向かったのはシネ・ヌーヴォ。
『チェチェンへ アレクサンドラの旅』(アレクサンドル・ソクーロフ監督)の鑑賞でした。
この監督、名前だけがしっかりインプットされていて実は肝心の作品は未見でした。この作品は同監督の最新作とされるもので、平和への祈りに満ちたものだと(当シアターの告知版に)記されていました。一度触れてみたかったソクーロフ監督の作品世界に、昨日やっと接することができました。
「戦争に美学はない」
監督の語るこの言葉そのままに、ここには美しい愛国心や使命感のもとに繰り広げられる銃撃戦も、流血の涙も愛を求める慟哭もなかったです。
あるのはただ、兵士たちの渇いた日常と人々の疲弊と欺瞞、戦地一帯を覆う荒涼感と寂寞の思いのみでした。

story
愛する孫に会うため、チェチェン共和国のロシア軍駐屯地を訪れた祖母が見た光景を通じて、戦争と人間の本質を見つめる。
チェチェン共和国のグロズヌイににあるロシア軍駐屯地で、部隊の一将校として軍務に従事するデニス(ワシリー・シェフツォフ)のもとに、祖母のアレクサンドラ(ガリーナ・ヴィシネフスカヤ)が会いに行く。7年ぶりに会ったいとしい孫を見たアレクサンドラは、もはやデニスは銃で人を撃つことしかできないのではと心配するのだったが。(※story、作品写真ともシネマトゥデイより転載)
ロシアでは家族が兵士の駐屯地を訪れるのはそう珍しくはないことらしいのですが、劇中の台詞から、アレクサンドラのように幾日かの滞在を申し出ることは少ない事例のようだと理解できます。
何が彼女をそうさせたのか、彼女が抱く捉えどころのない獏とした不安と寂寥感は、やがて彼女自身をして語られることになるのですが、それについては後に触れることとします。
先日した通り、駐屯地には荒涼とした大地と無骨な建屋と、戦車が行き交うたびに舞い上がる土埃があるだけでした。
黙々と武器を磨く若い兵士たち。課された役務をこなしていく日々に少しばかりの笑いと休息はあるものの、どこか疲れた表情と屈折した感情が見て取れ、それが私をひどく哀しい気持ちにさせました。
「なんて狭いこと・・・。」
「ひどいところね。」
「入浴できればいいのに。」
「洗濯しているの?」
基地内を案内されるアレクサンドラが孫デニスに発する言葉の数々はどれも“不通の感覚を持つ、普通の人間”の言葉であったけれど、基地で暮らす彼らと咬み合わない何処かちぐはぐな印象を残すのは、兵士たち自身が“本来あるべき普通の日常”から既にかけ離れてしまっていることを示しているに他ならないのですね。
それだけ、そこには「不毛の地」「不毛の時間」しかないのだということを感じてしまった私です。
アレクサンドラと話す若い兵士たちが、彼女の言葉から、一瞬故郷の家族を想い起こしたような表情を見せたのが印象に残りました。
土埃の舞う基地にも幾らかの植物は育っていて時折日の光が燦然と降り注ぐシーンがありましたが、その太陽の光を「嬉しい」と感じるのは、スクリーンの前の私もそこに実在していた兵士たちも全く同じなのかもしれません。
束の間の光の暖かさ柔らかさが、どれだけ心の救いとなることか。

戦争は不毛と書きました。
そしてそこからは疲弊と負の感情しか生まれないのですね。
それは兵士たちに限ったことではなく、戦地を取り巻く全ての人々にも言えることでした。
アレクサンドラ。
彼女が突き動かされた感情の発露が「老い」とそこから来る「不安」と「孤独」であったことは間違いないにせよ、そこに「戦争」が色濃く蔭を落としていたことも確かだと思うのです。
人生の終りを予感するアレクサンドラに、戦争がもたらす「破壊」と「別離」がさらに追い討ちをかけたといえるのではないかと。
「生き続けたいのよ・・・」
「誰かと一緒に暮らしたのよ・・・」
デニスに発したこの言葉は、武器を持たない人間の素直な心の叫びだったのですね。
その“武器を持たない”女たちの心の通い合いが後半に力強く描かれています。
チェチェンの戦争未亡人マリカとの出会いと心の触れ合いは、「武器や戦車には実は何の力もないのだ」ということ、人間同士が基本的に尊重しあう心こそが明日を生きる力になるのだということを、あらためて教えてくれた気がしました。
戦争を非難しつつも、兵士たちを決して悪者にしていない描き方(彼らも不毛の闘いに圧せられる弱き者たちなのですね。一体彼らは何を敵として闘っているのだ!? )にも監督の平和への思いを強く感じるところでした。
人生は一度しかない。
そしてその人生はかくも短い。
その短い一生の大部分を不毛なものに費やさねばならないのだとしたら、その代償を一体何に求めればいいのでしょう。
かく言う私は、(表面的には)平和な中で均衡を失いかけている今のこの日本で、またお酒に救いを求めてしまいました。

4ヶ月ぶりに訪れた刀屋さんでジンリッキーを。この日はタンカレーで作って下さいました。
襟を正したい感じのきりりとした喉越しでした。美味しいお酒をありがとうございました。
ご覧いただき嬉しいですー。
ロシアな映画は軒並み贔屓にしている私ですが、近年はソクーロフ作品の魅力にどっぷりハマっております。
アメリカ映画にはない戦争への言及の仕方に息をのむばかり。
武器を持たない女たちの姿には本当に心打たれました。
ソクーロフ映画は劇場鑑賞必須なんですが、機会ありましたら他のも是非。
クラクラしちゃう映像美なんですよねぇ。
はい、私もこの監督の作品は観てみたいと思っていたので嬉しいいです。
確か、かえるさんのレヴューでのコメント欄で同監督の『モレク神』の作品名をインプットさせて頂いたと記憶しております。(*^_^*)
“権力三部作”なるものの最後があの『太陽』だったようですね。映画館の予告編では観ていたのにスルーしてしまっていました。(>_<)
>クラクラしちゃう映像美
そのご表現に私は“クラクラ”です!
是非観なくては!