AERA今週号を殆ど衝動的に買ってしまいました。
「昔の春樹に会いたい」という記事があったからです。
そうです、私はいわゆるハルキストです。
刊行された小説・エッセイ・紀行文は全て読んでいますが、長編小説の中で最も好きな作品を一つ挙げるとしたら、
やはり『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』
永遠の生と繰り返される死と・・・失う事によって喪失したものを取り戻す事と、生き続ける事で何かを消滅させて
いく事と・・・。
村上春樹の本は不定期に読み返している私ですが、この『世界の・・・』も何度か読み返しています。
読み返す度に新たな発見があり、自分がまだまだこの小説の世界を理解しきれていないのだと思い知らされます。
村上春樹の小説には「音楽」が深い存在感を示しています。
世界の・・・を二度目に読み返した時、小説の終盤に登場する、ビング・クロスビーの歌う『ダニー・ボーイ』
きちんと聴いてみたくてビングC.のCDも買いました。(写真)
「生」を失い自我のない暗い世界へ移行していく「私」と、失われた「世界の終わり」の中で“心”を取り戻そう
とする「僕」がリンクするその接点にこの『ダニー・ボーイ』があるのです。
哀調を含んだ柔らかく甘い声で歌われるその曲がとても心に深く染み入ります。

この小説を映画にしたらどんなでしょう・・・。
どの監督さんでどういう役者さんたちで・・・小説とは“別モノ”になるでしょうけれど、それはそれで観てみたい
気がします。
昨年は村上春樹の小説が(久々に)映画化され、観に行きました。
『トニー滝谷』
宮沢りえ・イッセー尾形主演、西島秀俊ナレーション。
この「トニー滝谷」は『レキシントンの幽霊』

この映画は、春樹ワールドをかなり忠実に再現していたように思います。
私は春樹氏の小説を読むと何故かいつも身体がシューッと冷えていくのを感じるのですが、この映画を観たときもそんな“身体の冷え”みたいなものを感じました。
自分という心の「核」に、現存する自分がスーッと吸い込まれていくような心身の冷却感。おそらくそれは、心の奥に引きこもって“自分が自分であることに向き合える”瞬間なのじゃないのかな・・・と自分自身で勝手な分析をしています。
スクリーンのりえちゃんが透明感溢れ、尾形さんが(大学生姿にはちょっと違和感はあったものの)若くして既に何かを見てしまった孤独感みたいなものを
上手く表現されていたと思います。抑揚を抑えた西島さんのナレーションも喪失感漂い、ハマっていたと思います。
ラスト・・・この映画のラストは小説のラストとは違って“希望”の光が微かに差し込んできます。
そこで小説とは“別モノ”になるのですが、でもそのラストはラストで、私は「好きだな・・・いいな・・・」って思えました。
村上春樹の小説にもう一つ絶対的存在感を示すもの、それはアルコールです。
ダントツでビール、それからウィスキー、ワインも少し・・・という感じでしょうか(^^)。
2002年の書に『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』が有ります。これは、スコットランドとアイルランドを旅し、其々のシングルモルトと(スコットランドで)アイリッシュウィスキー(アイルランドで)を心行くまで楽しもうというテーマのもとに書かれたエッセイ風の紀行文です。
(シングルモルトについては4月12日のブログで関連記事あり)
このエッセイは写真入りで文章量自体はそう多くはないのですぐ読めると思います。機会があれば書店で手に取ってみてください。
著者あと書きより・・・・・
経験的に言って、酒というのは、それがどんな酒であっても、
その産地で飲むのが一番うまいような気がする。
それが造られた場所に近ければ近いほどいい。
ワインもそうだし、日本酒もそうだ。ビールだってそうだ。
そこから離れれば離れるほど、その酒を成立せしめている
何かがちょっとずつ薄らいでいくように感じられる。
よく言われるように「うまい酒は旅をしない」のだ。(抜粋)
「うまい酒は旅をしない」のなら、「うまい酒」を求めて旅をしたいですね・・・・。

アイルランドはスタウト(黒ビール)も名物の一つ。ギネスの広告がチャーミングですね。(写真は本書より)
そして、できれば、楽しく、美味しいお酒がやっぱりいいですね。会話も(ネタ)ですから、
新鮮で、味のある会話が酒の席で出来るように
なりたいですね。
以前、酒場で隣り合わせた御仁から「お酒は交して飲むものですよ」と教えられた事がありました。一人で飲む事もある私ですが、会話で広がる妙というものがお酒を一層良きものにしてくれるのでしょうね。
新鮮で味のある会話ができるように・・・・私もそうありたいです。