2010年03月22日

アイガー北壁

 
  この連休で桜の開花がちらほら。
風が残っていたものの、うららかな陽射しを感じつつ足を運んだのはシネリーブル梅田です。

同じ雪山とナチスを題材にしたものでも『デッド卍スノウ』(ゾンビホラー)とは随分違うよな・・・いいえ、本当の惨劇とはこういうのを言うのだろうなと身も心も震えた『アイガー北壁』(フィリップ・シュテルツル監督)を鑑賞したのでした。

ただただ圧倒され、一筋の涙が頬をつたう。 秀作でした。

story
 ナチス政権下、前人未到だったアルプスの難所アイガー北壁に挑んだクライマーたちの壮絶な運命をつづる山岳ドラマ。アルプス登攀(とうはん)史上最大の悲劇と呼ばれた実話を基に描く。
 ベルリン五輪開幕直前の1936年夏、ナチス政権は国威発揚のためドイツ人による前人未到の難所アイガー北壁初登頂を強く望んでいた。ドイツの若き登山家トニー(ベンノ・フユルマン)とアンディ(フロリアン・ルーカス)、そしてオーストリアの2名が大いなる期待を背負って北壁に挑む。彼らは順調に登っていくが、落石によるメンバーの負傷や悪天候に見舞われ……。(※story、写真とも映画情報サイトより転載させて頂きました。)

                 アイガー.jpg

 “ 山岳家は、制覇しようとする頂を見上げた時「これは無理だ、絶対に登れない」と思う。しかし幾多の困難に耐えて登り切り、頂から下界を見下ろした時、全てを忘れる。ただ、大切な人のことを想うだけだ。”

冒頭に語られた、かつてトニーが残した言葉。
山を経験した人なら誰しも頷ける言葉ではないでしょうか。

「殺人の壁」と称されたアイガー北壁。
今ほどの装備も防護服もなく、棺で帰る山岳仲間を多く見ていながら、何故に彼らは其処を目指そうとするのか。
ナチスがプロパガンダに利用したという背景はありながらも、登攀を決めて足を踏み出すのは結局は彼ら自身なのです。彼らの魂が求めて止まない“何か”(無限への挑戦?)があるのでしょう。

実話であり「悲劇」ということを知った上で臨んだ鑑賞ながら、死と背中合わせの緊迫感と容赦ない自然の猛威にスクリーンを前に硬直し、ひと思いに逝けるならば死さえ安楽の世界とも思えたほどの惨状に、私は呼吸を忘れるほどでした。

私もかつて六甲山を登頂した時に、一箇所だけほぼ垂直に近い岩山を登らねばならなかったのですが、その時の怖さと言っら・・・。本当に怖くて怖くて、この怖さをまた経験するなら代わりにお酒を一生やめてもいいって真剣に思ったくらいです(それって私にとっては凄いことなんです)。アイガー北壁のアレは、おそらくその何千倍、何万倍、いいえ何億倍もの恐怖だったに違いありません。

つまらぬ例えを出してしまいました、閑話休題。

                 アイガー1.jpg

悪天候時のアイガーの迫力ある凄まじい映像と、遠景で捉えたアイガーの屹然とした美しさ。
この対比も見事ながら、本作では「生死を賭けた闘いに挑む者」と「その闘いを娯楽として楽しむ上流階級の人間」、「その闘いを如何に面白い記事に仕上げるかを画策するジャーナリスト」といった三者三様の世界が交錯して描かれ、山岳映画に人間ドラマとしての深みが重ねられていたと感じました。挑む者たちとそれを眺める者たちの接点に立つのがルイーゼ(ヨハンナ・ヴォカレク)という女性で、彼女の存在がこの映画を非常に味わい深いものにしていたと思います。

優雅にワイングラスを揺らしながら麓の高級ホテルで登攀を双眼鏡で眺めるお金持ち達の姿が過酷な登攀の映像と交互に映し出されるのは残酷であり、しかしながらそこには「ヨーロッパでは冒険家を評価し賞賛する風潮が(日本などに比して)格段に高い」と言われているという皮肉な事実もあるのでした。
また、地位あるジャーナリストが放った「読ませる記事は栄光か悲劇のどちらかだ」の言葉はジャーナリズム論で言えば正論でも、目の前の人間の悲劇を望んだりはしないというというごく当たり前の人間の感情からすれば邪論であり、また、その言葉の延長する先には世論操作や捏造に繋がる怖さを感じたりもしたのでした。

トニー、アンディー、そしてルイーゼ。
このトライアングルが、まるで青春映画か淡い恋愛映画の片鱗を感じさせていて美しい。
先述しましたが、想像を超える登攀の過酷さ・運命の熾烈さと共に、ルイーゼの存在が本作のもう一つの芯であり華でした。
彼女のラストシーンとラストの言葉には、それこそ“全てを忘れ”させてくれる清々しさがありました。


                 黄桜冷酒.jpg

ある日の立ち呑みでの一景。
ルイーゼは、自分の命を感じるのは愛した人がいたからだという意味のことを言っていたっけ。

余談ですが、登攀って体力戦であると同時に頭脳戦でもあるのですね。
posted by ぺろんぱ at 19:00| Comment(4) | TrackBack(2) | 日記
この記事へのコメント
ばんはです。

登山作品なんですね。面白そうです。

六甲に登られたことがおありなんですね。
また機会があれば、お聞かせください。

ワタシも厳冬期、天保山に決死の登山をした思い出を語りますから・・ ←関西人にはウケる、、かな?
Posted by TiM3 at 2010年03月23日 00:14
TiM3さん、こんばんは。

山じゃないところでのドラマも展開していましたよ、もしもお時間があればどうぞ。(^^)

六甲は3度ほど登りました。
頂上を極めたのは一度だけでしたが。

厳冬期の天保山?
決死の?
わぁ、なにやらいろんな話が飛び出してきそうで
面白そうですね〜。(*^_^*)
Posted by ぺろんぱ at 2010年03月23日 20:27
初めまして。この映画と「セブンイヤーズインチベット」が少なからず繋がっていたことに、小さい感動を覚えました。山岳映画いいですね。
Posted by ローラー男 at 2013年10月24日 10:21
ローラー男さん、お越し下さりありがとうございます!

「セブンイヤーズインチベット」、未見です、残念。しかし随分昔に録画したソフトが確か自宅にあったような・・・探してみます。
ところで拙レヴューの最後の一文、「登攀って体力戦であると同時に頭脳戦でもあるのですね」は、貴ブログの山岳記を拝読する時にも感じることであります。

Posted by ぺろんぱ at 2013年10月24日 12:38
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Excerpt:  【ネタバレ注意】  「西部アルプスに残された最後の難所」であるアイガー北壁。  1936年、ドイツのアンドレアス・ヒンターシュトイサー...
Weblog: 映画のブログ
Tracked: 2010-05-28 03:10

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Excerpt: 「アイガー北壁 」★★★☆WOWOW鑑賞 ベンノ・フュルマン、ヨハンナ・ヴォカレク、 フロリアン・ルーカス、ウルリッヒ・トゥクール出演 フィリップ・シュテルツェル監督 127分、2010年3月20日..
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Tracked: 2011-07-29 20:34