2014年05月25日

時々、話し相手


実家の庭に時々姿を見せる雨蛙です。
アマガエルと書いた方が可愛さか伝わるでしょうか。


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この子を含めて少なくとも6匹います。雨上がりや庭木への水撒きのあとはその小さな姿を見せます。
時々しゃがんで話しかけます。
聞いているのかいないのか、じっとしている子もいれは、「興味ないね」とばかりにピョンピョン跳ねて前を通り過ぎて行く子もいます。
手のひらに乗せてみたこともありますが、ちっとも信用されていないのかビヨーーーンと大ジャンプして逃げられてしまいました。まあそんなもんでしょう。
じっとみていると実に可愛いヤツらです。 元気で生きるんやで。


村上春樹の長編小説“出版順に再々々…読月間”は続いています。現在は『ダンス・ダンス・ダンス』読了間近。順番でゆくと今度は『国境の南、太陽の西』ですね。
長編は登場する女の子の魅力が作品の好感度に繋がってきたりしますが、この『ダンス…』で言えばユミヨシさんではなく、ユキでもなく、ましてやアメでもなく、そしてキキでもなく、少ししか登場しないけれど何故か“官能的雪かき”のメイが私は一番好きです。

どの作品も読み返すたびに面白さを増すのですが、やっぱり私の中でのBESTの数作品は最終的には変わらないのですよね。
ちなみに私の中で春樹小説の永遠のBEST⒈は『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』です。この作品では、「世界の終り」で夢読みを手伝う女の子がとても好きです。

春樹小説とは別に今は通勤に某入門書を携行して小説と代わり番こに読んでいます。思うところあって始めてみようかなと思うことがありまして、、、この事は、続いていればいずれまた書きたいと思いますが、果たして続けられますかね、どうでしょう。


「時々話し相手」はカエルくんですが、毎日の話し相手はやはり愛するお酒たち ということになるのでしょうか。

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久々の外呑みで味わった「作(ざく)純米吟醸・雅の智(とも)」です。お腹の底まで沁みとおりました。美味しゅうございました。
短い時間でごめんなさいでしたが、しみじみとした乾杯を本当にありがとうございました。ぴかぴか(新しい)



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2014年05月10日

夏を前に


風薫る五月になりました。
GWも終わって、これからは初夏の陽気になってゆくのでしょうね。
夏は大好きな季節です。
 
この数年来、実家の父とまるで戦友のように母の介護にあたってきました。
二月下旬、比較的ゆるやかだった母の病状の進行が一気に加速する出来事があって介護が深刻化し、このブログもずっとお休みさせて頂いておりました。

ブログをお休みさせてもらって間もない頃、一つの大切な命を送りました。 ウチ猫a.の命です。
長きに渡る完治無き持病が、徐々にあの子の体を蝕んでいたようです。呼べども答えぬあの子の体は長いこと私の腕の中で温もりを保っていて、また息を吹き返すのではないかと何度も思いました。


母のこと、猫のこと、、、いろんなことが胸を去来し続けています。
無理矢理に自分の心に折り合いを付けるのはもうやめました。

母のことは少し前に一つの節目を迎えました。それは安寧とは呼べないものですが、物理的観点でいえば、それでも徐々に、ゆっくりと少しずつ、自分のことに使える時間が出来てきたのも事実です。

時間が出来始めてからは、映画は無理でしたが本を読むことが出来ました。
未知の小説にはなかなか気持ちが入らなかったので、思い立って村上春樹の小説を『風の歌を聴け』から出版順に再再々…読してゆきました。
心に馴染んだ文体というのはありがたいもので、すうーっと小説の中に入って行けました。
春樹さんの新刊『女のいない男たち』も購入して読みました。六篇の作品の中では「木野」が一番好きです。いつか長編へと開花しそうな予感を含んでいた気がします。

ケータイの電源をOFFにしづらい今ですので当分のあいだ劇場での映画鑑賞は封印ですが、もう少しして気持ちにも少しゆとりが持てれば、旧作の映画などに触れてみたいものです。


最後になりましたが、皆さん、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。
優しく寄り添って下さったお言葉、本当にありがとうございました。感謝の思いでいっぱいです。


拙ブログ、これから「シネマじゃなくても乾杯!」になってしまっても、たまには思い出してお越し頂けるならとても嬉しく思います。
拝見させて頂いているブロガー様のところにも、またひょっこりコメントを残させて頂いた際には宜しくお願い致します。

そして皆さま、どうぞ初夏の佳き日々を。






posted by ぺろんぱ at 22:08| Comment(18) | TrackBack(0) | 日記

2014年03月05日

弥生3月


弥生3月。
雛祭りも過ぎたというのにまだまだ寒いですね。

事情により、ブログの更新を少しの間お休みさせて頂きます。
一日も早い再開をと願うばかりです。
コメントやTBは大歓迎ですので、過去記事にでもお越し下されば嬉しいです。

では皆さん、どうぞ佳い春をお迎えください。



posted by ぺろんぱ at 12:32| Comment(14) | TrackBack(0) | 日記

2014年02月21日

リトル・ダンサー (BS録画鑑賞)


  先日BS録りしていた『リトル・ダンサー』(スティーブン・ダルドリー監督 2000年制作 2001年日本公開)観ました。
良作との噂は聞いていましたがこんなにいい映画だったとは知りませんでした。 永久保存です、出会えてよかったです。

story
  イギリスの炭坑町に住む少年ビリー(ジェイミー・ベル)は、偶然目にしたバレエ教室に惹かれ、女の子たちに混じって練習するうち夢中になっていく。めきめき上達する彼に自分の夢を重ね、熱心に指導するウィルキンソン先生(ジュリー・ウォルターズ)。しかし大事なお金をバレエに使うことを知った父(ゲイリー・ルイス)は激怒し、教室通いを禁じる。先生はビリーにロイヤル・バレエ学校のオーディションを受けさせたい一心で無料の個人レッスンを行うが、オーディションの朝、炭鉱夫の兄トニー(ジェイミー・ドレイブン)がスト中に逮捕されてしまう。

                       リトルダンサー1.jpg                       
                          ※story、画像とも、映画情報サイトより転載させて頂きました。


※いきなり結末に触れる記述をしています。


  ラストの落涙は、おそらく今後本作を観返す度に私の中で繰り返されることでしょう。

舞台に舞うビリーを見つめる父親と友人マイケルの表情。張り裂けんばかりの高揚感、感極まる思いの二人。
成長したビリーが晴れの大舞台へと向かいます。25歳になったビリーを演じるはロイヤルバレエ団の元プリンシパル、アダム・クーパー! アダム・クーパーの華麗な姿は勿論のこと、カメラが捉えた彼の一瞬の表情もまた実に素晴らしいのです。
このラスト数分にとにかく心が震えました。テレビでこうなのだから、もしも本作との出会いがスクリーンであったならその興奮は如何ばかりであったかと思う今です。

家族愛、友へのいたわり、無償の師弟愛、そして、好きなダンスを決して諦めない、好きなものを追い求め続ける気持ち、、、ひっくるめて、やっぱり「愛」。それがいっぱい詰まった映画でした。
冒頭シーン。認知症傾向の祖母への優しい接し方に、ビリーの全てが物語られていたと思います。のっけからこの子が好きになりました、私。

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父親、兄のトニー、友人マイケル、おませなガールフレンド、そしてビリーの才能にいち早く気付き手を差し伸べたウィルキンソン先生。
それぞれに、心に残るシーンと台詞があります。
息子の未来のために信念に背を向けてまでお金を稼ごうとした父親の姿には強く心打たれますが、「(新しい地で)貴方の人生を生きなさい」というウィルキンソン先生の言葉にもまた、深く静かな感動を覚えました。

周囲の全ての人々の支えがあって今の自分があることを、舞台に向かう25歳のビリーは決して忘れていなかったはず。
その全ての愛に応えるが如く舞台に大きく舞う白鳥の姿は、これからも私の記憶に残り続けると思います。


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少年のビリー役のジェイミー・ベルも好感度大でしたけれど、友人のマイケルを演じたスチュアート・ウェルズがとっても魅力的でした。
「この子、今はどんな役者さんに?」と思ってネットで調べてみましたが、どうやら本作の後に『仮面の真実』という映画に出演したのみで映画界からの消息は途絶えているようです。とても残念、何かご存知の方がいらしたら情報を戴ければ嬉しいです。
それから、スチュアート君が素敵だったからでしょうか、成長した25歳のマイケルを演じた俳優さんも私には素敵な男性として心に残りました。演じた俳優さんの情報も、もしお持ちの方がいらしたらお願い致します。



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   久々にお伺いした Jazz Bar Wishy−Washy さんでの乾杯の画です。
二、三度拙ブログにも登場しているダーク・ラム、<パンペロ・アニバサリオ>です。芳醇な味わいの中に微かに広がる上品な甘み。
この日ママさんとお話していて偶然にも本作『リトル・ダンサー』の話題になった時はびっくり。ママさんは勿論ずっと以前から本作をご存じでいらっしゃいましたが、互いに「イイ映画ですよね」としみじみと語らせてもらいました。

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そうそう、お伺いした際ママさんにご紹介頂いた新刊、武部好伸さん著『ウィスキー アンド シネマ』(淡交社)を早速に買い求めました。
47篇の映画を、そこに登場するウイスキーに焦点をあてて語られているエッセイです。
今は百田尚樹さんの『モンスター』を購読中なのですが、『ウィスキー アンド シネマ』も並行して読んでいきたいと思います。ワクワクしています。
この本の中に登場する未見の映画を後追いしてゆくのも楽しいかもしれません。勿論、そこに登場するウイスキーと共に、ね。






posted by ぺろんぱ at 20:03| Comment(8) | TrackBack(1) | 日記

2014年02月14日

レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで (BS録画鑑賞)


 またしても戻り寒波襲来。雪
先日8日の雪の時「これが今冬の寒さの底かな」と思っていたのですが・・・。ソチの方が気温はまだ暖かいようですね。日本選手のみなさん、最後まで声援を送り続けます。日ごろの練習の成果を思う存分に発揮できますように。

BS録画していた『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』(2008年制作 2009年日本公開 サム・メンデス監督)観ました。原作はリチャード・イェーツ著の『家族の終わりに』です。

story
1950年代半ばの富裕層が集まるコネチカット州の郊外で、フランク(レオナルド・ディカプリオ)エイプリル(ケイト・ウィンスレット)の夫婦は二人の子どもに恵まれ、幸せに暮らしていた。しかし、彼らにはそれぞれ、ヨーロッパでの成功と女優になるという夢があった。やがて彼らはその夢の実現のため、パリへ移住し人生の大きな賭けに出ることを決意するが・・・。

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                      ※story、画像とも、映画情報サイトより転載させて頂きました。


※結末に触れる記述をしています。


先ず、本作は話題性に富んでいました。
『タイタニック』(1997年)で世紀のカップルとして世界中から注目を集めたレオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレットが、大スターとして不動の地位を築いて11年ぶりに共演(しかも夫婦役で)を果たしたということ。そして私生活では、ケイト・ウィンスレットは監督・サム・メンデスの夫人であり、監督と主演女優として夫婦初のタッグでもあったということ。

『タイタニック』ファンとしては、あの時の二人が本作で悲劇的な終末を迎える夫婦を演じることに幾許かの寂しさを伴うですが(勿論どっちも映画の中のことなのですけれど)、それでも、本作の主演二人の演技は本当に素晴らしく、十二分に観応えのある作品となっていました。


  希望の象徴でもある閑静な住宅街レヴォリューショナリー・ロードに住まう人々の、誰もが密かに抱えている虚しさと満たされぬ思いをえぐり出し、最も象徴的な一組の夫婦を崩壊へと導いています。

フランクとエイプリルのパリ移住計画を聞いて心ざわめく周囲の人間たち。二人の決意に激しい動揺を隠しきれなかったのが見て取れます。
隣夫婦の妻ミリー(キャスリン・ハーン)然り、二人にレヴォリューショナリー・ロードの家を世話した不動産業のヘレン(キャシー・ベイツ)然り。誰もが希望とは裏腹に不満といら立ちを抱えているのが伝わってきます。

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象徴的な夫婦、フランクとエイプリル。
最も理想的に見えた二人だっただけに、崩壊の途は烈しいものでした。

一度は愛し合った相手に憎しみさえ抱くようになるのは辛く悲しいことですが、憎しみを通り越して何の関心も持てなくなることはもっと辛くもっと悲しいことかもしれません。憎しみは、未だ相手を意識している想いの裏返しだから。
しかし冷静に眺めてみると、問題の根本にあったのはフランクとエイプリルの個人的資質の大きな違いだった気もします。基本は二人の大きな「違い」にあって、レヴォリューショナリー・ロードでの“一見平和だが無個性”の人生がそれをあぶり出してしまった、という感じでしょうか。私にはそう見えました。

相手に求めるものが初めから違っていたのかな、と。
エイプリルにとってフランクは小さな世界で完結してしまった人間であり、そんな彼を前にエイプリルの中に眠っていた開拓?闘争?それこそ革命的な資質?、そんなものが目覚めてしまったのかもしれません。
つまらないのは、環境でもなく相手でもなく、自分自身がつまらないということなのですよね、きっと。だからエイプリルは相手に変わってほしいと願い、そうすることで自分自身も変わろうとしたのですよね。そしてエイプリルは何があっても(子どもを堕胎してまでも)それを貫き通そううとし、フランクはそれができずに安寧の道に戻ろうとしてしまった・・・。

フランクは概ね良き夫であったと思いますし、そうであることに喜びを見いだせる人。エイプリルは良き妻・良き母を演じ続けてきたけれど、そうであることに喜びを見いだすことができなかった人。二人の決定的な違いですね。
二人の破綻・・・、彼らはボタンの掛け違えなどではなく、そもそもボタンが掛けられていなかったのではないかとさえ思えました。

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終盤あたりの、朝食のシーン。
この時のディカプリオ演じるフランクの表情は秀逸です。
何かを決意したような冴え冴えとしたエイプリルの表情に、一瞬戸惑いつつも幸せを取り戻せたと信じたフランク。何かとんでもないことが起こると感じる映像の中、何にも気付いていないかのようなフランクの穏やかな頬笑みがあまりに切な過ぎます。この後に起こった出来事には救いがありません。

本作では二人に辛辣な台詞を吐く心を病んだ青年ジョン(マイケル・シャノン)の存在が異色、且つ出色です。彼の言葉でフランクとエイプリルは隠していた心の奥の感情をあぶり出されてしまうのです。
心の奥の感情と言えば、隣人夫妻の妻ミリー、ジョンの母で不動産業のヘレンが“人間の負の感情”を覗かせるラストのそれぞれのシーンは、ちょっと怖かったです。

そうです、この映画は怖いです。
原作小説のタイトルの方が、まんまその世界を表わしていました。


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  さてさて、ワイン飲み仲間が集まっての新年の乾杯はK子ちゃん宅で開催。ありがとう。
皆で持寄りのワインの中から出色の一本、<ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ“プラチド”2005年>です。
一口含んた時はイイ意味での枯れを感じるちょっと複雑な香りが一瞬広がり、しかし全体としては丸味のある優しい厚みで後の香もすぅっと尾を引く感じです。
この一本を持ち込んでくれたNちゃん、ありがとう、たいへん美味しゅうございました。ぴかぴか(新しい)

そうそう、本作ではいかにもアメリカ映画らしく、お客人をもてなすのに大ぶりのカクテルグラスでマティーニが饗されることが度々。
ジンは夏!派の私ですが、この寒さでも美味し〜いマティーニが呑みたくなりましたよ。




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2014年02月05日

ヒースレジャーの恋のからさわぎ (BS録画鑑賞)


   春は名のみの・・・ですね。 今日は小雪が舞っていました。

BS録りしていた『ヒース・レジャーの恋のからさわぎ』(ジル・ジュンガー監督、1999年制作、アメリカ映画)観ました。
タイトルに「ヒース・レジャーの」が入っていなかったらスルーしていたと思いますが、この「ヒース」で気になって調べてみれば、本作はヒース・レジャーの初主演作、且つハリウッド・デヴュー作とのことでした。・・・で、録画。

story
転校生のキャメロン(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)は、登校初日に学園のアイドル・ビアンカ(ラリサ・オレイニク)に一目ぼれし、何とか彼女をデートに誘おうとする。しかし、ビアンカの父親に、姉・カトリーナ(ジュリア・スタイルズ)が先に誰かとデートしないとビアンカのデートを許可しないと言われ、学校のはみ出し者パトリック(ヒース・レジャー)を雇ってカトリーナをデートに誘わせようとするが・・・。

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                         ※story、画像とも、映画情報サイトより転載させて頂きました。


 ヒース・レジャーが若い!です。
初めて私がヒース・レジャーをスクリーンで観たのは『チョコレート』(2001年制作・2002年日本公開 マーク・フォースター監督)でした。
その時の役柄も相まって繊細で品の良いお坊ちゃま的イメージが強かったヒースです。以来、何作品か公開作を観ましたが初めてのイメージって中々覆らず、私の中では常に繊細な雰囲気を彼の中に見ていました。それだけに『ダークナイト』のキャスティングは意外でしたが・・・。
初主演の本作のヒースはワイルドで、その2年後に撮られた『チョコレート』の時よりも逆にセクシーで、なかなか魅力的なのでした。

アメリカのティーンエイジャーの学園モノっていうと私は何だか引いちゃうのですけれど、本作はヒースの魅力で98分楽しめましたよ。
お相手のカトリーナを演じるジュリア・スタイルズも、決して美女ではないのですがついつい目が追ってしまう不思議な雰囲気を放っている女優さんです。実はちょっと大学時代の同期のYちゃんに似ていて(男性を容易に寄せ付けないようなところも)、すごく親近感を持ってしまったというのもありますが。

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邦題はしっくりこなかったのですが、本作のストーリーの下地がシェイクスピアの『じゃじゃ馬ならし』と『から騒ぎ』にあるとのことで付けられたそうです(ウィキ情報)。
シェイクスピア自身も(肖像画ですが)登場します。レースの襞襟を付けているシェイクスピア画像を「その襟巻トカゲみたいな人」って呼んでいた台詞は、いかにも下らないジョークっていう感じで逆にちょっと笑えました。

タイトルに話を戻せば、やはり原題『 10 Things I Hate About You 』の方が何となくイイです。カトリーナがパトリックの嫌なところを10個挙げて、でもその後に「でもそんな貴方を嫌いになれない自分が一番キライよ」っていう彼女の台詞がなんといっても可愛くて、“ああ、青春だなぁ〜”っていう感じがしましたから。

その告白めいたものを聞いたパトリックの「ん?それってもしかしてボクのこと??」っていうような表情が、女の子の扱いに慣れているようで決して慣れ切ってはいない“清潔な青さ”を覗かせてくれていてちょっとだけ私もキュンとなりました。

『(500)日のサマー』で注目のジョセフ・ゴードン=レヴィットも可愛かったけれど、やはり“ヒース・レジャーの映画”です、これは。後年のヒースとのイメージのギャップも私には新鮮でした。

それにしても、彼はその後の2008年に28歳の若さで逝ってしまったのですよね。 残念です。



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  さて、こちらは(私的に)珍しく、樽酒の燗酒です。
明石の名店<たなか家>さんで特製樽酒を「燗もお薦め」とのことでしたので、私はぬる燗で頂戴しました。樽酒は冷酒でいただくものとばかり思っていましたが、ぬる燗のソレも樽香がふんわり香ってイイ感じでしたよ、新発見でした。
このあともう一杯別の地酒をオーダーして、独りサク呑みの滞在時間は約40分。大変美味しゅうございました。ぴかぴか(新しい)




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2014年01月31日

小説、『永遠の0』から『ボックス!』へ


 『永遠の0』(百田尚樹著 講談社文庫)を読了しました。
一度読み終えて、直ぐに別の新たな書物に取り掛かる気になれず、結局「第八章 - 桜花」からですがもう一度読み返しました。

強く、心打つものがありました。
真っ直ぐに気高く生きるということ。 その尊さ(そうすることの難しさも)と、その生き様が後に大きな力をもたらすことを教えられた気がしました。

幾度か熱いものが込み上げますが、特に終盤はそれが顕著となり、ラストは落涙、というより嗚咽を禁じ得ませんでした。
最初に読み終えた時は通勤電車の中でしたので、隣の座席に座っていた学生さん風の女の子にはちょっと申し訳なかったです。びっくりしますよね、隣で大人しく本読んでると思っていた人間が急に泣き出したら・・・さぞ気味悪かったことでしょう、ごめんなさい。

暫くこの想いを抱いて、映画はやはりいつかの日の楽しみに取っておきます。
けれど、映画の主演者・岡田准一さんの面影はページを繰る上で決して邪魔をしませんでした。だからそれも映画を観る楽しみに。



 さて今日は、友人から教えてもらった地酒と焼鳥のちょっと面白い立呑み屋さんから三景。

    たに 獺祭.jpg たに 楯野川.jpg たに 黒龍.jpg

お初天神通りに三か月ほど前にオープンした<立呑み たに>さんです。地下に入ってゆく隠れ家的なお店です(店名の入った幟は通りに大きく掲げらていますが何となく存在が隠れ家的です)。
お酒もお料理も全品350円です。地酒は、酒屋さん直営でない立呑み屋さんの概念を覆してかなりの種類を揃えておられます。今やレアとなった<十四代>やブームの?<獺祭50>とか、銘柄もその時の仕入れ具合によって入れ替わるようです。
ご店主とちょっとお話しさせて頂いたのですが、日本酒への「愛」を感じる若きファイターです。

この日は<獺祭 純米大吟醸50>に始まって<楯野川 純米大吟醸滓絡み>、そして日本酒セラーを覗かせてもらってボトルを見るや否や「呑みたい!」と叫んでしまった<黒龍 本醸垂れ口>です。大変美味しゅうございました。

佳き小説、旨しお酒、心を豊かにしてくれます。ぴかぴか(新しい)


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<追記>
  クールダウンさせてそろそろ次なる書物に取り掛かります。
折角だから百田作品でいきましょう。コメントくださっていたkarcy様ご推奨の『ボックス!』を買いました(先ずは上巻)。読みます!







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2014年01月24日

さよなら、アドルフ


  やっぱり神戸公開まで待てず、梅田ガーデンシネマで『さよなら、アドルフ』(ケイト・ショートランド監督)を観てきました。

今年は映画初めの『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』がとてもお気に入りの一作となって幸先良いと思っていたところ、早くも1月後半にこんな秀作に出会えたことに深い感慨を覚えます。

しかしながら、、、本作の世界は非常に重く厳しく、109分の上映時間はある意味“スクリーンと向き合う闘い”でした。


story
   第2次世界大戦の終戦直後、ナチス親衛隊高官の父と母が去ったあと、14歳の少女が小さい妹弟と共に祖母に会うために困難な旅をする姿を描く。
  1945年、敗戦して間もないドイツ。ナチスの幹部だった両親が去り、14歳の少女ローレ(ザスキア・ローゼンダール)は、妹と弟と共に南ドイツから900キロ離れたハンブルクの祖母の家へ向かうことに。途中、貼り出されたホロコーストの写真を見たローレは困惑する。翌日、連合軍兵士に呼び止められたローレはユダヤ人青年のトーマス(カイ・マリーナ)に助けられ・・・。

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                     ※story、画像とも、映画情報サイトより転載させて頂きました。


※結末に触れる記述をしています。


  ワンシーン、ワンカット、心に語りかけてくるようでした。

暗く重たく、心身共に多くの痛みを伴う世界をリアルに描きながら、時に絵画的な、時に詩的な、心が吸い込まれるような美しさを感じました。
一つの風景、例えば川の流れや野の草花、更に、存在する静物の一つ一つをカメラが静かにじっと捉え続けます。まるでそこから何かが語られてくるかのように感じるのです。人物の発する台詞は決して多くはないのに、全てのシーン、全てのカットが何かを残していってくれるのです。
その演出美をどう表現したらよいのか私には良い言葉が見つからないのですが、とにかくその「美なるもの」があったからこそ、この苛酷な旅路を見つめ続けられたのだと思います。
ケイト・ショートランドという御名、しっかりと心に刻みました。

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 戦後の荒廃しきった状況下、米・英・ソ連のカオス的統治下におかれたドイツでは、ナチス親衛隊高官の子どもであることは命の保証を許しません。文字通り身も心もボロボロになる苛酷な旅。

青年トーマスとの出会いは本作の最初の分水嶺であり、その出会いはローレを(やがては)大きく変えます。
トーマスが密かに抱えていた闇が漠然と見えてくる終盤の展開は衝撃であり、秀逸です。

本物のトーマスにも想いを馳せずにはいられません。彼の人生、妻、子どもたち。それらを理不尽に奪い去ったものはローレが真実だと信じ続けてものです。
神のように偉大な存在であったものが実際に行ってきたこと。信じていたものの崩壊と行く先々で受ける迫害は、ローレたちを二重三重に痛めつけます。旅を続けながらローレの葛藤は凄まじいまでのものだったはず。彼女の険しい表情がそれを物語っていました。

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そんな中、ローレたちを襲ったこの上ない悲劇。
ここがいわば第二の、そして最大の分水嶺であり、ローレの中でそれまで彼女自身を支えてきたものが完全に折れてしまった瞬間だったと思います。

命からがらやっと辿り着いた祖母の家で、ローレが出会った自分自身とは・・・。

今まで生きてきた世界は何であったのか。
絶望の中で生きることの極限を経てきたローレは、「新たなる絶望」の果てにどう生きてゆくのでしょうか。
ローレがどう生きてゆくのか、その行く末は観る者に課せられた試練のようにも感じられました。



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  こういう映画のあとは濃くて温かいお酒が恋しいです。
掲出画像はこの日の画ではありませんが、時々お伺いしているお店です。
何度目かの来店記念とかで焼酎のボトルがプレゼントされました。お湯割りで濃いめに(うんと濃いめに)作って呑ませて頂きました。




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2014年01月19日

冒険者たち (久々の再鑑賞、BS録り)


  観たいと思っていた『さよなら、アドルフ』(ケイト・ショートランド監督)。
「シネリーブル神戸でこの2月15日より公開」という情報のみインプットしていたのですが、梅田ガーデンシネマで既にこの18日から公開とか。レレレ・・・神戸公開まで待つより仕事帰りにでも梅ガデに行こうかなと目論み中です。

だから今日は再鑑賞作品で、というわけではなく、この作品は「好きな一作」でもあったのでBSでやっていたのを機にレヴューを挙げておきたいと思ったのでした。
『冒険者たち』( ロベール・アンリコ監督 1967年制作 フランス映画)、久々の再鑑賞です。

story
命知らずのパイロット・マヌー(アラン・ドロン)と、自動車技師ローラン(リノ・バンチュラ)は、ある日、美しい前衛彫刻家レティシア(ジョアンナ・シムカス)と出会う。厚い友情で結ばれていた男二人に女一人。この三人の間には、いつしか不思議な三角関係が生まれていく。そしてある日、三人はどん底の生活から這い上がるためにアフリカ沖に沈む財宝を積んだ船を探すという一獲千金の旅に出るが・・・。

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                        ※story、画像とも、映画情報サイトより転載させて頂きました。


  「口笛」をフィーチャーしたフランソワ・ド・ルーベの映画音楽は心に残ります。聴けば一瞬にして、大空を舞うマヌーの飛行機とそれを見つめ続けるローランとレティシアの姿が甦ります。
青春のキラキラ感があって、でもどこか切ないメロディー。

この映画は何といってもレティシアが好いです。
後半、いなくなってしまった後も彼女の影が存在している・・・というより、いつまでも“生きてそこにいる”のですよね、レティシアが。
演じるジョアンナ・シムカスは、役柄のレティシアのイメージと相まって同性からみても永遠の女性像なのでしょう。シドニー・ポワチエとの結婚で女優業をきっぱり引退されたというのも、彼女への思慕を永遠のものにさせたのかもしれませんね。

  前半部のフランスらしいノンシャランな?物事にこだわらない暢気なムードが好きです。
後半のハードボイルドタッチが加味された展開こそが本作の「LES AVENTURIERS」たる所以なのでしょうけれど、それ以前の、「凪」のようなふんわりした状況が私には好もしいです。

冒険者3人.bmp


大人になり切れない、夢を追い続ける男二人とそこに寄り添うレティシア。
ロマンを追い続ける男二人ですが、繊細だけど奔放さだけが前面に出てるマヌーと、時に地に足をつけ堅実で父性をも感じさせるローランとはいつも立ち位置が微妙に違っていて、その違いが危うさを匂わせつつも二人の絆は最後まで(レティシアがどちらかの名を口にしたあとの最後でさえ)揺るがない・・・そこが嬉しいのです、女である私にも。

タイトル「冒険者たち」の意味も、前半部で感じるのは享楽主義的なもの。しかし最後の最後、終わってみれば「生きること即ち冒険なのだ」という、ストレートで邪なものなど混じり得ない純なメッセージに変わっていたのでした。
俯瞰で撮られた「あの要塞」。
ああ、レティシアが、そしてマヌーが、生きてそこに居たらなぁと思う切ない幕切れなのでした。


                        千本.jpg

  <れてぃしあ>という名のBARが神戸にあります。
数回お伺いした後、長らく(随分と長らく)お伺いできていません。ご店主、チーフのKちゃんさん、お二方ともお元気でいらっしゃるでしょうか。

レティシアではなく、この画は友人N嬢とワイン立呑み<千本 セ・ヴォン>にての乾杯です。やや軽めの赤とヘルシーなラタトゥイユが美味しゅうございました。ぴかぴか(新しい)








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2014年01月16日

読みます『永遠の0』、そして熊澤さんでの一期一会


  巷で映画は好評のようです。

                      永遠の0 文庫.jpg

映画はいつかの楽しみとして、先ずは原作を読んでみようと買いました、『永遠の0 (ゼロ)』(百田尚樹著、講談社文庫)です。                       
紙質に由るものでしょうか、厚さ2.5p の文庫ですが意外にもずしりとくるような重さは感じません。故・児玉清氏による解説も嬉しいです。
携行中だった本の残りを一気に読み終えて明日から早速こちらにかかります。楽しみです。



                       熊澤さん.jpg
                      
  先の休日、映画の後の「独りサク呑み」、久々に訪れた<酒商 熊澤>さんからの四景です。滞在時間は55分。


   熊澤 琥泉純米銀嬢生原酒.jpg  熊澤 鶏ゆず山葵.jpg  熊澤 蒼空純吟.jpg     

先ずは「琥泉 純米吟醸・生原酒」、そしておつまみに「鶏 柚子山葵添え」。空腹状態の胃に生原酒の濃醇さが浸みこんでゆきます。鶏は軽くスモークされていて柚子の山葵がほど良いアクセントになっていました。
そして「蒼空 純米生・かすみ酒」。微かな澱が残っていてほんのり白く、優しい(しかしあと口爽やかな)お酒です。


                        仙介特純滓がらみ.jpg

最後は「仙介 特別純米・澱がらみ」。二杯目に呑んだ「かすみ酒」の流れでこちらを。
この仙介の画像だけ何故にグラス3つか・・・独りサク呑みなのに・・・?

実は隣の隣に立っておられたA氏がお店のソムリエさんに「いいのが入ってますよ」っていう具合に薦められてオーダーされ、それを聞いていらした隣のB氏が「じゃあ僕もソレを」とオーダーされまして、グラスに注がれてゆくお酒がとても美味しそうで一番奥に立っていた私もつい「じゃあ私もソレをください」とオーダーしてしまいました。
隣の隣のA氏が「じゃあ三人のグラスを並べて記念に撮りましょう」ってことになりまして。どうやら隣の隣のA氏も隣のB氏も何らかのブログを持たれている?ようで、ちゃんとデジカメをご持参されていたのでした。

写真を撮ったあとは三人で乾杯し、あとは三者三様に静かにグラスを傾けてお酒を味わいました。
なかなか、こういう出会いもイイものです。
この乾杯は一期一会のものとして心に刻みつつ、Aさん、Bさん、また何処かの酒場でばったり出会えると楽しいですね。




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2014年01月11日

少女は自転車に乗って


 寒〜いですね。冬眠したい気分です。
シネリーブル神戸で『少女は自転車に乗って』(ハイファ・アル=マンスール監督)観ました。

「映画館の設置が法律で禁じられているサウジアラビア初の女性監督が同国俳優を起用し全て国内で撮影したサウジアラビア初の長編映画」とのことで、公開情報をキャッチして以来気になっておりました。

story
  10歳のおてんば少女ワジダ(ワアド・ムハンマド)は、幼なじみの少年アブドゥラと自転車競走がしたいが、母親(リーム・アブドゥラ)は女の子が自転車に乗ることに反対する。そんな時、学校でコーラン暗唱コンテストが行われることになり、ワジダはその賞金で自転車を買おうと一生懸命コーランの暗唱に取り組むが・・・。

                        少女は 1.jpg
                        ※story、画像とも、映画情報サイトより転載させて頂いております。


  ワジダは、女性が前面に出ることを決して許さないという社会に於いて、決して表面上だけでさえも服従してはいない女の子です。
日本では考えられないほどの規律や風習にがんじがらめの世界なのですが、それにしても、ワジダの服従しない様子は「小気味良い」を通り越して「小憎たらしい」ほどなのです。
先ず、そこで、スクリーン前の観る者殆どを“味方に付けない”くらいの“我が道を行く潔さ”を放っているのです。これはある意味意外でした。

何となく『運動靴と赤い金魚(マジッド・マジディ監督)』的な展開を想像していたので、貧しくて運動靴が買えなかったその作品とは趣を異にしており、主演のワジダがかなりのお転婆で強気な現代っ娘だったのには少々たじろいだ私でした。
その「小憎たらしさ」が大きく変化したのは、もう映画の終盤?ワジダがやっとコンテストで勝利を勝ち得た時から、です。
あ、、、ワジダ、やっぱり努力してたんや、、、と。見せていなかったけれど、彼女は“やる時にはやる”タイプだったのですね。ここから、私のワジダへの視線は180度転換したような気がします。

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 努力で勝ち得た糧を、何故自分の為に使ってはいけないのか。
それが人間として愚かなこと?なの?
パレスチナの同胞に寄付すべきとの校長の理論は校長自身の思想であって、それを強いた時点で子どもの中に在る何かを摘んでしまってるんですね。サウジの未来を縛っているのは女卑思想の男性だけではなく、女性であるが故の保身に甘んじる女たちなのかもしれません。
勿論、今の日本に生きる感覚が私にそう言わせるということもあるでしょう。実際にかの国に生きていれば強固な因習を打ち破る新たな一歩を踏み出すのは容易ではないのかもしれません。

あの時点でワジダの中で一つの希望の灯は吹き消されかと・・・。
しかしへこたれて当然のワジダを周りの人間がそうさせなかったこと、それが本作で最もキモだったと思えることでした。

本作、「母の愛は強し」の好もしい展開もありましたが、私が最も心惹かれたキャラクターはワジダの幼馴染の少年アブドゥラ君でした。終盤に於ける彼の「ある台詞」には感動すら覚えました。
彼らの世代からは結婚という形も良いように変わってゆくのかもしれないと思わせてくれます。

小憎たらしいくらいだったワジダがもの凄く可憐で、そして十代の瑞々しさでもってとても爽やかに見えたラストなのでした。ぴかぴか(新しい)



ツバメ リースリング  2.jpg ツバメ スモークチーズ.jpg ツバメ リースリング 3.jpg ツバメ 鶉卵スモーク.jpg

   今年初のワイン外呑みは、新梅田食堂街の<つばめ食堂>さんでのリースリング3種。

こちらのお店は立ち呑みという業態ですが、ビールはレーベンブロイ、ワインはリースリングに徹底的にこだわっていらっしゃるお店です。
この日に戴いた3種の中では最後の一杯が好い意味での“枯れ感”がある味わいでぐっと来ましたね〜。酒肴として戴いたのはお誘い頂いたI氏チョイスの<スモークチーズ>と<鶉卵のスモーク>。スモークチーズはほんのり甘いカラメル香がクセになるお味で大変美味しゅうございました。ぴかぴか(新しい)



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2014年01月03日

オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ


  2014年、今年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。


  昨年末に公開になっていた本作、年明け早々に鑑賞が叶いました。
『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』(ジム・ジャームッシュ監督)です。
2009年秋・日本公開の『リミッツ・オブ・コントロール』以来、約4年振りのジム・ジャームッシュ監督の新作です。それに大好きな女優ティルダ・スウィントンがメインキャストとあって楽しみにしていました。

シアターが暗転して本編が始まる迄にこんなにドキドキしたのはちょっと久し振りかも、です。大阪ステーションシネマで鑑賞。

story
  吸血鬼でありながら、マルチミュージシャンとして活躍するアダム(トム・ヒドルストン)は、自己破滅的な人間たち(アダムたちは人間達をゾンビと呼んでいる)の振る舞いを憂えていた。そんなある日、何世紀にもわたり愛し合ってきた恋人で吸血鬼のイヴ(ティルダ・スウィントン)が久し振りにアダムの元にやってくる。久々の再会を楽しむ二人だったがイヴの妹エヴァ(ミア・ワシコウスカ)が2人のもとを訪れたことをきっかけに、3人の運命がゆっくりと変わっていく。

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                         ※story、画像とも、映画情報サイトより転載させて頂きました。

 
  オープニング、退廃ムードの重低音奏と映像にシビレます。
あのオープニングだけでももう一回観たい。『リミッツ・オブ・コントロール』のレヴューでも書いていましたが、本作でもジム・ジャームッシュワールドを堪能しました。

「スタイリッシュな映像」とは、ジャームッシュ監督作品を評するうえで一つの決まり文句のようになっていますが、本作もそのワード以上にこの世界を端的に表現する言葉はないのかもしれません(いや、私が単に語彙が乏しいだけなのでしょうけど)。

好きなアーティストたち、音楽、詩文、年代と存在意義を感じさせる美しきモノたち、寂れ滅び行く運命なのに惹かれずにいられない佇まいの街、徹底して愛せるものだけを物語に巧みに取り込んでいて、監督自身の美意識がビンビン感じられるよう。

それでいて、そう、やっぱりユーモア、可笑しみもちゃんと在る。
トム・ヒドルストンのようなビジュアルの人を使ってなんであんなふうに可笑しい画が撮れるのか、、、非合法に血液を調達しに来るシーンなんて笑わせるような台詞なんて何一つ言っていないのに何故だかクスッと笑ってしまうのです。

                        オンリー・ラヴァーズ 1.jpg

イヴを演じるティルダ・スウィントン。
何世紀も生き、既に性を超越したかのような美しくも雄々しいヴァンパイアを演じるのは、中性的魅力に溢れた彼女しかいないようにさえ思えます。
ウエリントン型というのでしょうか、あの大きくて四角いフレームのブラックサングラスがあれだけ似合う女優さんも少ないのではないでしょうか。

何世紀も生きるヴァンパイア。
しかし不老不死ではないのです。ゆっくりと(実にゆっくりと、)老い、図り知れぬ年月を生きた末に死を迎える・・・。 
ヴァンパイアとしての尊厳を失わず、しかしながら人間(ゾンビ)界と共存もせねばならない、そして何より、長い長い年月を生きてゆかねばならない。
一度は心に秘めたアダムの決意が哀しいのです。

汚れた血が増え、生き難くなる一方の世の中で、最後に残るのは恋人たちの愛だけなのかもしれません。 オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ、ですね。ぴかぴか(新しい)



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  実家の庭の南天です。
綺麗な赤いろだなぁと思って撮りました。
南天は「難転」に通じることから縁起木、厄除けとして、お正月に相応しいようです。皆さんにとって、今年がどうぞ佳い年でありますように。

            上喜元.jpg  おでん おいしぃ〜.jpg

  そしてお酒、“スタイリッシュ”に呑み続けたいところですが今年もきっと“ベタベタなお酒好きの相好”でいくのでしょうね。
酒舛さんでの上喜元・純米吟嬢と味の染み込んだアツアツおでん、大変美味しゅうございました。

最後に、本作、細部に面白い映像が幾つか登場していますよ。そうそう、『リミッツ・・・』に続いてジョン・ハートさんが燻し銀的な存在感を放っていらしたのも嬉しかったです。ぴかぴか(新しい)




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2013年12月30日

2013年 MY BEST


  今年もあと残すところ一日となりました。

劇場に通う回数は更に減ってしまっていますが、こうして今年を締めくくる御挨拶を無事に綴れている今に幸せを感じています。
私の周りの多くの方々、出逢った数々の出来事、全てに感謝します、ありがとうございます。

恒例となった「MY BEST」ですが、先述の通り今年は更に新作鑑賞が少なくなって「17本」止まりとなりました。
昨年はそれでも「印象深い作品」として5本を挙げさせていただいたのですが、今年は17作品なので「印象に残る1本」を挙げさせて頂こうと思います。

今年は最後になって「観応えあり!」の作品に出会ったり(宇宙体感!)したものの、どれか一つを挙げるとすれば、やっぱり3月に鑑賞したこの作品です。

   ぴかぴか(新しい)『偽りなき者』 (トマス・ヴィンターベア監督 マッツ・ミケルセン主演 デンマーク映画) 

                       偽りなき・・・.jpg

人間の中に一度芽生えてしまった負の感情の怖さ、自身の尊厳をかけて闘う姿、それらに打ちのめされながら迎えた結末に言葉を失う衝撃を感じました。
この作品は観ていて非常に息苦しかったです。もう一度観るのはつらいと思います。しかしそれでも印象に深く深く残り続けています。


一本と言いつつ、私の中でどうしても捨てがたい「次点」として挙げさせて頂くならこちらの作品でしょうか。

     ぴかぴか(新しい)『愛、アムール』 (ミヒャエル・ハネケ監督)

夫ジョルジュを演じたジャン=ルイ・トランティニャンが素晴らしいです。
妻アンヌ亡きあと、迷いこんだ鳩を捕まえて胸に抱こうとしたジョルジュ、幻影にいざなわれるようにふいと家を出ていったジョルジュ、その映像が忘れられません。



来年も心豊かにさせてもらえる映画にたくさん出会えるといいなぁ。
そして昨年同様、お酒にも感謝感謝!です。美味しいお酒と楽しい乾杯にもたくさん出会えますように。
そうそう、今とっても「観たい!」映画が公開中なのですがどうやら年内は無理のようで、年明け早々に鑑賞が叶いますように・・・と三つのお願いを記しておきます。


           陸奥八仙.jpg  八仙とおつくり.jpg


お越し下さっている皆さま、今年も本当にありがとうございました。
来年がより佳き一年となりますことを願ってやみません。 どうぞ佳いお年をお迎え下さい。ぴかぴか(新しい)



  


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2013年12月24日

ゼロ・グラビティ


  連休の某日、シネパレス山陽座で『ゼロ・グラビティ』(字幕3D)(アルフォンソ・キュアロン監督)観ました。

2013年、宇宙の旅? いいえ本作は高知能CP・HALとの闘いではなく、ここにあるのはただ、自己との - 孤独と恐怖に押しつぶされそうになる自己との - 烈しい闘いなのでした。


story
  地上600kmの上空で地球を周回しているスペースシャトル。今回が初めてのミッションとなる女性エンジニアのストーン博士(サンドラ・ブロック)は、ベテラン宇宙飛行士コワルスキー(ジョージ・クルーニー)のサポートを受けながら船外での修理作業に当たっていた。その時、ロシアが自国の衛星を爆破したことが原因で大量の破片が軌道上に散乱し、猛烈なスピードでスペースシャトルを襲う。衝撃で漆黒の宇宙へと放り出された2人は互いを繋ぐ1本のロープを頼りに、絶望的な状況の中、決死のサバイバルを繰り広げるが・・・。

                      ゼログラビティ.jpg

                      ※story、画像とも映画情報サイトより転載させて頂きました。


※結末に触れる記述をしています。


   絶対的な宇宙の美と、無重力空間で孤立する絶対的な恐怖。

神の創造物としか思えぬ大宇宙を前に、人間は余りに小さく無力です。しかし宇宙との闘いには無力でも、自己との闘いには意志の力が生きてきます。

コワルスキーの助言が宇宙での命綱、生き抜く術となって、ライアンを導いてゆく過程が心を深く打ちます。ライアンの耳に、心に、甦るコワルスキーの声、言葉、想い。

エンドロールでは何故だか泣けてきました。
生還を諦めて死を選ぼうとしたライアンの前に現れたコワルスキー。
それが幻だと分かった瞬間、私の中で何かがポンと抜けてそこに風穴があいたような気分になりました。

ライアンは生きて地球へ還ろうと決める・・・。
ぬかるみの大地を踏みしめ、「重力」の世界に立つライアンの姿は感動的でした。


                      ゼログラビティ1.jpg


  いつもは最後列の最左端がお気に入りの座席ですが、この日ばかりは他の人の気配と入口付近の白々した明るさが邪魔をしました。上映開始後数分、他のお客様に迷惑かなと迷いつつも意を決し、前方に誰もいない最前列の座席へと移動し、スクリーンを見上げてただひたすら映像と音の世界に没頭しました。
本作をご覧になるなら、是非大画面を持つシアターで、できるなら最前列のシートで、たった一人で宇宙の世界に飛んで下さい。

怖いけれど気高く美しい宇宙と、愛とも呼びたい地球の大地が、この映画にはありました。


  エンドロールを見ていてびっくり。
エド・ハリスがヒューストンの管制官として「声」だけのご出演でした。凄いなぁ、贅沢。
しかし何より、ジョージ・クルーニーには惚れなおしました。


                       WWオールドラジェ.jpg

キンキンに冷やしたウォッカが呑みたくなったよ。(劇中のコワルスキーの台詞から)

ウォッカじゃないけれど、これはアルコール度数55°のジン、<オールド・ラジェ>です。オン・ザ・ロックで。
Jazz Bar Wishy-Washy さんでの画。 ガツンとくる味わいでした。







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2013年12月17日

アメイジング・グレイス (BS録画鑑賞)


  BS録画していた『アメイジング・グレイス』(マイケル・アプテッド監督、2006年制作、2011年3月日本公開)観ました。

これって、日本公開まで5年近くかかっているのですね、何故なのでしょう。
おお!って思ったのは、先日主演作を観たのが記憶に新しいベネディクト・カンバーバッチさんがご出演だったこと、、、知らなかった。しかし、本作で「ああ、私この人好きやったんや」と思い出した男優さんがいたことは更なるサプライズでした(後述します)。

story
名曲『アメイジング・グレイス』誕生に秘められた実話を映画化したドラマ。18世紀のイギリスを舞台に、恩師が作詞した『アメイジング・グレイス』を心の支えに、奴隷貿易廃止に尽力した政治家ウィリアム・ウィルバーフォースの人生を描く。
18世紀のイギリス。若くして政治家となったウィルバーフォース(ヨアン・グリフィズ)。彼は同じ志を持つ友人のピット(ベネディクト・カンバーバッチ)と共に、イギリスの収入の多くが奴隷貿易によるものであることに心を痛めていた。現状を打ち破るべく闘う2人だったが、想像以上の苦戦を強いられる。ウィルバーフォースを支えていたのは恩師ニュートンが作詞したアメイジング・グレイス』だった。ニュートンはかつて奴隷船の船長をしていた罪を悔いてこの詞を書いたのだった。ウィルバーフォースはこの曲を心の支えに、政治家として奴隷貿易廃止を懸命に訴え続けるのだったが・・・。

                      アメイジング.jpg

                          ※story、画像とも、映画情報サイトより転載させて頂きました。


  静かに、深い感慨に包まれる映画です。

奴隷貿易廃止運動に、まさに“人生を投じた”ウィルバーフォース。
度重なる挫折と病気との闘い、厚い厚い英国・奴隷貿易の歴史の壁。長い長い年月を掛けて廃止法案を成立させたウィルバーフォースを、留まる事なき攻撃で世を変えた暴力の英雄ナポレオンと比して「義と和の力で世を変えた英雄」と称えたフォックス卿(マイケル・ガンボン)の弁が胸を打ちます。

本作、反奴隷貿易を謳った作品ですが、実際に黒人たちが暴力で支配されている映像は皆無と言っていいほどです。(奴隷だった男性の胸にある焼印と、途中で少しだけ挿入される子どもたちのイメージ映像的な労働シーンのみ。)
もしそれらをもっと具体的に描いていたら本作はかなり違ったトーンの作品になったと思いますが、監督は敢えてそこを映像にしなかったのだと思われます。それはそれで、政治家ウィルバーフォースの「人間」に迫った作品としての一つの完成があったと感じます。

                        アメイジング 1.jpg

唯一、非常に心痛む(というより心潰れる)酷いシーンがいきなり冒頭に出てきます。奴隷貿易と直接には関係のない、一般商人が土砂降りの雨の中で弱った馬車馬を虐待するシーンです。
ウィルバーフォースは自らも死寸前の病状にありながら、豪雨の中、その虐待を止めに入ります。ウィルバーフォースは神を崇める人間として動物愛護の運動も行っていたことが映画の進行と共に分かるのですが、この冒頭のシーンはそんな彼の博愛の精神を物語るものだったと映画を観終わって納得できました。
この馬を救うシーンが、実は動物虐待のみならず人間への虐待をも阻止しようとするウィルバーフォースの精神を描く上でとても意味深いものだったと思います。ここは出来ればもう二度と観たくないほど心潰れるシーンですが、同時に非常に印象深い場面でもあったわけです。

作品のトーンについて先述しましたが、本作は奴隷問題をテーマにしたものながら、清廉でどこか爽やかな印象さえ残すものでした。それは共に歩む友人ピット(ベネディクト・カンバーバッチ)との深い信頼と確かな友情がこの作品の底辺にあったからだと思います。
若くして首相となったピットの立場から一度は二人は袂を分かつ(ように見えた)のですが、やはり根底にある二人の信頼が揺らぐことはなかったのですね。
この二人の友情が18世紀後半の英国の凛とした美しい風景と相まって、とても清々しい印象をもたらせてくれました。
時としてユーモラスな空気も。
英国流の機知にとんだ会話やちょっと皮肉っぽいジョーク、上流階級の人間たちを品良く笑いのネタにした場面など、重いテーマに少し息をつかせてくれたところもありました。

                        アメイジング ルーファスさん.jpg

最終的に勝利を勝ち取った手法が正攻法ではなく敵を欺く作戦であったことも史実として非常に妙味深く、しかし考えてみれば、利権に裏打ちされた人間を「(反奴隷貿易制度に)YES」と言わせる方法としては、実はこれが最も正攻法であったと言えるのかもしれません。

数え切れぬ困難を乗り越えてやっと勝ち得た勝利のラストに、重なるアメイジング・グレイスの曲が感動的です。
バグパイプの音色が深く静かに心に沁み込むのでした。


  主演のヨアン・グリフィズは勿論いいのですが、ベテラン俳優と言われる方々も名脇役としてご出演です(マイケル・ガンボン然り、ニュートンを演じたアルバート・フィニー然り)。
私的には、(ベテラン俳優さんではありませんが)運動仲間のクラークソンを演じたルーファス・シーウェルが目を引きまして、「このひと何度か観たことがある!」と思ってネットで調べるとやはり何作品か出演作を観ていて、中でも『トリスタンとイゾルデ』は拙ブログ記事でベタ褒めしてました、私。ベタ褒めしてた割には今作では「観たことある!」っていう程度になってるあたり、何とも失礼な話ですよね(冷汗)。でもやっぱり本作でも“心魅かれた”わけですからルーファス・シーウェルさんの良さは同じなのでした〜。


                       まんぼう 地酒.jpg

  もう今年もカウントダウン状態。

人生の大先輩諸氏の某忘年会に呼んで頂いてすっかりご馳走になった画。 
この美酒、そのお店オリジナルの純米吟醸で、大変美味しゅうございました。ありがとうございました。ぴかぴか(新しい)






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2013年12月11日

ジンジャーの朝 さよなら、わたしが愛した世界


  元町映画館で『ジンジャーの朝 さよなら、わたしが愛した世界』(サリー・ポッター監督)観ました。

先月に十三のナナゲイで上映されていた時には諸事情で行けず見送りかと思っていたところ、コメントを交わさせて頂いているブロガー・ゆるりさんに元町映画館での上映情報を戴いたのでした。ゆるりさん、ありがとうございました。

サリー・ポッター監督といえば、大好きな映画『オルランド』の監督さん。『耳に残るは君の歌声』も詩情あふれるタッチが印象に残っている作品です。今作にも期待。


story
  冷戦下の1960年代ロンドン、ジンジャー(エル・ファニング)ローザ(アリス・イングラート)は何をするのも一緒の幼なじみ。思春期を迎えた二人は学校をさぼって宗教や政治、ファッションについて議論し、反核運動に興味を示すなど青春を過ごしていた。しかし、ローザがジンジャーの父親ローランド(アレッサンドロ・ニヴォラ)に恋心を抱いたことや反核運動への意見の相違から、二人の友情に溝が広がっていく。

                        ジンジャー2.jpg

                    ※story、画像とも、映画情報サイトより転載させて頂いております。


※結末に触れる記述をしています。


  いきなりの、1945年ヒロシマの上空に炸裂するキノコ雲の映像に驚きます。
これと時を同じくしてこの世に生を得た二人の少女の(とりわけジンジャーの)、これから彼女がもがきながら生きる不安定な時代を予感させる幕開けでした。

キューバ危機を背景に、核戦争と人類滅亡の恐怖が多感な少女の不安定な情緒をとらえ増幅してゆく様子が、透明感のある美しい映像と触れるのが怖いほどのキリキリした空気感の中で描かれていきます。

多感な17歳。
ナイフのように鋭利に、本人さえ気付かぬうちに周囲を傷付け、また容易に傷付けられもする頃。ジンジャーとローザは幼なじみの枠を超えてまるで一卵性児のように全ての行動を共にするのですが、それぞれの根本的な相手との相違点に徐々に気付かされることになります。均衡を失い始める二人。

ジンジャーは両親の決定的な不和とノイローゼ傾向にある母親からの過干渉、ローザは幼少時からの父親不在と経済的にゆとりのない家庭、それぞれに抱える家族の問題が、二人の成長に伴い、彼女らの日々によりいっそうの不安定感を与えます。
二人ともごく一般的な幸福の匂いがする家庭に育っていないということが、彼女たちの心をより過敏たらしめている気がしました。

サリー・ポッター監督はそのあたりを繊細に且つ鋭く切り取って見せてくれています。ジンジャーは詩を綴ることに没頭し、彼女の独り語りの言葉が、この作品そのものをどこか詩的な空気で包んでくれている感じでした。

                      ジンジャーの朝.jpg

ジンジャーとローザを分かった決定的な出来事。
ヨットでジンジャーが感じ取った父ローランドとローザのただならぬ関係。無神論者で自由主義を説く思想家のローランドですが、あの一連の行為は娘ジンジャーへの暴力と言っても過言ではないと私は思います。それを自由恋愛というなら自由の意味をはき違えているし、彼が最後に「すまなかった」と謝ったことがより一層罪深いことに感じられました。思想家であることに酔っているだけの思慮浅いローランド、せめて娘の前だけでも思想家としての毅然とした姿勢を貫き通す厚顔さが欲しかったです。怒りを通り越して憐れにさえ思えたのは哀しかったです。

ジンジャーの迎えた朝は、それまで敬愛していた父ローランド、いつも一緒だと信じていた親友ローザ、そんな二人からの独立だったと感じますが、更にもっと大きな「何か」からの旅立ちではなかったかと。
「何か」とは何か。
核兵器廃絶運動と一夜の投獄、社会情勢に無関心な若者たち、無軌道に手当たり次第にぶつかってきた過去の自分、そんなのを通してジンジャーが見た、「この世の中」という不確実な世界からの、いわば孤高な旅立ちでもあったのかもしれません。17歳にしてある意味「悟った」ジンジャーの表情、怖いほど綺麗でした。


  エル・ファニングには表現力と見惚れるほどの美に文句なく拍手!ですが、ローザを演じたアリス・イングラートもなかなかの女優さんだと感じました。ジンジャーとの微かな心の溝をジンジャーを見る眼差しに微妙にひそませた表情など、ちょっとゾクッとした瞬間もありました。聞けばジェーン・カンピオン監督のお嬢さんだとか。(父親はコリン・イングラードという映像作家とか。)環境が育む才能っていうの、やっぱり大きいですね〜。


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  そうそう、元町映画館で今度(来春くらい??)ミカ・カウリスマキ監督(アキ・カウリスマキのお兄さん)の新作映画『旅人は夢を奏でる』が上映されます。ミカの作品は『GO!GO!L.A.』(1998年)しか観ていないので、これは観ておきたいところですが・・・行けるといいな。
そんなこんなを考えつつ、元町の出来立てほやほやの某店にて熱燗。 熱燗の御代わりをして独りサク呑みは滞在時間30分。




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2013年12月05日

明りを灯す人 (BS録画鑑賞)


 BS録りしていた『明りを灯す人』(アクタン・アリム・クバト監督・主演)観ました。
キルギス・フランス・ドイツ・イタリア・オランダ合作映画ですが、舞台はキルギスの小さな村です。

2011年秋の公開時には気になりつつもスルーしてしまった本作。
ひっそりと公開が始まりひっそりと終映されたような感があります。当時はさほど大きな話題も呼ばなかった(と思う)こういう映画を、BSで早々に取り上げてくれるのは嬉しいことです。

story
  中央アジア・キルギスの田舎には、村人たちに親しみを込めて「明り屋さん」と呼ばれる電気工の男(アクタン・アリム・クバト)がいた。人のいい彼はアンテナの調節からちょっとしたトラブル解決まで何でも引き受けていた。時には貧しい家のために電気メーターを細工して無料で電気が使えるようにしたり。村人のために一生懸命働く明り屋さんの夢は、村の電力を手作りの風力発電でまかなえるようにすることと、息子を授かること。そんなのんびりした時間が流れる村にも、時代の波が訪れようとしていた。ある日、メーターに細工をしていた彼は警察に連行され・・・。

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                          ※story、画像とも、映画情報サイトより転載させて頂きました。


※結末に触れる記述をしております。


この映画を観て、初めてキルギスという国を地図で確認した私です。
地図で確認するまでは漠然と“多分あの辺り?”くらいにしか分かりませんでしたが、東側の隣国は中国なのですね。どうりで、モンゴルの映画『トゥヤーの結婚』で出てきたゲル(丸い小屋造りの家)に似たような建屋が本作でも見られました。
中国との国境には天山山脈が延び、南隣りのタジキスタンへはパミール高原が広がり(←この辺りは Wikipedia 情報です)、手つかずの自然がたくさん残っている国のようです。ソビエト連邦からの独立国家ですが人々の顔や姿形はモンゴル系で、日本人とどこか似ているところも。(明り屋さんなんて、“人が良くて柔和な泉谷しげる”って感じがしないでもないですし。)

沖縄時間というのがあるようにこの地にもキルギス時間っていうのがありそうな、実に長閑で牧歌的な空気に包まれています。明り屋さんも朴訥でとにかく人が良くて、「貧しい人にも明りを」という純粋な思いでメーターを細工しちゃう・・・だから『THE LIGHT THIEF』(明り泥棒)という原題は的を射ていない気がして、本作に関しては邦題のセンスの良さを感じました。

骨董品級に“いいおじさん”の明り屋さん。 彼をめぐる出来事の数々が時にユーモラスで時に幻想的で、このまま柔らかい空気感の中で明り屋さんや明り屋さんの住む村の行く末を見ていたいと思うのですが、、、そうはいかないのですよね。

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富める都会と貧しき村、搾取する者、される者。明り(電気)を巡る政治的利権と、暴力的になだれ込んでくる開発資本(かなりダーティーな匂いもする)。
辛うじて村を支えてきた村長の死のあとは為す術もなく、明り屋さんが時の流れの中でそれこそ“もみくちゃに”される様子がとても心にイタイです。
ほのぼの感あふれるオープニングから最後にああいうシーンを迎えることになるとは思ってもいず、ある意味衝撃でした。

手造りの風車がカタカタと回って軒先につるした電球が微かに赤く灯る、ラストのあの画は明り屋さんの命の灯火だったのでしょうか。
暮れなずむ薄闇の中での仄かな明りが、あまりに哀しいラストでした。

エンディングで映される、自転車を駆る爽快な走りは誰なのでしょう。顔だけが映っていないのです。在りし日の明り屋さんなのでしょうか。もしかしたら、明り屋さんと何度か関わりのあった「あの少年」が成長した姿なのでしょうか。 あの少年は“明り屋さんそのもの”だったと思うので。
とにかく、エンディングのこの自転車の映像がとても救いとなりました。


  アクタン・アリム・クバト監督はネットで調べてみると本作が長編三作目で、味わいのある佳品を撮って来られている監督さんのようです。
長編一作目の「あの娘と自転車に乗って」は、題名から“そこはかとないノスタルジー”が感じられてそそられます、観てみたいです。先述の通り、監督さんのお顔立ちは柔和な感じですが、本作の撮影は結構苛酷さが伝わってきましたよ。やっぱり監督魂は半端じゃないのでしょうね。
最後の湖でのシーン、一頭の馬がめちゃめちゃ可哀想でした。
骨折してないやろか、耳に水が入ったんとちゃうやろか、、、映画作りって厳しぃ〜。


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熱燗の美味しい季節ですが、ちょっと品を変えてこの日はジム・ビームのハイボールです。
ちょっと濃く作ってあって美味しかったです。

劇中で泥酔した明り屋さんがあらぬことを口走るシーンがありましたが、そういえばキルギスではどんなお酒が呑まれるのでしょうね。









posted by ぺろんぱ at 20:10| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2013年12月02日

3年連用日記帳更新、取り敢えず感謝


  3年前(2010年)の11月にいつもの<連用当用日記帳>を買ってから、さらにまた3年が経ちました。
今年は3年ごとの日記帳を新調する年です。

前回は博文館のものと迷いましたが今年は迷わず高橋書店発行のものを購入。 晴れて8冊目に突入です。


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いっときは止める事も考えた日記でしたが迷いを乗り越えられた今は、ただただ、生きてる限りは日々のことを綴っていければいいなと思ってます。
華やかなドラマなど何もない毎日ですが。
もやもやと思い悩むばかりの毎日ですが。
酔っ払ってばかりの毎日ですが。

世の中いろいろあるし、事故やら病気やらの可能性も考えると生きて日記を綴れることが殆ど奇跡のようにも思えてきます。今のこの時を感謝しないといけないですね。



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友との語らいにも感謝。
時間、ココロ、そして美味しいワインもありがとう。


これから先日BSで録画していた映画(80分の映画、キルギスを舞台にしたものです)を観る予定です。 レヴューはもうちょっと先になりそうですけれど。

みなさん、どうぞ佳い日々を。 ぴかぴか(新しい)







posted by ぺろんぱ at 19:42| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記

2013年11月26日

僕が星になるまえに


  シネリーブル梅田で『僕が星になるまえに』(ハッティー・ダルトン監督)を観ました。

シアターのある新梅田シティでは恒例のクリスマス・カーニバルが開催されて、好天の日曜とあってカップルやファミリーで賑わっていました。 今年もあとひと月余りなのですね。

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さて、映画。ぴかぴか(新しい)

story
   29歳の誕生日を迎えたばかりの青年ジェームズ(ベネディクト・カンバーバッチ)は、末期ガンを患い余命いくばくもない。彼に「世界で一番好きな場所」に連れて行ってほしいと頼まれたマイルズ、デイヴィー、ビルの3人の親友たちは、体の自由が利かなくなっているジェームズをカートに乗せて旅立つが、旅は思いがけないトラブルの連続だった。やがて目的地を目前にジェームズの病状が悪くなり・・・。

                       ※story、画像とも、映画情報サイトより転載させて頂いております。


※結末に触れる記述をしております。


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   ベネディクト本人によるずっしりと心に響くナレーション、夜明け間近のほの暗い海に佇む若者の後ろ姿。
邦題のセンチメンタリズムを吹き飛ばすような、“ただならぬ展開”を予感させるダークトーンのオープニングに思わず引き込まれました。

ジェームズ、マイルズ、デイヴィー、ビル、4人の旅は華やかに幕を開け、まるで男子校の修学旅行のような悪ふざけやはしゃぎっぷりが続くのですが、時折何かしら不穏な空気をはらんだカットが挿入され、この旅のゴール、いいえこの旅そのものがひどくキケンなものに感じられて心がざわつきました。

主人公はジェームズなのでしょうが、彼と旅をする3人の仲間たちの個性が其々にしっかりと描かれていて(そして3人とも違う魅力があって)加速度的にスクリーンに引き込まれてゆくのでした。
ジェームズを一つの「主題」と見立てた、実のところはこの3人が本当の主人公なのではないかとさえ思えました。

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旅を進めるにつれ衰弱してゆくジェームズ。
自身の運命を嘆いてか辛らつになるジェームズに「お前の人生は薄い紅茶のようなもの」と詰られたり、適当な生き方を非難されたり、彼ら3人にとっては結構凹む旅路だったりするわけです。ジェームズの言葉が発端となって仲間内で衝突を繰り返し、殴り合いの喧嘩までしながら、それでも旅を続けてゆく彼ら。アクシデントでカートは荷物ごと海に落ち、彼らは疲労の極致でドロドロの様相で、殆ど身一つで目的地へと辿り着きます。

旅を通して彼らは幾度も自身と対峙し、ジェームズに迫る「死」と自分たちの「生」を見つめることになったはずです。彼らはその数日間で、結果的には確実に自身の人生を少なからず前向きに見つめられたはずだと。かたやジェームズは確実に自分の「ある想い」を胸に固めつつ、一歩一歩「死」に近付いてゆく旅路なのでした。
同じ旅が誰かにとっては「生」を、そして誰かにとっては「死」を見つめることになる両方の側面を持つことの、なんと皮肉なことか。

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・・・ジェームズが密かに持っていた旅の本当の目的。
それは全く罪深いものでした。
苛酷な旅を続けさせた友人たちに、最後の最後に一生下ろせない重い荷を背負わせたことになりはしないでしょうか? 末期癌で死にゆく身とはいえ、そこまで他人の人生を巻き込んでしまうのは余りに身勝手ではなかったでしょうか? そんな疑問が去来します。 彼らはおそらく生きている限りあの時の選択の是非を自問自答し続けることでしょう。

しかしその罪深い要求は、苛酷な旅を共にしてきた彼らだからこそ受け止めることができたのだと思います。実は最も互いの心に溝があったように感じていたマイルズが「見届ける」ことになった結果に、私はジェームズよりもマイルズのために泣きました。


この旅の目的がどんなに罪深いことであっても最後までこの映画に寄り添えたのは、ジェームズと友人たちの関係性とキャラがしっかり描かれていたことと、やはり演じる役者さんたち自身の個性と魅力に他ならない気がしました。もっといえば、演じる役者さんの魅力がそのままこの作品の美になっていたと思います。

主演のベネディクト・カンバーバッチ、マイルズ役のJ・J・フィールド、デイヴィー役のトム・バーク、ビル役のアダム・ロバートソン、皆さんに拍手です。「青年」と呼ばれる年齢を過ぎようとしている過渡期の男性像を、少しの疲弊と翳りと圧倒的な清潔感でもって表現してくれていました。
つらく苦しいけれど、彼ら4人にだけ理解のできる「ある一つの完結」は在ったのかもしれないですね、あのラストには。


☆最後に一言だけ、なにか違った先入観を与えてしまう邦題は残念です。
原題「THIRD STAR」は、ちゃんと意味を持つタイトルだったのでそのままの方がずっと良かった気がします。



       繁舛 大吟.jpg     遊補 純吟.jpg

 さてさて、最近いただいた和酒で「!」付きで美味しいと思ったもの、2アイテム。
それぞれ違うお店で饗されたお酒ですが、一つは「繁舛 大吟醸 生々」、そしてもう一つは「遊穂 山おろし純米吟醸」です。前者はとにかく私好みの生酒の香立つ芳醇なお酒、後者はご店主の弁を借りれば「今年は格別の出来」とのことで、味わい深いのに非常に喉越しが綺麗なお酒でした。

今年もあと残り一カ月。 さらなる美酒に出会いたいですね〜。かわいい









posted by ぺろんぱ at 21:07| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2013年11月19日

ドライブ・マイ・カー、そして『なぎさ』(山本文緒)


   村上春樹さんの新作短編小説『ドライブ・マイ・カー』が今月9日発売の「文藝春秋」に掲載されました。
こちらは既に読了。 春樹さんの小説の中でも少ない“リアリズムを追求した小説”の部類に入るかと思うものの、読んでいてふと『ねじまき鳥クロニクル』や『ダンス・ダンス・ダンス』を想起させられたあたり、もしかしてこの物語がいつか長編に化けるとするならばパラレルワールドが展開する“非リアリズムの物語”になると言えるかも知れません。そういう余韻を残す作品でもありました。
短編ですがそれなりにしっかりした長さはあり、始まりからエンドまでしっとりとした筆致で読ませてくれるこんな物語も秋の夜長にはイイものでした。
まぁ『ドライブ・マイ・カー』についてはサラッとこんなところで。



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 今回のメインテーマは『なぎさ』(角川書店 山本文緒著)です。
春樹さんの短編を読むために買った「文藝春秋」に山本文緒さんの新刊情報が掲載されていて嬉しい驚き。
山本文緒さん、実に15年ぶりの長編です。(注:1998年の『恋愛中毒』以来と考えるとそうですが、1999年の連作長編『落下流水』以来と考えると14年ぶりということになるかと思います。)
山本文緒という女流作家さんの名は拙ブログで多分村上春樹氏に次いで登場頻度の高い作家さんです。直木賞受賞(『プラナリア』)以来いろいろあったようで、エッセイや短編集は出されれば勿論読ませて頂いていたものの長編小説の刊行は本当に久しぶりです。
15年かぁ、、、人間の「一生」を鑑みるに、それは結構長い年月と言えます。 それだけに、山本さんのその年月に思いを馳せます、そして作品への期待は膨らんでいます。

山本さんの長編小説は、読むのに烈しい痛みを伴うこともありながら登場人物たちへの著者の深い慈しみを感じずにはいられません。
昨日の帰りにJ書店で購入、読みかけだった乃南アサさんの小説を中断して(乃南アサさん、すみません。知り合いじゃないけど一応謝っときます。『なぎさ』を読み終えたらまた戻りますね。)早速今日から通勤に携行してページを繰っています。はい、気合い入ってます。 この気合、この期待が裏切られることは多分無いであろうと信じます。



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  さてさて、期待度が高かっただけに少し残念だったのはこちらの乾杯(お店スタッフさん方のなんとなくの足並み不揃いさを感じてしまい…)。グランフロント某店。素敵なお店構えなのに残念に思いました。いつかもう一度お伺い? いえいえ、お店との出会いは一期一会ですものね。
御一緒させて頂いた御方との乾杯はそういうのと無関係に楽しく佳き時間でした。ワインとチーズ盛合せはとても美味しくいただきました、ありがとうございました。


そうそう、BSフジのドラマ『猫侍』情報を朝日新聞でゲット。知らんかった、、、観なくちゃ。かわいい





posted by ぺろんぱ at 21:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記