2010年09月25日

悪人

  秋分の日、雷鳴の轟きが去るのを待って梅田TOHOシネマズに『悪人』(李相日監督)を観に行きました。
訪問させて頂いているTiM3さんのブログでの熱きレヴューを拝読し、「是非観ておきたい」と思ったのでした。(TiM3さん、ご喚起をありがとうございました。)

 ドーンと重たく、ずっしり後を引き、“心の震度・強”でした。
帰途の足取りはふわふわとして地に付かず、電車中で携帯していた文庫本を何ページか読んだものの、結局ちっとも頭に入っていなくて後で読み返すことになりました。

主演の妻夫木さんは爽やかなお顔しか印象になかったお方なので、実はちょっぴり懐疑的な思いで臨んだ鑑賞でした。しかし今は惜しみない拍手をおくりたいです。あれほどに、空ろで闇を秘めた目を見せてくれるなんて。


story
  朝日新聞夕刊に連載され、毎日出版文化賞と大佛次郎賞を受賞した吉田修一の話題作を映画化。
若い女性保険外交員(満島ひかり)の殺人事件。ある金持ちの大学生(岡田将生)に疑いがかけられるが、捜査を進めるうちに土木作業員、清水祐一(妻夫木聡)が真犯人として浮上してくる。しかし、祐一はたまたま出会った光代(深津絵里)を車に乗せ、警察の目から逃れるように転々とする。そして、次第に二人は強く惹かれ合うようになり……。(※story、写真とも映画情報サイトより転載させて頂きました。)

                  悪人1.jpg

  人間の持つ暗欝とした部分ととことんピュアな部分を、同時に、そして強烈に見せてくれた李監督。私は同監督の作品は初めての鑑賞だったのですが、あの『フラガール』を撮った監督さんだったのですね。

灯台に向かう山辺の道。
ススキが風にそよぎ、どこまでも澄んだ青を湛えた空、その景色はあまりに美しく哀しく、その道を背を丸めて歩く祐一の姿に、「では私はどうなのか、何ほどの人間か、少しの翳りもなく善たる人間といえるのか」と、自分自身に問いかけずにはいられませんでした。
その美しい景観に包まれて小さく深呼吸する二人の一瞬の画は、触れたらすぐに壊れてしまうシャボン玉みたいに小さくてきらきらして、私をひどく切なく哀しくさせたのでした。

                 悪人2.jpg

悪人、その線引きは一体“何”なのでしょう。
その基準はどこにあるのでしょう。そして、同じ「悪」なるものを抱えながらも、ある一線に於いて「護られる」人間とそうでない人間とは何処で分けられてしまうのでしょう。
私自身も、もしも叶うなら会って謝りたい人がいます。図らずとも誰かを傷付けてしまったり傷付けられたり、一点の曇りもない人生なんてこの世にはないと思います。しかし「護られている」幾多の人生を思う時、果たして一線を超えさせるものは何なのか、その一線のこちら側と向こう側、それを簡単に善と悪と呼び分けていいのだろうか、そんなふに考えずにはいられませんでした。

祐一と光代。そして登場する、幾通りもの「悪」なる部分をもつ人々。
でもこの作品はむしろ観る者の“自分自身の中の暗部”を炙り出すものだったと思いました。
 
                悪人.jpg

 普段は自分の中の孤独を見ない振りしているだけで、それに向きあわねばならなくなった時、人は無防備に涙を流してしまうのでしょうか。自転車の鍵を外しながら嗚咽する光代の姿に、私も泣きました。

一つの事件を中心にして多くの人々が苦しみ、泣き、心を粉々に砕かれてしまったことは事実です。
その意味で祐一は、(悪人という前に)先ず確かに「罪人(つみびと)」であることは否めないのだと思いました。


 鑑賞の帰宅後、玄関に迎えに来てくれたウチ猫を抱きかかえてやっと人心地がつきました。それから故郷の両親に電話しました。
樹木希林さん、柄本明さんの熱演で「家族」なるものの存在がぐぐっと胸に迫ってきてたんだと思います、きっと。
更にその後、ガツンとしたお酒をひと口飲んで正気を取り戻しました。

                 a.ちゃん.jpg お迎えありがとう

 8日付のブログでも書きましたが、深津絵里さん、モントリオール世界映画祭の最優秀女優賞受賞おめでとうございます。ぴかぴか(新しい)

観応えのある作品でした。

posted by ぺろんぱ at 12:00| Comment(15) | TrackBack(2) | 日記
この記事へのコメント
ご鑑賞、お疲れ様でした。

ひょっとしたら「コメンタリー&未使用映像」目当てに
DVDソフトを買っちゃうかも知れません(=^_^=)

あの灯台は五島市の西端の岬なんですってね。
ちょっと気安く行けないような・・(=^_^=)

>その美しい景観に包まれて小さく深呼吸する二人の
>一瞬の画は、触れたらすぐに壊れてしまうシャボン玉
>みたいに小さくてきらきらして、
>私をひどく切なく哀しくさせたのでした。

ブンガク的で素晴らしい表現です!
ちょっと太宰さんの「きりぎりす」などを連想してしまいました。

>その意味で祐一は、(悪人という前に)先ず確かに
>「罪人(つみびと)」であることは否めないのだと思いました。

「罪人」の方が、タイトル的にしっくり来る気がしますね!

ああでも、髪を下ろすまでの深津さんにはウルウルさせられっぱなしでした(恥)
いつまでも、あの紳士服店で待っていて欲しい。
Posted by TiM3 at 2010年09月25日 13:37
美猫のお迎えなんて、うらやましい。
胸と足先が真っ白なんですね〜 後光さしてますよ♪

ぺろんぱさんは人の心の痛みを自分の内に感じてしまう様な、
繊細な感受性をお持ちだと、拝読して思いました。
私自身、二人の孤独感とどうにもならない感情は伝わってきても、
残念ながら光代に心寄り添うところまではいきませんでした。

にしても、ただ自転車に乗ってるだけで物悲しい空気を発してる彼女を見て
「ふかっちゃん上手いなぁ」と感心しきり。

それ以上に、正直ビックリしたのが妻夫木さん。
>空ろで闇を秘めた目を見せてくれるなんて。
そうそう! もう冒頭から「エーッ」と思いましたよ。彼主演の映画は
「ジョゼと虎と魚たち」以来やと思うんですが、こんな俳優さんやったんやなぁと
これからの楽しみもちょっと増えました。

そもそも「悪人」という線引きは、それを便利に使う報道や外部の人達だけにとって必要なもので、
物事の本質とはかけ離れたものやと思います。

大切な人ができて初めて自分の「罪」に気が付く事ができた祐一の気持ちは、
亡くなった人の犠牲の上に成り立っているとも言えますよね。
Posted by ゆるり at 2010年09月25日 21:55
ぺろんぱさん

お久しぶりです(^^/
新聞の連載を毎日欠かさず読み切った「悪人」
映画化、楽しみにしてました。

あのラスト、灯台のシーン。
映像にしてくれてありがとう〜って感じでした。

そして、こっそり告白すると・・・
原作者の脚本だから、映画化されてもガッカリ感は無いに違いない!
そう思ってました。

正直言うと、あれだけ丁寧に作られていても原作に忠実であればあるほど、映画の限られた時間では原作を端折ったように感じてしまうんだ・・・と。
今回初めてそんな感想を持ちました。

もし脚本が原作者でなかったら、どんな映画になったかな・・・? ガッカリ感大だったかな?!(^^;
ちょっとそんな事も考える作品でした
Posted by karcy at 2010年09月26日 00:53
TiM3さん、こんばんは。

3度もお鑑賞されたTiM3さん、その流れから拝察すればDVDソフトご購入はもう決まったものかと・・・。(^^)

五島市ですか!
それは確かに気安く行けないですねぇ。
でもやっぱりいつか行きたいです。そしてやっぱりススキの季節がいいです。

>ブンガク的で

あとから読み直すと“こっぱずかしい”っていうか、ちょっと“イタイ”感じもする表現でしたね(恥)^_^;。
でも本当に、壊れちゃいそうなくらいの儚さを感じさせたシーンでした。

>いつまでも、あの紳士服店で待っていて欲しい

この一文こそ、真っ直ぐな心のこもったご表現です!この一文にこそ私はウルウルときましたよ。

Posted by ぺろんぱ at 2010年09月26日 18:05
ゆるりさん、こんばんは。

この日の「お迎え」は本当に嬉しかったです。私も「逢いたかったよ〜」って声に出して言いました。温もりを感じたかったんでしょうねぇ。

美猫と言って下さってるゆるりさん、ありがとうございます。ううぅ・・・涙。

私も寄り添うところまでいっていたのかどうか・・・ただ、やっぱり「なんか哀しいなぁ、生きるって切ないなぁ」とか思ってしまって。
祐一については「切ない」では済まされないのですが、彼の人生、「どこでどう進む方向が違ってしまったのかな」とか考えると辛いものがありました。

>正直ビックリしたのが

そうなんですよ!私も冒頭でびっくりしたんです!
映画を観ながら取ってたメモに“妻夫木さんの目!凄い!”とか書いてました。^_^;

>「悪人」という線引きは・・・物事の本質とはかけ離れたもの

そうですね。
ともすれば報道の端々だけをインプットして自分なりに作り上げてしまったり、報道の全てを鵜呑みにしてしまったり、怖いところに気づかされもしました。

>大切な人ができて初めて

もっと早く光代に逢えていたらよかった、という祐一の言葉が思い返されます。


Posted by ぺろんぱ at 2010年09月26日 18:20
karcyさん、こんばんは。御無沙汰でした、ようこそです!(*^_^*)

原作小説に思い入れが深いと(新聞の連載だから思い入れの期間も長いですものね!)、映画化されるとなると楽しみな半面(ガッカリしないかどうか)不安だったりもしますよね。
何かで読みましたが、吉田修一さんは「脚本化の作業で小説の脚本の違いを感じた」という意味のことを語っておられまして、両方をこなされたからこその実感のこもったその記事をとても興味深く感じたものです。

文字にするやり方は違えども、作品世界や登場する人物像はブレることはなかったはずですよね。karcyさんのコメントを拝見して改めて「脚本」て大切なんだなぁって思いました。

>原作に忠実であればあるほど、映画の限られた時間では原作を端折ったように感じて

なるほど、です。
やはり其処が原作と映画とは「別もの」と考えたほうが楽しめると言われる所以なのかもしれませんね。
2時間19分は映画としては長いほうですが、原作を知る方にとっては「それでは描き切れない」と感じてしまうものなのですね。

本作、karcyさんは映画としてのご評価はどのくらいだったのでしょう。気になるところです。(^^)


Posted by ぺろんぱ at 2010年09月26日 18:46
こんばんは〜。

無駄のない一瞬の描写で、
その人物の生活、背景を表していていて、
脚本も演出も素晴しいと思いました。

孤独を知る人が他人の孤独を解るようには、
悪意のない人には、悪意を撒き散らす人は判らないのでしょうか。
フィクションとはいえ、惹かれ合うもの、引き合う何か、
そこで生まれる何か、、を
この4人と、彼らを取り巻く人々に感じてしまいました。
こういう作品を観ると、つい、
その分岐点まで、彼らを遡らせたくなってしまいますね.....。
Posted by kira at 2010年09月28日 23:49
kiraさん、こんばんは。

>その分岐点まで、

そうですね。
できるならそこまで戻って“違った道”を歩いて欲しかったですね。

もしかしたら、深い“孤独”が「悪意を撒き散らす人」を図らずも引き寄せてしまうということもあるのかも知れませんね。

悲しくて辛いけれど、でも観た人達と語り合いたくなる本作でした。コメントくださって本当にありがとうございます。
Posted by ぺろんぱ at 2010年09月29日 22:21
初めまして。
いつも、楽しく読ませて頂いてます。

悪人、本日見に行こうと梅田TOHOに行ったところ満席でした・・・予約してもう一回リベンジします。
Posted by かなた at 2010年10月02日 20:33
かなたさん、初めまして、ようそこです。

拙い私のブログをご覧頂いているとのことで、本当にありがとうございます、感謝です。

『悪人』は未だに満席状態なのですね!驚きです!
御予約されたとの由、次の御鑑賞の機会を(貴のレヴュー拝見も含めて)楽しみに致しております。

またどうぞいらっしゃって下さいね。(*^_^*)
Posted by ぺろんぱ at 2010年10月02日 21:45
かなたさんへ。
すみません、昨日のコメントで「貴のレヴュー拝見も含めて」と書いてしまいましたが、ブログをされているか否かも知らないのに勝手なことを書いてしまいました。ごめんなさい。
よろしければ、本作の御鑑賞が叶ったらまたお越し下さいね。
今後ともどうぞ宜しくお願い致します。(*^_^*)
Posted by ぺろんぱ at 2010年10月03日 19:41
やっとこ、先週観てきました。
寂しいと、悲しいと、人はどうなるのか?
そのあらゆるパターンを登場人物達が演じていたように思います。


それから私、ブログは挫折してしまいして。
私にはmixiで充分みたいです。
Posted by かなた at 2010年10月31日 17:26
かなたさん、こんばんは。ようこそです。

>寂しいと、悲しいと、人はどうなるのか?

起こった出来事にどう向き合うか、どう向き合えなくなるのか、、、自分の中に潜む弱さや寂しさや何やかやで怖くもなりました。

かなたさんの幻の?ブログも拝見したかったところですが、mixiで存分にお楽しみなのですね!(*^_^*)
こちらにもまた是非お越し下さい!!
Posted by ぺろんぱ at 2010年10月31日 22:01
こんばんは♪
お邪魔しますm(_ _)m
やっと伺えたこと、自身でほっとしております(^^ゞ
感想をアップしたまま、じっくり伺えないで時が過ぎ、今、やっと…です。

見応えありましたね。
私も妻夫木くんの変貌ぶりには拍手でした。
さすがですよね。
そして深津さん。いい女優さんになったんだわぁ(上から目線でごめんなさい)…と、また一人日本にいい女優さんが増えて嬉しく思いました。

私も“悪人”とはどんな人かと、あらためて考えさせられました。
また、現代人の内包する孤独が引き起こす罪や被害の数々を見せられ、ずっしりと宿題を受け取った気持ちです。
そして、自身を顧みるぺろんぱさんの一文から、周囲の人にもご自身の人生にも真摯なお姿をあらためて確認し、感じ入りました。
Posted by あぶく at 2011年09月15日 23:55
あぶくさん、こんばんは。
昨夜コメントをくださっていたのですね!

昨日は寝支度も整えてから「さあPCタイム!」とあぶくさんのブログにもお邪魔したのですが、コメントを入れかけた状態で(夜酒が効いて)PCの前で舟を漕いでしまい・・・起きてはコメントの続きを打ち、打っては舟を漕ぎ・・・を繰り返してやっと2件の投稿を終えてそのまま眠りに就いてしましました。
同じような時間に拙ブログにご訪問くださっていたのですね、嬉しいです、ありがとうございます!

本作、見応えありましたねー。
鑑賞後に尾を引いた時間も長かったです。
仰る通り、生きていく上での「宿題」なのでしょうね。容易に答えを出してしまえる宿題ではなさそうですが。

深津さん、いいですね。
ちょっと寂しげなお顔立ちも気になるお人です。
これからの作品も楽しみですね。(*^_^*)

あぶくさん、私に「真摯」というようなお言葉を頂くのは勿体ないです。
いっつも迷ってばかりの意気地無しなんですよ、私。トホホのホ、です。

Posted by ぺろんぱ at 2011年09月16日 19:49
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