2008年09月21日

おくりびと

 19日の夕刊で、市川準監督が亡くなられたのを知りました。
拙ブログにもあげていますが、『トニー滝谷』を観に行ったのが記憶に新しいところです。
春樹ファンとして観てもその小説世界が決して損なわれることなく、透明感のある映像で美しくつむがれていた心に残る作品でした。
ご冥福をお祈り致します。

市川監督、安らかに旅立たれたのでしょうか、これまでの氏の道のりから別の道へと・・・。
生きてきたことの延長線上に「死」があるのだとなと改めて感じたこの週末の映画でした。神戸国際松竹にて、『おくりびと』(滝田洋二郎監督)を鑑賞。

上映時間を待つ間、国際会館11階の庭園を眺めながらカフェラテを。
見上げると台風一過、青空が綺麗でした。

                神戸国際.jpg

story
  楽団の解散でチェロ奏者の夢をあきらめ、故郷の山形に帰ってきた大悟(本木雅弘)は好条件の求人広告を見つける。
面接に向かうと社長の佐々木(山崎努)に即採用されるが、業務内容は遺体を棺に収める仕事。当初は戸惑っていた大悟だったが、さまざまな境遇の別れと向き合ううちに、納棺師の仕事に誇りを見いだしてゆく。(シネマトゥデイより)


  私はこれまで、心のどこかで「葬儀で贅を尽くしたりあらん限りの花で見送ったりしても、所詮それは残された者の自己満足に過ぎないのではないだろうか」と思うこともありました。しかしこの映画を観終わった後は、残された者の心はその弔いの動作を通して、きっと旅立つ人の心に届けられるに違いない・・・そんな気がしました。
                おくりびと.jpg

納棺師という職業の存在すらしらなかった私。
初めはコメディタッチで進行し (でも味わい深い台詞にはドキリとさせられる)、その流れで納棺師という仕事の内容に触れていくに当たって、「マニュアル映画的に終わってしまったらいやだな」という思いがちらと過ぎったものでしたが、そんなのは杞憂に過ぎませんでした。
「死」を正面からきちんと見据え、同時に「生」をも生々しくあぶり出し、死者を送るということの意味を尊厳的に考えさせてくれた深い作品でした。

人はいろんな形で死を迎えるのですね。
それは人それぞれにいろんな形の「人生=生」があったのと同様に。
冒頭にも書きましたが、死は生と次元を異にするものではなく、生きてきたことの延長線上に「死」があるのだということを改めて考えさせられました。
そして「納棺」という行為を厳かに執り行うことで初めて、その人の死をも含めた人生を、肯定し敬い、正しく見送ることになるのだということにも気付かされました。

                 おくりびと1.jpg

愛し愛された家族に見守られ美しい姿で横たわる身体があれば、無残な姿で発見される身体もある。
けれど、別の世界へ旅立つ時は何人も、「ゼロ」地点に立って、綺麗になって新しい世界(本作では「死は一つのドアである」と言っています。そのドアをくぐって別の世界へ行くのだ、と。)へと一歩を進めたいのだと考えれば、納棺師という職業が持つ意義はとても尊いものになるのですね。

大悟(モックン)の一つ一つの所作が本当に美しい。
崇高さも感じられるほどです。
その昔モックンが主演した『ファンシイダンス』を思い出しました。あれも、経典を高らかに唱えながら御堂を行き来する僧侶の姿にそこはかとない美を見出し、それを見事に華麗に演じて見せてくれた彼がいました。
本作では更に厳かに、強く且つ心優しく、流れるような美しさで魅せてくれました。

                тR.jpg
                
また、本作では「食べる」シーンが重要なキーになっています。
佐々木が放つ台詞。
「死ぬつもりじゃないなら喰わなきゃいかん。喰うんならウマいに限る。」
佐々木はこんがり焼けた河豚の白子を手に取り「これだって御遺体だ」とも言います。
美味しいものを貪るように食べて、とにかく生きる・・・死んでいく人々の映像と生きる人間の生々しさ・力強さが対比され、納棺師という職業を忌み嫌っていた人間だって結局はそうやって他の命を糧にして生きているんだ、それが生きるということなんだ、だから全ての命・全ての死ときちんと向き合わなきゃならないんだと、そんな声が聞こえた気がしました。

  
 テーマは重いけれど、決してそれを「台詞」だけで語らせていないところがよかったと思います。
大悟が納棺師を辞めないと思ったのも、佐々木が声高に「人生とは!」と語って聞かせたわけじゃない。
大悟の妻が心を変えるに至っても、誰もそれを必死に説得したからじゃない。
あるがままの(ある意味どろくさい)日常の姿がいっぱい重なってのことでした。

                 тS.jpg

チェロの音色も深い趣を感じましたし、久石譲さんの音楽がとてもよかったです。
本作の原案は実は彼の発案だったと聞いた、モックンこと本木雅弘さん。何をしててもセンスがいいですね、コミカルな演技にさえ計算され尽くした美を感じます。ラストは思いっきり泣かせてもらいました。
それからどう見たって「堅気」には見えない山崎努さん、普通にしてても凄味があります。凄味がありながら滲み出る人間味には惹かれますね。最後の最後にもうワンシーン観たかったというのが正直なところですが・・・。

「いったい自分は何を試されているのだろう・・・。」
一度はそういう思いを味わった大悟だから、この仕事と向き合えたのかもしれません。そしてそこに意義を見出せた。
挫折や苦節は、やっぱり人生には必要なのでしょうか・・・(沈思黙考)。

 
 さてさて、山形と言えば大好きなお酒<十四代>の地です。

十四代 吟醸.jpg  その後これも→ 花巴.jpg 花巴 純米無濾過生原酒

最近はレア物になって滅多に飲めなくましましたが、偶然に、本当に偶然にも、当夜久し振りに覗かせてもらったお店(刀屋さん)で<十四代・吟醸>がありましたので喜び勇んでいただきました。(やはり仕入先の酒販店さんでも月に1、2本確保できるか否かのものだそうです。)
これは“山田錦100%”の襟を正した十四代です。
優しくふくよかで、香もほど良く品があって。たいへん美味しゅうございました。


posted by ぺろんぱ at 12:34| Comment(16) | TrackBack(3) | 日記
この記事へのコメント
どもです!

本日、ワタシも観て来ました☆

「今年一番の邦画になるかも、ワタシの中で」
と素直に感じております。
Posted by TiM3 at 2008年09月21日 19:30
これもこれから観たい映画のリストに入れます。
ぺろんぱさんの言葉を見ていると惹かれました。
またTiM3もえらくお勧めですね。

ちなみに私は今月に入ってまだ映画館に行っていません。色々としたいことが一杯あって映画はちょっと優先順位が下がっているんで....

モックンもだけど、あのアクの強い山崎努さんのお姿を大画面の迫力で観たいですね。
上映はメジャーな映画館のようなので、しばらく行かなくても大丈夫かな?
Posted by west32 at 2008年09月21日 22:58
こんばんは!
きっとご覧になると思っていましたよ(^^)b

>コミカルな演技にさえ計算され尽くした美を感じます
そう!そうなんですよね〜。
どんな役を演じても、ちゃんと自分の美学を注ぎ込んでいるというか、
強く魅かれるものがありますよね、モックン。
山崎さんも、余貴美子さんも、本来の愛に崩れた感じがさらりと出てて(笑)ナイスでした♪
Posted by kira at 2008年09月22日 01:14
TiM3さん、こんばんは。
「同日、同作品鑑賞」だったのですね!
そして、TiM3さんのハートにビシッと決まった作品だった由、同作品を観た者として何やら嬉しい気分です。(*^_^*)
Posted by ぺろんぱ at 2008年09月22日 19:30
west32さん、こんばんは。
私はつい余計な事までダラダラと書いてしまうので、間違った感覚が伝わってしまっていないか心配です。しかし本作については仰る通りTiM3さんも誉めていらっしゃるし、安心です。(^_^)
west32さんは今年は某資格のご取得に向けて準備されると貴ブログで拝読いたしておりました。なので、もしもお時間があれば…ということでご覧になって下さいね。まだ上映は続くはずです。(^_^)

山崎さん、フツーにされてても凄味がありましたよー。
Posted by ぺろんぱ at 2008年09月22日 19:35
Kiraさん、こんばんは。ようこそです。

これはね、実はスルー予定だったのです。
けれどリンクさせていただいているブロガーさん(Anyさん)のレヴューを読んで、俄然観たくなってしまいまして方向転換しました!
Kiraさんも早々に観に行かれていたのですね!(*^_^*)

観てよかったです。
モックン、これからもどんどん映画に出てもらいたいですね。(モックンが納得されたものならどんどん!)

拙ブログで触れず仕舞いでしたが、余貴美子さんも“人生にもう多くは期待しないわ”っていう感じが中々心地よかったですぅ。
Posted by ぺろんぱ at 2008年09月22日 19:41
ぺろんぱさん、こんばんは♪
ぅう嬉しい〜 鑑賞されたのですね^^
ぺろんぱさんの感想を心待ちにしていました!
気が早いのですが、この映画は
たぶん今年の邦画マイベストになると思います。
「死」を正面から見据えていながら
流れる涙は温かく優しい気持ちになれました。

>残された者の心はその弔いの動作を通して、きっと旅立つ人の心に届けられるに違いない・・・

私も鑑賞後に同じ様に感じました。
そして、いつか送り送られる自分や家族に重ね合わせ、
死生観、人生観を考えさせられる作品でした。
モックンは本当に何をやってもセンスがありますね。
それ以上に沢山の努力も重ねているのでしょうね。
是非『ファンシイダンス』も観てみたいと思います♪

庭園はあの素敵なお店ですね!
あの日も写真の様な綺麗な青空でしたよ(*^^*)
それにしても・・あれから1年経つなんて・・(早っ)
Posted by Any at 2008年09月22日 21:48
Anyさん、いらっしゃいませ〜。(*^_^*)
Anyさんのお蔭で鑑賞の運びとなりました、ありがとうございました!
邦画マイベスト、、、なるほど、です。
年末のAnyさんBestを楽しみにしつつ、この作品は本当にあったかい涙を流させてくれたなぁと、私にとっても忘れられない映画になったと思っています。

モックンって、こうやって何年ぶりかに映画に出てどど〜んと大きな印象を残してまた煙に巻いていく、不思議な俳優さんだなぁと・・・。
でも仰る通り、沢山の努力の賜物なのかもしれませんね。

はい、庭園はあのお店の前の庭園です。(^_^)
そうでしたね、あれから1年なのですか・・・「また神戸にどうぞお越し下さい!」っていうか、私も“でっかいどぉ〜北海道〜”にまた行きたいです!(若かりし頃に行ったきり・・・(T_T))
Posted by ぺろんぱ at 2008年09月23日 22:29
今日、なんばパークスで観てきました。

『ファンシイダンス』懐かしいですねぇ。
元々僧侶好きなので私もクラッときたのを覚えています。
(関係ないけど鈴木保奈美さんが引退したのは、残念。)
同じ周防正行監督作品の『シコふんじゃった』もめっちゃ笑いました。
今回の作品でも本木さんは、表情やしぐさだけで
ユーモラスな表現なんかしてしまう所、いいですねー。

>最後にもうワンシーン観たかった
わかります!やっぱ山崎努さんが出ると俄然面白いですもん。
Posted by ゆるり at 2008年09月23日 23:05
ゆるりさん、こんばんは。
イギリス好男子?のみならず、僧侶に付いても広いご考察をお持ちのゆるりさんだったのですね(*^_^*)。

『シコ・・・』もユーモラスな作品でした。
『ファンシィ・・・』はVIDEO撮りした昔のものがあるので近々観直してみようかと思っています。
でもって、ここ数日、私の中でヘヴィーローテーションとなっているBGMは「Zokkon命(ラブ)」です。(ふ、古いっ!^^;)

仰る通り、保奈美さんは残念ながら・・・今は[フツーのママ]されてるのでしょうか???
 
Posted by ぺろんぱ at 2008年09月24日 21:03
どもども☆

いやー、すごい映画でした。
本当に生と死は同じ次元にあるのだと、いい意味で感じ入りました。なんというか、ずっと心に残したい作品です。

「いったい自分は何を試されているのだろう・・・。」

俺としてはこの言葉が一番深かった気がします。
何度も観たい作品です。
Posted by dk at 2008年10月04日 08:18
dkさん、こんにちは。
すぅぅっと心に染み込む感じの映画でしたね。

>「いったい自分は何を試されているのだろう・・・。」
私もこの言葉が残っています。
こんな風に(人生の)道に迷う時ってありますよね。

死は扉、っていうのにも少し癒される思いでした。また時を経て観てみたいですね。
Posted by ぺろんぱ at 2008年10月05日 16:24
はろはろ、しげぞうでございます。

宣伝の時から気になっていました。
やっと見れました。
泣きました(^^)
いい映画でした。

山崎さんの演技よかった。
Posted by しげぞう at 2008年10月19日 21:54
しげぞうさん、はろPARTUです。

ご覧になってこられたのですね。
私も泣きました。でも“いい涙”だったと思います。

山崎努さんはさすがの迫力ですよね。
真近で見つめられたら(=睨まれたら)、間違いなく怖気づきます。^_^;
Posted by ぺろんぱ at 2008年10月20日 22:08
遅くなりましたが、観てきました。
これぞ日本人の琴線を震えさす映画ですね。
ノスタルジーさえ感じます。
庄内平野、特に雪の月山が美しく、
久石さんのチェロが北国抒情を掻き立ててくれました。
死は誰にでも等しくやってきますが、
最期までしっかり生きようなんて
殊勝なことを感じたしだいです。

Posted by keyakiya at 2008年10月23日 23:52
keyakiyaさん、こんばんは。
そうですね、やはり日本人監督が日本の風景を背景に撮った作品というのはどこか安心感がありますよね。
久石さんの音楽が、私もとてもいいなぁと思いました。
そして、大悟(モックン)が(納棺師という仕事に就きながらも)終始チェロを心の伴侶とし、広大な平原の中でそれを奏でるシーンには心洗われるものがありました。

なにか哀しいことがあるとつい“刹那的”になってしまいがちですが、私も“大切に”日々を送りたいと思います。
Posted by ぺろんぱ at 2008年10月24日 21:33
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