇天の某日夕刻のウォーキングの一枚です。
今年ももう1/2が終わろうとしていますね。歳を重ねていく中での一年の半分は・・・大きいなぁ。
ぺろんぱさんが「難解だったなぁ…」とおっしゃるからにはよっぽどのよっぽどがあるんやろな、と少し興味は湧きます。(で?)(・・・今のところは不明)
いい風景写真ですね。映画゛眺めのいい部屋゛やったらこの池に裸になって飛び込むんですかね。(こんな丸見えの場所無理っ!)(・・・)
ほなまたです。
ビイルネンさん、お越し下さり嬉しいです。
本作は私小説的なもの?ですが、龍さんの小説に触れておられるお方ならきっと何らかの気持ちの重なりはあるかと存じます。私は感性鈍いんでビイルネンさんが読んで下されば是非ゼヒご意見伺いたいです(*^-^*)。勿論、もしももしも、お気持ちが動けば…で(^^)。
限りなく…は拙宅本棚のボロボロの文庫本を再び開いています^^。
眺めのいい部屋、(多分)未見です。すみません。
名高い作品ですよね…ダニエルさんの他、‘エキセントリックでない’ヘレナさんをいつかじっくり観てみたいです。
池に飛び込むシーン?を楽しみにしながら(*^-^*)。