2007年10月28日

ミリキタニの猫

27日(土曜)は“ぺろんぱの猫”の検査通院後、午後より九条・シネ・ヌーヴォへドキュメンタリー映画『ミリキタニの猫』(リンダ・ハッテンドーフ監督)を観に行きました。

ドキュメンタリーってある程度の誘導はあったにせよ、真実を映すもの・・・そこに感動もあれば、“ありのままさ”のなせる業としてのほろ苦い矛盾もある・・・そんな気がします。でもそれこそがドキュメンタリーの良さなのかも知れませんね。

story
ニューヨークのソーホーで暮らす80歳の日系人路上アーティスト、ジミー・ミリキタニを追ったドキュメンタリー。
本作の監督であるリンダ・ハッテンドーフが路上生活をしていた彼を自分のアパートに招き、ルームシェアをしながら彼のルーツを探る様子を映し出す。カリフォルニアで生まれ、広島で教育を受け、帰国したアメリカで第二次世界大戦中に日系人強制収容所に送られた為に、市民権を捨てることになった男の反骨の半生を描く。
 2001年、リンダ・ハッテンドーフはソーホーでジミー・ミリキタニから絵を買う。その後、彼の路上生活を撮影し始めるが、9.11のテロが起きる。濃い煙の中で咳(せき)をしながら絵を描き続けるミリキタニを見かねた彼女は、彼を自分のアパートに連れて行く。
その日から画家と監督と彼女の飼い猫の不思議な共同生活が始まる。 (シネマトゥデイより


               ミリキタニ.jpg

  Make Art Not War ! (映画キャッチコピー)
この言葉に全てが象徴されているように、徹底したアナーキーな人間の芸術家魂がそこにありました。

先ず自由と芸術。それを脅かすものには徹底して背を向ける・・・反戦思想というよりは自由主義、自由と芸術活動を圧する権力には決して従わない、その反骨精神。

 先ず最初は、路上で汚れを身にまとって生活をするこのお爺ちゃんから不思議とパワーをもらった気がしました。
人間ってどうやってでも生きて行くことはできるんだな、とそんな安堵の気持ちさえ湧いて来ました。
でも肝心なのは「どういう風に(どういう精神状態で)生きるか」ということ・・・その点で、ミリキタニを支えていたのは絶対的な自尊心、芸術化としてのプライドだと思いました。自らを「ワシはグランドマスターだ!巨匠なんだ!」と称し、世話になっているリンダにさえあれこれと文句を付けるその傍若無人ぶりには呆れつつも、どこか「この人と居れば大丈夫」という安心感さえ感じさせているのは、彼が持つ圧倒的な精神力と、一度は何もかも捨てた人間の放つ「表現することのみ」に生きようとするオーラのせいではないかと思います。

だから、彼が描く猫の絵はとても伸びやか。そして何処か一点では非情に凛としています。
自由でありながら何者にも屈しない孤高の精神を、そこに感じました。
               mirikitani.jpg

彼はリンダの家にいる彼女の猫も描いていますが、猫を描き始めたのは強制収容所に入れられた頃です。収容所の男の子が「日本の猫を描いて」と言ったことが始まりだだったとか・・・収容所では実に多くの日本人が死に、その男の子も死んでいったそうですが、収容所時代を語る時のミリキタニの瞳は遠くに焦点を絞り、涙の膜で暗く濁る感じがしました。激動の人生を送った彼にとってこの収容所での出来事が最大の山であり谷であったのでしょう。


  収容所に隔離され市民権を剥奪、といいますか、放棄した彼ですが、そんな辛苦を強いた(まして彼は母の故郷である広島に戻った際に原爆被投下を体験し、母親や親しい人間を失っています)アメリカ政府を非難しつつ彼がそれでもアメリカに残ったのは私の中で矛盾の第一点でした。そして「アメリカの世話になんかなってたまるか!」と声高に叫びつつ、リンダの尽力で彼は市民権が実は既に戻って来ていた事を知り、アメリカの非営利組織の救済を得て広くて清潔な食事付き老人用アパートメントに移り住むことになった彼の安らかな笑顔と喜び振りには、「やはり衣食足りてこそ?」の思いでほろ苦かった矛盾第二点を感じました。

 しかし、それも先ず、アメリカという国が彼にとって非情に生き易い国であったということで納得はいくのです。
悔しいけれど、それほどにアメリカという国には芸術家として自由に生きるには捨てがたい魅力があるからなのでしょう。
矛盾の第二点に於いても、それはやっぱり彼が描くことが一番大事だったからではないかと・・・いい状態で絵を描き続けられるなら
それだけで後はもう何でもよかったんじゃないかと・・・。そこにはアメリカ政府じゃなくて、リンダをはじめとする芸術を愛する人々の尽力があったわけで、「人間同士の絆」という、彼はそこに着地点を見出したのでしょう、きっと。彼は骨の髄まで芸術家だったということなんですね。
                ミリキタニ2.jpg

 彼は今はもう、堆積していた身体の垢はすっかりなくなり、身だしなみも(実にアナーキーっぽくはあるけれど)綺麗になっていましたが、昔を語る時の焦点の遠のいた潤んだ瞳は同じでした。「もう怒ってない、流して行くだけだ」という言葉にもやはり私は深い悲しみを感じずにはいられません。

ミリキタニ氏は1920年生まれ。映画撮影後の今もご存命だと思うので87歳、ですか。
日本にルーツを持つこんな型破りなお爺ちゃんが今日もニューヨークで絵を描いてるって思えることは素敵なことです。
そして、このミリキタニ氏を撮ってくれたリンダ監督に感謝したい気持ちです。

               ミリキタニ1.jpg

上の写真はシネ・ヌーヴォのロビーで小さく設けられた「猫展」での写真です。
猫はいつも哲学してますね、自由を愛しつつ。


我が家の猫クンはどうなんでしょう。時折窓際でじいっっと外の空を眺めている姿には「詩人やなぁ」と思うこともありますが。

               CAJD9RNU.jpg              
        ↑「また来週も病院かい!」と床でふて寝しながら思ってる感じの我が家の猫
posted by ぺろんぱ at 11:57| Comment(4) | TrackBack(1) | 日記
この記事へのコメント
こんばんは。
絵の中の猫に呼び寄せられて、私も先週末この作品を観ました。
前半「日本人は優しい、日本は素晴らしいetc.,」と言いながら
アメリカに残ったミリキタニ氏にちょっと疑問は感じたんですが、
彼はとってアメリカという国は自由の象徴だったんでしょうね。
それゆえに、そんな国に裏切られた時の怒りと失望は大きかったんでしょうね。

私は逆に「もう怒っていない…」という言葉が嬉しかったんです。
強制収容所の跡地で、そこに日系人だけでなくアメリカの人達が訪れるのを
知ったり、同じ境遇で過ごした時間を共有している人達と出逢いが
彼の永年のわだかまりをほぐしてくれた様な気がしました。
この問題が全く無視されている訳じゃないと感じたのでは無いでしょうか。
※実際は戦時下における日系人への差別を認識している
 アメリカ人の数はほんのわずかだと思われますが。

あんな調子のミリキタニ氏やから、アメリカ政府が
かつて強制収容された日系アメリカ人に支払った損害賠償も
受け取ってなかったんでしょうね。私やったらガッチリもらえるもんは
もらうけど、などと俗っぽく思ってしまいました。(^-^;A

それにしても、ミリキタニ氏が拾ってきた捨て猫もめっちゃ可愛いし
猫、人共に彼はいい出会いをしてるなぁ。
ぺろんぱさんちも美猫ですね!
あぁ、猫のいる生活に憧れます(ウチは犬なもんで…)。
Posted by ゆるり at 2007年10月29日 20:28
ゆるりさん、こんばんは。
コメントとTBありがとうございます。
美猫だなんていってもらえて親バカとしては嬉しい限りです。ありがとうございます。手のかかる猫ですが、一線を置いて耐える?猫性を持っているような・・・。

私はやはり、ミリキタニ氏は、生活に満ちて何処か納得いく着地点を見出したような気はするんです・・・でもそれが悪いとは決して思わない、とことん闘ってきた彼だから・・・。そして今も闘いは続いていると思います。ただ、方向が違ってきているような気がします。

それまでの孤独の闘いを素晴らしいなぁと思うので、今は凄くハッピーでいて欲しいなぁと思うのです、ミリキタニ氏には。

でも私はまだまだ認識不足かもしれません、もう色々な事を知りたいと思います。

ゆるりさんのところはワンちゃんなのですね(*^_^*)。
私も物心ついた時は犬がいまして、犬は大好きです。どちらも比べようがないくらい、其々にいいですね。今はウチには猫がいますが、犬のいる生活もとても素敵です(*^_^*)。
Posted by ぺろんぱ at 2007年10月30日 21:16
この映画ちょっと気にはしていたんですが、もう今週で終わりですね。
ミリキタニさんは、このぺろんぱさんのブログ記事で鑑賞としました。

Posted by west32 at 2007年10月30日 22:35
west32さん、おはようございます。
早いものは2週で終了しちゃいますよね。気になりつつも見送ってしまう映画は多いですよね。

>このぺろんぱさんのブログ記事で鑑賞

私のブログ記事が全く間違った印象を残してしまっていないことを祈ります。
Posted by ぺろんぱ at 2007年10月31日 06:23
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