2013年02月14日

塀の中のジュリアス・シーザー


 少し前に観に行ってレヴューを綴っていたものがありますので挙げておきます。
その前に・・・。


                      同窓会1.bmp

  病と闘っていたNくん、そんな中で同窓会を企画してくれてありがとう。
セレクトしてくれた素敵なお店での乾杯は、皆の心に大切な想い出となって消えることはないと思います。
ありがとう。 どうぞ安らかに。



  シネリーブル神戸で『塀の中のジュリアス・シーザー』(パオロ、ヴィットリオ・タヴィアーニ兄弟監督)観てきました。
これは76分という短さ。設定の奇抜さや映像の妙もありますが、先ずはシェークスピア劇特有のある意味大仰とも言える誇張を含んだ台詞で見せる映画なので、脳が考え過ぎる手前でパッと終幕を迎えるこの長さ(短さ)が存外に鮮やかに感じられたのでした。

story
イタリアの巨匠パオロ、ヴィットリオ・タヴィアーニ兄弟が監督を務めた、実在のレビッビア刑務所を舞台にストーリーが展開する意欲作。服役中の囚人たちが、シェイクスピアの「ジュリアス・シーザー」を刑務所内で見事に熱演する過程をカメラが追い掛ける。
イタリアのローマ郊外にあるレビッビア刑務所の重警備棟では、服役囚たちによる演劇実習が行われている。所内にある劇場に一般の観客を招いて行う今年の出し物は、シェイクスピアの「ジュリアス・シーザー」に決定。そしてオーディションが始まり、麻薬売買で服役中のアルクーリや所内でのベテラン俳優レーガらが続々と集まって来る。

                       シーザー.bmp                
                   ※story、画像とも、映画情報サイトより転載させて頂きました。


  傑作との呼び声高い本作ですが、傑作なのかどうかは別として(私としてはそこまでの“心の掴まれ感”はなかったです)面白い(興味深い)映画であると感じました。

演じるのは全て囚人。
観に行くまでは、「演者は囚人」という触れ込みながら実はちゃんとした本物の役者さんが演じているのではないかと思っていました。しかしどうやら本物の囚人(それも死刑か長期刑の重警備棟の囚人たち)、そして本物の刑務所内での撮影だったようです。本作は、演劇実習に取り組む囚人たちを撮ったドキュメンタリーなどでは決してありません。あくまで、本物の囚人が囚人を演じた、実在の人物による「劇中劇を描いたフィクション」なのです。

本当は役者さんなのじゃないかと思ったほどに彼らの演技は鬼気迫るものがありましたが(なにしろ目力が凄い、怖い)(中には減刑されて出所した後、本当に役者になった人もいるとか)、何より「設定の妙」を感じたのは、塀の外に一歩たりとも出ず(囚人なので出られないわけで)閉ざされた(それも非常に特異な)空間の中で、鎖につながれた自由のない身分・身体のままで撮られ、そしてこの一つの芸術作品が出来上がったのだ、ということです。「鎖につながれた」というのはあくまでメタファーとしての表現です。実際に彼らの足が鎖で繋がれているわけではありません。
完全に閉ざされた世界であるが故に、彼らがローマ帝国に生きる人間になり切って演じ続ける限り、そこは彼らにとっての本物のローマ帝国、権謀術数渦巻く本物の「ジュリアス・シーザー」の世界になるのだ、ということです。

                      シーザー 1.bmp                      

ラスト、レーガという名の囚人の言葉を聞いた時、この設定の持つ意味の深奥さにハッと気付かされた思いでした。
「芸術を知った時から、この監獄は牢獄になった。」という言葉です。

映画という芸術作品を作ることで心を解放させた彼らがいて、しかし同時に、決して身体は解放されることのない自分を思い知らされた彼らがいたのです。
この言葉、ガツンと来ました。
後に『内なる自由』という著書を獄中から出版した囚人がいたということも、閉ざされた塀の中で心の解放を求め続けた囚人たちの叫びの証なのだと感じました。

ラストの一言が他のどんな台詞よりも本作を雄弁に物語っていたと思いました。

エンドロールの背景の静止画像、一枚の絵画を見ているような趣がありました。
本物のシーザーとブルータスたちの古代ローマの世界を描いた重厚な絵画のような世界でした。






posted by ぺろんぱ at 22:28| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
おおっ! 睡魔と戦いきれずに消化不良に終わった映画鑑賞体験が
ここにきて帳消しになったようで(そんなはずないんですけど)
ぺろんぱのレビューアップに感謝します。

おっしゃる通り、囚人達の演技はまさに“鬼気迫る”という表現が
ピタリとくる迫力あるものでした。
それでもあのシェークスピア劇のセリフには
眠気を誘うものがあります。。。。
76分という上映時間はそういう意味でも正解かもしれませんね。

無機質な印象がある日本の刑務所と違い、あの独房は実に生活感があると
感じられませんでしたか?
重罪犯であっても個人の生活が尊重されているのは
お国柄なのかと感心してしまいました。
それ以上に、囚人達の演技を見てイタリアという国の
演劇に対する奥深さにも驚くばかりでしたが。
Posted by ゆるり at 2013年02月15日 23:45
ゆるりさん、こんばんは。

そうですね、本作が2時間超えなら私も気持ちよく夢を見ていたかもしれません。(^_^;)

あの刑務所、なんだか何処かの安アパートに集う住人たちっていう感じで仰るとおり生活感がありましたね。服装も囚人服っていうのじゃなくて自由な感じでしたし。
受刑者同士で争いとか起こっても不思議はなさそうなのにそういう描写もなかったですね。というか、本作は本当に台詞以外は一切の説明的なものが排除されていましたね。

>演劇に対する奥深さにも

演劇演習があるということ自体が意外でした。
毎年参加する?ベテランさんもいて、皆とても熱心だったし。何よりカーテンコールで一般人の観客とまさに“一体”となっていたあの歓喜ぶり!はまさに驚きでした。

Posted by ぺろんぱ at 2013年02月17日 21:12
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