2010年01月17日

誰がため

  阪神・淡路大震災から15年が経ちましたね。

当時は神戸にある会社に居たのでいろいろと大変な思いもしましたが、震災から一ヵ月足らずの未だ業務も軌道を回復せずに気忙しくしていた頃、年下の女性社員の子が「バレンタインデーはどうしましょうか。」と相談しに来てくれたことがとても印象に残っているのです。その時に「ああ、こうやって一つずつ前に進んで行くんだな。人間って逞しいのだな。」と感じ、目の前を一瞬でさぁっと新しい色に塗り替えられたかのような、そんな感動を覚えたのでした。

でもそれも「生きて」いればこそ。
あらためて、亡くなった方々のご冥福を祈りたいです。

さて、テアトル梅田で『誰がため』(オーレ・クリスチャン・マセン監督)を鑑賞しました。
今年は年明けの初鑑賞から、戦争を描いた(または戦争の色濃い影響下の世界を描いた)作品が三作続きました。
映画の中でも、たくさんの「生きていればこそ」だったはずの人生が存在していました。

story
   ナチス占領下のデンマークを舞台に、過酷な運命に翻弄されながらも戦い抜いたレジスタンスの闘士フラメンとシトロンの実話を描く。
第二次世界大戦末期。打倒ナチスを掲げる地下抵抗組織ホルガ・ダンスケの一員、フラメン(トゥーレ・リントハート)シトロン(マッツ・ミケルセン)の任務は、ゲシュタポとナチスに寝返った人たちを暗殺すること。しかし、あることをきっかけに任務への疑問を抱き始めた彼らは、組織に対する疑念を膨らませるようになる。 (※story、写真とも映画情報サイトより転載させて頂きました。)

                 誰がため.jpg

暗躍する陰謀、密告者、二重スパイと、展開はスリリングですが所謂クライムサスペンスでは決して無く、あくまでフラメンとシトロンという戦争に翻弄され尽くす人間に肉迫した作品です。

彼らは課せられた任務に迷い、悩み、自問します。
あることをきっかけに、自分たちが「正義」だと確信していたものが「果たして本当に正義なのか」と揺らいできたからなのですが、そこから徐々に見せ始める二人の変化が、崩壊の序曲なるものを思わせ痛々しく切なく、哀しくありました。

信・義・愛を失って寄る辺を失くし、まるで弱者のような彼らに「怯え」さえ漂うのが痛ましく、しかしそこから彼らなりの(彼らだけの)信念の道を進んで行くさまがまた、他の選択肢がありそうで無かったのであろう彼らの「かつて一度選んでしまった道」のあまりの過酷さを思わせ、更に暗澹たる思いに駆られるのでした。

 「その先には何がある?」
 「何も無いさ、ここにも、俺たちにも。」

  フラメンの、自分の未来を悟ったかのような諦観。

 「戦争に正義など無い、ただ標的を倒すだけだ。」
  優しさゆえに人を殺せなかったシトロンが、やがて後に言い放った言葉。


                  誰がため チラシ.jpg  映画チラシ

 この映画でも、劇中「生き抜く」という言葉を二度、耳にしました。
ただ生きることが目標になるほど、戦争は死と常に隣合せなのだということに改めて気付かされるのです。
戦争に正義など無い。
この言葉を聞いて、アレクサンドル・ソクーロフ監督が『チェチェンへ、アレクサンドラの旅』の制作時に語った言葉「戦争に美学はない」を思い出しました。
変わりゆく過酷な状況の中、自分なりの(自分だけの)正義を貫くしか仕方の無かった二人の壮絶な最期は、美学の介在など許されない世界でした。

フラメンとシトロンがかつで一人の人間として生活していたコペンハーゲン北部の景観が、痛ましい戦争の様相と反してあまりに美しく、それがひどく心を哀しくさせるのでした。


 主演の一人、マッツ・ミケルセン
この人とは何故か年末年始にスクリーンで逢っています。
07年の年始に観た『007 カジノロワイヤル』、同年末の『アフター・ウェディング』、そして今年の本作『誰がため』です。
穏やかそうでいて薄幸の影が離れない感じの顔立ちの御方です。

そしてもう一人の主演、トゥーレ・リントハート
デンマークを代表する若手俳優さんだそうですが、端正且つ甘いマスクに滲ませる苦悩の表情は「美愁」なる言葉を造語してしまいそうなほどでした。


                 ジンソニ 美しい!.jpg

こういう美しいお酒で乾杯できるのも生きていればこそ。





posted by ぺろんぱ at 19:03| Comment(12) | TrackBack(1) | 日記
この記事へのコメント
今日は、震災のあったあの日ですね。私も朝から行事に参加してきました。

さて、予告編は何度か観たのですが、二重スパイ、裏切りということで重たさを感じています。
> 映画の中でも、たくさんの「生きていればこそ」だったはずの人生が存在していました。
そうですよね、「生きていればこそ」色々なことが出来るんだ。次に伝えることが出来るんですよね。

> この映画でも、劇中「生き抜く」という言葉を二度、耳にしました。
確かに必要なことでしょう。

生き抜くことの重要性分る映画なのですね、今日のような日に観るべき映画からもしれませんね。
Posted by west32@お出かけswalk at 2010年01月17日 21:11
お早うございます。

やはり「殺し屋」と「ヤクザ」は物語に取り上げ易いのでしょうか。。

結局「所詮、大義名分を掲げようが、殺しは殺し」ってトコがあるのでしょうね。

迷いの生じることで、彼らこそが「生き始めた」ようにも(拝読して)感じました。

高松上陸の折は、チェックしてみたいです。

追記:社会人となって間もなくの震災でした。もうこんなに経ってしまったのですね。
Posted by TiM3 at 2010年01月18日 07:54
ぺろんぱさん、大変ご無沙汰しておりますm(_ _)m
その節は折に触れ励ましてくださったのに
こんなにさぼり続けてしまっていて、すみませんm(_ _)m

あの震災を体験されたのですね。
私はその前年に長年暮らした大阪から今の地に転居したのですが
当時の衝撃は今でも思い出しますよ。
さぞ大変だったことでしょうね…

やっと少しずつ観始めた不甲斐ない私ですが
ぺろんぱさんの記事を拝読していて、映画の面白さが無性に懐かしく思えました!
書かなくても、観たい!と、今、強く思いました。
作品に真摯にそして冷静に向き合うぺろんぱさんの姿勢は
いつ拝読しても素敵です♪ とっても刺激されました(#^.^#)
新年に挙げられた3作、私も是非観たいと思います。
素敵な記事をありがとうございます。
こえからもぺろんぱさんの記事を楽しみにさせて頂きますね♪
Posted by fizz♪ at 2010年01月18日 11:03
west32さん、こんばんは。

追悼行事へのご参加、お疲れ様でございましたね。
少し貴のサイトにお邪魔しましたが、夜半からかなりの距離を歩かれた由、お風邪など引かれていませんでしょうか。

戦争を扱った映画はやはり重たいものになってしまいますね。
でもいろんな作品に出会うたび、知らなかったことを知ることが(たとえ知るだけでも)できたことで、鑑賞前の自分とは違った自分を感じることができます。(それを活かせているかどうかは疑問ですけれどね。)

とにかく「生きる」、この言葉が前鑑賞作からとても響いています。
生きるか死ぬか、紙一重の世界だったことが今此処に生きる我々には俄かには想像できず、ただ愕然とする思いです。

もしもこの先に御鑑賞の機会がございましたらどうぞ。(*^_^*)

Posted by ぺろんぱ at 2010年01月18日 19:10
TiM3さん、こんばんは。

迷いが生じて、初めて“生き始める”と同時に、私には彼等がそれまでとは違った苦悩を新たに背負ったように感じました。
でもそこからの(その苦悩からの)逃げ道は無かった彼らです。

実話ということで、二人にスポットは当たっているものの決して彼らを英雄視している作品ではないと感じました。
もしも機会がございましたら是非に。(^^)

15年前はさらっぴんの社会人でいらしたのですね。
築いてきたものが一瞬で崩れることってあるのだと感じましたが、それでも再生するものもあるのだと、、、そう思いました。

Posted by ぺろんぱ at 2010年01月18日 19:25
fizz♪さん、こんばんは。
ご無沙汰でした、ようこそです! 

震災時は、実は私は真っ先に会社に駆けつけることができず、当時の同僚・上司には迷惑をかけてしまったかも知れません。
震災が起こった瞬間はもう全てが無に帰するような感覚に捉われてしまったものですが、それでも会社で仕事を再開し、社内外の友人・知人が全て元気でいてくれたことで頑張れたのだと思います。

fizz♪さん、どうぞまた映画をご覧になってくださいね。
感想を書くことはニの次・三の次で、何か興味をお感じになるものがあればそれを是非スクリーンに確かめに行ってください。(*^_^*)

私の感想文はいつも書いたあと自己嫌悪に陥るものです。「なんか違うなぁ」とかもやもやしながら、そういう時はてっとり早くお酒を飲んで忘れることにしてます。(←良い子の皆さんは決して真似しないでください^_^;)

でもfizz♪さんが褒めて下さったことに素直に感謝します。
私こそ励ましてもらいました、ありがとうございます!
またどうぞいらして下さいね。
宜しくお願いします。


Posted by ぺろんぱ at 2010年01月18日 19:33
ぺろんぱさん、こんばんは。
ぺろんぱさんはあの震災を体験されたのですね。
天災に抗えず大切な命を失ってしまった人たちのことを思うと、戦争で殺し合うなんてばかげたことはやめようよと思うのですが、人間は不条理な生き物ですよね。
でも、正義じゃないとはいえ、そうではない翻弄されたものだからこそ、フラメンとシトロンの生き様に心うたれましたよね。
年末に本作や「カティンの森」のような素晴らしい映画を観た私も、年の初めに観たぺろんぱさんもどちらも充実しているかなって。
Posted by かえる at 2010年01月18日 23:30
かえるさん、こんばんは。

>人間は不条理な生き物

本当にそうですね。
ずっと昔ですが、戦争云々の話をしていた時に友人が「それでもやっぱり戦争は無くならへんねん。」と言うので、「何で?」と私が問うとその子が「人間はバカだから。」と言ったのが今でも凄く心に残っているんですね。その子の中にはその言葉だけで現しきれない様々な思いがあったと思うのですが。

それでも、起こってしまった戦争の嵐の中で「違う」と思うものに抗い生きた二人には“平和だったら”違う人生があったことを思うと無念でもあり、また、素直に心を打たれるのです。

>どちらも充実しているかなって。

とても嬉しいです、そのお言葉。
辛い内容の映画でも、そこからいろんなものを吸収していければいいですね。

Posted by ぺろんぱ at 2010年01月19日 21:22
こんばんは

マッツ・ミケルセンも
トゥーレ・リントハートも大好きな俳優さんです。
彼らの宿命の哀しさにいいようのない気持ちになりました。
淡々と進む中に実話ならではの説得力がありました。
ほんとに,彼らには破滅がわかっていても
前に進むしかなかったんですよね。
愚かのように見えても,彼らの凛とした生き様というか
死にざまには目頭が熱くなりました。

それにしてもこの映画やたらとビールを飲むシーンがが出てくるので
調べてみたらデンマークってビール王国だったんですね。
飲んでみたいです,デンマークビール。
Posted by なな at 2010年07月03日 20:18
ななさん、こんばんは、ようこそです!

マッツ・ミケルセン、よいですよね〜。非道な役柄でもこの御方がやると何だか真っ当な背景があるようにも思ってしまいそうです。

本作、実話を巧く映画作品として力を放つものに仕上げられていて、私もななさんの仰るように「説得力」を感じました。

>前に進むしかなかったんですよね

ソレしか自分を貫く道がなかったということに戦争のもたらす痛さと哀しさを感じました。

>デンマークビール

ベルギービールって呼び名は溢れてるのにこちらの方は余り聞きませんよね。
でも有名どころでは多分ななさんも飲まれていると思しき「カールスバーグ」や「ツボルグ」やらがあるようです。カールスバーグなんて、私は「輸入ビール」っていう一括りで片付けてしまっていましたが^_^;。
私も今後「デンマークビール」の括りに注目してみたいと思います。(*^_^*)
Posted by ぺろんぱ at 2010年07月03日 22:00
ぺろんぱさん、こんばんは♪
そうです、このぺろんぱさんの記事のお陰で、再び「映画を観たい!」と思い直した私でした!
やっとあの日のご恩返し(大袈裟でごめんなさい)に伺えたような気がします(^-^*)/ (…いや、でも、勝手な言いぐさで益々ごめんなさい!)
本当にこんなに遅くなってしまいましたが…(^_^;)

>「何も無いさ、ここにも、俺たちにも。」
言ってましたよね、あの部屋で。
どんな正義であろうと、自分達のしていることの罪深さまでをも、心の奥で自ら裁きながら任務を遂行していたのかも…などと思ってしまいました。
残された彼らの道のあまりの悲しさに、戦争の罪深さをあらためて憎みました。
Posted by fizz♪ at 2010年11月10日 01:15
fizz♪さん、こんばんは。

私の記事のお陰なんてとんでもないですよ!(^^)
きっと、丁度時期的にfizz♪さんの心がホンワリとほぐれて来ていた(こんな表現でいいのかどうか分かりませんが)時だったのだと思いますよ。(^^)

そしてここのところfizz♪さんのブログが伸び伸びと、しかしながら意欲的に更新されているのを拝見するのはとても嬉しい思いです。

>戦争の罪深さをあらためて憎みました

「憎みました」の結びに心底の思いを感じました。戦争の罪深さは「思う」だけじゃなくて「憎む」べきものであるのだ、と。
観続けるには随分辛いものがあったという貴レヴューを拝読しておりましたが、そのfizz♪さんの深い姿勢がこの結びの言葉に繋がったのだと感じました。

fizz♪さん、どうぞこれからもいろんな映画でお話しさせて下さいね。(*^_^*)


Posted by ぺろんぱ at 2010年11月10日 19:30
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