2020年01月17日

ある女優の不在     風に舞う白いチャドル    


  シネリーブルで 『ある女優の不在』(ジャファル・パナヒ監督)観ました。
チラシは持っていたのですが実はちゃんと読んでいなくて殆ど予備知識なしで鑑賞に臨みました。

ドキュメンタリータッチですがフィクション、しかし描かれている内容(イランの、しかも未だ辺境の地に生きる女性たちの苦悩)は事実なのですよね。

イランという国の、未だ深い闇のようなものに触れて、しかしそこで暮らす人々(とりわけ熟年の男性たち)にとってはそれは闇ですらない当たり前のことなのだということも知って、改めて遠い異国に生きる同性たちに思いを馳せるのでした。

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Story
  イランの人気女優ベーナーズ・ジャファリのもとに、見知らぬ少女から動画メッセージが届く。その少女マルズィエは女優を目指して芸術大学に合格したが、家族の裏切りによって夢を砕かれ自殺を決意。動画は彼女が首にロープをかけ、カメラが地面に落下したところで途切れていた。そのあまりにも深刻な内容に衝撃を受けたジャファリは、友人である映画監督ジャファル・パナヒが運転する車でマルズィエが住むイラン北西部の村を訪れる。ジャファリとパナヒは現地で調査を進めるうち、イラン革命後に演じることを禁じられた往年のスター女優シャールザードにまつわる悲劇的な真実にたどり着く。                          ※映画情報サイトより転載



何となくイメージ的にアッバス・キアロスタミ監督の世界を想起させる作品なのでしたが、イラン映画だからかなぁと思っていたらなんと、このパナヒ監督が学んだ映画の師がキアロスタミ監督だったそうです。小さな嬉しい驚きでした。


原題は「3 faces」ですが「ある女優の不在」は上手く練られた邦題だと思いました。
時代を違える3人の女優たちの、それぞれの“不在”の時が描かれています。
女優として生きたいという未来の夢を奪われた少女マルズィエ
現在に有名女優として名を馳せるジャファリ
スターでありながらイラン革命により女優人生を断たれた、慟哭の過去を持つシェールザード
3人の運命と三者三様の“不在”の意味が独特の長閑さを持つ村の空気の中で静かに交錯していきます。

村のいたるところに在る「長く曲がりくねった道」がまるで彼女たちの人生を象徴しているかのようで、自分の墓を掘って横たわる老女とか男性の性の儀式にまつわる話やシャールザードによる詩の朗読など、本作は観念的な側面を持つ作品であると至るところで感じることになりました。

権力の移行により自身の将来を断たれても一人の女性として尊厳をもって生きることを選んだシャールザードですが、本作の大きな核となっている彼女の姿がほんの一瞬、後ろ姿しか登場しないというのもミステリアスな感じでした。

三人の女性がどこへ向かうのか。
言葉では語られず終わりますが、個の信念を貫きしなやかに生きていこうという決意が希望の風と共に感じられたラストでした。


ジャファル・パナヒ監督。
彼自身、時の政府に抗う映画を作ったことで文化的活動を禁止される命令を受けながら不屈の姿勢を貫いている映画監督だそうです。本作を観るまで知りませんでした、勉強になりました。イラン革命のことも実はよく分かっていません、少し調べてみたいです。



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劇中には紅茶を飲むシーンがよく出てきました。生活に馴染んだ紅茶文化の国なのでしょうね、日が暮れた夜にも紅茶での語らいの場が映されていましたねー。
掲出画は紅茶だけでは夜を越せない呑んべえ私の「今年初のジントニック」の画です。


あの日から25年の今日。
終わったこともあり、始まることもあると思います。
祈りたいです。



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2020年01月13日

138億光年 宇宙の旅     勘違いで「旅」は途上です


明石天文科学館にプラネタリウム『138億光年 宇宙の旅』を観に行きました。

138億光年は地球から宇宙の果て(と現在認識されているところ)までの距離です。絶対的にそうとは言えないようですが現時点での「説」となっています。
ピカっと光ったその光が地球に届くのに一年を要する距離が一光年。それの138億倍。何だか「気が遠のく」という感覚すら遥かに超えています。。。


              新年のプラネタリウム - コピー.jpg  138億光年の - コピー.jpg


  昨年から楽しみにしていた投影プログラムでしたが、、、これって明石文化博物館とのコラボ企画で「文化博物館で開催の写真展」の方がメインだったみたいです。私の勘違いでした。
今回のプラネタリウム上映もかなり昔に大阪市立科学館で観たオムニマックスみたいなのを期待していたのですが、こちらで通常観られるプラネタリウムプログラムの後半部にNASA提供の宇宙画像が幾つか組み込まれたもので、静止画像が殆どでした。

なので「宇宙の旅」は未だ途上ってことで置いておいて、プラネタリウムで過ごす時間(50分)はやはりとても心地よいものなのです。解説スタッフさんの柔らかく優しい声にも癒されます。
先月の鑑賞からひと月しか経っていないので<冬の星座>のプログラムは同じ。<冬の大三角>を形成する一つ、シリウスが夜空に美しく輝く季節です。オリオン座の少し下に見える星です。

日中に青空を見上げることはよくありますが、夜空をじっくり見上げることってなかなか無くて。
ちょっと寒いかもしれませんが、好きなお酒を片手に屋外でゆっくり夜空を眺めて呑んでみたいですねー。
鉄道ファンにも撮り鉄や乗り鉄に加えて六角精児さんの「呑み鉄」っていうのもあるので、天文ファンにも「呑み天」みたいのがあってもいいですよね。(天文ファンの方々、すみません)


                      日本最古の現役投影機 - コピー.jpg

あ、そうそう。こちらの投影機は現役の大型投影機としては日本最古で、世界でも5番目に古いものでそうですよ。
なかなか良い風情を感じませんか。



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勉強会のあとはまたしても“反省会と称する”独り呑みでした。
先ずはビールで反省し、その後は地酒のぬる燗で反省を更に深めました。

文化博物館の写真展の方にも足を運んでこの旅を完遂させたいところです。


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2020年01月09日

誰もが愛しいチャンピオン     チャンピオンの意味


シネリーブルで『だれもが愛しいチャンピオン』(ハビエル・フェセル監督)を観ました。
『私の小さなお葬式』と迷ってタイムテーブルの都合上こちらを選択しました。どちらの映画を選んでもそうなったかもしれませんが年初の作品としてはあたたかい気持ちに包まれることができましたよ。

                       チャンプ チラシ.jpg

Story
   プロバスケットボールのコーチ、マルコ(ハビエル・グティエレス)は、負けることが大嫌いなアラフォー男。ところが短気な性格が災いして問題を起こし、チームを解雇されてしまう。そんななか、飲酒運転事故を起こしたマルコは、裁判所から社会奉仕活動として、知的障がい者たちのバスケットボール・チーム“アミーゴス”の指導を命じられる。アミーゴスのメンバーたちの自由過ぎる言動に、はじめは困惑するマルコだったが、彼らの純粋さや情熱、豊かなユーモアに触れながら苦楽を共にするうちに、マルコの心に変化が生じ始める……。                            ※映画情報サイトより転載



重く且つデリケートなテーマながら本作は一貫して“幸せの在り方”に目を向けていたと感じます。

途中もっとシリアスな描き方をしようと思えばできた場面(例えば試合に向かうバスに乗り合わせたメンバーと他の客との揉め事とか)でも、悲しみや怒りより出来事のユーモラスな視点に則して描いていました。
そういう作品のスタンスだから身構えることなく委ねることができて、結果的に作品の最も意図する「チームになる」「家族になる」というテーマをダイレクトに受け止めることができたのではないかと思いました。
チーム名の<アミーゴス>っていいですよね。シンプルでこの映画の世界をそのものズバリに表していました。

彼らの生活には勿論支障もあるわけで、そういう日常の「負」の部分と抱かれがちな暗澹たる思いに焦点を当てて描けば当然ながら全く違ったトーンの作品になったはずです。本作はそこを超えた彼ら自身の「正」の部分に則して見せていて、それが潔くて小気味よい感じでした。
それぞれに大切なたった一つの人生を生きている彼らの、その日常をさりげなく垣間見せた演出もよかったです。

メンバーは全員オーディションを受けた、実際にそれぞれの障がいと向き合ってる人達です。
皆さん凄い芸達者ぶりでした、、、記憶力抜群のインテリのマリン(彼の吐く台詞がイイ)やバスケの練習を楽しみにひたすらレストランでお皿洗いに頑張るベニート、キュートでした。



                         タツリキ新酒 - コピー.jpg

タツリキ・アンテナショップでの有料試飲です。
今冬の新酒です。豊潤旨口、しかしキリリと冴える吞み口。新酒ならではの含み香。
好いお酒に今年もたくさん出会いたいと思います。



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2020年01月03日

2019年 を振り返って


2020年が明けましたね。
今年もどうぞ宜しくお願い致します。

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昨年末の記事でも書きましたが昨年3月15日に4年ぶりに拙ブログを再開させて頂きました。
秋頃にちょっとハプニングもあったりで劇場で鑑賞できた映画は36本どまりでした。
鑑賞数も少なく観に行きたくても見逃してしまった作品も多いので、「マイベスト」というより「もう一回観たいなぁ」という想いが“より強い”作品を挙げてみました。

↓ 鑑賞時系列に記します。

■『ウトヤ島、7月22日』
 昨年3本目の劇場鑑賞作でブログを再開するキッカケになった作品です。
 とにかく衝撃的で結局今も心を掴まれてしまっています。

■『グリーンブック』
 これはもう、最後にドン・シャーリーが孤独の殻を破る勇気が持てたことと、トニーの「あの台詞」につきます。

■『荒野にて』
 生きることの過酷さの裏で常にある大自然の美しさ。
 主演のチャーリ・プラマーの鮮烈な輝きももう一回観たいです。

■『希望の灯り』
 静かで深い余韻、独特の空気感。映像的にもとても惹かれる世界でした。

■『幸福なラザロ』
 不思議な映画でした。「作り方、見せ方」があるイミ難しい作品だったように思います。
 私には良い残り方になりました。

■『アマンダと僕』
 優しい光を感じたラスト。しみじみと心に沁みてくる良い作品でした。

■『シュヴァルの理想宮』
 実話ということに先ずは驚き、清らかで尊いものに触れさせてもらえた気がしました。


別途、劇場鑑賞ではなくDVDで旧作に触れることのできた機会は6回(6作品)でした。
いずれも良作でしたが、私の中では『ラ・ラ・ランド』がダントツで2019年「キング・オブ・旧作」でした。

映画館での新作は勿論のこと旧作品も含め、今年もよい映画に出逢えることのできる一年であれと祈ります。ぴかぴか(新しい)



昨年を振り返ってもう一言付記させて頂きます。
音楽にも癒され元気をもらいました。心と共にいろんな「音」を届けて下さった方々にも深く感謝の想いです。かわいい
 

                          


そして、やっぱり今年も呑みます!


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2019年12月29日

家族を想うとき    これ以上何が必要なんだろう


  シネリーブルで『家族を想うとき』(ケン・ローチ監督)を観てきました。
ケン・ローチ監督作品ということでそれなりに身構えて臨みましたが、やはりずしりと重く残った作品でした。
年末に(しかも個人的なことを言えば仕事のことであれこれ考え込んでいる今のこの時期に)えらい映画を観てしまったなぁ・・・と。しかしそれも今後の何らかの道標になるかもしれません。


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story
  イギリス、ニューカッスルに暮らすターナー家。フランチャイズの宅配ドライバーとして独立した父のリッキーは、過酷な現場で時間に追われながらも念願であるマイホーム購入の夢をかなえるため懸命に働いている。そんな夫をサポートする妻のアビーもまた、パートタイムの介護福祉士として時間外まで1日中働いていた。家族の幸せのためを思っての仕事が、いつしか家族が一緒に顔を合わせる時間を奪い、高校生のセブと小学生のライザは寂しさを募らせてゆく。そんな中、リッキーがある事件に巻き込まれてしまう。
           ※映画情報サイトより転載


のっけから非常にシビアで過酷な世界が展開します。
家族のために選んだ仕事がどんどん家族を(勿論、自らをも)追い詰めてゆく現実。
そう、これって「現実」で、同じような辛苦に喘いでいる家族は今この瞬間にもたくさん存在しているはずです。
リッキーもアビーもセブもライザも誰一人として悪くなくて、ただ家族を想っているだけ。それなのにどんどん彼らを取り巻く物事が悪い方へ流れていってしまうのは観ていてもの凄く辛いです。

「こんなに苦労するとは・・・」
「私たち、いったいどうしたんだろう・・・」
リッキーとアビーの言葉です。

これが負のスパイラルに陥ってしまうということなのでしょうか。
何らかの軌道修正をしようにも、疲弊しきった肉体と翌朝に否応なくやってくる労働がそれを許さないという現実。
美辞麗句で「個人事業主」と謳い上げ、その実、企業側からの補償も付与せらるべき権利も剥奪されて・・・こんなシステムやそれを容認する世の中、やっぱりどこかおかしいと思わざるを得ない。
息子セブがアートで描く壁画は、ずっと以前から彼が抱いていたそんな世界へ向けての「?」(疑問)だらけの心の叫びだったのでしょうか。セブが描いた画が非常に印象的でした。

そのセブと、妹ライザと、それぞれに描かれたエピソードが素敵で。
夜遅く突然の仕事に向かわねばならなくなった母アビーを父の車で家族皆で送っていこうと提案したセブ。
父リッキーの仕事を手伝いながらとがった父の心をまぁるくしてあげたライザ。
その後に展開する過酷な出来事があまりにつらくて、温もりの在るこのシ―クエンスが嬉しくも切なく思い返される今です。

物語の展開に引き込まれ続けてその牽引力は一度も緩むことなく、最後の最後にローチ監督の静かな怒りが一気に爆発するのを観た気がしました。
あのラストシーン。「キミは何を感じたか?」と問われている気がしました。


原題の「Sorry, We Missed You」は宅配先が留守だった時にドアに貼っておく「残念ながら不在につき…」の文句だそうです。
本作のリッキーのように契約上「個人事業主」の場合は相手先の指定日時に配達ができなければ宅配人本人の罰金となってしまうようです。
家族への「miss」の想いとか、いろんな意味を含んでいて考え込んでしまう原題ですね。


          
             nijyuubann - コピー.jpg nijyuubann 2 - コピー.jpg

いつだったかの、某店です。
酒肴3種盛りをオーダーしたら生牡蠣が出てきたのでビールを置いといて急いで日本酒をオーダーしました。こちらのお店は初訪問でしたがとてもいいお店でした。
今年一年もお酒にはいろんな意味で救われた気がします。

今年3月半ばに拙ブログを4年ぶりに再開させて頂きました。
今年観た映画を振り返っての感想を挙げたいところですが来年に入ってからのアップになりそうです。
皆さまどうぞ佳い2020年をお迎えください。ぴかぴか(新しい)



posted by ぺろんぱ at 16:27| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記

2019年12月25日

萩尾望都 ポーの一族 展     温故知新的な感慨


阪急うめだギャラリー(阪急百貨店うめだ本店9F)で「萩尾望都 ポーの一族 展」観てきました。
萩尾望都さんのデヴュー50周年を記念して企画された全国巡回展です。(今になってブログに挙げることになりました。阪急うめだギャラリーでの本展は12月16日で終了しています。)

行った頃は街はクリスマス全開モードで、阪急梅田コンコースといい阪急百貨店といいクリスマスイルミネーションが本当に素敵でうっとり見惚れてしまいました。
でもそれも今夜で終わりですね。まあクリスマスのイルミネーションって結構切ないですからね。


ポー - コピー.jpg 梅田コンコース - コピー.jpg


   『ポーの一族』は実は私は読んでいなかったのですが、この展覧会、シリーズ毎にブースが組まれて幾つかの原画が台詞もそのままに展示されていて、物語の展開をそれなりに追うことができました。
「ポー…」を読んでいなかったのに本展を観に行ったのは『トーマの心臓』『11人いる!』が好きで望都さんファンではあったからです。初期の頃の作品『キャベツ畑の遺産相続人』も思い出深いなぁ・・・。


どの漫画家さんもそうですが作品を重ねてゆかれるごとに画の完成度も高まってゆくので、こうして初期の頃の画と何年か経ったあとの画を同時に見比べてみると随分と趣が変わった感じがしてその年月の経過をしみじみ感慨深く思ったります。
勿論それぞれの時代の画風にそれぞれの良さはあります。
少女漫画の幾つかにハマって(私は『りぼん』の一条ゆかりさんが凄く好きでした)掲載誌の新号が発売されてお目当ての作品の掲載ページをめくる時のドキドキ感は今も甦る感覚です。
本展、丁寧に一つ一つの展示作品を観ていると会場を出る頃には約2時間が経っていました。楽しめました。

それにしても望都さんファンは、いいえ望都さんに限らずどの作家さんのファンでも、ファンというのはパワフルで熱情に溢れているかわいいものなのですね。
本展でも会場スタッフさんに独自の望都さん論を語っておられる女性ファンがおられたりして、ファン同士の“静かな火花”が会場のあちこちで散っていた気がしました。(^^)

「ポー…」の新シリーズの画では今までとかなりイメージが変化した新たなエドガーとアランがいて、作画に於いて尚も変化と進化を続けておられる萩尾望都さんに改めて多くのファンを牽引する力を感じましたよ。さすがの望都さんです。

今年は規模の大小いろいろに(関西地方に限られてしまいましたが)様々な展覧会、資料館、発表会に行くことができました。
中でも姫路市「日本玩具博物館」と赤穂市「ビートルズ文化博物館」には、どちらも個人所蔵品によるものであることと共に対象への愛が半端ないことに軽い衝撃を受けました。
両館とも帰り際に館長氏と少しだけお話させて頂ける機会がありましたが、そこに見える 「人(ひと)」 がやはり一番興味深かった気がします。 ありがとうございました。ぴかぴか(新しい)



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撮影角度が雑ですみません。
いつだったかの、某BARでのジンリッキーです。いただいたジンが美味しかったので(不出来な画像ながら)挙げさせて頂きます。

廻る廻る、時は廻る・・・ふわっと酔えた瞬間でした。




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2019年12月18日

シュヴァルの理想宮     真に築いたもの


 シネリーブルで 『シュヴァルの理想宮』(ニルス・タヴェルニエ監督) を観ました。

リーブルでチラシを手にしてからずっと観たくて公開を待っていました。(無事に観ることができてよかった。)

本作、何がシュヴァルをそこまで引っ張り続けたのか・・・。
観終わって感じたのは、言えなかった家族への想いが彼の背を押し続けたということ。彼は宮殿を造ることで家族(の絆)を築き上げたのだということ、でした。


                        シュヴァル チラシ - コピー.JPG

Story
   フランスに実在する建築物で、ひとりの郵便配達員の男が33年もの歳月をかけ、たった1人で完成させた手作りの宮殿「シュバルの理想宮」の実話を映画化したヒューマンドラマ。
フランス南東部の自然豊かな田舎町。寡黙で空想好きの郵便配達員シュバルは、変わった形の石につまずいたことをきっかけに、愛娘アリスのために「おとぎの国の宮殿」を建てることを思いつく。さまざまな苦境に直面し、周囲の人々にバカにされながらも、来る日も来る日もたった1人で石を運んでは積み上げ続けるシュバル。そんな彼に、過酷な運命が容赦なく襲いかかる。                                                 ※映画情報サイトより転載


  宮殿は西洋の美というより東洋的な美がふんだんに感じられ、カンボジアのアンコールワットをイメージさせる外観です。しかしそこには宗教観というものは無くて、あるのは一つ一つの石に込められた愛と家族への想い。

娘のために築こうとしたおとぎの国の宮殿ですが、それは娘のためだけではなかったのですね。
それはまだ幼かった頃に手放してしまった息子シリルのためでもあり、彼を支え続けた二度目の妻フェロメールのためでもあり、更に自分自身のためでもあったわけです。

寡黙で無口で不器用を通りこして一つのことにしか目を向けられないシュヴァルに歯がゆく思い、彼の持って生まれた性質と思いながらも「どうして!?」とも思ってしまうのでした。
でもこの映画、そんな彼の秘めた想いが終盤になってどーんと押し寄せてきます。どーんと。
同時に、生き別れていた息子シリルと妻フェロメールのシュヴァルへの愛もやっぱりどーんと押し寄せてきて、エンドロールが終わるまで涙をぬぐい続けていました、私。

家族の愛はやはり尊い。
特に妻フェロメールの、シュヴァルを守り、育て、不屈の力を与えた強くて深い愛には心打たれました。
夜中にランプを手に帰ってこぬ夫を探すフェロメールが、疲れ果てて宮殿の隅で眠り込んでしまっていたシュヴァルを見つけてそっと寄り添い眠るシーンは、今思い返して最も好きなシーンです。何か神聖なるものに触れさせてもらえたような感じがしました。

演じたレティシア・カスタは、最初は地味に思えたのに表情の一つ一つがとても印象的でどんどん魅せられてゆくのでした。勿論シュヴァルを演じたジャック・ガンブランも唯一無二のキャスティングと思わせるほどに素晴らしかったと思います。一度見たら忘れない顔です、ジャック・ガンブラン。

ずっとシュヴァルへの秘めた想いがあったと思われるもう一人のあの女性にも心惹かれるものがありました。
きっと淋しくて悲しい女性なのだろうなぁって。あの女性からの視点でもきっと深い物語が紡げるだろうなぁって。
その女性の想いは少しの台詞と一瞬の眼差しなどから勝手に感じたことですが、ああいう、観る者に想像を委ねる演出も素敵だなと感じました。


33年間。
宮殿造りに費やした長い長い年月。
それが“いろんな意味で”報われた時、スクリーンを前に私も安堵し、神に感謝したいような清らかな気持ちに包まれました。

ラストの、灯りに照らされた宮殿は言葉に喩えようもないくらい美しかったです。ぴかぴか(新しい)

年の瀬に良い映画に出会えました。 出会えたことに感謝です。


          
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 友人のリビングにお邪魔したかのような、ソファーもある神戸のお店での乾杯の画です。
ママさん手作りのメンチカツにタコさんウィンナーが可愛い。
珍しいお酒をソーダ割でいただきました。ラベルはワイルドですが、ほんのりとレモン香がお洒落に香るウィスキーでした。

それにしても33年って長い年月。
シュヴァルさんがそれを成し得たことが本当に良かったです。

「ありがとう」と 届かぬ言葉を吐いてしまいました。




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2019年12月13日

ライフ・イットセルフ     大切なのは気付くこと


 シネリーブルで『ライフ・イットセルフ』(ダン・フォーゲルマン脚本・監督)観ました。

登場する人物のきっと誰かであるのだろう語り手が(ラストでは明かされます)、ボブ・ディランの名曲を背景にやや軽妙とも思えるトーンで物語に導いてゆく冒頭の演出。
独特の抜け感があって面白かったと思います。

悲惨な出来事が幾つか描かれているのに(しかも派手な効果音付きで)観終わった後は優しい気持ちで満たされていたのはそこにいつも「深い愛」があったからだと観終わった後じんわりと分かりました。


                     ライフイットセルフチラシ - コピー.JPG


Story
ニューヨークで学生時代から付き合っていたウィル(オスカー・アイザック)とアビー(オリヴィア・ワイルド)は、第一子の誕生を間近に控え幸せに満ちあふれていたが、悲惨な事故に巻き込まれる。一方、旅先のニューヨークで偶然その事故に深く関わってしまった少年は、その出来事をきっかけに、スペインで両親と父の雇い主であるオリーブ園のオーナー(アントニオ・バンデラス)の人生を変えることになる。
 ※映画情報サイトよりの転載です。



「信頼できない語り手」というのが若かりし頃のアビーが大学の卒論に取り上げたテーマの中の重要なワードだったのですが、これが本作そのもののテーマにも通じるものでした。

人生そのものが実は「信頼できない語り手」によって紡がれる物語だ、と。
これは「なんのこっちゃ?」的な一文ですが、多分本作をご覧になれば「あぁそうなのかもしれないなぁ」って思ってもらえることだと思います。

人生って何が起こるか全くわからない。
でも幾つもの荒波を乗り越えてこそ見つかる「愛」がある。文字にすれば既視感ばかりの言葉ですが、乗り越えてそこに到達した者にってはそれは揺るぎない真実なのですよね・・・。

愛を見つけたというよりこの物語には実は常に愛がそこかしこに隠れていて、それに気付いたっていうことなのだと思いました。
先述しましたが、実は愛に溢れたそれぞれの人生であったわけで、だから観終わった後に優しい気持ちに包まれたのだと思います。「そこに在ったんだ・・・」という気持ちで。

特に私はサチオーネの無償の愛に静かに心打たれました。
演じたアントニオ・バンデラス・・・初めてこの男優さんを素敵だと感じました。
残った孫娘を慈しみ育てたお爺ちゃんにも。
私が歳を重ねたからでしょうか。男女の熱愛より、ずっと静かで表現の仕方が難しいような愛に心寄せてしまうことが多いです。

過去の全ては未来に繋がる・・・真摯に向き合えばそこに辿り着く・・・。こういう作品は年を締めくくる一今、イイのじゃないでしょうか。

自分としては至極冷静に“淡々と”物語を追っていたつもりでしたが、ラストシーンの何気ない一言には何故かしら落涙。きっと確かな「幸せのかたち」がそこに在ったからなのだと思います。それもこの監督の物語の作り方、見せ方の上手さ?の為せるものなのでしょうか。
ボブ・ディランの曲(歌詞)も効いていましたよ。



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先日明石の天文科学館でちょっとしたお勉強をしてきました。

もう鬼が笑うほど先のことではないので記させて頂きますが、来年は天文学的に「当たり年」だそうです。
日食、惑星との大接近、流星群の大量出現、、、さらに(来年)末にはあの<はやぶさ2>が地球に帰還予定です。
こちらのプラネタリウムでは年末から来年2月初旬『138億光年 宇宙の旅』のプログラムが上映されるようで、これは今からとても楽しみなのです。

勉強会の帰りの反省会(と称する独り呑み)の画。
海の街、某店で酒肴とぬる燗です。


年の瀬ですねぇ・・・しみじみ。


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2019年12月06日

「3年連用日記」更新の年です     高橋書店から博文館へ


2020-2022年10冊目に突入します。


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購入した日は好天の日曜で街全体が“長閑な休日モード”でした。お陽さんも暖かくて体にも心にも優しい。
購入したジュンク堂を出たあと公園まで歩いて行って買ったばかりの日記帳をベンチの上でパチリ。

ベビーカーを押す若夫婦や老若それぞれのカップル、ワンちゃんを連れたファミリー等の幸せオーラを浴びながらベンチに何やら置いて一心に写真を撮る謎の女約一名・・・イタいですよね。
9冊目の2017-2019年が何となく自分の中で“流れ”がよくなかった3年だったので、10冊目の3年は「どうぞ佳い日々でありますように」との願いを込めて撮りました。


これまで愛用していた高橋書店さんのハードケース入り3年日記帳は製造販売がもう無くなってしまったらしく(ケースなしのシンプル形状のものは出ています)、こちらの博文館さんのケース入り3年日記帳に変えました。
日記をつけ始めたころは博文館さんのものを使っていましたので初期の頃に戻ったわけですが、高橋書店さんのは一日ごとに短歌や俳句が記されていて結構気に入っていたのですよね。
でも流れがよくなかったこの3年を思うと、ここで博文館さんのに変えるというのも「必然」と考えればいいのかもしれません。
いやいや流れが悪かったのは全部自分の弱さのせい。高橋書店さんの日記帳には本当に長らくお世話になりました。日々と静かに向き合えたことに深く感謝。時には酔酔っ払った解読不可能な文字で書き汚したこと、ごめんなさい

そして新たなこの一冊には「2020年からの3年間、よろしく」


    
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とある一日、池田市にひよこちゃんに会いに行ってきました。
勿論マイカップヌードルも作りましたよー。
その帰り、駅前で人気の老舗角打ちにての乾杯です。

ダブルで饗してくださるハイボールも美味しかったですが、そのあとはスタッフさんお薦めの日本酒を堪能しました。Nちゃん、お付き合い下さりありがとうぴかぴか(新しい)


あとひと月足らずの2019年、令和元年。
心穏やかに一年を締めくくれたらいいですね。




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2019年12月01日

ターミネーター ニュー・フェイト    今は不吉な現実味も 


※結末に触れる記述をしています。


 大阪ステーションシネマで『ターミネーター ニュー・フェイト』(ティム・ミラー監督、ジェームズ・キャメロン原案)観ました。

シネリーブルも専ら神戸ばかりで梅田での鑑賞めっきり減りましたがこの大阪ステーションシネマでの鑑賞は本当に久しぶりです。LINKS UMEDAも出来て圧倒されつつEV.に乗り込みました。


本作ニューフェイト、1991年の『ターミネーター2』(T2)の正統的続編という触れ込みがよく分かりました。というか、核となる構成や物語の展開はほぼ「T2」と同じでした。
変化球だったのは“メキシコ人の小柄な女の子”ダニーの役割。
救世主を生む母親・・・じゃなかったのね。


  ターミネーターニューフェイト - コピー.JPG


Story
  人類滅亡の日である「審判の日」は回避されたが、まだ危機は去っていなかった。メキシコシティで父と弟とごく普通の生活を送っていた21歳の女性ダニーのもとに未来から最新型ターミネーター<REV-9>が現れ、彼女の命を狙う。同じく未来からやってきたという女性戦士グレースが、ダニーを守るためにREV-9と壮絶な戦いを繰り広げるなか、かつて人類を滅亡の未来から救ったサラ・コナーが現れる。
         ※映画情報サイトより転載


展開が「T2とほぼ同じ」と書きましたが、それって本作キャッチコピーの「時代は変わった。運命はどうだ。」の意味に深く通じるものがあったのですね。
スカイネットの「審判の日」はサラたちの手で回避されても、新たに命を得たサイバー戦争用AI<リージョン>の反乱で地球は壊滅的状況になっていたわけで・・・時代の在り方は変わっても人類の負った運命は何ら変わらなかった、ということですね。

シリーズの「3」や「4」や「5」の世界はどこへ?? とも思いますが、パラレルワールドって結局一つじゃないのですよね。多分幾つものパラレルな世界が同時に進行しているのだ、と。ふと村上龍の小説『5分後の世界』を思い出しました。


本作、いきなり死闘が繰り広げられます。
登場する最新型ターミネーターREV-9はとにかく、どこまでも、ひたすら、強い。
「T2」のT-1000の時も思いましたが今回は更に、もうこちらが(こちら??)闘う気力なんて消えてしまうくらい無限の能力を備えていて、最後はどんな葬り方をされるのだろうと・・・それって不可能なのじゃないかと思ってしまいました。(実は観終わった今もあのREV-9の葬られ方の科学的根拠が私にはよく理解できていません。)

とにかくREV-9は強くて不死身。
演じたガブリエル・ルナって本来は笑顔の方が似合いそうな“気のいい隣のお兄ちゃん”という感じでしたけれど、対する<強化型兵士(というらしい)>グレースを演じたマッケンジー・デイヴィスは役どころと合致したかなりの魅力を放っていました。顔立ちは美しいけれどマニッシュな雰囲気で、程よく鍛えられた感の全身がファイトにも美しさを感じさせてくれました。
ダニーとの関係性(これがラストで“効く”)もサラとのそれも丁寧に描かれていましたね。


かつてのT-800がカールとして現在を生きていたことの背景は“登場させることありき”でしつらえられた感が否めませんでしたが、それでもカールがいてこそのあの結末には(「T2」と同じ展開でも)やっぱり泣いてしまうのでした。このシリーズにはアーノルド・シュワルツェネッガーが不可欠の人だったということでしょうか。

ターミネーター、ターミネーター2、そして本作が正統的続編と銘打たれて制作公開されて、じゃあもうこれで終わりでいいじゃないですか・・・と思いきや、本作のラストは「次回作創る気満々!」っていう感じでした。

私はシリーズ一作目と二作目の世界だけを抱いて自分の中でピリオド打っときます。



冬のジン - コピー.jpg

大阪なので再びこちらのBARに寄ってしまいました。
寒くなってきましたがジンの香りが恋しくて。

ジン・トニックならぬ、今回もやはりジンをソニックにしていただきました。
安定の美味しさです、ありがとうございました。


それにしても、「ターミネーター」一作目の頃と比して今はAIの語を見ない聞かない日はなく、本作の世界もぐんと現実味を帯びてきていてそこは不気味ではありましたね。


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2019年11月24日

マイ・フーリッシュ・ハート     損なわれ続けたもの


シネリーブルで『マイ・フーリッシュ・ハート』(ロルフ・ヴァン・アイク脚本、監督)観ました。

ネットでのあまりの酷評で一時は怯みましたが、観たかったのでとにかくそこは初志貫徹で。


チェット・ベイカーは、熱烈なファンではないですが(そう言えるほどには知らない)、CDは一枚持っていてCDラックのディスプレイ面に置いています。ジャケット写真の、レコーディングマイクに向かっている姿が見えるように。

Jazzトランペッターにしてヴォーカリスト。
中性的魅力と称された甘く切なく透明感のある若き頃の歌声は、多分一度聴いたら脳内に“イコール、チェットの声”とインプットされると思います。

熱烈なファンではないと書きましたが、以前にお伺いしていたJazz Barのママさんは、私がお店を訪れるといつもウェルカム曲としてこのアルバム〈CHET BAKER SINGS〉をかけて下さっていました…やっぱり好きなミュージシャンだったんですよね、私。(件のママさんにはJazz素人の私にもあたたかく接して下さったことに深く感謝。)

そしてそのBarで、スラリとした魅惑の横顔を持つチェットの後年のライブ画像を観せてもらった時は、、、驚きしかありませんでした。一体何があったのか…何が彼をそこまでに変えたんだろう…って。
だからこそ興味があったのですよね、この映画。


チェット - コピー.JPG


story
 1950年代にトランペット奏者、そしてボーカリストとしてジャズシーンを席巻し、1988年に謎の転落死を遂げたチェット・ベイカーの最後の数日間に焦点をあてたドラマ。88年5月13日午前3時、アムステルダムに滞在中のチェット・ベイカーが宿泊先のホテルの窓から落下して死亡した。うつ伏せの状態で頭部から血を流している遺体を確認した刑事ルーカスは、ベイカーが落ちたと思われるホテルの窓辺に謎めいた人影を目撃する。しかし、ホテルの部屋には誰もおらず、殺風景なその部屋の机にはドラッグ用の注射器などが散乱し、床にはトランペットが転がっていた。        ※映画情報サイトより転載

  

観に行って良かったです。

冒頭で「これはあくまでフィクションだ」と説明がされていましたが、監督が3年の歳月をかけてリサーチした上での本作は決して真実を逸脱したものではなかったと思います。

孤独ゆえの無償の愛を求める愛し方、去られることを恐れるがゆえの支配とDV、立ちきれなかったドラッグ。破滅的は日々はズタボロ、観ていて痛かったです。

ネットで酷評だったことの多くは、チェットの死を探っていく刑事ルーカスの生き様の方に焦点が当てられていたことでしょうか。
でもそういう描き方、ルーカスを通してチェットの死に迫ろうとした監督のチェットへの眼差し、私はいいと感じました。
だってルーカスとチェットって“同じ”だったから。ルーカスを追うことがそのままチェットの死を追うことになっていたと思いました。
映画が進行していく上で私の中でどんどん二人が重なっていくのでした。

映像はとても暗く重苦しいです。
ノワール調というのを超えて私にはまるでホラーの空気さえ漂っていたように感じました。終始“不確かなものの中に漂う感じ”があって、凄く心的に不安定で不思議な感覚に包まれ続けていた気がします。

それはラストショットで納得できました。
精神の均衡を欠くような感覚の意味が。
運命が交錯するどころか本当に重なってしまった二人。
ルーカスが辿るであろう「この先」を示唆するラストは秀逸でした。

ふと、ルーカスに次いでもしかして監督自身も本作を撮っていくうえでチェット・ベイカーという人間と重なり、憑かれてしまったのかもしれないなぁってそんな事も思いました。


ジャズの名曲が流れます。ぴかぴか(新しい)

マイ・フーリッシュ・ハート
イフ・アイ・シュッド・ルーズ・ユー
マイ・ファニー・ヴァレンタイン
イマジネーション
エヴリ・タイム・ウィ・セイ・グッドバイ
ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ

<マイ・ファニー・ヴァレンタイン>は一度目はトランペットで、二度目は歌で。二度目の歌は心にググッと来ます。
エンディングの<ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ>でチェットの最期の日々の余韻に浸りました。


「最大の喪失は死ではない、それは心の中で起こる」
チェットさんの死についてはこの語りが全てで、とても印象的でしたね。

チェットさんの生き様をイーサン・ホークが演じた『ブルーに生まれついて』もいつかきっと観たいと心に決めました。



ソネライヴ バーボン - コピー.jpg sone - コピー2.jpg


ジャズということでこのアルコール画を。
神戸のライヴハウスにての乾杯です。

訪れたこの日のJazzライヴは偶然にも好きなピアニスト氏(石川武司さん)の演奏で嬉しかったです。ありがとうございました。ぴかぴか(新しい)




posted by ぺろんぱ at 18:05| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2019年11月19日

ストラスブール美術館展     マルゴさんがひたすら気になる


姫路市立美術館に「ストラスブール美術館展」を観に行ってきました。
今はお城やこちらの市美周辺、すべての樹々が秋の彩りを見せてくれています。美しいです。      

観光客の方々でメインの大通りは賑わいを見せる姫路ですが、お城の直ぐ近くに位置しながらも中々この美術館に入って来られる方は多くはないようで、休日でも比較的ゆっくりとマイペースで画を眺めることができます。

姫路市美 - コピー.jpg


展覧会内容
 近代絵画の祖であるコロー、クールベなどの写実主義からモネ、シスレーをはじめとする印象主義、そしてピカソ、ブラックらのキュビスム、カンディンスキーの抽象絵画など、ストラスブール美術館の所蔵作品の中から厳選された約90点を展観しフランスの近現代絵画の主要な流れを辿るもの。
         ※同展公式ホームページより転載


ストラスブール - コピー.jpg



テーマの「フランス近現代絵画の主要な流れ」は解説パネルを読んでいけば概ね理解できます。
難しいことは抜きにして、美術館の楽しみである“どんなハッと心つかまれるような作品に出会えたか”“どの作品の前で(図らずも)足が止まって佇んでしまったか”という観点で感想を綴ってみました。

最初のブースに展示されていた印象派クロード・モネの作品<ひなげしの咲く麦畑>は、さすがは印象派を代表する画家の作品とあって初っ端から足が止まりましたよ。
印象派の印象派たる画風で、解説の言葉を借りれば「形態を光の中に没してしまう」が如く陽光に100%包み込まれたひなげしの麦畑の画が、時空を超えて今この時この絵の前に佇む私に幸福感をもたらせてくれた感じがしました。
モネはひなげしの花をテーマに少なからぬ作品を残しているようです。そして一つの作品に幾つものアングル、幾つもの(陽の)条件下でそれぞれ5〜6点もの作品を描いたそうです。結局その試行錯誤を経てモネ自身が最も納得のいく作品を世に問うたのでしょうね。

↓↓ ここからは私自身の備忘録として画家名や作品名が続きますが悪しからず ↓↓。

印象派のロタールフォン・ゼーバッハという画家の作品にも惹かれるところが多かった(作品<ラ・ドゥアンヌからストラスブールへの道、雨の効果>)ですが、驚きに近い感じで見惚れてしまったのはジェラール・ガジョロフスキーという画家氏の<宿命或いは家族の絆、もうひとりのマルゴ>という人物画でした。制作年は1972年です。

「画家の使命は目の前の対象主題を自己の才能や芸術性など介在させずただひたすら完璧に写実的に描くことだ」という氏の言葉(作品横に添えられた解説文)に反して、描かれたマルゴさんの肖像画はあまりにもガジョロフスキー氏自身の感性と独自の画風とその芸術性に満ち満ちたものでした。私が人物画が好きということもありますが、このマルゴさんの画は一度見たら忘れないインパクトがありましたね。
タイトルも非常に意味深で、このマルゴという女性が抱えた人生とは?もうひとりの、とは?描いたガジョロフスキー氏との関係性は?といろんな思いを馳せてしまいました。この画家の生い立ちや作品背景の解説はなかったので残念ですが、大きな図書館にでも行けばそのあたりを調べることができるかもしれません。

シュールレアリスム期のジュール・ペランという画家の作品にも不可思議で挑戦的な、鑑賞後も後を引く世界観がありましたねー。展示作品は<機関銃>、<ポプラの航海>の二点。

アンリ・リヴィエール、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック、ヴィクトール・ブラウナー、、、事故や病気により体の一部あるいは機能を失うという不運な出来事に見舞われながら画家としての道を歩んだ芸術家たち、役人の仕事と芸術家としての謂わば真逆に位置するような道を長年にわたって両立させた画家ロベール・エイツなど、初めて知る画家の名も多くていろいろと勉強になりました。

それにしてもマルゴさんの画は凄かったです。



たなかや - コピー.jpg

「友夫妻在り、遠方より来たる。」 
少し前のお料理も美味しい人気店での乾杯の画です。
久々の再会で楽しい時間でした、ありがとう。ぴかぴか(新しい)

グラスはワインのように見える色合いですが山廃仕込み純米酒の原酒です。
古酒を思わせるような良い意味でのひね香が僅かにほんのりとあって大変美味しゅうございました。


posted by ぺろんぱ at 20:25| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2019年11月12日

レディ・マエストロ    サラっと奇麗に流れた感


   シネリーブルで『レディ・マエストロ』 (マリア・ベーテルス監督・脚本)を観ました。
実話に基づく映画です。(ドキュメンタリーではなくフィクションです)

女性指揮者のパオニアと言われるアントニア・ブリコ(1902-1989)の半生を描いたものですが、私はアントニア・ブリコという女性を知りませんでした。
演じた女優さんは勿論とても美しいですが、本物のブリコさんも目鼻立ちのくっきりとした美しさの、意志の強さを感じさせる女性でした。(映画には画像は登場しません、鑑賞後にネットで調べました)

少なからぬ人が彼女を助けた事実は、人間としての魅力もあったのは否めませんが彼女の並々ならぬ音楽への情熱が人々を動かしたということに他なりません。そして言うに及ばず勿論「努力の人」でした。

助けた人以上に彼女の行く手を阻んだ人間が多かったのは、時代という以上に、悲しいかなそれが世の常であったのかもしれません。男性のみならず女性からのバッシングも多かった・・・女性が第一線へ進出することの地均しは実は今もまだ途上にあることがラストのテロップで何となく示唆されていました。


    マエストロ チラシ - コピー.jpg

story
  1926年のアメリカ、ニューヨーク。指揮者になることを夢見るオランダ系移民のアントニア(クリスタン・デ・ブラーン)は、ある事件で音楽学校を退学になってしまう。その後アメリカを離れたアントニアは、ドイツのベルリンでやっと女性に指揮を教えてくれる師と出会うが、レッスンに没頭する彼女にさまざまな困難が立ちはだかる。     ※映画情報サイトより転載


とてもきれいに作られた映画だったと思います。
さまざまなエピソードを詰めてアントニア・ブリコさんの生き様を存分に描き出そうとしてくれたと感じました。
しかし2時間20分という時間をもってしてもやはり全てを深くは描き切れないわけで、私には何となく<アントニアブリコの半生・ダイジェスト版>みたいな印象が残ったのがちょっと残念でした。

主演のクリスタン・デ・ブラーン、恋人フランク役のベンジャミン・ウェインライト、生涯の友となったロビン役のスコット・ターナー・スコフィールド、皆とてもはまり役という感じだったので尚更もったいない感じです。

一つのエピソードから次への展開が結構ドライに進んでいくので自分の中で余韻に浸りきれなかった気がしたのです。(私の完成の鈍さかも…ですが)
何処かのエピソードをカットしてその分もっと深く掘り下げてほしかったのはやはりキーとなる親子関係でしょうか。彼女を苦しめたものでもあり、音楽へといざない、より高みへと奮い立たせたものでもあったのですから。
特に養父母の心の葛藤にはもう少し触れてほしかったです。


しかしとにかくアントニアさんは強いのです。
指揮者になるために果敢に行動します。必ずしも世渡りは上手くはないけれど、その分懸命に道を切り開こうとする熱意は半端なく伝わってくるのでした。
あれくらいの強さがなければ昔は勿論のこと今も女性が何かを成すなんてことはできないのでしょうね。(今は昔より随分時代も進んでいるというのに何も成せていない今の自分が恥ずかしくなりました。)
そして本当に努力を惜しまない人間には、性別問わずいつか必ず支援者はつくものなのですね。特にロビンの存在はとても大きく、ロビンとの関係性が丁寧に描かれていたのはとてもよかったと思いました。演じた男優さんも凄く素敵でしたから。


実際の名指揮者、名楽団の名が出てきますし、クラシックの名曲が短いながら何曲か聴けたのは嬉しいです。ここでも敢えて言わせて頂くと、一曲くらいはガツンと聴かせてほしかったですね。音楽の力でもっと魅了させてもらってもよかったのになぁというのが正直なところでした。

でもオーケストラの指揮者ってやっぱりカッコいいなぁ!
西本智実さんは麗しの女性コンダクターでいらっしゃいますね。以前に西本さん指揮の公演はポディウム席から埋まると聞きましたが今もそうなのでしょうね。




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 たまにはアルコール以外の画で。

以前から訪れてみたかった喫茶店です。高台の街にあるのでバスに乗って行ってきました。
店内はヨーロッパの古城を想わせるアンティークな趣で静かにクラシックの曲が流れていました。オーナーのご趣味なのか、それぞれに違う様々なカップが置かれていました。

ホットココアがちょっぴりビターでイイ感じ。
添えられた手作りのクッキーとメレンゲの小菓子も美味しかったです。ぴかぴか(新しい)




posted by ぺろんぱ at 21:20| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2019年11月06日

JOKERジョーカー     悪を生み出したのも悪


アースシネマズにて『JOKER ジョーカー』(トッド・フィリップス監督)観ました。

バットマンのジョーカー誕生秘話とのことで、ホアキン・フェニックスも好きなので気になっていました。今になってしまいましたけれど。

本編前の予告編で、ホラー映画ダメ人間の私は『ブライトバーン』やら『IT THE END』やら目をつむるのに必死でしたが、この『JOKER ジョーカー』も静止できず目をそむけたシーンがありましたねー。


ジョーカー チラシ - コピー.JPG

Story
  孤独で心の優しいアーサー(ホアキン・フェニックス)は、母の「どんなときも笑顔で人々を楽しませなさい」という言葉を心に刻みコメディアンを目指す。ピエロのメイクをして大道芸を披露しながら母を助ける彼は、同じアパートの住人ソフィーにひそかに思いを寄せていた。そして、笑いのある人生は素晴らしいと信じ、底辺からの脱出を試みるが・・・。 ※映画情報サイトより転載


救いは何一つありません。

あ、一つだけあったでしょうか・・・「ゲイリー、優しかったのはキミだけだ」っていうアーサーの台詞。
こんな台詞が吐けたのなら何処かの分岐点でジョーカーにならない生き方もあったのでしょうか。

ピエロメイクとクラウンメイクの違いは「涙」と聞いたことがあります。涙があるのがピエロだ、と。

「自分の人生は悲劇だと思っていた、でも僕の人生は喜劇だ」
「喜劇は主観だ」
「善悪を主観で決める。笑えるか、笑えないかだ。」
何という究極のエゴイズム、そこに裏打ちされた自己愛。

でも序盤にはこんな言葉も。
「つらいのはたくさんだ。」
何処までも押しつぶされたアーサーの人生を落伍者と呼ぶにはあまりに人として無責任な気がします。(ブルースの父トーマスはこの言葉を使ってしまってゴッサムに火焔を投じてしまったわけですが。)しかし、ならば誰かが救済者になりえたかというとそうじゃない。
背負ったものを悲劇から喜劇に変換することでしかアーサーは自分で自分を救えなかったのかもしれません。

ピエロダンスが象徴的。
地下鉄で事件を起こしたあと逃げ込んだトイレで踊る姿にアーサーからジョーカーへの変貌の瞬間が見えた気がしましたし、階段で踊る姿にはジョーカーとしての完全なる侵食が見えました。そして終盤の、暴徒と化したゴッサム市民を前に車上で見せるパフォーマンスには神がかり的なジョーカーの狂気が見えました。
悪(善悪を主観で決めるアーサーにとっては善行??)に恍惚となるアーサーの表情は、ピエロメイクの涙のその奥で狂気以外の何物でもなかったです。

 
観る前は、これは映画だけのオリジナルストーリーということで従来のバットマンシリーズとは一線を画す別物の作品なのだと思い込んでいました。
ですがウェイン家との因縁やブルースとの出会い、ブルースがバットマンになる切っ掛けとなったあの事件まできっちりと描かれていたことには驚きました。

ということは、ここまでのものを作ってしまったら今後このシリーズはコミカルな演出(本来はコミックスが原作の世界でしたので)はもう微塵も出来ないのでは?? 私は初期の頃のバットマンが好きでしたので何となく寂しいなぁとちょっと思ったりしたのですが・・・ラストシーンでそれまでの重苦しさをすっと別次元のステージに持っていく面白い演出がなされていました(私にはそう感じました、あの追いかけっこ)。
ということで今後のシリーズもまた観に行ってしまいそうです。

最後になってしまいましたが、圧倒的存在感のホアキン・フェニックス、すごかったですぴかぴか(新しい)



 
八重垣 - コピー.jpg 八重垣ひやおろし - コピー.jpg

<ひやおろし>と銘打たれた日本酒がお店で呑めるのもあとどれくらいなのでしょう。
美酒はその都度それぞれの美味しさを感じさせてくれますから、年が明けて新酒のしぼりたての時期にはそれを、夏になったら夏の生酒を、それぞれと真っ直ぐに向き合って楽しむのがよいのです。

お酒にいつも癒され救われています。ありがとう。ぴかぴか(新しい)

  


城下の木の下で佇む猫 - コピー.jpg

そしてそして、散策タイム時にふと見かけた孤高の猫。ぴかぴか(新しい)
たった独り、ただ独りで、長い時間ずっーと大樹の下でどこかの一点をじっと見据えながら佇んでいました。
私もじっと見ていました・・・心持っていかれました。
いろいろあるけど互いに頑張ろうな。



posted by ぺろんぱ at 19:20| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記

2019年10月31日

ドリーミング村上春樹     「ムラカミ的シュンカン」に酔う


  シネ・リーブルで『ドリーミング村上春樹』(ニテーシュ・アンジャーン監督)観てきました。
村上春樹作品を長年に渡りデンマーク語に翻訳し続けている翻訳家メッテ・ホルムさんの姿を追ったドキュメンタリー映画です。春樹作品ファンとしてこれは外せませんでした。

★こんな作品★ 
    1995年に村上春樹の小説「ノルウェイの森」と出会ったメッテ・ホルムは、20年以上にわたり村上の小説をデンマーク語に翻訳している。これまで村上の小説は世界で50言語以上に翻訳されてきたが、英語本からの翻訳はあってもメッテのように日本語から直接翻訳するスタイルは珍しかった。メッテは「風の歌を聴け」の翻訳作業をする中で、作中のある文章に思い悩む。村上春樹の世界に触れるために日本を訪れたメッテは、村上の故郷・芦屋の町を歩き、小説の舞台となった場所を巡り、村上春樹の世界に自らを浸らせていく。         ※映画情報サイトより転載


                       ドリーミング チラシ - コピー.JPG


 
  かえるくんが登場して語り始めた時、これはメッテさんの姿を追うドキュメンタリーであると同時に春樹さんの作品世界を幻想的に描くフィクションでもあるんだと思いました。

メッテさんは春樹作品と深いところで交わっています、それは文字通りの交わり。
翻訳という行為を通じて春樹さんを愛し交わっているのだと感じました。メッテさんの眼差しやちょっとした会話の端々から、それが同じ春樹作品に魅せられた者である私にも伝わってくるのでした。
たったひとつの言葉の訳語に思い悩み世界中の春樹作品翻訳家と議論を重ねる彼女。
翻訳本の装丁で試作本に対し「この色はハルキが好きじゃないかも」と作り直しを要求する彼女。
全身全霊で春樹さんの世界を自国語に変換しようとするのは愛以外の何ものでもないのです。


かえるくんは春樹さんの短編小説「かえるくん、東京を救う」に登場します。
『神の子どもたちはみな踊る』(新潮社)に収められている一遍で、とても印象深い、私も大好きな短編作品の一つです。
小説でかえるくんが何度か片桐(主人公)に語りかける言葉が映画でもかえるくんの台詞として描かれています。理解し共に闘うという意味に於いて、かえるくんと片桐の関係は村上春樹(作品)とメッテ・ホルムさんの関係と同じなんだって感じました。


ピンボール、ジャズバー、深夜の公園、空に昇る二つの月、滑り台、首都高速。
初期作品や1Q84に登場するアイテムやシーンです。
滑り台の上に座って二つの月を眺めるかえるくんの姿とメッテさんが振り返ってそれを見る姿(でもメッテさんにはかえるくんの姿は見えていない)が交錯するシーンは、今思い返しても全身がゾクっとするほどの「ムラカミ的シュンカン」(メッテさんの造語)でした。異次元でつながった瞬間です。


「完璧な文章などというものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね」
メッテさんはそこに「完璧な訳語」を探し求めて、身体も心も春樹さんの世界を旅するのです。

「孤独の中で成長する村上作品の人物たち」とはメッテさんの言葉です。
内面の自分と外に向かう自分、その「二重性」は現実の自分と時を超える自分との平行世界(パラレルワールド)に通じるのだというメッテさんの分析(とても愛ある分析)には、私もなるほどなぁって素直に頷く思いでした。柔らかいお声の穏やかな口調で語られるメッテさんの言葉の響きは春樹作品に触れる時の感覚とどこか似ている気がしました。

60分という短いこのドキュメンタリーですが、まさに春樹作品の魅力でもある現実と幻想のパラレルワールドに酔える作品でした。
メッテさん、そしてアンジャーン監督、ありがとうございます。ぴかぴか(新しい)



                        舷 白ワイン - コピー.jpg

 
いつだったかの、和食に合わせた優しい感じの白ワインの画です。美味しゅうございました。

美味しいお酒とともに自分の好きな小説作品や映画や音楽や、そんなのについてゆっくり語り合える時間があったらいいですよね・・・。ぴかぴか(新しい)



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2019年10月24日

おしえて!ドクター・ルース     彼女なりのサバイバル術

 
 少し状況が落ち着いてきたので久々に映画館に足を運びました。
シネリーブル(神戸)で終映間近だったドキュメンタリー映画『おしえて!ドクター・ルース』(ライアン・ホワイト監督)を観てきました。

★こんなお話★
 ホロコーストの孤児、元スナイパー、シングルマザー、3度の結婚。
時代に翻弄された、米国で最も有名な90歳のセックス・セラピストであるドクター・ルースの波乱万丈の人生を描いたドキュメンタリー。     ※映画情報サイトより


                       ルース - コピー.JPG


 生きた、実在の人の、その言葉はやはり大きい。

1930年代、ヒトラーの台頭。
激動の時代を生き抜き、常に「自分にできること」「自分がしたいこと」に忠実に、そして果敢に生きてきた人の言葉なら尚更に。

様々な人々と出会う中、自分の生死をも分ける力を持つ人々もいたわけですからルースさんは自ずと人を見極める鋭さを持っていったのかな。
父親を連行しにやって来たゲシュタポや、ドイツから逃れたスイス・ハイデンでの寄宿舎の管理人、それらへの観察眼に冷静な鋭感を見る思いでした。そういう感覚はきっと後の彼女のセラピー活動に活かされていたと思います。
「ノーマルという言葉がきらい」ときっぱりと言い放てるのも、それだけ辛苦を舐めて強さをまとって来たからなのでしょう。

思えば父親が一早く世情を察知してルースさんをスイスへ逃した事が彼女の命を救ったわけで…結果として家族を亡くした彼女の辛さを思うと苦しいですね。


彼女の幼少期から青春期がアニメーションで描かれていた事は、残存の写真やらナレーションだけでつなぐのではなくて新鮮ですごく良かったです。
ルースさんの、(苦労はあったけれど)とてもチャーミングな人間性が温もりをもって伝わってきましたから。

とにかく明るい。
全てに前向き。

どんなに違った環境の、どんなに違った性嗜好を持つ人々に対しても、常にその人たちの“人生の指針”をも示してくれるように寄り添うように温かく、且つ率直にダイレクトに回答を出してくれるルースさん。

映像は捉えていました。
どんなにその場がジョークで盛り上がっている時でも、彼女への相談が為される時に彼女の顔が一瞬とても厳しい表情になる事。緊張が彼女の中に走ることが分かるのです。
凄く真摯に相談の内容と向き合おうとするルースさんを感じました。


LGBTQに対する様々な偏見と差別の問題については、「その人の人生に敬意を持てばいい(それは無くなる)」という言葉には深く心を動かされました。
どんな人にも生きてきた日々(人生)があるという、当たり前だけど大切な事実を忘れるなということなのですね。


  でも本当は「苦しみ」がルースさんの体内に深く残り続けているのだということも

とにかく明るい彼女だけど、映画の終盤にホロコーストで家族を亡くした悲しい思い出について問われた時、口を真一文字に結んでぐっと涙をこらえる表情で言ったのが「それについては多くを語りたくない。語っても…誰も救ってはくれないから。」という言葉でした。
あんなに多くの人々を救っているルースさんなのに…。彼女の中で過去は決して過去ではないのだなぁ、と。
この言葉が実は一番深く心に残った私です。

「予定のない時もとにかく忙しく過ごす」
「常に前に進み続けることで心を保っている、それが私のサバイバル術だ」

深い苦しみが残り続けているからこそ“心を保つ”ためにルースさんは頑張っているんだなあーって思いました。

とても及ばないけど、私も私なりに頑張っていかないとなぁ。



                         IMG_4169 - コピー.jpg

呑める時にはしっかり呑んで。 明日への力となりますように・・・。



                        秋 - コピー.jpg

時には空を見上げて、そして地を見て、風を感じてみる。




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2019年10月16日

デューン/砂の惑星(録画・再鑑賞)    再び映画化されると知ってビックリ 


 先月BS録画撮りをしていた『デューン/砂の惑星』(デヴィッド・リンチ監督・脚本 1984年制作 1985年日本公開)を観ましたので短く記しておきます。

これは日本公開時に観に行きました。SF好きでしたので。

今回は再鑑賞というわけですが、当時鮮明に脳裏に焼き付いた映像は今回観てもやっぱりキョーレツ。
物語については細部は勿論忘却の彼方でしたが、今回は要所要所でメモを取りその全容把握に努めた結果、、、これって137分では到底描き切れないあまりに壮大な世界だったのだと実感するに至りました。


                        デューン映画.jpg

story
映像化不可能といわれたフランク・ハーバートの大長編SF小説を鬼才デヴィッド・リンチ監督・脚本により映画化。
人類が恒星間帝国を築きあげた遥か未来。不老不死の香料メランジの唯一の産出星である“デューン”と呼ばれる砂の惑星アラキスを舞台に繰り広げられる勢力争いを壮大なスケールで描く。。。というもの。   
 ※映画情報サイトより転載


 130分余では到底描き切れない。
だから字幕による解説や登場人物による説明的な台詞はどうしたって必要となってしまって、前半は特に情報量が次から次に押し寄せてきて付いていくのに必死状態になります。
でもそんなのを超えて、冒頭から醸される独特の世界観にはなぜか引き寄せられてしまうのです。

SFなんだから当然ですが想像を遥かに超える特異な設定の世界を、それを更に増幅させる特異な映像美で見せてくれます。
トラウマになりそうな映像もあり、不気味なものを不気味に(とことん気持ち悪く)描くところは流石のリンチ監督です。

今から35年前の映像技術でこういう世界を描き出してくれたっていうのはやっぱり凄いことなのではないかと思い、興業的に失敗したと言われつつも密かに? 語り継がれている?? のは何となく分かる気がします。

主演のカイル・マクラクラン(惑星カラダインの侯爵家子息ポール・アトレイデス役)がビジュアル的に爽やかな美青年過ぎたとことが却ってちょっぴりマイナスだった気もします(チラシのイメージも作品自体が持つイメージと違う気がするんですよね)が、同監督のドラマ『ツイン・ピークス』では人気を不動のものにしたのですよね、マクラクランさん。


作品の尺と物語性とが咬み合わなかったところは否めないにしても、とにかく終盤の闘いにおける壮大な映像は必見、途中の幾つかの気持ち悪さも必須の「記憶に残るSF作品」だと思います。

本作、再度映画化されるそうですが、今の最新の映像技術でどう生まれ変わるのかが楽しみです。


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晩夏のころ、友人との赤ワイン乾杯
また一緒に乾杯できますようにー。ぴかぴか(新しい)


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2019年10月05日

僕のワンダフル・ライフ(録画鑑賞)     傍にいてくれるだけでいいい


  日中は暑くとも、やはり秋の空、ですね。

録画していた地上波初放送の『僕のワンダフル・ライフ』(ラッセ・ハルストレム監督 2016年制作)観ました。
続編として制作された『僕のワンダフル・ジャーニー』(こちらは別監督作品)が現在公開中ですね。

ラッセ・ハルストレム監督、やっぱり好きです。
映し出される風景がとても心地よい。そしてこの監督はとっても犬が好きなのだろうなぁ…と。

初期作品『マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ』では宇宙船に乗せられたライカ犬への切ない想いを感じたし、以降の作品も犬が登場するもの多いですよね、『HACHI 約束の犬』なんてワンちゃんがギアさんと並ぶ主演でしたしね。
だからやっぱりワンちゃんたちの撮り方、見せ方が凄く上手い。溢れんばかりの愛があるんですね、きっと。



                      ワンダフルライフ.JPG


Story
  ゴールデンレトリーバーの子犬ベイリーは、少年イーサンに命を救われてからいつも一緒に過ごすようになり、彼と強い絆を育む。やがて青年に成長したイーサンは大学入学で故郷を離れ、ベイリーは年老いて死を迎えるはずだった。だが、ベイリーはイーサンに会いたい一心で何度も姿を変えて生まれ変わり……。  ※映画情報サイトより転載


 イーサンに会いたい一心でというより、ベイリー自身が犬として生きる意味や自己の存在理由を追求するが故の輪廻だったように感じました。
勿論イーサンを恋い慕うベイリーの心は一貫していて、だからこそイーサンとの奇跡の再会後にベイリーが確信的にとった行動はそれまでの彼なりの集大成だったのでしょう。

しかしラストにつむがれた、「ただ、ここに居ればいい。今を一緒に生きる。そのために居るんだ。」っていうベイリーの心の中の言葉はとても心に響きました。
生きる意味をあれこれ考えて過去に囚われるよりも「今を生きろ」という、私たち人間へのエールにも聞こえて。
幾度かの輪廻を繰り返してベイリーが「学んだこと」の結果だったのですね、それが。

幾度かの輪廻。
荒んだ生活からくるネグレクト(これも虐待)を受けることになったある飼い主との日々には観ていて辛くなったけれど、自分の人生(犬生)を求めて旅に出たベイリーの本当の意味の自立には雄々しさを感じたし、それがイーサンとの出会いに繋がったのですからね・・・ベイリーは学んで、そして強くなったのですね。

生まれ変わるどのワンちゃんも本当に可愛くて、だからこそ都度の別れには落涙。
その時その時の飼い主の心(その深い部分)に寄り添おうとする姿には“命あるもの”と共に暮らすことの温かみを改めて感じさせてくれました。
孤独な警察官カルロスとシェパード犬エリーのシークエンスは好き、だなぁ^^。


物心ついた時に実家にいた犬 m. も、数年前に逝ったウチ猫 a. も、輪廻を繰り返しているのかなぁ。犬から猫への生まれ変わりもあるのかなぁ。
私だけのことで考えれば、あの時の実家犬 m. が後に あのウチ猫 a. になって私のところに来てくれたのだったとしたら嬉しいなぁとちょっとだけそう思いました。


イーサンの幼少期(ブライス・ガイザー)、青年期(K・J・アパ)、そして壮年期(デニス・クエイド)を演じたそれぞれの役者さんの顔立ちが似ていて、時の経過が自然な流れに感じました。
何より、本作に出演の全てのワンちゃんたちの演技に拍手を送りたいです。
It was wonderful! そして Good Job! です。



                       Tや 明石の地酒 - コピー.jpg
  
私のワンダフル・タイム。 癒しの時間です。
いつだったかの、独り呑み。



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2019年09月28日

記憶にございません!     


突発的な出来事で暫く映画館に行けない状況が続いてしまっています。
そうなる前に観ていた映画のレヴューだけ簡単にまとめたので挙げておこうと思います。



  コメディー作品だったのでレヴューをまとめながら深く考え込むこともなく結果的に救われました。
鑑賞したのは三谷幸喜監督の最新作『記憶にございいません!』です。(アースシネマズにて)

安定の展開の2時間余り。
身構えず安心してシートに身をゆだねて三谷ワールドを楽しめました。
中井貴一さんって真剣な表情で観客をくすっと笑わせることのできる凄い役者さんなのですねー。

                        記憶に.JPG

Story
   国民からは史上最悪のダメ総理と呼ばれた総理大臣の黒田啓介(中井貴一)は、演説中に一般市民の投げた石が頭にあたり一切の記憶をなくしてしまう。各大臣の顔や名前はもちろん、国会議事堂の本会議室の場所、自分の息子の名前すらもわからなくなってしまった啓介は、金と権力に目がくらんだ悪徳政治家から善良な普通のおじさんに変貌してしまった。国政の混乱を避けるため、啓介が記憶を失ったことは国民には隠され、啓介は秘書官たちのサポートにより何とか日々の公務をこなしていくのだが・・・。         ※映画情報サイトより転載


  設定は、まぁあり得ないっていうか、そのあり得なさの意味が最後の最後に分かった後は更に“もっとあり得ない”感じなのですが・・・それはさておき。
あれだけの芸達者な役者さんたちが揃っていたら、“あり得なさ”を飲み込んだうえで存分に楽しませてくれるものなのですね。

本作も実はチラシを事前には持っていなくて、鑑賞中は出演者の顔ぶれに意外な面白さもありました。
素顔のROLLYさん、素顔でない有働由美子さん、随分お見掛けしていなかった山口崇さん。今や大人気の田中圭さんは長くはないご出演でしたけれど、ファンがまた増えそうな変化球的な起用のされ方だったのではないかと・・・。
エンドロールで名前があったのに全く気付かなかった天海祐希さん(←鑑賞後にググったらやっと登場場面が判明)は、もう一回観ないとそれこそ全く記憶にございません。


一国の総理大臣が突然全ての記憶を失くすってもの凄い大騒動なわけですが、コメディーとしてネタは満載ながら押さえたいところはちゃんと真面目に登場人物に語らせておられました、三谷監督。

「記憶を失くした総理大臣にしかできないことがある」とは女性秘書官(小池栄子さん)の言葉です。ブレーンって大切なのですね・・・しみじみそう思いました。

展開は何となく読めてしまうところは否めませんが、表現を変えればそれは裏切られることのない展開とも言え、最後はやっぱりあたたかいものが心に流れ込んでくる仕上がりでしたよ。

<ちょこっと付記>
●たしかに、かつての子供の「将来の夢」には「総理大臣になる」っていうの、ありましたよね。
●あの写真の買い取り要求額が2千万円っていうのは(総理大臣相手にしては)あまりに安い!!って思いましたけど。



                       ジムビーム - コピー.jpg

今夏いつだったかの、久々にお伺いしたお店での独りちょい呑みでした。
ジムビーム・ハイボールです。ご店主による絶妙の配合、美味しかったです。



  また映画を観に行ける状況になればよいなぁと願っているのですが当面は無理かな…。
観たい作品が幾つかあって残念なのですが、また違う形で更新は続けたいと思っていますのでどうぞ宜しくお願い致します(*^-^*)。




posted by ぺろんぱ at 21:12| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2019年09月16日

SHADOW 影武者     映像美に心酔


アースシネマズにてチャン・イーモウ監督最新作『SHADOW 影武者』を観ました。

本作は不覚にもノーマークでした。作品チラシも無く殆ど予備知識なしで観ました。だから余計によかったのかもしれませんね。

オープニングのタイトルバックにまず心を奪われます。
その後も墨絵のように美しい、全編ほぼモノトーンを基調とした世界に時折深い紅が映える・・・芸術的な映像に心酔いました。

リアルで迫力ある戦闘シーンも見応えがあり、最後まで先を読み切れない物語にあっという間の2時間でした。


影 ちらし.JPG

story 
  「三国志」のエピソード「荊州争奪戦」を大胆にアレンジして描いた武侠アクション。
戦国時代、沛(ペイ)国が敵の炎国に領土を奪われて20年の時が流れた。炎国との休戦同盟により平和な時間が続いていたが、若くしてトップの座を継いだ沛国の王は屈辱的な日々に甘んじていた。領土奪還を願う男たちを束ねる同国の重臣・都督は、敵の将軍で最強の戦士としても知られる楊蒼に、手合わせを申し込む。王は都督の勝手な行動に怒りをあらわにするが、王の前にいる都督は影武者だった…。     ※映画情報サイトより転載


 都督の妻(スン・リー)の苦悶のシーンで始まるのですが、このシーンが持つ複雑な意味合いがラストで分かります。
そこには単なる武侠ものだけで終わらない、人間のもつ黒い部分とそれがもたらす皮肉な運命を描いた世界がありました。

私は予備知識無しでしたので始まって間もなく目の前の都督の雄姿に「影だったのね」と驚き、一気に物語に引き込まれてゆくのでした。
実際の都督と影武者としての都督の二役を演じたダン・チャオがイイです。
感情を抑えた影の演技と、毒を吐き内にある黒い部分を匂わせる本物の都督とを見事に演じ分けていました。
影との秘めた愛に陥る都督の妻を演じるスン・リー(実生活でもダン・チャオとご夫婦らしい)は“ザ・ヒロイン”という感じの女優さんで、ラヴストーリーとしても十分見せてくれます。


kage 1.JPG


戦闘シーンは刀戦だけにリアルに痛さを感じますが、その新兵器となる“あるモノ”がまさに「陰で陽を制す」術であり、雨に煙る適地の坂をなだれ行く“あの武器の大群”には異次元の世界を思わせるような不気味さと共に美しさをも感じさせてくれました。

兵士たちがまとう甲冑のゴシック美、流される血の透明な紅色、とにかく全てが「美」となっていたように思えます。


チラシにも描かれている<太極図>の象徴する「陽」と「陰」の世界がまさに当人と影が相対する本作の核でした。
光の届かない暗闇を「最も怖れるもの」と苦しみ続けてきた影。このまま影で終わるのか…苦悶の末に影がとった道を私は是としたいです。



hiyaoroshi - コピー.jpg 雄町ひやおろし - コピー.jpg

ひやおろしの季節です。ぴかぴか(新しい)
こちらは本田酒造<龍力 雄町・特別純米>のひやおろしです。
雄町は優しい柔らかみのある酒米ですが、その良さが最大限に活かされ、且つ濃醇な味わいを感じます。初春の初搾りも秋のひやおろしも、やっぱり今年も間違いのない美味しさを届けて下さっています。
ありがとうございます。


posted by ぺろんぱ at 20:36| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記