シネリーブル梅田で『僕が星になるまえに』(ハッティー・ダルトン監督)を観ました。
シアターのある新梅田シティでは恒例のクリスマス・カーニバルが開催されて、好天の日曜とあってカップルやファミリーで賑わっていました。 今年もあとひと月余りなのですね。

さて、映画。

story
29歳の誕生日を迎えたばかりの青年ジェームズ(ベネディクト・カンバーバッチ)は、末期ガンを患い余命いくばくもない。彼に「世界で一番好きな場所」に連れて行ってほしいと頼まれたマイルズ、デイヴィー、ビルの3人の親友たちは、体の自由が利かなくなっているジェームズをカートに乗せて旅立つが、旅は思いがけないトラブルの連続だった。やがて目的地を目前にジェームズの病状が悪くなり・・・。
※story、画像とも、映画情報サイトより転載させて頂いております。
※結末に触れる記述をしております。

ベネディクト本人によるずっしりと心に響くナレーション、夜明け間近のほの暗い海に佇む若者の後ろ姿。
邦題のセンチメンタリズムを吹き飛ばすような、“ただならぬ展開”を予感させるダークトーンのオープニングに思わず引き込まれました。
ジェームズ、マイルズ、デイヴィー、ビル、4人の旅は華やかに幕を開け、まるで男子校の修学旅行のような悪ふざけやはしゃぎっぷりが続くのですが、時折何かしら不穏な空気をはらんだカットが挿入され、この旅のゴール、いいえこの旅そのものがひどくキケンなものに感じられて心がざわつきました。
主人公はジェームズなのでしょうが、彼と旅をする3人の仲間たちの個性が其々にしっかりと描かれていて(そして3人とも違う魅力があって)加速度的にスクリーンに引き込まれてゆくのでした。
ジェームズを一つの「主題」と見立てた、実のところはこの3人が本当の主人公なのではないかとさえ思えました。

旅を進めるにつれ衰弱してゆくジェームズ。
自身の運命を嘆いてか辛らつになるジェームズに「お前の人生は薄い紅茶のようなもの」と詰られたり、適当な生き方を非難されたり、彼ら3人にとっては結構凹む旅路だったりするわけです。ジェームズの言葉が発端となって仲間内で衝突を繰り返し、殴り合いの喧嘩までしながら、それでも旅を続けてゆく彼ら。アクシデントでカートは荷物ごと海に落ち、彼らは疲労の極致でドロドロの様相で、殆ど身一つで目的地へと辿り着きます。
旅を通して彼らは幾度も自身と対峙し、ジェームズに迫る「死」と自分たちの「生」を見つめることになったはずです。彼らはその数日間で、結果的には確実に自身の人生を少なからず前向きに見つめられたはずだと。かたやジェームズは確実に自分の「ある想い」を胸に固めつつ、一歩一歩「死」に近付いてゆく旅路なのでした。
同じ旅が誰かにとっては「生」を、そして誰かにとっては「死」を見つめることになる両方の側面を持つことの、なんと皮肉なことか。

・・・ジェームズが密かに持っていた旅の本当の目的。
それは全く罪深いものでした。
苛酷な旅を続けさせた友人たちに、最後の最後に一生下ろせない重い荷を背負わせたことになりはしないでしょうか? 末期癌で死にゆく身とはいえ、そこまで他人の人生を巻き込んでしまうのは余りに身勝手ではなかったでしょうか? そんな疑問が去来します。 彼らはおそらく生きている限りあの時の選択の是非を自問自答し続けることでしょう。
しかしその罪深い要求は、苛酷な旅を共にしてきた彼らだからこそ受け止めることができたのだと思います。実は最も互いの心に溝があったように感じていたマイルズが「見届ける」ことになった結果に、私はジェームズよりもマイルズのために泣きました。
この旅の目的がどんなに罪深いことであっても最後までこの映画に寄り添えたのは、ジェームズと友人たちの関係性とキャラがしっかり描かれていたことと、やはり演じる役者さんたち自身の個性と魅力に他ならない気がしました。もっといえば、演じる役者さんの魅力がそのままこの作品の美になっていたと思います。
主演のベネディクト・カンバーバッチ、マイルズ役のJ・J・フィールド、デイヴィー役のトム・バーク、ビル役のアダム・ロバートソン、皆さんに拍手です。「青年」と呼ばれる年齢を過ぎようとしている過渡期の男性像を、少しの疲弊と翳りと圧倒的な清潔感でもって表現してくれていました。
つらく苦しいけれど、彼ら4人にだけ理解のできる「ある一つの完結」は在ったのかもしれないですね、あのラストには。
☆最後に一言だけ、なにか違った先入観を与えてしまう邦題は残念です。
原題「THIRD STAR」は、ちゃんと意味を持つタイトルだったのでそのままの方がずっと良かった気がします。


さてさて、最近いただいた和酒で「!」付きで美味しいと思ったもの、2アイテム。
それぞれ違うお店で饗されたお酒ですが、一つは「繁舛 大吟醸 生々」、そしてもう一つは「遊穂 山おろし純米吟醸」です。前者はとにかく私好みの生酒の香立つ芳醇なお酒、後者はご店主の弁を借りれば「今年は格別の出来」とのことで、味わい深いのに非常に喉越しが綺麗なお酒でした。
今年もあと残り一カ月。 さらなる美酒に出会いたいですね〜。

作品の表面的なところだけではなく、深い所まで心寄り添わせて言及されている
ぺろんぱさんの文章を拝読すると、それほど好きな映画とは思わなかったのに、
もう一度見たくなるのです。確認したくなるというか。不思議ですねー。
>邦題のセンチメンタリズム
そうなんですよね!見る者を敬遠させてしまうようなタイトルだと思います(怒)
この響き、昭和の二流ドラマのようです(笑)
“薄い紅茶”っていう表現がブリティッシュらしいんでしょうか。面白いですね。
私は薄いほうじ茶は、味気なく感じますね。
ぺろんぱさんだったら、薄い焼酎割りとかですか?(笑)
お越し下さりありがとうございます。
私も本来ならあのジェームズの友人への辛らつ過ぎる言葉とかあまりに酷い願いやら、ちょっとなぁと首を傾げてしまいそうなのに、何故だか本作には最後まで引き込まれてしまってました。
私の書いてることはところどころ不正確だと思うので(^_^;)ゆるりさんが確認されたら「ぺろんぱ、違うやん!」ってことになりそうですが(^_^;)、もしいつか機会があれば私も再見したい思いです。
原題には、なんとなく「人生は迷い星」みたいな意味を含んでいたのじゃないかなぁと思うのですが(それも違うかも)。「人生迷い星」っていうのこそ二流演歌のようですけどね。勿論、あくまで含んでる意味合いとして、ってことです。
>薄い焼酎割りとかですか
その通り!!です!
もし居酒屋さんで水みたいな焼酎割を出されたら暴れ出しそうです、私。
時々お伺いするお店では何度か「焼酎の水割りを、ちょっと濃い目で。」とお願いしていたら、今はすっかり「焼酎の水割りを、」と私が言ったらお店の御方がすかさず「濃い目でね。」と返して下さいます。
あ〜ありがたや。
日本ではどうしてもカンバーバッチ氏の主演作として売りたいようですが(笑)
エンドクレジットでは2番目でしたし、彼ら4人全員が主人公だったと思います。
観ている間も見終わってからも様々な思いが廻って複雑な気持ちになりつつ
やはり今でもジェームズの決断には納得出来ないものがありますが
原題の「THIRD STAR」については作品を観る前から気になっていたので
その意味についても色々と考えたりと
こうしていつまでも考えを巡らせることが出来る作品と言うのも
それはそれで悪くないなぁ、と思っています。
しかし邦題は明らかにカンバーバッチ氏目当ての女性客を取り込もう!
と言うあざとさが見え見えで嫌ですねぇ(笑)
お越し下さり嬉しいです。
そっかぁ・・・この邦題は女性客狙い撃ち!やったんですね。(^^)
チラシもカンバーバッチさんの大アップでしたしね。
私はこの作品でJ・J・フィールドさんという御名をしっかり刻むことができて嬉しかったです。他の俳優さんもそれぞれに好くて、今後他の作品で出会えるのが楽しみです。
原題についてのamiさんのご考察は興味深く拝読させて頂きました。読ませて頂きながら「なるほどなぁ」と思っていました。
>いつまでも考えを巡らせることが出来る作品と言うのもそれはそれで悪くないなぁ
同感です。大絶賛というわけじゃないのに、私も今も結構尾を引いています。
この監督さんの御名は私は初めて知りましたが、挿入される音楽も効いていたし、惹かれる作風だなぁと感じました。