2014年10月29日

69 sixty nine 、 ヒュウガ・ウイルス


 街にはコート姿がちらほら。ロングブーツ姿もちらほら。あっという間に冬ですか。「立冬」も間近。

前回記事の『ヒゲのウヰスキー誕生す』は、竹鶴夫妻の人生譚であると同時に日本でのウイスキー誕生譚でもあり、また鳥井信治郎氏(サントリー創業者)と竹鶴氏(ニッカ創業者)のそれぞれの経営理念(の相違)譚でもありました。いろいろ勉強になりました。

ということで今は再びどっぷりと龍ワールドに浸かっています。
村上といえば春樹だった私ですが、人生何があるか分かりませんね。いえいえ、私はこれからもやっぱり“春樹小説は永遠のもの”です。


『69 sixty nine 』(村上龍著・文春文庫)は既に読了しましたが、現在は『ヒュウガ・ウイルス』(同著・幻冬舎文庫)を読むと共に『69』も再読しています。

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( 69 sixty nine はこんな本 )
 1969年。安田講堂事件が起き、東大は入試中止。アポロが月に行き、ビートルズが「アビーロード」を、ローリング・ストーンズは「ホンキー・トンク・ウイメン」をリリースした。ベトナム反戦運動が高まり、基地の町・佐世保で、僕は高校をバリケード封鎖した。明るく楽しく生きる精神のエネルギーに満ちた日々を描く、永遠の古典。(ブックカバー裏面の解説より転載させて頂きました)

こんなに楽しい小説を書く人だったのですね、龍さん。 これはサイコーの青春小説だと感じました。
ある種の美化はあるでしょう。でも小説なのだからよいのです。
龍さんの表の部分もあれば裏の部分もあり、輝いてパワフルなだけじゃない、陽のあたっていない籠ったものの存在も感じ取れます。でもそこが私には魅力的でした。
それこそ10代だった頃に出会いたかった一冊ですがその頃には未だ本書は書かれていないわけで、これが刊行された1987年にさえ手に取る事が無かった私には所詮「後の祭り」でしかありません。あ、この「祭り」が一つのキーワードです、この小説。
結局2014年の今、人生の折り返し地点をとうに過ぎた年齢で読んだわけですが、今読んでもこの小説はとても楽しくてワクワクしましたし、不思議な力も貰えました。
今だから分かることも。
それは例えば、主人公が好きだった女の子が語った「うち、ブライアン・ジョーンズの、チェンバロの音のごたる感じで、生きていきたかとよ」の言葉。そのように生き続けることが実はとても難しいことだということが、若くはない今だから分かるのかも。この年齢で読んだからこそ「サイコーの青春小説」と思えたのかも知れません。
しかしどうしようもない悲しさも残りました。
それは龍さんの「あとがき」の言葉を借りれば、「時間的資源はある、だがどんな時代でも若者は無力だ」という若者の時代をとっくに通り過ぎて、今は「時間的資源も失くしつつある、無力なままの大人」になってしまった自分をひしひしと感じたからです。

『ヒュウガ・ウイルス』は未だ半分にも達していないところ。『五分後の世界』、時空のずれたあの世界のその後を知りたくて手に取りました。いまのところは「五分後の世界」ほど手強くはないですが、それでも、脳にムチ打ちながら読んでいます。

余談ですが、いま仕事で一番連絡を取る機会が多いのが某社の村上(さん)姓の女性です。「村上」で明け、「村上」で暮れる今日この頃です。


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先週ヘヴィーな二日酔いを体験したというのに懲りない私は美味しい冷酒をいただいております・・・の画。
「資源」とはもう呼べない枯渇しゆく時間のなか、しかしそれが続く限りはアルコールと仲良く付き合っていきたいです。
そのためにも心と身体をうんと労わっていかねば。皆さまも、どうぞご自愛くださいませ。


posted by ぺろんぱ at 19:27| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2014年10月19日

『五分後の世界』補足、そして『ヒゲのウヰスキー誕生す』

 
 秋の清々しさは心地よいものですが、早朝の空気は冷気をはらんできましたね。
寒さが苦手な私には油断のならない季節になってきました。

温か〜いお酒が恋しくなる頃です。熱燗、焼酎のお湯割りに加えて、今年はウィスキーのお湯割りもイイですね。マッサン、エリー、頑張って!


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またしても「前回の記事に補足」から始めます。
『五分後の世界』は、延々と続く戦闘シーン(ワカマツ・ライブの暴動シーンも然り)に神経が麻痺しそうでした。俯瞰して捉えるのではない、主人公・小田桐の目に映る全てのモノの存在を凝縮された時と空間に間近に捉え、物質一つ一つの組織・細胞までもが蠢いているかのように、瞬きすることなど一切ないかのように目を凝らし果てしなく執拗に描き続ける文体。
ある種の危険な薬をやる人にはとにかく五感が研ぎ澄まされる瞬間があり、(幻覚・幻聴とは違って)本来見えないものが見えたり一般には聞こえない音域の音まで感知してしまうことが起こりうると何かで読んだことがあるのですが、これを読んでいるとまさに龍さんがそういう状態で書いているのではないかと思ってしまうくらいでした。勿論違いますけれど。

しかしそんな延々たる文章の中に村上龍さんが追い求めているものはたった一つで、それは「国のあり方と人間の生きるべき姿」だったと思います。
あまりに微に入り過ぎて複雑ともとれる文章と比して、それはもうシンプルなまでに混ざりけなく。または圧倒的に迫り来る大きな烈しい世界観に比して、それはもうコンパクトなまでに直接的に。
その政治的思想の是非、或いは賛同できるか否かは別として、地鳴りのように響いてくる文章はパワフルで、読んでいて、人生に迷っている若者が今これを読んだら「よし俺は中東に行って闘おう」とか思ってしまうかもしれないな、と感じたりしました。

政治的思想と書きましたが、以前に読んだ龍さんの幾冊かでは特にそれを感じることはなかったのは何故だろう、、、それに、もう少し追ってみれば違うものも見えてくるかもしれない、、、。
そんな想いで次は『五分後の世界』の続編とされている『ヒュウガ・ウイルス』か、『希望の国のエクソダス』か、トーンを変えて『69 sixty nine 』とか、とにかくその辺りをいってみようかなと思っています。


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が、その前にこの一冊に出会ったので今はこちらを読み進めています〜。
前記事にコメントして下さったビイルネンさんのご紹介で『ヒゲのウヰスキー誕生す』(川又一英著・新潮文庫)を今は日々携えています。


(こんな本)
いつの日か、この日本で本物のウイスキーを造る――。大正7年、ひとりの日本人青年が単身スコットランドに渡った。竹鶴政孝、24歳。異国の地で、ウイスキー造りを学ぶ彼は、やがて生涯の伴侶となる女性リタと出会う。周囲の反対を押し切って結婚した二人。竹鶴は度重なる苦難にも負けず夢を追い、リタは夫を支え続けた。“日本のウイスキーの父”の情熱と夫婦の絆を描く。増補新装版。(ブックカバー裏面の解説より転載させて頂きました)

NHK朝ドラ『マッサン』を見ているのでとにかく読める読める、面白いです。
勿論、ドラマとは全く別ものですので、誇張も奇をてらった表現もない正統的な竹鶴氏とリタ夫人の人生譚です。表紙を繰っていきなり現れる竹鶴政孝氏のテイスティング姿の写真には感動に近い想いが沸き起こりました。
過激な小説で脳に鞭打つのはちょっとお休みして、幸せな気分に浸って読みたいと思います。ピイルネンさん、ご紹介くださりありがとうこざいました。



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そして今日の一枚はニッカウヰスキーの〈 竹鶴 ピュアモルト〉。マッサンのウイスキーです。
実家帰りの週末、近隣の酒屋さんで買ってきて早速に開栓。
先ずはショットグラスに注いでストレートで。

うん。香はチェリーを思わせる仄かな甘さ。口に含めばその甘みが滑らかに拡がり、喉越しの瞬間には微かなスモーキー感も。まさにハンサム・ウイスキーだと感じました。美味しゅうございました。

秋の夜は深し。
『深夜食堂・3』もいよいよ始まります。かわいい




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2014年10月03日

今の小説二冊、そして「マッサン」のこと


空が澄んで、高いです。

青い空と浮かぶ雲に手が届きそうなくらいに近かった、あの日のたくさんの人たち。
心からご冥福をお祈りいたします。


  もう少し早くに訂正したかったのですが今になってしまいました、前記事の『空港にて』のタイトルに付いての私見。
全て読み終えてみて分かったのですが、収められている短編は全て、主人公たちが(何らかの状況に精神的に逼迫、或いは疲弊し)海外へ旅立つことに自らの拠り所を求めるというシチュエーションになっていました。全編それぞれに、何らかの形で海外へ向かうことになる主人公たちがいました。最後の一篇(「空港にて」)はまさに旅立つ直前の一人の女性の姿が描かれていて、ストーリー的には全く何の繋がりもない全八編の作品が、「空港にて」の一篇で一気に引き合い昇華されたかのような、「空港にて」が全篇の象徴でもあったかのような、そんな想いに包まれました。単に「空港にて」に“思い入れが強かった”だけでは決してない、主人公たちの希望にも似た、著者の新たな想いで付されたタイトルだったのではないかと感じた次第です。
前記事の私見を訂正します。


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そんなこんな(どんな?)の今、私の併読中の二冊『みなさん、さようなら』(久保寺健彦著・幻冬舎文庫)と『五分後の世界』(村上龍著・幻冬舎文庫)です。「みなさん、さようなら」は近年に映画化もされましたね。
どちらも引き込まれてしまって(『みなさん、さようなら』は中盤を過ぎた辺り、悟が何故団地を出られなくなってしまったかが分かってからグンと。『五分後の世界』はもう最初っからとにかく異次元の物語世界に飛ばされてしまい、村上龍すごい、と思いながら読んでいて)、どちらか一冊ずつに集中して読もうと何度か試みたのですが、どちらも一旦中断というのが出来なくなってしまいました。このまま二冊併読で読了へと進みます。

 さて、NHK朝ドラ『マッサン』が始まりました。
美味しいウィスキーを呑みたくなります。みゆきの唄う主題歌「麦の唄」もまことによろしいです。(11月12日にみゆきの最新アルバム『問題集』が発売予定です)
夜、その日の「マッサン」の録画をゆっくり再生しつつ、今度はニッカの<竹鶴><余市>それに<スーパーニッカ>なんかを改めて味わってみたいものだと思っています。


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この掲出画像はバーボンですが。
大好きなワイルド・ターキーをワイルドにオン・ザ・ロックで。 ちょっとモノクロームに加工してみました。
モノクロ画像を改めて見てみると、小説の世界と同じで異次元の世界みたいで現実感が希薄になり、現実世界の「今」ではすっかり酔っているのに何だかまだまだ呑めてまだまだ酔えそうな気がしてきます。イケマセンネ。


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2014年09月15日

秋の一日、という時間


秋の風が吹いていますね。

定期的に訪問している某所にはいつも何かしら手作りの装飾品が飾られています。

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これ、手で触るまで生花のアレンジだとばかり思っていたのですが、花びらに触れてみたら造花でした。でもとても綺麗。小さくて可憐な感じが素敵です。生花は花粉などにアレルギーを持つ人がいらっしゃるから造花の方が安心安全のようです。
柔らかな秋の陽が射しこむ明るい部屋でこの花たちを見ていると心も柔らかくなっていきます。

さて、また今回も映画鑑賞のレヴューが挙げられず仕舞いという体たらく。
代わってここのところの読書記録をちょっとだけ。

■前記事の流れで先ずは『村上春樹、河合隼雄に会いにゆく』を再読。

河合氏の『無意識の構造』を読み終えた後でしたので、初読時以上に面白く、一つ一つの言葉が沁みていくように読めました。

■とあるエッセイに出会う

『村上春樹、河合隼雄に会いにゆく』の中の記述から『心臓を貫かれて』(マイケル・ギルモア著 村上春樹訳)の再読にとりかかりましたが、途中で何故かいきなりの千原ジュニアさんのエッセイ『うたがいの神様』(千原ジュニア著、幻冬舎よしもと文庫)を併読することに。
某新聞のコラムニストさんがこの本の中に書かれていた一節に触れておられて興味を持ったのでした。その一節とは「頭の中がきたない人が書いた文章は新聞なんかを読んでいても直ぐ分る」という意味のもの。ここでの「頭の中がきたない」というのは「整理されていない」という意味です。つまり、想い出や記憶(ジュニアさんの場合は「ネタ」になるエピソードなんかも)の引き出しがきっちり整理されていない、という意味です。ふ〜ん、なるほど、と。
読んでみて、私は千原ジュニアという人を見る目が随分変わりました。すべてに賛同ではないですが、ここまで持論を正々堂々と打ち出せる彼に好感が持てて小気味よかったです。この人は優しい人なんだろうなぁと感じたことも。

■次は『14歳』(千原ジュニア著 講談社)を

これはもうジュニアさん繋がりで。彼が初めて書いた自伝小説で、引きこもっていた頃とそこから抜け出すに至った出来事が綴られています。小説といっても詩のような文体で瑞々しい印象を受けます。各章のトビラに描かれている挿絵もジュニアさんによるものです。
彼は幼くして自らの「特別性」を強く感じていたのだと思います。自分は他と違って何かを成す(或いは成すべき)人間なのだという自負が強かったように思えます。だから引きこもっている身でありながら彼の中に私は闘争心を凄く感じました。けれど、おそらく14歳という器が彼には小さ過ぎて、それがとても苦しかったのではないかな。繰り返し描かれている「スナアラシ」と「虫たち」は彼に寄り添う友でもあり、彼を暗闇の世界に引きづり込もうとする敵、いや、影の自分でもあったのかな。
家族、とりわけお兄さん(千原靖史さん)の存在は大きいです。ジュニアさん、貴方の人生で闘う貴方だけの武器が見つかってよかったね。

読んでいて、『うたがいの神様』に「パソコンのある時代に14歳を迎えていたら、もしかしたら僕は一生あの部屋(引きこもっていた部屋)を出れなかったかもしれない。ネットでは引きこもったままでいくらでも外の世界と繋がれるから。」と書かれていたことが思い出されて一瞬背筋がゾクッとしました。文明の功と罪はこんな小さなところにもあるんだなって。

■そして『ピンクの神様』(魚住直子著、講談社文庫)も

『うたがいの神様』とタイトルが神様つながりなのは全くの偶然です。あらゆるシーンでの女性同士の人間関係が綴られた短編7篇。
リアルな題材がとてもリアルに(同性の目線で等身大に)描かれていて、読んでいてあまりいい気持はしなかったのは確かですがどの物語も最後に希望が見出されていてそこは救われました。読んでいて「神様は(結局は)自分自身の心の中にある」という言葉に思い至りました。

■今は『空港にて』(村上龍著 文春文庫)を現在進行形で

8篇の短編から成る一冊。初刊の単行本のタイトルは『どこにでもある場所とどこにもいないわたし』で、このタイトルこそが本書の内容を実に絶妙に表現しています。文庫化にあたって『空港にて』に改題されたそうですが、元のタイトルがとてもしっくりくるのでどうしてかなぁ、と。しかし「空港にて」は本書に収められている短編の一篇のタイトルで、10年ほど前の村上龍自身による言葉で「(30年以上に及ぶ作家生活で)最高の短篇を書いた」という作品であるらしく、思い入れが深かったということでしょう。
とにかくこの短編集、物語と呼んで良いのかどうか、、、それぞれの場所でのそれぞれの「凝縮された一瞬の時」が無限大な広がりで描かれていてとても不思議な感覚に陥ります。「空港にて」の一篇は本書の最終話として収められているので、それに出会うのはもう少し後になります。楽しみです。

本書読了後は春樹さんならぬ龍さんの世界を追って行くのもいいなぁと今思っています。


さて、読書記録のあとはアルコール記録も忘れず挙げておきます。
「シネマで乾杯!」は今や「読書で乾杯!」の様相ですからせめて乾杯の画だけは残しておきますね。

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こちらもかなり久々に訪れた、兵庫県内の地酒約300余アイテムを有料試飲できる試(こころみ)さん。
原酒セット(550円也)をオーダー。空腹時に呑む濃いお酒は美味しいです。
「鳳鳴本醸造生詰原酒(アルコール度数21度)」と「夫婦杉本醸造原酒(18.5度)」と、酒肴は子持ちホタテサラダです。好みの盃を自分のために傾ける至福の時。
滞在時間20分の独りサク呑み、楽しゅうございました。勿論、自宅に帰ってディープ呑みです。

皆さま、どうぞ佳い秋を。



posted by ぺろんぱ at 09:50| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2014年08月26日

きょうの本、音楽。そしてトリオ・ザ・イエロー。


連日の災害状況報道に心痛みます。 
亡くなられた方々のご冥福と、復旧途上で困難な生活を強いられておられる方々の、一日も早い心の平穏の取り戻しが叶うことを祈るばかりです。
自然災害に加え、日々どこかしらで誰かが理不尽に命を奪われる事件や事故が少なからず起きている昨今、悩むことはあっても取り敢えず無事で「今日という日」を生きていられる事に深く感謝しないといけないと改めて強く思うのです。

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  春から続けていた「村上春樹長編・刊行順に再々…読」月間も、『1Q84 BOOK3〈10月−12月〉後編』を以て無事終了しました。
1Q84は昨年にも一度再読をしたところでしたので今回は途中いくらか端折り読みしましたが、それでも、新たなる感慨がありました。今回の『1Q84』再読で、今さらながらですがユング心理学に関する何かを読みたくなりましてJ書店で買い求めてきたのがこの一冊です。
もう30年以上前の新書ですが、『無意識の構造』(河合隼雄著・中公新書)です。刊行当時は話題になった本のようですが私は未読でした。

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ユング派の理論を受け継がれていた故・河合氏。中盤少し分かり難い箇所もありましたが、概ねユング理論に対するイメージを具体化し易く書かれていたと思います。袂を分かった恩師フロイトとの理論の違いにも(そこに主眼は置かれていないですが)触れられていました。「無意識下の理論」ではフロイト派の学者さんによる夢判断に関する書物を読んだことはありましたが、なるほど、ユングのそれとは解釈が違ってくるのですね。
ユングの無意識の深層心理が(あるいは深層心理学のいろいろが)、数多の小説、物語や映画などの作品に影響を与えている(あるいはそれこそ“無意識的に”影響を与えられている)のだと思われることも幾つかあり、今後なにかしらの書物や映像物に触れるたびに考えさせられそうです。

それにしても、、、本書の帯のコピーを引くようですが、人間って本当に“ままならぬ”厄介な無意識下のココロを抱えて生きているものなのですね。

さいごに一つ。終盤で印象的な一つの文章がありました。
「・・・人生の後半はむしろ内面への旅が要請される・・・」という一文。
前後の文言、あるいはそれまでのすべての記載内容をどう解釈するかによって変わってくるものでしょうけれど、この一文だけでなんとなく分かり合う部分もあると思える我々「The後半世代」です。
河合隼雄氏が亡くなられてもう9年になります。今度は『村上春樹、河合隼雄に会いにゆく』を再読してみるのも面白そうです。読書の輪。


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ところで<ジュスカ・グランペール>というデュオをご存知ですか。
ヴァイオリンとギターによるインストュルメンタル・アコースティック・デュオです。
実は今まで私は全く知りませんでした。
この度セカンドアルバム『2 −deux−』のリリースで、(仕事のちょっとした経緯で)発売の9月3日(水)より前に完成盤を聴かせてもらえる機会に恵まれました。これがなかなか好くて。伸びやかで心地よく、空の果てなさと吹き抜ける風、そんなのを感じます。
ヴァイオリンのふくよかで哀愁感あふれる音色も耳に、そして心に優しいです。
「太陽と風」「White Sphere」「Red Legend」や「イコロ」、ボーナストラックとして最後に収められている「夢桜」(Daiwa Sakura Aid のテーマ曲、ニューアレンジ・バージョン)が印象的でした。
<ジュスカ・グランペール>とはフランス語で「おじいさんになるまで」という意味で、共におじいさんになるまでデュオを続けていきたいという気持ちが込められているそうです。益々のご活躍を期待したいです。


さて、夏は大好きな季節ですが心身共に凹むこともたまにはあります。そんな私は三つの黄色に日々助けられています。
ここ何年か毎日の食事に必ず取り入れている土生姜、友人Nちゃんがプレゼントしてくれた金時しょうが粉末、そして叔母夫婦の自家製・ウコン粉末(自家菜園のウコンをスライスして乾燥させて何度もミキサーにかける)です。名付けて<トリオ・ザ・イエロー>。 消化・血行・代謝促進パワーにカンゾーくんへのせめてもの労わり。
あ、ビールの色も黄色ファミリーと見なすならこれにも大いに助けられていますし、Takara 焼酎ハイボール(ドライ)の缶の色も黄色ファミリーならそれにも今夏は助けられました。


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掲出の画像は約三か月ぶりにお伺いしたJazz Bar Wishy-Washy さんでの一景。
お店オリジナルのダイナマイトなロングカクテル、<ウィッシー・ウォッシー>です。
こちらでは美味しいお酒に加え、心地よく響くjazz、そしてママさんとの語らいに大いに癒されています。

日々、感謝です。 


posted by ぺろんぱ at 21:24| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記

2014年08月16日

復活の日 (懐かしのBS録画鑑賞)


今年のお盆休みも残すところあと一日のみ。
相変わらず映画には行けなかったのですが、映画的?特筆事項は3つ。

友人が貸してくれたDVD『英国王のスピーチ』(後述します)、BSフジで録画していた懐かしの映画『復活の日』BSプレミアム特番の『ゴジラ生誕60年 日本の特撮 驚異の技』を観れたこと、かな。

『復活の日 −Virus−』(1980年制作 深作欣二監督)とはこんな映画。

story
小松左京の同名SFを映像化。1982年、東ドイツの研究所から猛毒ウイルスMM−88が盗まれた。ところが盗み出したスパイの乗った飛行機はアルプス山中で事故に遭い、ウイルスが蔓延した地球は南極にわずかな人類を残して滅亡する。その生存者の一人、地震研究者吉住は、さらに大きな危険が近づいていることに気づく。アメリカ東部に大地震がおきる可能性があり、それは核ミサイルの発射を誘発するものだった・・・。

 
                            
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 ※story、画像とも、映画情報サイトより転載させていただきました。

この映画は本当に懐かしかったです。
小松左京というよりSFが好きで、そして緒形拳さんが好きで、公開当時待ちきれずに友人らと観に行った映画でした。
買いましたよ〜、サントラLP。実家に眠ったままのこのLPはもう長いこと聴いていませんが、ジャニス・イアンの歌う主題歌は今も口ずさめます。若いころの記憶力って凄いですね。

今回かなり久々に観返してみると、いろいろと突っ込みどころはあったのは否めませんが、それでもこの映画が当時の私に映画の醍醐味と感動を与えてくれた想い出深く忘れがたい一作であることに変わりはありません。

撮影を監督された木村大作氏が撮った南極の画(南極で撮らないならオレは撮影を降りる、とまで言ったとか)は、特に終盤の吉住(草刈正雄)がひたすら「南」を目指して進むシークエンスで壮大なスケール感を感じさせてくれて圧巻でした。勿論、当時のスクリーン鑑賞での感動でしたが。
しかし今回のBS、ラストが時間的制約のためにブチッと「はい終わり!」的に端折られていたのは如何なものでしょうか。CM本数の調整で何とかラストを完全に再現して貰いたかったのですが、残念です。

今思えば本作はキャスト陣が本当に豪華でした。
当時としては随分お金をかけた映画だったのだと思います、恐るべし角川映画。でも当時鑑賞後に最も惚れたのはその頃は知らなかった役者さん、カーター少佐を演じたボー・スヴェンソン。
現在は御年73歳でまだまだご活躍。近年では、私は未見ですが『イングロリアス・バスターズ』にご出演とか。「いつかの課題作」ですね。

『復活の日-Virus-』、まだアナログなあの時代に映画館の大スクリーンで観れたこと、しみじみよかったと改めて思いました。

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このBS録画の鑑賞前夜はちょっとした理由で禁酒デーでしたので、鑑賞当夜は一日ぶりのアルコール投与で赤ワインを呑みながら。
「復活の日 -Alcohpl-」ですね。
戴きものの赤ワイン、<AROMO 2010 メリタージュ ゴールドラベル>。幾重にも交錯する香りとコク、大変美味しゅうございました。


ちょこっと追記かわいい

*****『英国王のスピーチ』(2010年制作、トム・フーバー監督)
 コリン・ファースって実に多彩な演技力を持った俳優さんですね。『真珠の耳飾りの少女』を公開時に観に行ってその御名を意識し、後年に観に行った『シングルマン』で深く心惹かれ、本作ではその両作品とも全く違うコリン・ファースを観ました。まるでそれぞれ違う役者さんのようにも思えてしまうほど。
しかし何といってもジェフリー・ラッシュの存在感たるや、いやはや凄かったです。コリン・ファースというよりジェフリー・ラッシュの映画のように感じられました。
それにしても、人間が生きていくうえで「メンタル・ケア」って重要なのですね。本作で改めて痛感させられました。 
観たかった一作、Mriちゃん、DVDをありがとうね。

*****『ゴジラ生誕60年 日本の特撮 驚異の技』(BSプレミアム特番)
 「ウルトラマン」シリーズを薄〜く映るピアノ線に気付きながらもワクワクしてTVを見ていた世代にとって、「円谷プロさんありがとう」の一言を捧げずにはいられなくなる番組でした。そしてゴジラ(ゴリラ+クジラが命名由来とか)は、やっぱり我が国が世界に誇れる永遠の、そして私たちにとって無限大の偶像なのだ、と思いましたよ。現在公開中の『GODZILLA ゴジラ』、観に行きたいなあ。


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2014年08月03日

トラウマ映画館 (これこそがトラウマになりそうな一冊)


先日BSプレミアムで薬師丸ひろ子さんの「35周年記念コンサート」が再放送されてましたね。
昨年の初回放送を見て、その後「SONGS」でやってた時も観たのにまたもや観てしまいました。何故か惹かれます、彼女の歌声。
来生たかお、大滝詠一、南佳孝、井上陽水、呉田軽穂(ユーミン)と、けっこう作曲陣が華やかなのも惹かれる所以かもしれませんが、やっぱり何といっても魅力はその歌声ではないかと。そして、彼女が女優であることも。舞台で歌うその姿からいろいろな物語が想い起される気がするのですよね。


さて、「村上春樹長編・刊行順に再々…読」月間はまだ続いておりまして(月間じゃないですね、こうなると)現在は『海辺のカフカ』下巻の半ば(いよいよ入口の石の登場で佳境)ですが、ふと入ったU書店で目にとまり思わず買ってしまった一冊がコレ、『トラウマ映画館』(町山智浩著、集英社文庫)です。
ページを開いてみたら衝撃的な内容のあまり上手く区切りがつけられず、あれよあれよという間に1/4ほど読んでしまいました。今は「カフカ」と並行して読み進めています。

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***こんな本です*** <本書・書評より>
町山智浩さんが主に10代の頃、テレビなどで出会った、衝撃の映画たち。
人は誰しも特別な映画を心に抱えて生きている―。呪われた映画、闇に葬られた映画、一線を超えてしまった映画など、心に爪あとを残した26本の作品を紹介。幼い頃に観たそれらの猟奇性やフェティシズムの源泉を紐解きながら、作品同士の繋がりや、のちの作品へ与えた影響を見出す、映画好きのための一冊。


表紙の作品はジャンヌ・モロー主演『マドモアゼル』(1966年制作・英仏合作)のワンシーンです。
勿論、これも著者にとっての大きな“トラウマ作品”として本書の第22章に登場します。

みなさんにとっても“トラウマとなった映画”、ありませんか。
私の中で今ぱっと思い浮かぶのは、大学生の頃に下宿の部屋で先輩女性・SEさんに言われるままに一緒に“観ることになってしまった”テレビ放映の『ハロウィン』(1978年制作のジョン・カーペンター監督?)でしょうか。
これは怖かったです〜。息絶えたはずのブギーマンがむっくりと起き上がるシーンに一瞬間違いなく心臓が止まりました。E先輩は「なかなか面白かったわね〜」と言いながら自分の部屋に帰っていきましたが、私はそれから一週間、部屋の電気を消して寝れなかったです。
あ、もう一つ思い浮かびました、これもテレビで観た『ローナ・ラブの伝説』という映画。ローナの“本当の姿”がアップになるショットは衝撃でした。孤独と情念、、、そんなものについても若かったなりに心砕かれたとその頃を記憶しております。あ、そういえはデヴィッド・クローネンバーグ監督の『ヴィデオドローム』も“お腹の中に…”のシーンは脳裏に焼き付いています。あの映画って幻覚オンバレードですか。

でも本書にはそんな私の陳腐な思い出などあっさり凌駕してしまう、あらゆるイミでキョーレツな映画がたくさん登場します。
殆どが古い映画で馴染みのないタイトルですが、その映画が幾つかの現代の作品に通じていたり、ショッキングな作品世界が当時の社会的背景や制作者の精神的背景を背負ったものであったりと、著者の考察は多岐にわたり勉強にもなります。当時まだ無名に近かった現在の大スターがアブノーマルな役柄を演じていたりするのも興味深いです。
ちょっと心して読まねばならない刺激の強さですが、著者・町山氏の映画へのとめどない愛の注ぎも見えます。


さてさて、毎日暑いですね。
暫くハイボールやアルコール度8〜9%と濃いめの酎ハイ缶(ドライで甘くないやつ)に走っていて「私はもう日本酒を飲めなくなってしまったのかしら」と思っていましたが、久々の酒席であっさり返り咲きました(なんの迷いもなく、しかもグビグビ)。

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こちらの画は某居酒屋での大吟醸呑み比べ2種です。
やっぱり美味しい…和酒はソウルアルコールです。





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2014年07月13日

HORIZON DREAM (懐かしのアルバム)


夏になると聴きたくなる・・・
でも夏にならなくても何かの拍子でふっと思い出して聴きたくなる・・・想い出深いアルバム。
なのに、もうとっくの昔に手元から去ってしまったアルバム。

高中正義、カリオカ、深町純のオムニバス『HORIZON DREAM』です。

大学生だった頃にLPだったこの一枚に出会い、ひと夏に何度も聴きました。

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1. An Insatiable High (on shore...)高中正義
2. Oh! Tengo Suerte (on shore...)高中正義
3. Sweet Agnes (on shore...)高中正義
4. 伊豆甘夏納豆売り (on shore...)高中正義
5. Snooze (off shore...)カリオカ
6. It’s You (off shore...)深町純
7. Before You Go (off shore...)カリオカ

夏のきらめき。そして夏の幻影。
そこに立つ自分が見える、そんなアルバムです。
今は、その煌めく曲にも「大切な何かを失くしてしまったような寂しさ」みたいた感覚も伴うから不思議なものです、音楽というのは。
今はもうタワレコにもTSUTAYAにもヨドバシにも無いみたいです。廃盤になってしまったのでしょうか。アマゾンとかなら何とか手に入るのでしょうけれど。

ふっと思い出される一枚、そういうの、誰にもありますよね。


さて、梅雨明けが待ち遠しい今日この頃です。

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※※これはネットからの転載です※※

私が撮った写真じゃありません。プロの写真家さんによる有名俳優氏のポートレートを私が勝手にトリミングしたものです。腕しか入れてない某俳優氏、ごめんなさい。
あんまり背景の草原に心惹かれたので。こんなところでの〜んびり風に吹かれてみたいですね。



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明石にある日本酒とワインの某店にて、滞在時間50分の独り乾杯。
純米生原酒「来楽」。このお酒の名前の由来は「飲む人に楽しみが来るようにとの願い」なのだとか。


・・・楽しみがくるといいですね。




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2014年06月26日

ヒヤシンス・ブルーの少女(本)


  自宅でも実家でも、近所への用事に時々自転車を使います。

自転車といっても、新型エイリアンみたいなヘルメットを被って乗るカッコイイのんじゃなくてフツーのお買物自転車です。いわゆる“ママチャリ”というやつですね。因みに自宅のMyママチャリには「いしばしクン」と名前を付けています。(なんのことはない、ブリジストンの自転車だから ^^;)
先日、若い子の真似をして久々に立ち漕ぎしてみました。ほんの10メートル程でしたが気分爽快。ちょっと目線が高くなると受ける風が違いました。

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とある散歩道で出逢った蝶。
結構シャッターチャンスを提供してくれていたのに(それもカメラ目線で!?)こんなんしか撮れず仕舞い。スマホカメラの限界というより、そもそも写真の腕無し…しゅん太郎(あ、意図せずして十七文字)。


かわいい昨秋以来、時々会社へお越し下さることになったお客様、T子さん。
ピアノを愛し、大胆且つセンスの光る独自のアレンジでもって素敵な演奏を披露して下さる女性です。
先日のご来社時にふとしたことで映画の話になり、「お好きな映画は?」と尋ねられたので幾つかの映画タイトルをお伝えしたところ、そのうちの一作をDVDで探してご覧くださり感想をお便りして下さいました。そして代わりに「映画ではないのですが」とご紹介下さったのが小説『ヒヤシンス・ブルーの少女』(スーザン・ヴリーランド著)です。T子さんは(なんと!)原書で読まれたのですが、和訳された一冊が早川書房から出ているとお伺いし、早速にJ書店で買い求めてきました。

『ヒヤシンス・ブルーの少女 Girl In Hyacinth Blue 1999年(早川書房) 長野きよみ訳』

一枚の埋もれたフェルメールの絵と、それにまつわる所有者たちの物語を紡いだ連作短編集です。
登場する絵は実際にある絵ではないそうです。物語は「現代のアメリカから始まり、第二次大戦中のアムステルダム、19世紀オランダ、1700年代のオランダの村、そして絵が描かれた発端へと時代を遡ってゆく(書評サイトより)」のだそうな。

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右側は原書です。原書の方は「こちらもどうぞ」とT子さんが貸して下さいました。それではと、村岡花子さんのように「辞書片手にこぴっと読んでみるずら」と思いましたが、1ページ目であっさり諦めました。

表紙の絵は実際に存在するフェルメールの絵「真珠の耳飾りの少女」ですね。
「真珠の耳飾りの少女」は映画にもなっていますけれど(2003年制作 スカヨハ主演 公開時に私も観に行きました)、絵ハガキも一枚持っていて自宅のコーナーラックに他の何枚かと一緒に飾ってます。柔らかな光と影が混ざり合い人物画にさえも不思議に郷愁を感じさせるのですね、フェルメール。

春樹小説の再々々...読月間はまだ続いていますので、いま再読中の『ねじまき鳥クロニクル』(全3巻のうち第3巻目です。これは読み返すたび「やっぱり傑作やなぁ」と思いますデス)が終わったらこちらを読みにかかります。ヒヤシンスブルーの少女も早く読みたい、楽しみです。
T子さん、素敵な一冊のご紹介をありがとうございました。


さて、夏至が過ぎてしまってこれからは一日一日、少しずつ日が短くなってゆくのですね。こう書くと自分が如何にペシミストだか分かります、いや、単にネクラなだけかな。
しかし夏はこれからが本番です! ささやかでもよいことのある、どうか佳き夏でありますよう。

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会社近くに新しくオープンしたフレンチバルで、夏向きのさっぱりとした白を。
きりりと冷えてて美味しゅうございました。14時からお昼呑みもできるお店です。


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2014年06月10日

スタークロスト・ラヴァーズ




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 デューク・エリントン&ビリー・ストレイホーンの「スタークロスト・ラヴァーズ」を、この何日かずっと某サイトのページで聴いていました。三つのバージョンが聴けます。
春樹小説『国境の南、太陽の西』を久々に読み返してのことです。そう言えば、この前のブログで記した『世界の終りとハードボイルドワンダーランド』を読み返した後も、何日かはビング・クロスビーの「ダニーボーイ」やボブ・ディランの「風に吹かれて」を聴き続けていましたっけ。

「スタークロスト・ラヴァーズ」は『国境の南、太陽の西』で主人公の「僕」がとても好きだった曲として何度か登場します。
曲名は「悪い星のもとに生まれた恋人たち」「結ばれない薄幸の恋人たち」という意味で、「僕」の言葉で“気だるく美しい曲”として紹介されています。確かに、気だるい曲や美しい曲というのはこの世に数多あっても、気だるくて美しい曲というのはそう多くはないのかもしれませんね。

  映画でも小説でも、その時の自分(その物語と全く関係のないシチュエーションであるにもかかわらず)重ねて観て、或いは読んでしまうところがありますが、もしかしたらそういうものが(そうさせるものが)その映画なりその小説なりの持つパワーなのでしょうか。まあとにかく、今回の再読では今までと全く違った自分の視点を感じました。

そんなこんなの中、私は髪をセルフカットで15pくらい切ってかなりのショートにし(私は3種類の専用カット鋏で自分で髪を切っています)、母への面会に行くバスの中で時々会う若き患者さんのNくんと幾つかの会話を交わし、休日には実家で野菜料理をたくさん作ったりしています。独り住まいの自宅では台所に長く立つことなんて余りないのですが、信頼するK女史(B様と言うべきか??)が故・向田邦子さんの料理本を送って下さったことも刺激になったのだと思います。お料理の本ってただページを繰って見ているだけで元気が出てきます、不思議なものです。Kさま、改めまして「ありがとう」ございました。


仕事もプライベートのいろいろも、まあなんとか“こぴっと”やっていくだよ。



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さてこちらはブログをお休みするより前の今年に入って直ぐの頃の乾杯、バーボンの画です。
バーボンの色深し、香り深し、そして酔いも深し。 また静かに深く酔いたいものです。





posted by ぺろんぱ at 20:11| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記