2020年04月03日

ときどき旅に出るカフェ (本)     タイトル買い


皆さん大丈夫ですか。

皆さんそれぞれの状況、それぞれのお立場で懸命に力をつないでおられることと思います。
私も不安で一杯の日々ですが、自分で自分の心を少しでも落ち着かせるためにも、拙い内容なりにブログを更新していきたいと思っています。



  今読んでいる本は 『 ときどき旅に出るカフェ 』 (近藤史恵著 双葉社)です。
この本のことは勿論、近藤史恵という作家さんのお名前すら恥ずかしながら私は存じ上げませんでした。

                       ときどき旅に - コピー.JPG

はい、なので 100%タイトル買いです。
某書店で出会いました。「旅に出る」というのは中々に誘い込まれるワードですよね。   

そのカフェのメニューから心がどこか遠くへ旅をするってことなのでしょうか??
とにかくさらっぴんの気持ちでページを開きました。
全10話、只今第3話まで読了です。

心が風に乗ってふわっと旅の疑似体験をするみたいな読み物かと思っていたら、結構リアルな事件?出来事?が描かれていて意外でした。
でも登場する様々な国のスイーツたちが心を癒してくれるのは確かみたい。   
カフェのオーナーである女性、円(まどか)さんが若いけれど凛とした雰囲気があってイイです。

いろんな不安がないまぜになって押しつぶされそうにもなる昨今の状況ですが、今はただ、このページを繰るのをささやかな楽しみにしていこう…って思っています。


     花1 - コピー.jpg 花2 - コピー.jpg

黄色がとっても綺麗。
実家への道すがら、小さな公園の花壇で育てられている花の姿に足を止めました。
このあと何故か「WHERE HAVE ALL THE FLOWERS GONE」の歌が浮かんできてずっと“脳内ヘヴィロテ”でした。


『ときどき旅に出るカフェ』にはアルコールが一つ登場します。

白ワインを<アルムドゥドラー>っていう名のハーブ香のするちょっと甘い炭酸で割ったカクテルが。
アルムドゥドラーってオーストリアではポピュラーな炭酸飲料だそう。
以前いっときビアスプリッツアーにハマったとこのブログで書いたことがありましたが、ビールの香の代わりにハーブが少し香るスパークリングワインって感じなのでしょうかね。

アルムドゥドラーは自宅には勿論無かったですがビールと白ワインはありましたので久々にビアスプリッツアー作って呑みました。




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2020年03月29日

長谷川昭三展     青 の世界でした


明石市立文化博物館に「長谷川昭三展」を観に行きました。
画家・長谷川昭三の画業50周年を記念して、所縁のあった兵庫・明石の地で開催が決まった催しでした。
3月25日から29日までの5日間限定の展覧会でした、無事に開催の運びとなってよかったです。

                 
長谷川昭三展チラシ - コピー.JPG

もともと小規模の企画展でこのところの状況(コロナ禍)も重なってか私が行った時は数名のみの観客でした。
それだけに其々のブース内で時に私一人ということもあって、結果的に氏の作品世界を満喫することができました。

其処はまさしく「青」の世界!
50〜200号の大型の作品が多くその殆どが青を基調として描かれていて、その青がとても美しくて油絵なのに透明感を感じる世界でした。

氏は15歳の時に観たゴーギャン展で感銘を受け直ぐに油絵を始められたそうです。
ご出身は山口県の宇部市ですが大学時代や画家としての時代を千葉や兵庫でも過ごされたようで、明石で阪神淡路大震災を経験されたようです。
その震災の経験が作風に変化をもたらせ2001年以降は「自然と環境、そして人との調和」といったテーマで作品を描かれていますが、当初は静物画、風景画、人物画を中心に描かれていたようです。

その過渡期に当たる1998〜2000年の作品が私にとっては特に印象深く、幾つかの作品の前では長い時間足が止まってしまったものもありました。

mouth… - コピー.jpg
          長谷川昭三《 MOUTH OF RIVER 》2000年   

特に上記に掲載の2000年制作《 MOUTH OF RIVER 》は深い青も美しくノスタルジーを強く掻き立てられる作品で、この作品で画家・長谷川昭三の名がしかと心に刻まれた気がします。
(フラッシュ無しの撮影はOKでしたので一枚だけカメラに収めさせて頂きました)

新たな芸術家氏とその作品に出会えたことを嬉しく思いました。



安 熱燗 - コピー2 - コピー.jpg

今年に入っての、いつだったかの熱燗の画です。

お酒は健康のバロメーターとずっと思ってきましたが、お酒を誰かと交わせることは平和のバロメーターでもあるのだと感じる昨今です。
また心穏やかに乾杯できる日が一日も早く訪れますようにと願います。


 
posted by ぺろんぱ at 21:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年03月22日

その後の本、そして春     


遊歩道でお陽さんを浴びながら毛づくろいする野良猫のクロべえ。 勝手に命名、女の子かもしれないのに。 ごめんね。  

くろべえ - コピー.jpg

日ごろは観光客も多く人あしらい??にも馴れているようで近付いても全く動じません。
寛ぎながら「そういえば最近すっかり人が減ったニャ」とか思っているのでしょうか。

この子の世界は長閑で平和です。
しかしこの子たちも常に病気や交通事故や食糧難なんかと闘ってきての今この一瞬の平和なのでしょう。さはさりながら、彼等の平和的な世界を見てるだけで私も少しホッとできましたよ。ありがとうね。ぴかぴか(新しい)



今読んでいる本は以下の二冊です。

『心にナイフをしのばせて』(奥野修司著 文藝春秋)   と  『オウム死刑囚 魂の遍歴 −井上嘉浩 すべての罪はわが身にあり−』(門田隆将著 PHP研究所) です。

心にナイフ - コピー.JPG オウム死刑囚 - コピー.JPG


この二冊の世界は決して長閑で平和とはいきません。

それぞれ被害者側と加害者側の別々の観点からのルポルタージュですが、奥野さんと門田さんの筆致が違うことで両著を平行に読み進めることもできています。
そして両著に通底しているものは同じなものである気がしています。両筆者の方の、“事件、そこにあったもの”に迫りたいとされる強い思いも同じな気がします。

内容は文字の向こうに実在した世界があるわけで、やはり重いです。時に苦しく読んでいます。



            木蓮1 - コピー.jpg   木蓮2 - コピー.jpg

桜の木は蕾がぷっくりと膨らんでいます。
木蓮はもうこぼれんばかりに咲き誇っています。
春なんですね・・・。




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ジンが呑みたくなって約一年ぶりに訪れたこちらのお店。
早い時間だったからか悪しきvirusの影響か、先客はおられず私一人でした。

長きの無沙汰を詫びてから、マスター氏もご自身でウィスキーの水割りを作っておられたので一緒に乾杯させて頂きました。
ジンの香、やっぱりイイです。


posted by ぺろんぱ at 21:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年03月15日

魂でもいいから、そばにいて     遺った心の折り合い 


  図書館がお休みだった期間(コロナV.事情ではなく定例の春期蔵書整理期間として)に立ち寄ったジュンク堂書店で目が合った一冊があって買いました。
『魂でもいいから、そばにいて』(奥野修司著 新潮文庫)です。

「3.11後の被災地で死者を身近に感じる奇譚が語られている」と聞いた著者が、何らかの霊的体験をされた方々に直接会って得た十六の体験談をまとめた書です。2017年に刊行され、今年3月に文庫化されました。
3.11目前の頃で書棚に面陳列されていました。それで“目が合って”しまったのでしょう…恥ずかしながら私は今回の文庫化まで本書を知りませんでした。

タイトルに先ずやられてしまったのです
とにかくプロローグの部分だけでも読みたくてジュンク堂を出た後スタバに陣取ってページを開きました。(ちなみにこの日のスタバは前回より混んでいました)
結局プロローグから第二話まで一気に読んでしまいましたが。

                        魂でも - コピー.jpg   


 東日本大震災の死者・行方不明者 1万8千人余。 「生きていた1万8千人には1万8千通りの物語があったはずだ。遺された人にも 1万8千余の(いやそれ以上の)物語があったはず。」とは著者の言葉です。


遺された人の物語と逝ってしまった人との物語が交わる瞬間はあると思います。
他の人が聞いたら荒唐無稽なことでも、その瞬間を体験した人にとってはその時の感覚や感情は事実なのだと思います。

本書は勿論震災にまつわる死の物語(ドキュメンタリー)ですが、私は震災による死だけではなく、もっともっといろんな、全ての死による別れの物語がそこには含まれている気がしました。もっと言えば 死によるものではない別れ の物語さえもそこにはあるのかもしれない、と。
まだほんの数話しか読めていませんけれど、大切な存在の喪失というのはどういう形であれ似ているのかもしれないなと感じたのです。
本書の中に1万8千人余の物語があるなら、本書を読む全ての人の数だけ其々に 1万8千人余+1(それ以上) の物語があるのだろうと感じながら読み進めています。


人は失った人(もの)の存在を“形成すもの”として見る、感じることで喪失感を少しずつ埋めていくのかもしれません。失くした人(もの)を霊であれ何であれ確かな形として現わすのは他ならぬ遺された人の心なのでしょうね。



                        タツリキ 新しい受け皿 - コピー.jpg

喉も心も清めます。
美酒の有料試飲、オープンエアスペースですがやはり訪れるお客様は減っているそうです。
混んでいない分空気も冴えて気持ちも集中するのか、お酒が注がれた瞬間に香が(いつもより強く)ふわっと感じられたのはちょっとした驚きでしたよ。


奥野修司さんの別の著書をもう一冊読んでみたくなって定例休館が明けたはずの図書館に蔵書確認の電話してみたら、、、定例の休館は終わったものの新型コロナV. 事情で閉館が延期になったらしいです。やっぱりね。
でも返却と新たな予約と受取りには対応してくださるそうでその点はホッとしました(で、新たに予約)。

春なのに・・・。
一日も早い事態の収束を強く願い、祈ります。


posted by ぺろんぱ at 15:08| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2020年03月08日

1917 命をかけた伝令     「貧しい彷徨える人」の哀切なメロディー

 
アースシネマズで『1917 命をかけた伝令』(サム・メンデス監督)を観ました。

約180席のシアターで観客は5名のみ。混んでいても不安でしたが、逆にこんなに空いている状況にも今後どうなってゆくのかと更に不安が募りました。


映画(本作)はとにかく見応えあり!の作品。
良い映画の後は暫くボーっとしてしまいがちですが本作も然りでした。(アナタいつもボーっとしてるやんという指摘はスルーさせて頂きます。)


1917チラシ - コピー.JPG

Story
全編ワンカットでつくり上げられた戦争ドラマ。
1917年4月のフランス。ドイツ軍と連合国軍が西部戦線で対峙する中、イギリス軍兵士のスコフィールドとブレイクに、ドイツ軍を追撃しているマッケンジー大佐の部隊に作戦の中止を知らせる命令が下される。部隊の行く先には要塞化されたドイツ軍の陣地と大規模な砲兵隊が待ち構えていた。                ※映画情報サイトより転載


「全編ワンカット映像」との告知に本当にそんなことができるのだろうかと思いましたが、壮絶なミッションを遂行する若き兵士をカメラは張り付くような至近距離でずっと追い続けていました。

過酷な状況でボロボロになってゆく軍服の肩が手を伸ばせば触れられるほどの近さに感じられて。
一瞬たりとも目が離せない、離れない。 早く早く早く。早く彼を進ませてあげてと叫ぶ私(勿論心の中で)。

彼を、と書いたのは途中で二人のうちの一人(ブレイク)が逝ってしまうから、です。
あんなに早くあんな理不尽なことで命断たれてしまうとは・・・。しかし戦争そのものが理不尽なことであるのですものね。
二人だからこそ耐え得るものがあり、一人で(スコフィールド)のあのミッションは肉体的にも精神的にも限界だったはず

戦場とはあんなにも酷いものなのか・・・人間の死体や動物たちの死骸は絶命の瞬間から腐敗が始まるわけで、それもまさに地獄の様相でした。
前線を越えたその先に広がる草原と樹々の花はあんなにも平和的で美しいというのに。


あっさり死んだほうがマシだと思える過酷さの中でひた走ったスコフィールドでしたが、任務を終えた彼にマッケンジー大佐が語った言葉が胸を突きます。

「明日になればまた別の命令が来る。この戦争が終わるのは最後の一人になった時だ。」
果てることのない戦い。個の力ではどうすることもできない大きな怖ろしい力が生まれてしまうんですね。

挿入された、ドイツ軍から身を隠すフランス人女性と名もなき赤ん坊のシーン。
砂漠にほんの一滴したたり落ちた雫のようでした。あの二人が生き延びてくれたことを祈らずにはいられません。


本作、『007 スカイフォール』のサム・メンデス監督最新作で全編ワンカット映像ということ以外、実は出演者情報も事前には全く知りませんでした。
若き兵士を演じた二人、ジョージ・マッケイとディーン=チャールズ・チャップマンには拍手(特にスコフィールドを演じたジョージ・マッケイが素晴らしかった)ですが、名だたる俳優お三方が短い時間ながら要となる役柄でご登場だったことに小さな驚きでした。
コリン・ファース、マーク・ストロング。そして最後にベネディクト・カンバーバッチさんのご登場には歓喜のあまり一瞬動揺してしまいました(笑)。 直ぐ気持ちを立て直して映画に集中しましたけれど。
台詞がグーンと沁みました。



すしてつ - コピー.jpg

いつだったかの小さな集いでの乾杯です。
こんな風に心穏やかに笑顔でお酒を交わせる日々が早く戻ってくるとよいのですけれど。


ところでマッケンジー大佐率いるデヴォンシャー連隊の兵士が劇中で歌っていたあの歌。
ネットで調べてみたらどこかの国の民間伝承歌が原曲らしい「 I AM A POOR WAYFARINGS STRANGER (貧しい彷徨える人) 」という歌のようです。
宗教観の濃い歌詞ですが、どんなに故郷や家族が恋しかったかという切々とした想いが溢れていて忘れられません。
とても美しくそしてとても哀しいメロディーでした。ぴかぴか(新しい)



posted by ぺろんぱ at 17:07| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2020年03月03日

最近の本のこと     実は必然かもしれない出会いの一冊


トイレットペーパーがどこに行っても売り切れ状態です。
新型コロナV. も怖いけど一斉に拡散するデマも怖い・・・。

路上の猫 - コピー.jpg
小春日和の一日、路上でくつろぐ何処かのおうちの猫。多分ここも彼(彼女)には我が家なんでしょう。かわいい


今年に入って読了したのは以下の本たちです。

『みみずくは黄昏に飛びたつ』(村上春樹×川上未映子 インタヴュー本)
『第一安房列車』(内田百闥)
『スターバックスで普通のコーヒーを頼む人を尊敬する件』(山本ゆり著)
『駅までの道を教えて』(伊集院静著)
『草花たちの静かな誓い』(宮本輝著)
そして今読んでいるのが図書館でやっと順番が廻ってきた(長かったぁ…)『掃除婦のための手引き書』(ルシア・ベルリン著 岸本佐知子訳)です。
其々の本の存在を教えて下さったK子さん、T子さん、Mriちゃん、YURURIさん映画ブログ記事、に改めましてお礼申し上げます、ありがとうございます。ぴかぴか(新しい)

『スターバックスで普通のコーヒーを頼む人を尊敬する件』は初めて訪れた とある古本カフェ で偶然出会った一冊でした。
その時はタイトルを見て「こんな本もあるんだ…」と思っただけでしたが後日図書館で借りて読みました。
読んでみたらハマってしまって(自分よりうんと若い女性に人生を教えられることもあるんだなぁーって)、これの一冊前のエッセイ本?(雑記本??)である『クリームシチュウはご飯に合うか否かなど』も現在図書館で予約中です。(買わんのかい! いえいえ、春樹さんのと百關謳カのとは買うて読みましたよ ^^;)

                  
さて『掃除婦のための手引き書』
死後十年を経て「再発見」された作家ルシア・ベルリンのはじめての邦訳作品集(本書情報サイトより)です。

                   掃除婦の… - コピー.jpg
                ※図書館カウンターにてこそっと撮影


自分の人生をこんなにもドライに書けるなんて・・・と先ずそこにちょっとした衝撃を受けました。
時にからりと笑い飛ばし、時に冷徹に突き放し、時にシニカルに見据える、というような自身の人生描写。

何気ない記憶の鮮やかな断片。
人物たちの台詞やしぐさの一つ一つが活き活きしてて(=かなりリアルで)、わずか2ページに満たない掌作品でさえ一篇のドラマを見るようです。
イメージが瞬間に映像化される感じ。ルシア・ベルリンの激しい起伏の人生と1ミリも嘘が無い自己主張がそこにあって。 邦訳された岸本佐知子さんの翻訳力もきっと大きいのだと感じます。

全24作品の収録。あと4作品で読了です。なんだか出会ったことのないような作品です。
K子さん、ありがとうございました。ぴかぴか(新しい)



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最近の某日、件のスタバにて。
新型コロナV. の影響かランチタイムだったのにガラ空き状態。こちらにはたまにしか来ませんがいつもは空席が無いくらいなのに。あ、でも私も覗いてみて空いていたから入ったのでした、混んでいたらコロナV.怖しで入っていませんでした、、、ごめんなさいスタバさん。

せっかくの桜色のカップなのにねぇ。
あらゆるところに影響が出ています。 どこまで続く? どうなる日本?



posted by ぺろんぱ at 20:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年02月26日

ゴッホ 展     10年の画業、その濃密さを思う


神戸、兵庫県立美術館に『ゴッホ 展』を観に行きました。

久々の県美。
駅から歩いて近付くにつれ屋上のシンボルオブジェ <美かえる>クン が見えてきます。一気にワクワク感が増す瞬間です。

県美ゴッホ - コピー.jpg


「炎の画家」とも呼ばれることのあるゴッホ(Vincent van Gogh 1853-1890)。
画業はわずか10年とのことですが、本展はその中で「初期の頃から、印象派との出会いと交流の中で独自のスタイルを確立するまで」を追ったものです。           ※県美広報「HART」より


どの展覧会もそうだと思いますが、殊にゴッホ作品の貸出し成立には長く大変な道のりがあるらしく展覧会を開催することは容易ではないそうです。また今回のようにゴッホに影響を与えた印象派の画家たちの作品を同時展示するとなると世界各地の主要美術館から作品を借り受けることになり、会場入口の「挨拶文」を読んでいると本展開催にこぎつけるまでには並々ならぬ尽力があったことが窺えます。

現在、新型コロナウイルスの影響で各地のイヴェントが中止になったり文化施設が一時休館となったりしていますが、ウイルスの拡散が最小限に留まってほしいという願いは大前提として(勿論)、こういう多くの方々の努力によって開催の運びとなった催しが会期を終了せずして幕を閉じてしまうことがあるならば、それはやはり残念でなりません。


県美ゴッホ展 - コピー.jpg


さて本展。

私には天才的画家というイメージが強かったゴッホですが、27歳で画家を志してから独学で地道な画業の訓練を重ねた「努力の人」というイメージに変わりました。目の前のモチーフをとにかくひたすら観察するというのが彼の「土台」となったようです。
ゴッホは筆まめで友人や弟テオに向けた数々の手紙の一文がパネル展示されていましたが、真摯に自らの画業と向き合い続けた姿がそこには見えました。


力強く激しいタッチの、“執念”という一語を冠したいような作品<糸杉>はとにかく圧巻で、美しく柔らかい色彩の<薔薇>、温もりを感じる<麦畑><ポピー畑>など、深く見入ってしまう作品は多かったですが、「人物、それが一番興味深い」というゴッホ自身の言葉にはなるほどなぁ…って感じ入りました。
貧しさやそれを抱えての農民の日々の営み、ゴッホの周囲にいた人々の、その人が持つその人だけの他者との関りなど、顔や身体の一部分にその人の全てが現れていたのかもしれません。それらをずっと観察し続けてきたゴッホだったのですね。
そう思って改めて眺めた人物画 <農婦の頭部> <ダンギー爺さんの肖像> などは味わい深いです。


精神を病んで発作に苦しみ続けたゴッホ。
左耳の一部を切り落とした話は有名ですが、当時一緒に住んでいた画家仲間のゴーギャンとの激しい口論の末の発作による行為だったようです。

「僕は絵に命を懸けた。そのために半ば正気じゃなくなっている。それもよいだろう。」
ピストル自殺した年の弟テオへの手紙にはこう記されていました。


現在この今この瞬間、こんなに多くの人々が(実際美術館は予想以上の混雑でした)彼の絵を観るためだけに集まってきていることを彼は天上からどんな想いで見ていることでしょう・・・。
著名作品には熱くなりますが、初期の頃の作品に触れてゴッホという人の画業への真摯な思いを感じて、なんだか県美を後にするのが名残り惜しかったです。
ありがとう、県美。


***ちょこっと追記***
印象派の画家たちの他作品のなかではマテイス・マリス<出会い(仔ヤギ)>アントン・マウフェ<4頭の曳き馬>の二作品が深く印象に残りました。



                      Nちゃんと乾杯 - コピー.jpg

この日じゃなく別の日の神戸、、、スタンディングバルでの友人との乾杯の画。
右側はワイン好きの友人がオーダーした<紅ハイボール>です。赤ワイン+ハイボールのお店オリジナル??のカクテルです。

自宅で真似て作ってみたら中々イイ感じでした。
以来、何度か作っています。赤ワイン(割るので安価なもので十分です)の味にもよりますが、ハイボ6×赤ワイン4 が MYレシピ です。

命を懸けるほどのもの ― ゴッホにとっては絵 ― があるって本当に凄いことですよね。凄い。凄いよゴッホさん。
私なんて大酒呑んで命削ってるだけ。。。(救いようのないパターン )
 


               
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2020年02月20日

清宮質文 展     凝縮された時間、空間


京都府は乙訓郡、大山崎山荘美術館に『清宮質文(せいみやなおぶみ)展』を観に行きました。

本展を知ってからずっと行きたくて、観たい作品が多い後期(1月27日に一部展示替え)にと考えていました。

チラシ表面()に掲出の作品を観た時、何故か有元利夫の絵を想起したのです。
有元利夫の画、好きなんです。それでこの清宮氏の作品にも触れてみたくなって。


清宮 チラシ.JPG


両者の作風は全く違うものでしたけれど、幻想的で静謐な空気をまとったような作品イメージが私の中で両者を重ねてしまったのかもしれません。

清宮質文(1917ー1991)。
版画家として知られているようですが、私は氏のガラス絵の作品に魅せられました。
ガラスという素材の為せる業なのかとても透明感があって、明るい色が使われているにも関わらずどこか物悲しく儚げな印象でした。
他の多くの版画作品も含め殆どが小さな作品なのに見入ってしまうことが多くて、何と言いましょうか、自分の中に眠っていた遠い記憶が呼び覚まされるような感じでした。

氏はご自身の内面の深いところに下りていってしまわれるようなお方だったのでしょうか・・・晩年は神経症のような心の病も抱えておられたとプロフィールに記されていました。

こちらの館は佇まいそのものが静寂で時を忘れさせてくれるような趣きがあります。静かにゆっくりと一つ一つの作品を眺めることができましたよ。


大山崎 テラスでワイン - コピー.jpg

ここを訪れるのは二度目です。
喫茶室ではテラスで外を眺めながらお茶、アルコール、スイーツなどを戴くことができます。
今期のスイーツは清宮氏作品のモチーフである蝶をイメージしたブルーベリーのケーキと蝶の形をしたソルトバタークッキー。そして私は白ワインも(サントネージュ 180ml 今は「アサヒビール」の冠を呈した美術館ですからね)。
前回もコーヒーとかじゃなくビールをオーダーした記憶があります。(何処でも呑む…まだ明るくても呑む…とにかく呑む…。)
お陽さんを浴びて、ちょっとひんやりした風を受けながらいただくワインとスイーツは美味しかったです。



大山崎 沈丁花 - コピー.jpg


美術館へ通じる坂道に咲く沈丁花。
その芳しい香を澄んだ空気が運んでくれました。





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2020年02月13日

「 ドキュメント72時間 」 や 「 第一阿房列車 」のことなど・・・


NHKの『 ドキュメント72時間 』が好きで録画して観ています。

以前は週末の実家帰りの土曜お昼前、老親の昼食の支度をしながらリビングのテレビから流れるこの番組(再放送分)を時に料理の手を止めて見入っていました。今は金曜・夜の本放送を自宅で録画して毎週観ています。

                        72 - コピー.JPG

毎回ある一つの場所で72時間(3日間)に渡って取材を行い、そこで観られる様々な人間模様を定点観測するというドキュメンタリーです。 ※番組Wikipedia情報より転載


年末にその年の放送分全てを対象に人気投票ランキングが発表されるのも興味深いです。
昨年まではすべてを観られていなかったのですが、観ることのできたプログラムで印象深かったものがBEST10入りしていたのは、見知らぬどこかの誰かと想いを共有できたような感じがしてちょっと嬉しかったです。今年からは録画しているので全てのプログラムをしっかりと観ていきます。

この番組を観てると毎回ね、思うのですよ。
本当にいろんな人生があって、誰もが懸命に生きてるんだなぁって。


テーマソングがとてもイイのです。
番組は年を重ねていってもテーマミュージックだけはずっと変わっていません。
松崎ナオさんの「川べりの家」

 大人になってゆくほど涙がよく出てしまうのは
 一人で生きてゆけるからだと信じて止まない

 それでも淋しいのも知っているから
 あたたかい場所へ行こうよ 

 川のせせらぎの聞こえる家を借りて耳をすまし
 その静けさや激しさを覚えてゆく

 歌は水に溶けてゆき そこだけ水色
 幸せを守るのではなく 分けてあげる       「川べりの家」歌詞より



次回のドキュメント72時間 (もう明日だ!)のプログラム「神戸 あの日のピアノを弾きながら」も凄く楽しみです。





 さて、内田百闥 『 第一阿房列車 』 を読了しました。

図書館に予約している本が現段階で3冊あってどれもまだ順番が廻ってきません。そのうちの一冊は予約してからもう四か月近くになるのに・・・どれも人気本なのでしょう。予約本の後に読もうと思っていたこちらの本を結局先に買って読了してしまいました。

                        百閨@第一… - コピー.JPG

しかしこの「第一阿房列車」がとにかく面白かったのです。

「なんにも用事のないけれど、汽車に乗って大阪へ行って来ようと思ふ」という飄々とした一文で始まる、自由な間延びの?旅の記録です。
しかし“間延び”とは裏腹に内田百闔≠フ徹頭徹尾「人生哲学」みたいなものがそこにあって・・・。
無用なるコトの中に見えてくるものもあるのだと感じ入りました。
上手く(カッコ良く)生きれていないなぁなどと思い悩む私なんぞ、一回逆立ちして百ぐらい数えんとあかんなぁって思いました。

この本の存在を教えて下さったK女史に深く感謝いたします。ありがとうございました。ぴかぴか(新しい)



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いつだったかのJazz喫茶でのバーボンソーダの画。
喫茶店なのでメニューにはありませんが作って頂けるのでお願いしました(2度目)。

ええ感じでホロっと酔えて、笑顔で帰れました。
なんか、それだけでその日一日良かったって思えました。





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2020年02月10日

ラストレター     それぞれの受け止め方があっていい


 アースシネマズで『ラストレター』(岩井俊二監督)を観ました。

岩井俊二監督作品ということで気になっていたもののスルー予定でした。ラヴスト―リーという括りに何となく置いてけぼり感を味わうだけのような気がして。
その日のタイムテーブルでこの作品がベストだったということで鑑賞に至り・・・。

あり得ない展開に感じた前半から一転、やはり最後は岩井ワールドにやられてしまいました。
これってラヴストーリーっていう感覚は受けなくて、生きてきた日々とこれから生きていくであろう日々について深く思いを寄せる作品でした、私にとっては。
勿論100%ラヴストーリーと受け止めた方もいらっしゃると思います。観る人によって(年齢とか状況とか)それぞれの受け止め方があったのじゃないでしょうか。


                      ラストレター チラシ - コピー.JPG

Story
夫と子供と暮らす岸辺野裕里(松たか子)は、姉の未咲の葬儀で未咲の娘・鮎美(広瀬すず)と再会する。鮎美は心の整理がついておらず、母が残した手紙を読むことができなかった。裕里は未咲の同窓会で姉の死を伝えようとするが、未咲の同級生たちに未咲本人と勘違いされる。そして裕里は、初恋の相手である小説家の乙坂鏡史郎(福山雅治)と連絡先を交換し、彼に手紙を送る。            ※映画情報サイトより転載


 オープニングのロケ地、あの滝は何処だったのでしょう。未知の地なのに何処か懐かしい感じ。
広瀬すずさんと彼女の従妹役の森七菜さんの清らかで透明感のある美しさとか、極薄のヴェールをかぶせたかのようなフィルム感も昔日へいざなってくれた感がありました。
二匹のブルゾイも画的に素敵でした。


「他の誰とも違う人生を送ることになる」、誰にもその夢輝く未来があったはずで、でも誰もが輝く未来を手にするわけじゃなくて・・・。
「お前はいったい何者なんだ」、そう自分に問いたくなる惨めな人生を抱えてしまうことも。

過ぎ去った過去の日々を思い、変えられたことも変えようとはしなかった後悔と、時には大切な誰かへの懺悔と・・・そんな、取り戻せない日々へのどうしようもない思いがたくさん詰まっていたと思います。(あの未咲の元夫にさえも未咲への秘めた懺悔の感を何となく感じました)。

冒頭に、観る人によって受け止め方も変わると書きました。観た人の数だけの「ラストレター」があったと思います。
この作品で、私は自分自身の人生を振り返る以上に肉親の人生を強く意識することになりました。
時代は違っても、私の知らない“キラキラしていた日々”があって、“もしかしたらもっと幸せな明日”があったのかもしれないことを思うと何だか切なさがこみ上げてきて涙が止まらなかったです。
それが私にとっての、この「ラストレター」の世界でした。


「誰かがその人を思い続けていたら死んだ人も生きていることになる。」
鮎美のこの台詞にちょっと救われた思いでした。



                        おもちゃ博物館 カフェ - コピー.jpg

 全くと言っていいほど情報なしの状態での鑑賞でしたのでトヨエツさんのご登場にはびっくり。ミポリンさんも。
本作は同監督の初長編映画『Love Letter』(ミポリンさんトヨエツさんご共演)のアンサー的映画と言われていますので。

そのトヨエツさんが劇中で呑んでらしたのは梅干し入りの酎ハイでした。
今度同じもの呑んでみようと思います。

今日はいつだったかの博物館の休憩室にてのホットコーヒーの画です。お陽さんがいっぱいに差し込んでくれて心地よい空間でした。

お陽さんの力は偉大ですよね。


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2020年02月05日

テリー・ギリアムのドン・キホーテ     カオスの後に・・・


シネリーブルで『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』(テリー・ギリアム監督)を観ました。

これって撮影開始から完成まで25年(構想からだと30年)を要した作品だとか。
自然災害による撮影中断、病などによる幾度かのドン・キホーテ役の交代、資金破綻など9度の頓挫を繰り返したらしいです(映画チラシより)。

撮影スタート時はジャン・ロシュフォールのドン・キホーテ役、ジョニー・デップのトビー役だったそう。
今回ジョナサン・プライス&アダム・ドライヴァーでやっと完成にこぎつけた監督執念の一作。

エンドロールに入る直前「ジャン・ロシュフォールとジョン・ハート(2度目の主演)に捧ぐ」の文言が出た時にはウルっと来ました。
お二人とも今は空の上の御方・・・お二人とも「よう頑張りはったなぁ、ギリアムさん」とか思っておられるのでしょうか。大阪弁じゃなかったとは思いますが。


ドンキホーテ - コピー.JPG

Story
  仕事の意欲を失ったCM監督のトビー(アダム・ドライヴァー)は、スペインの田舎で撮影をしていた際、学生時代に自分が撮った映画『ドン・キホーテを殺した男』のDVDを持つ男と出会う。舞台となった村を訪れたトビーは、かつて主役に抜てきした靴職人の老人ハビエル(ジョナサン・プライス)と再会する。自分を本物の騎士だと信じる老人は、トビーを従者のサンチョだと思い込み、強引にトビーを連れて冒険の旅へと繰り出す。             ※映画情報サイトより転載


 
この監督の映画は7作品ほど?観ているはずですが、ファンタジーを超えたキワモノ的世界というのがイメージとして固いです。
今回も然り。というか、今作は益々のカオス。
「一体何処へ行くの?この物語」と、先が全く読めません。「現実」と思っていたらいつの間にか「夢」の世界で、その「夢」の世界にまた「現実」が立ちはだかって。
同監督の他作品でも感じることですが、テンションが振り切ってて何処かにいっちゃってる感が大いに有り!です。
でも考えてみればそういう狂人的世界こそが原作『ドン・キホーテ』なのですよね。


あくまで自己の物語を生きるドン・キホーテがいて、はるか昔にどこかへ自分の夢を置いてきてしまったトビーがキホーテを追い従う・・・二人の境界がうやむやになっていくみたいに感じるのは、観ている私自身が作品世界に同化して精神が混沌としてしまったからでしょうか。

トビーの「これからの人生」をあるイミ破壊してしまったといえるドン・キホーテ。でもそのハビエルのキホーテを生んだのはトビーであるわけで・・・。
一瞬、「(映画は)善き人々を破壊する」という終盤にあったキホーテの台詞が甦りました。
映画とはそれくらいの破壊力を持つべきとの監督の信念なのか、あるいはそれが監督自身の姿なのかも。そう考えるのは飛躍し過ぎでしょうか。

とにかく、カオスを抜けて辿り着いたラスト。
自分でも全くもって意外でしたけれど、夢を追い続けるって現実を生きる上で哀しいことでもあるのだなぁと思いました。



つなぎやS - コピー.jpg

現実と夢が交錯して分からなくなるのは映画に限ったことじゃありません。
お酒も善き人々を破壊する力を持ってます。私は善き人じゃないですけれど。



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2020年02月01日

138億光年 宇宙の旅・PART U(写真展編)     旅、完遂です

 
明石市立文化博物館で「138億光年 宇宙の旅」(写真展)観てきました。

先月13日付の拙ブログで同市・天文化学館の「プラネタリウム編」だけ鑑賞を済ませたことを記しました。
こちらの写真展がメイン企画でしたので旅は途中のまま・・・今回この写真展を観てやっと宇宙の旅を完遂?できました。   
                  
宇宙の旅 パネル - コピー.jpg

素晴らしい旅でした。
どの写真にも魅せられ、文博館を出たら2時間40分が経っていました。
自分が小さい子どもだったら間違いなくNASAの世界に憧れを抱いていたでしょうね。直ぐにオツムのレベルに気付いて諦めたと思いますけど。


本展の監修を務めておられる国立天文台・副台長で教授の渡部潤一氏「宇宙の中の地球という惑星に生きていることの奇跡を実感してもらいたい」の言葉に改めて深く頷く思いでした。

我々の住む太陽系の中心的存在の太陽。その太陽でさえ銀河系に数多く存在する恒星の一つにすぎず、銀河系には実に1000億とも言われる数の星が存在している・・・ということ。
見上げる夜空の、その更に遠く彼方の世界を更にもっと俯瞰するような圧倒的なスケールの画像たち。
特殊技法による撮影と作品によっては数十枚にもわたる撮影写真の合成など、チラシの文言をお借りすれば「サイエンスでありながらアートの如く」輝く写真たちに魅了されました。

基本的に撮影OK(フラッシュ禁止)でしたので何枚かは写真に撮らせて頂きました。

棒渦巻銀河M83 - コピー.jpg 地球の出 - コピー.jpg 観測衛星が見た太陽 - コピー.jpg
※いずれもNASA提供画像
※「棒状渦巻銀河M83」「月面からの地球の出」「太陽」

遠くにある天体が放つ光が地球に届くには想像に難いほどの時間がかかるわけで、某ブースのパネルに書かれていた「遠くにある天体をみることは過去の宇宙をみることになる。」という文言に訳もなく胸が熱くなってしまいました。
会期終了直前でしたが観に行けて本当によかったです。ぴかぴか(新しい)




さけやしろ1 - コピー.jpg さけやしろ2 - コピー.jpg さけやしろ4 - コピー.jpg

宇宙のロマンに酔った後は現実の世界へダイブして酔いましょう。

いつだったかの、神戸の<さけやしろ>というお店での日本酒です。

ずらっと並べられたボトルたちの画にうっとり。横方向に更にずーっとお酒のセラーが続いています、ワインも置かれています。
天体画像のあとでもこんな景色に深く魅了されてしまう私・・・やっぱり呑み鉄ならぬ「呑み天」始めましょうか。 

       
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2020年01月25日

パラサイト 半地下の家族     その日までどうぞお元気で…


シネリーブルで 『パラサイト 半地下の家族』(ポン・ジュノ監督)観ました。

カンヌでパルムドールを取った映画なのですが、やはり受賞の力は大きいですね、いつもは空いているシネリーブル神戸が珍しくお客さんで溢れていました。

シアター前のポン・ジュノ監督直々メッセージで「本作を誰かに伝える際は思いやりのあるネタバレ回避を!」とありました。なので観に行かれる方は読まないでくださいね、そしてご鑑賞後に再訪下されば嬉しく思います^^。


パラサイト チラシ - コピー.JPG

Story
   半地下住宅に住むキム一家は全員失業中で、日々の暮らしに困窮していた。ある日、たまたま長男のギウ(チェ・ウシク)が家庭教師の面接のためIT企業のCEOを務めるパク氏の豪邸を訪ね採用が決まる。兄に続いて妹のギジョン(パク・ソダム)もその家に足を踏み入れるが・・・。
               ※映画情報サイトより転載


 チラシで謳われていた「エンターテインメント!」という表現はしっくりきませんが、凄い作品だと感じたのは確かでした。
途中で何となく先が見えるようにもなった途端、予想もしなかった展開が幕を開けます。
この瞬間が−怖い−です。

前半は格差(の激し過ぎる)社会の上下が時にコミカルに時にブラックに描かれ、後半から終盤はそれが一気にドーンと戦慄の世界まで落とし込まれていました。
もしかしたら笑えたかもしれないシーンでももう笑えるシチュエーションではなくなります。
とにかく、とんでもないことが起きてしまうという予感のようなものが私の中で徐々に形を成していく感じでした。

幾つかの台詞が深長。
 「ただここがラクなんだ、ずっと住まわせてくれ」
 「計画すれば人生は上手くいかない、絶対失敗しない計画は 無計画 だ」
 「僕は似合ってる?ここに・・・」
 「石が僕にへばりつく、着いてくるんです」
下層に生きる宿命みたいなものがキムの家族にまとわりついているようで。


コミカルな演出であっても前半はキム一家のやり口には嫌悪を抱くしかなかったですが、彼ら自身がそこに息苦しさを覚え始めたあたりから彼らが救われる道を私も探していたような気がします。
時既に遅し、だったとしても。

狂気に満ちた凄惨なシーンを乗り越えたところに用意されたもう一つの物語が心を突きました。
その物語が真実になる時は果たしてくるのでしょうか・・・。



熱燗こがんこ - コピー.jpg

熱燗でほっこりしましょう。
温かい食事、温かい飲み物は大事です。陽の光の入る部屋で暮らすってことも。

本作を振り返って今じんわり憂うのは、結果的に3つの家族から無自覚に傷つけられ損なわれてしまった幼いダソンの未来です。  涙。


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2020年01月20日

フォード VS フェラーリ     ケン・マイルズの涙


『ある女優の不在』に続いての鑑賞は趣きを変えてのこちら。
アースシネマズで『フォード VS フェラーリ』 (ジェームズ・マンゴールド監督)を観ました。暫く長尺の映画を観ていなかったので「153分」の本作に怯みもしたのですが、そこは観たいという初志貫徹で臨みました。

結果、153分なんて一気に過ぎていきました!
のっけから路面に吸い付くような走り、7000、8000回転のエンジンのうねり音、そこから怒涛のドラマへひたすら飲み込まれていく感じでした。


フォードVS チラシ - コピー.JPG

Story
マット・デイモンとクリスチャン・ベールが初共演でダブル主演を務め、1966年のル・マン24時間耐久レースで絶対王者フェラーリに挑んだフォードの男たちを描いたドラマ。
ル・マンでの勝利を目指すフォード・モーター社から依頼を受けた、元レーサーのカーデザイナー、キャロル・シェルビー(マット・デイモン)は、常勝チームのフェラーリ社に勝つため、フェラーリを超える新しい車の開発と優秀なドライバーの獲得を必要としていた。シェルビーは、破天荒なイギリス人レーサーのケン・マイルズ(クリスチャン・ベール)に目をつけ、一部上層部からの反発を受けながらもマイルズをチームに引き入れる。限られた資金と時間の中、シェルビーとマイルズは力を合わせて数々の困難を乗り越えていくが……。 ※映画情報サイトより転載


文句なしの私にとっては快作でした。
レーシングカーファンでなくても人間ドラマとして充分に見応えがありました。

企業間のプライドをかけた闘いも面白かったですがフォード内部でのそれも。机上論をぶつ側と現場にいる側との闘いがあり、しかし「ワンチーム」になる結束も不可欠で。スポンサーがついてこそのレースであり有能なドライバーがいてこそのレース勝利ですからね・・・。
現場の人間同士の意地とプライドのぶつかり合いもあり、当然ながらそこには大きな信頼も必須で、この相互の「信頼」がとても丁寧に描かれていたことが良かったです。

そして「家族愛」も。
ケン・マイルズがただの偏屈者でないことがよく分かりましたし、この家族との愛があったからこそのケンの生き様だったのだなぁって思えました。ラストシークエンスのじんわりとした感動に繋がったなぁ。


F VS F.wps 2 - コピー.jpg
                    ※映画情報サイトより転載の画像です


これってどこまでが事実なんでしょうか・・・いろいろあったみたいですけれど。
レース結果はここには敢えて書きません。
ただ、シェルビーのあの決意が凄いです!
ケンのあの決意は更に凄いです!
全てが静止しした“無の瞬間”のようなあのシーン。
ケンの頬をつたうあの涙はきっと彼にしか流し得ないもの、彼にしか分かりえないものだったろうと思いました。ぴかぴか(新しい)

エンディングで映された本物の彼らのショット。
ああクリスチャン・ベイルって本当に素晴らしい俳優さんなのだなぁって感じた瞬間でした。本物のケン・マイルズが憑依したかのような彼(クリスチャン・ベイル)でした。


ちょこっと追記
 ■「最高のエンジニアと最高のドライバーを集めろ。レースカーを造る。」
   フォード2世のこの言葉には一瞬ゾクッと鳥肌が立ちました
 ■ストップウォッチ事件に六角ナット事件。あれってやっちゃイケナイ事なのですよね??^^;
 ■シェルビー・チームのあのエンジニア二人、良き存在。演じた役者さんも魅力的でした。



舷 - コピー.jpg

雁木 VS. 篠峯。 無濾過生原酒対決の画です。某店にて。

アースシネマズではメジャー作品情報が入ります(^^)。
『ノー・タイム・トゥ・ダイ』、ダニエル・クレイグファンならこれ絶対観に行かないと。これで007シリーズを卒業するんですよね・・・クレイグさん。



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2020年01月17日

ある女優の不在     風に舞う白いチャドル    


  シネリーブルで 『ある女優の不在』(ジャファル・パナヒ監督)観ました。
チラシは持っていたのですが実はちゃんと読んでいなくて殆ど予備知識なしで鑑賞に臨みました。

ドキュメンタリータッチですがフィクション、しかし描かれている内容(イランの、しかも未だ辺境の地に生きる女性たちの苦悩)は事実なのですよね。

イランという国の、未だ深い闇のようなものに触れて、しかしそこで暮らす人々(とりわけ熟年の男性たち)にとってはそれは闇ですらない当たり前のことなのだということも知って、改めて遠い異国に生きる同性たちに思いを馳せるのでした。

                        ある女優の チラシ - コピー.JPG

Story
  イランの人気女優ベーナーズ・ジャファリのもとに、見知らぬ少女から動画メッセージが届く。その少女マルズィエは女優を目指して芸術大学に合格したが、家族の裏切りによって夢を砕かれ自殺を決意。動画は彼女が首にロープをかけ、カメラが地面に落下したところで途切れていた。そのあまりにも深刻な内容に衝撃を受けたジャファリは、友人である映画監督ジャファル・パナヒが運転する車でマルズィエが住むイラン北西部の村を訪れる。ジャファリとパナヒは現地で調査を進めるうち、イラン革命後に演じることを禁じられた往年のスター女優シャールザードにまつわる悲劇的な真実にたどり着く。                          ※映画情報サイトより転載



何となくイメージ的にアッバス・キアロスタミ監督の世界を想起させる作品なのでしたが、イラン映画だからかなぁと思っていたらなんと、このパナヒ監督が学んだ映画の師がキアロスタミ監督だったそうです。小さな嬉しい驚きでした。


原題は「3 faces」ですが「ある女優の不在」は上手く練られた邦題だと思いました。
時代を違える3人の女優たちの、それぞれの“不在”の時が描かれています。
女優として生きたいという未来の夢を奪われた少女マルズィエ
現在に有名女優として名を馳せるジャファリ
スターでありながらイラン革命により女優人生を断たれた、慟哭の過去を持つシェールザード
3人の運命と三者三様の“不在”の意味が独特の長閑さを持つ村の空気の中で静かに交錯していきます。

村のいたるところに在る「長く曲がりくねった道」がまるで彼女たちの人生を象徴しているかのようで、自分の墓を掘って横たわる老女とか男性の性の儀式にまつわる話やシャールザードによる詩の朗読など、本作は観念的な側面を持つ作品であると至るところで感じることになりました。

権力の移行により自身の将来を断たれても一人の女性として尊厳をもって生きることを選んだシャールザードですが、本作の大きな核となっている彼女の姿がほんの一瞬、後ろ姿しか登場しないというのもミステリアスな感じでした。

三人の女性がどこへ向かうのか。
言葉では語られず終わりますが、個の信念を貫きしなやかに生きていこうという決意が希望の風と共に感じられたラストでした。


ジャファル・パナヒ監督。
彼自身、時の政府に抗う映画を作ったことで文化的活動を禁止される命令を受けながら不屈の姿勢を貫いている映画監督だそうです。本作を観るまで知りませんでした、勉強になりました。イラン革命のことも実はよく分かっていません、少し調べてみたいです。



                        2020ジントニ - コピー.jpg

劇中には紅茶を飲むシーンがよく出てきました。生活に馴染んだ紅茶文化の国なのでしょうね、日が暮れた夜にも紅茶での語らいの場が映されていましたねー。
掲出画は紅茶だけでは夜を越せない呑んべえ私の「今年初のジントニック」の画です。


あの日から25年の今日。
終わったこともあり、始まることもあると思います。
祈りたいです。



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2020年01月13日

138億光年 宇宙の旅・PART T(プラネタリウム編)     勘違いで「旅」は途上です


明石天文科学館にプラネタリウム『138億光年 宇宙の旅』を観に行きました。

138億光年は地球から宇宙の果て(と現在認識されているところ)までの距離です。絶対的にそうとは言えないようですが現時点での「説」となっています。
ピカっと光ったその光が地球に届くのに一年を要する距離が一光年。それの138億倍。何だか「気が遠のく」という感覚すら遥かに超えています。。。


              新年のプラネタリウム - コピー.jpg  138億光年の - コピー.jpg


  昨年から楽しみにしていた投影プログラムでしたが、、、これって明石文化博物館とのコラボ企画で「文化博物館で開催の写真展」の方がメインだったみたいです。私の勘違いでした。
今回のプラネタリウム上映もかなり昔に大阪市立科学館で観たオムニマックスみたいなのを期待していたのですが、こちらで通常観られるプラネタリウムプログラムの後半部にNASA提供の宇宙画像が幾つか組み込まれたもので、静止画像が殆どでした。

なので「宇宙の旅」は未だ途上ってことで置いておいて、プラネタリウムで過ごす時間(50分)はやはりとても心地よいものなのです。解説スタッフさんの柔らかく優しい声にも癒されます。
先月の鑑賞からひと月しか経っていないので<冬の星座>のプログラムは同じ。<冬の大三角>を形成する一つ、シリウスが夜空に美しく輝く季節です。オリオン座の少し下に見える星です。

日中に青空を見上げることはよくありますが、夜空をじっくり見上げることってなかなか無くて。
ちょっと寒いかもしれませんが、好きなお酒を片手に屋外でゆっくり夜空を眺めて呑んでみたいですねー。
鉄道ファンにも撮り鉄や乗り鉄に加えて六角精児さんの「呑み鉄」っていうのもあるので、天文ファンにも「呑み天」みたいのがあってもいいですよね。(天文ファンの方々、すみません)


                      日本最古の現役投影機 - コピー.jpg

あ、そうそう。こちらの投影機は現役の大型投影機としては日本最古で、世界でも5番目に古いものでそうですよ。
なかなか良い風情を感じませんか。



                      つなぎや生B - コピー.jpg

勉強会のあとはまたしても“反省会と称する”独り呑みでした。
先ずはビールで反省し、その後は地酒のぬる燗で反省を更に深めました。

文化博物館の写真展の方にも足を運んでこの旅を完遂させたいところです。


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2020年01月09日

誰もが愛しいチャンピオン     チャンピオンの意味


シネリーブルで『だれもが愛しいチャンピオン』(ハビエル・フェセル監督)を観ました。
『私の小さなお葬式』と迷ってタイムテーブルの都合上こちらを選択しました。どちらの映画を選んでもそうなったかもしれませんが年初の作品としてはあたたかい気持ちに包まれることができましたよ。

                       チャンプ チラシ.jpg

Story
   プロバスケットボールのコーチ、マルコ(ハビエル・グティエレス)は、負けることが大嫌いなアラフォー男。ところが短気な性格が災いして問題を起こし、チームを解雇されてしまう。そんななか、飲酒運転事故を起こしたマルコは、裁判所から社会奉仕活動として、知的障がい者たちのバスケットボール・チーム“アミーゴス”の指導を命じられる。アミーゴスのメンバーたちの自由過ぎる言動に、はじめは困惑するマルコだったが、彼らの純粋さや情熱、豊かなユーモアに触れながら苦楽を共にするうちに、マルコの心に変化が生じ始める……。                            ※映画情報サイトより転載



重く且つデリケートなテーマながら本作は一貫して“幸せの在り方”に目を向けていたと感じます。

途中もっとシリアスな描き方をしようと思えばできた場面(例えば試合に向かうバスに乗り合わせたメンバーと他の客との揉め事とか)でも、悲しみや怒りより出来事のユーモラスな視点に則して描いていました。
そういう作品のスタンスだから身構えることなく委ねることができて、結果的に作品の最も意図する「チームになる」「家族になる」というテーマをダイレクトに受け止めることができたのではないかと思いました。
チーム名の<アミーゴス>っていいですよね。シンプルでこの映画の世界をそのものズバリに表していました。

彼らの生活には勿論支障もあるわけで、そういう日常の「負」の部分と抱かれがちな暗澹たる思いに焦点を当てて描けば当然ながら全く違ったトーンの作品になったはずです。本作はそこを超えた彼ら自身の「正」の部分に則して見せていて、それが潔くて小気味よい感じでした。
それぞれに大切なたった一つの人生を生きている彼らの、その日常をさりげなく垣間見せた演出もよかったです。

メンバーは全員オーディションを受けた、実際にそれぞれの障がいと向き合ってる人達です。
皆さん凄い芸達者ぶりでした、、、記憶力抜群のインテリのマリン(彼の吐く台詞がイイ)やバスケの練習を楽しみにひたすらレストランでお皿洗いに頑張るベニート、キュートでした。



                         タツリキ新酒 - コピー.jpg

タツリキ・アンテナショップでの有料試飲です。
今冬の新酒です。豊潤旨口、しかしキリリと冴える吞み口。新酒ならではの含み香。
好いお酒に今年もたくさん出会いたいと思います。



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2020年01月03日

2019年 を振り返って


2020年が明けましたね。
今年もどうぞ宜しくお願い致します。

2020空 - コピー.jpg


昨年末の記事でも書きましたが昨年3月15日に4年ぶりに拙ブログを再開させて頂きました。
秋頃にちょっとハプニングもあったりで劇場で鑑賞できた映画は36本どまりでした。
鑑賞数も少なく観に行きたくても見逃してしまった作品も多いので、「マイベスト」というより「もう一回観たいなぁ」という想いが“より強い”作品を挙げてみました。

↓ 鑑賞時系列に記します。

■『ウトヤ島、7月22日』
 昨年3本目の劇場鑑賞作でブログを再開するキッカケになった作品です。
 とにかく衝撃的で結局今も心を掴まれてしまっています。

■『グリーンブック』
 これはもう、最後にドン・シャーリーが孤独の殻を破る勇気が持てたことと、トニーの「あの台詞」につきます。

■『荒野にて』
 生きることの過酷さの裏で常にある大自然の美しさ。
 主演のチャーリ・プラマーの鮮烈な輝きももう一回観たいです。

■『希望の灯り』
 静かで深い余韻、独特の空気感。映像的にもとても惹かれる世界でした。

■『幸福なラザロ』
 不思議な映画でした。「作り方、見せ方」があるイミ難しい作品だったように思います。
 私には良い残り方になりました。

■『アマンダと僕』
 優しい光を感じたラスト。しみじみと心に沁みてくる良い作品でした。

■『シュヴァルの理想宮』
 実話ということに先ずは驚き、清らかで尊いものに触れさせてもらえた気がしました。


別途、劇場鑑賞ではなくDVDで旧作に触れることのできた機会は6回(6作品)でした。
いずれも良作でしたが、私の中では『ラ・ラ・ランド』がダントツで2019年「キング・オブ・旧作」でした。

映画館での新作は勿論のこと旧作品も含め、今年もよい映画に出逢えることのできる一年であれと祈ります。ぴかぴか(新しい)



昨年を振り返ってもう一言付記させて頂きます。
音楽にも癒され元気をもらいました。心と共にいろんな「音」を届けて下さった方々にも深く感謝の想いです。かわいい
 

                          


そして、やっぱり今年も呑みます!


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2019年12月29日

家族を想うとき    これ以上何が必要なんだろう


  シネリーブルで『家族を想うとき』(ケン・ローチ監督)を観てきました。
ケン・ローチ監督作品ということでそれなりに身構えて臨みましたが、やはりずしりと重く残った作品でした。
年末に(しかも個人的なことを言えば仕事のことであれこれ考え込んでいる今のこの時期に)えらい映画を観てしまったなぁ・・・と。しかしそれも今後の何らかの道標になるかもしれません。


                       家族を・・チラシ.jpg

story
  イギリス、ニューカッスルに暮らすターナー家。フランチャイズの宅配ドライバーとして独立した父のリッキーは、過酷な現場で時間に追われながらも念願であるマイホーム購入の夢をかなえるため懸命に働いている。そんな夫をサポートする妻のアビーもまた、パートタイムの介護福祉士として時間外まで1日中働いていた。家族の幸せのためを思っての仕事が、いつしか家族が一緒に顔を合わせる時間を奪い、高校生のセブと小学生のライザは寂しさを募らせてゆく。そんな中、リッキーがある事件に巻き込まれてしまう。
           ※映画情報サイトより転載


のっけから非常にシビアで過酷な世界が展開します。
家族のために選んだ仕事がどんどん家族を(勿論、自らをも)追い詰めてゆく現実。
そう、これって「現実」で、同じような辛苦に喘いでいる家族は今この瞬間にもたくさん存在しているはずです。
リッキーもアビーもセブもライザも誰一人として悪くなくて、ただ家族を想っているだけ。それなのにどんどん彼らを取り巻く物事が悪い方へ流れていってしまうのは観ていてもの凄く辛いです。

「こんなに苦労するとは・・・」
「私たち、いったいどうしたんだろう・・・」
リッキーとアビーの言葉です。

これが負のスパイラルに陥ってしまうということなのでしょうか。
何らかの軌道修正をしようにも、疲弊しきった肉体と翌朝に否応なくやってくる労働がそれを許さないという現実。
美辞麗句で「個人事業主」と謳い上げ、その実、企業側からの補償も付与せらるべき権利も剥奪されて・・・こんなシステムやそれを容認する世の中、やっぱりどこかおかしいと思わざるを得ない。
息子セブがアートで描く壁画は、ずっと以前から彼が抱いていたそんな世界へ向けての「?」(疑問)だらけの心の叫びだったのでしょうか。セブが描いた画が非常に印象的でした。

そのセブと、妹ライザと、それぞれに描かれたエピソードが素敵で。
夜遅く突然の仕事に向かわねばならなくなった母アビーを父の車で家族皆で送っていこうと提案したセブ。
父リッキーの仕事を手伝いながらとがった父の心をまぁるくしてあげたライザ。
その後に展開する過酷な出来事があまりにつらくて、温もりの在るこのシ―クエンスが嬉しくも切なく思い返される今です。

物語の展開に引き込まれ続けてその牽引力は一度も緩むことなく、最後の最後にローチ監督の静かな怒りが一気に爆発するのを観た気がしました。
あのラストシーン。「キミは何を感じたか?」と問われている気がしました。


原題の「Sorry, We Missed You」は宅配先が留守だった時にドアに貼っておく「残念ながら不在につき…」の文句だそうです。
本作のリッキーのように契約上「個人事業主」の場合は相手先の指定日時に配達ができなければ宅配人本人の罰金となってしまうようです。
家族への「miss」の想いとか、いろんな意味を含んでいて考え込んでしまう原題ですね。


          
             nijyuubann - コピー.jpg nijyuubann 2 - コピー.jpg

いつだったかの、某店です。
酒肴3種盛りをオーダーしたら生牡蠣が出てきたのでビールを置いといて急いで日本酒をオーダーしました。こちらのお店は初訪問でしたがとてもいいお店でした。
今年一年もお酒にはいろんな意味で救われた気がします。

今年3月半ばに拙ブログを4年ぶりに再開させて頂きました。
今年観た映画を振り返っての感想を挙げたいところですが来年に入ってからのアップになりそうです。
皆さまどうぞ佳い2020年をお迎えください。ぴかぴか(新しい)



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2019年12月25日

萩尾望都 ポーの一族 展     温故知新的な感慨


阪急うめだギャラリー(阪急百貨店うめだ本店9F)で「萩尾望都 ポーの一族 展」観てきました。
萩尾望都さんのデヴュー50周年を記念して企画された全国巡回展です。(今になってブログに挙げることになりました。阪急うめだギャラリーでの本展は12月16日で終了しています。)

行った頃は街はクリスマス全開モードで、阪急梅田コンコースといい阪急百貨店といいクリスマスイルミネーションが本当に素敵でうっとり見惚れてしまいました。
でもそれも今夜で終わりですね。まあクリスマスのイルミネーションって結構切ないですからね。


ポー - コピー.jpg 梅田コンコース - コピー.jpg


   『ポーの一族』は実は私は読んでいなかったのですが、この展覧会、シリーズ毎にブースが組まれて幾つかの原画が台詞もそのままに展示されていて、物語の展開をそれなりに追うことができました。
「ポー…」を読んでいなかったのに本展を観に行ったのは『トーマの心臓』『11人いる!』が好きで望都さんファンではあったからです。初期の頃の作品『キャベツ畑の遺産相続人』も思い出深いなぁ・・・。


どの漫画家さんもそうですが作品を重ねてゆかれるごとに画の完成度も高まってゆくので、こうして初期の頃の画と何年か経ったあとの画を同時に見比べてみると随分と趣が変わった感じがしてその年月の経過をしみじみ感慨深く思ったります。
勿論それぞれの時代の画風にそれぞれの良さはあります。
少女漫画の幾つかにハマって(私は『りぼん』の一条ゆかりさんが凄く好きでした)掲載誌の新号が発売されてお目当ての作品の掲載ページをめくる時のドキドキ感は今も甦る感覚です。
本展、丁寧に一つ一つの展示作品を観ていると会場を出る頃には約2時間が経っていました。楽しめました。

それにしても望都さんファンは、いいえ望都さんに限らずどの作家さんのファンでも、ファンというのはパワフルで熱情に溢れているかわいいものなのですね。
本展でも会場スタッフさんに独自の望都さん論を語っておられる女性ファンがおられたりして、ファン同士の“静かな火花”が会場のあちこちで散っていた気がしました。(^^)

「ポー…」の新シリーズの画では今までとかなりイメージが変化した新たなエドガーとアランがいて、作画に於いて尚も変化と進化を続けておられる萩尾望都さんに改めて多くのファンを牽引する力を感じましたよ。さすがの望都さんです。

今年は規模の大小いろいろに(関西地方に限られてしまいましたが)様々な展覧会、資料館、発表会に行くことができました。
中でも姫路市「日本玩具博物館」と赤穂市「ビートルズ文化博物館」には、どちらも個人所蔵品によるものであることと共に対象への愛が半端ないことに軽い衝撃を受けました。
両館とも帰り際に館長氏と少しだけお話させて頂ける機会がありましたが、そこに見える 「人(ひと)」 がやはり一番興味深かった気がします。 ありがとうございました。ぴかぴか(新しい)



                        ジンリッキー - コピー.jpg

撮影角度が雑ですみません。
いつだったかの、某BARでのジンリッキーです。いただいたジンが美味しかったので(不出来な画像ながら)挙げさせて頂きます。

廻る廻る、時は廻る・・・ふわっと酔えた瞬間でした。




posted by ぺろんぱ at 18:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記