2014年01月11日

少女は自転車に乗って


 寒〜いですね。冬眠したい気分です。
シネリーブル神戸で『少女は自転車に乗って』(ハイファ・アル=マンスール監督)観ました。

「映画館の設置が法律で禁じられているサウジアラビア初の女性監督が同国俳優を起用し全て国内で撮影したサウジアラビア初の長編映画」とのことで、公開情報をキャッチして以来気になっておりました。

story
  10歳のおてんば少女ワジダ(ワアド・ムハンマド)は、幼なじみの少年アブドゥラと自転車競走がしたいが、母親(リーム・アブドゥラ)は女の子が自転車に乗ることに反対する。そんな時、学校でコーラン暗唱コンテストが行われることになり、ワジダはその賞金で自転車を買おうと一生懸命コーランの暗唱に取り組むが・・・。

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                        ※story、画像とも、映画情報サイトより転載させて頂いております。


  ワジダは、女性が前面に出ることを決して許さないという社会に於いて、決して表面上だけでさえも服従してはいない女の子です。
日本では考えられないほどの規律や風習にがんじがらめの世界なのですが、それにしても、ワジダの服従しない様子は「小気味良い」を通り越して「小憎たらしい」ほどなのです。
先ず、そこで、スクリーン前の観る者殆どを“味方に付けない”くらいの“我が道を行く潔さ”を放っているのです。これはある意味意外でした。

何となく『運動靴と赤い金魚(マジッド・マジディ監督)』的な展開を想像していたので、貧しくて運動靴が買えなかったその作品とは趣を異にしており、主演のワジダがかなりのお転婆で強気な現代っ娘だったのには少々たじろいだ私でした。
その「小憎たらしさ」が大きく変化したのは、もう映画の終盤?ワジダがやっとコンテストで勝利を勝ち得た時から、です。
あ、、、ワジダ、やっぱり努力してたんや、、、と。見せていなかったけれど、彼女は“やる時にはやる”タイプだったのですね。ここから、私のワジダへの視線は180度転換したような気がします。

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 努力で勝ち得た糧を、何故自分の為に使ってはいけないのか。
それが人間として愚かなこと?なの?
パレスチナの同胞に寄付すべきとの校長の理論は校長自身の思想であって、それを強いた時点で子どもの中に在る何かを摘んでしまってるんですね。サウジの未来を縛っているのは女卑思想の男性だけではなく、女性であるが故の保身に甘んじる女たちなのかもしれません。
勿論、今の日本に生きる感覚が私にそう言わせるということもあるでしょう。実際にかの国に生きていれば強固な因習を打ち破る新たな一歩を踏み出すのは容易ではないのかもしれません。

あの時点でワジダの中で一つの希望の灯は吹き消されかと・・・。
しかしへこたれて当然のワジダを周りの人間がそうさせなかったこと、それが本作で最もキモだったと思えることでした。

本作、「母の愛は強し」の好もしい展開もありましたが、私が最も心惹かれたキャラクターはワジダの幼馴染の少年アブドゥラ君でした。終盤に於ける彼の「ある台詞」には感動すら覚えました。
彼らの世代からは結婚という形も良いように変わってゆくのかもしれないと思わせてくれます。

小憎たらしいくらいだったワジダがもの凄く可憐で、そして十代の瑞々しさでもってとても爽やかに見えたラストなのでした。ぴかぴか(新しい)



ツバメ リースリング  2.jpg ツバメ スモークチーズ.jpg ツバメ リースリング 3.jpg ツバメ 鶉卵スモーク.jpg

   今年初のワイン外呑みは、新梅田食堂街の<つばめ食堂>さんでのリースリング3種。

こちらのお店は立ち呑みという業態ですが、ビールはレーベンブロイ、ワインはリースリングに徹底的にこだわっていらっしゃるお店です。
この日に戴いた3種の中では最後の一杯が好い意味での“枯れ感”がある味わいでぐっと来ましたね〜。酒肴として戴いたのはお誘い頂いたI氏チョイスの<スモークチーズ>と<鶉卵のスモーク>。スモークチーズはほんのり甘いカラメル香がクセになるお味で大変美味しゅうございました。ぴかぴか(新しい)



posted by ぺろんぱ at 20:09| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2014年01月03日

オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ


  2014年、今年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。


  昨年末に公開になっていた本作、年明け早々に鑑賞が叶いました。
『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』(ジム・ジャームッシュ監督)です。
2009年秋・日本公開の『リミッツ・オブ・コントロール』以来、約4年振りのジム・ジャームッシュ監督の新作です。それに大好きな女優ティルダ・スウィントンがメインキャストとあって楽しみにしていました。

シアターが暗転して本編が始まる迄にこんなにドキドキしたのはちょっと久し振りかも、です。大阪ステーションシネマで鑑賞。

story
  吸血鬼でありながら、マルチミュージシャンとして活躍するアダム(トム・ヒドルストン)は、自己破滅的な人間たち(アダムたちは人間達をゾンビと呼んでいる)の振る舞いを憂えていた。そんなある日、何世紀にもわたり愛し合ってきた恋人で吸血鬼のイヴ(ティルダ・スウィントン)が久し振りにアダムの元にやってくる。久々の再会を楽しむ二人だったがイヴの妹エヴァ(ミア・ワシコウスカ)が2人のもとを訪れたことをきっかけに、3人の運命がゆっくりと変わっていく。

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                         ※story、画像とも、映画情報サイトより転載させて頂きました。

 
  オープニング、退廃ムードの重低音奏と映像にシビレます。
あのオープニングだけでももう一回観たい。『リミッツ・オブ・コントロール』のレヴューでも書いていましたが、本作でもジム・ジャームッシュワールドを堪能しました。

「スタイリッシュな映像」とは、ジャームッシュ監督作品を評するうえで一つの決まり文句のようになっていますが、本作もそのワード以上にこの世界を端的に表現する言葉はないのかもしれません(いや、私が単に語彙が乏しいだけなのでしょうけど)。

好きなアーティストたち、音楽、詩文、年代と存在意義を感じさせる美しきモノたち、寂れ滅び行く運命なのに惹かれずにいられない佇まいの街、徹底して愛せるものだけを物語に巧みに取り込んでいて、監督自身の美意識がビンビン感じられるよう。

それでいて、そう、やっぱりユーモア、可笑しみもちゃんと在る。
トム・ヒドルストンのようなビジュアルの人を使ってなんであんなふうに可笑しい画が撮れるのか、、、非合法に血液を調達しに来るシーンなんて笑わせるような台詞なんて何一つ言っていないのに何故だかクスッと笑ってしまうのです。

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イヴを演じるティルダ・スウィントン。
何世紀も生き、既に性を超越したかのような美しくも雄々しいヴァンパイアを演じるのは、中性的魅力に溢れた彼女しかいないようにさえ思えます。
ウエリントン型というのでしょうか、あの大きくて四角いフレームのブラックサングラスがあれだけ似合う女優さんも少ないのではないでしょうか。

何世紀も生きるヴァンパイア。
しかし不老不死ではないのです。ゆっくりと(実にゆっくりと、)老い、図り知れぬ年月を生きた末に死を迎える・・・。 
ヴァンパイアとしての尊厳を失わず、しかしながら人間(ゾンビ)界と共存もせねばならない、そして何より、長い長い年月を生きてゆかねばならない。
一度は心に秘めたアダムの決意が哀しいのです。

汚れた血が増え、生き難くなる一方の世の中で、最後に残るのは恋人たちの愛だけなのかもしれません。 オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ、ですね。ぴかぴか(新しい)



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  実家の庭の南天です。
綺麗な赤いろだなぁと思って撮りました。
南天は「難転」に通じることから縁起木、厄除けとして、お正月に相応しいようです。皆さんにとって、今年がどうぞ佳い年でありますように。

            上喜元.jpg  おでん おいしぃ〜.jpg

  そしてお酒、“スタイリッシュ”に呑み続けたいところですが今年もきっと“ベタベタなお酒好きの相好”でいくのでしょうね。
酒舛さんでの上喜元・純米吟嬢と味の染み込んだアツアツおでん、大変美味しゅうございました。

最後に、本作、細部に面白い映像が幾つか登場していますよ。そうそう、『リミッツ・・・』に続いてジョン・ハートさんが燻し銀的な存在感を放っていらしたのも嬉しかったです。ぴかぴか(新しい)




posted by ぺろんぱ at 15:13| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記

2013年12月30日

2013年 MY BEST


  今年もあと残すところ一日となりました。

劇場に通う回数は更に減ってしまっていますが、こうして今年を締めくくる御挨拶を無事に綴れている今に幸せを感じています。
私の周りの多くの方々、出逢った数々の出来事、全てに感謝します、ありがとうございます。

恒例となった「MY BEST」ですが、先述の通り今年は更に新作鑑賞が少なくなって「17本」止まりとなりました。
昨年はそれでも「印象深い作品」として5本を挙げさせていただいたのですが、今年は17作品なので「印象に残る1本」を挙げさせて頂こうと思います。

今年は最後になって「観応えあり!」の作品に出会ったり(宇宙体感!)したものの、どれか一つを挙げるとすれば、やっぱり3月に鑑賞したこの作品です。

   ぴかぴか(新しい)『偽りなき者』 (トマス・ヴィンターベア監督 マッツ・ミケルセン主演 デンマーク映画) 

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人間の中に一度芽生えてしまった負の感情の怖さ、自身の尊厳をかけて闘う姿、それらに打ちのめされながら迎えた結末に言葉を失う衝撃を感じました。
この作品は観ていて非常に息苦しかったです。もう一度観るのはつらいと思います。しかしそれでも印象に深く深く残り続けています。


一本と言いつつ、私の中でどうしても捨てがたい「次点」として挙げさせて頂くならこちらの作品でしょうか。

     ぴかぴか(新しい)『愛、アムール』 (ミヒャエル・ハネケ監督)

夫ジョルジュを演じたジャン=ルイ・トランティニャンが素晴らしいです。
妻アンヌ亡きあと、迷いこんだ鳩を捕まえて胸に抱こうとしたジョルジュ、幻影にいざなわれるようにふいと家を出ていったジョルジュ、その映像が忘れられません。



来年も心豊かにさせてもらえる映画にたくさん出会えるといいなぁ。
そして昨年同様、お酒にも感謝感謝!です。美味しいお酒と楽しい乾杯にもたくさん出会えますように。
そうそう、今とっても「観たい!」映画が公開中なのですがどうやら年内は無理のようで、年明け早々に鑑賞が叶いますように・・・と三つのお願いを記しておきます。


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お越し下さっている皆さま、今年も本当にありがとうございました。
来年がより佳き一年となりますことを願ってやみません。 どうぞ佳いお年をお迎え下さい。ぴかぴか(新しい)



  


posted by ぺろんぱ at 20:05| Comment(12) | TrackBack(2) | 日記

2013年12月24日

ゼロ・グラビティ


  連休の某日、シネパレス山陽座で『ゼロ・グラビティ』(字幕3D)(アルフォンソ・キュアロン監督)観ました。

2013年、宇宙の旅? いいえ本作は高知能CP・HALとの闘いではなく、ここにあるのはただ、自己との - 孤独と恐怖に押しつぶされそうになる自己との - 烈しい闘いなのでした。


story
  地上600kmの上空で地球を周回しているスペースシャトル。今回が初めてのミッションとなる女性エンジニアのストーン博士(サンドラ・ブロック)は、ベテラン宇宙飛行士コワルスキー(ジョージ・クルーニー)のサポートを受けながら船外での修理作業に当たっていた。その時、ロシアが自国の衛星を爆破したことが原因で大量の破片が軌道上に散乱し、猛烈なスピードでスペースシャトルを襲う。衝撃で漆黒の宇宙へと放り出された2人は互いを繋ぐ1本のロープを頼りに、絶望的な状況の中、決死のサバイバルを繰り広げるが・・・。

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                      ※story、画像とも映画情報サイトより転載させて頂きました。


※結末に触れる記述をしています。


   絶対的な宇宙の美と、無重力空間で孤立する絶対的な恐怖。

神の創造物としか思えぬ大宇宙を前に、人間は余りに小さく無力です。しかし宇宙との闘いには無力でも、自己との闘いには意志の力が生きてきます。

コワルスキーの助言が宇宙での命綱、生き抜く術となって、ライアンを導いてゆく過程が心を深く打ちます。ライアンの耳に、心に、甦るコワルスキーの声、言葉、想い。

エンドロールでは何故だか泣けてきました。
生還を諦めて死を選ぼうとしたライアンの前に現れたコワルスキー。
それが幻だと分かった瞬間、私の中で何かがポンと抜けてそこに風穴があいたような気分になりました。

ライアンは生きて地球へ還ろうと決める・・・。
ぬかるみの大地を踏みしめ、「重力」の世界に立つライアンの姿は感動的でした。


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  いつもは最後列の最左端がお気に入りの座席ですが、この日ばかりは他の人の気配と入口付近の白々した明るさが邪魔をしました。上映開始後数分、他のお客様に迷惑かなと迷いつつも意を決し、前方に誰もいない最前列の座席へと移動し、スクリーンを見上げてただひたすら映像と音の世界に没頭しました。
本作をご覧になるなら、是非大画面を持つシアターで、できるなら最前列のシートで、たった一人で宇宙の世界に飛んで下さい。

怖いけれど気高く美しい宇宙と、愛とも呼びたい地球の大地が、この映画にはありました。


  エンドロールを見ていてびっくり。
エド・ハリスがヒューストンの管制官として「声」だけのご出演でした。凄いなぁ、贅沢。
しかし何より、ジョージ・クルーニーには惚れなおしました。


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キンキンに冷やしたウォッカが呑みたくなったよ。(劇中のコワルスキーの台詞から)

ウォッカじゃないけれど、これはアルコール度数55°のジン、<オールド・ラジェ>です。オン・ザ・ロックで。
Jazz Bar Wishy-Washy さんでの画。 ガツンとくる味わいでした。







posted by ぺろんぱ at 21:42| Comment(10) | TrackBack(0) | 日記

2013年12月17日

アメイジング・グレイス (BS録画鑑賞)


  BS録画していた『アメイジング・グレイス』(マイケル・アプテッド監督、2006年制作、2011年3月日本公開)観ました。

これって、日本公開まで5年近くかかっているのですね、何故なのでしょう。
おお!って思ったのは、先日主演作を観たのが記憶に新しいベネディクト・カンバーバッチさんがご出演だったこと、、、知らなかった。しかし、本作で「ああ、私この人好きやったんや」と思い出した男優さんがいたことは更なるサプライズでした(後述します)。

story
名曲『アメイジング・グレイス』誕生に秘められた実話を映画化したドラマ。18世紀のイギリスを舞台に、恩師が作詞した『アメイジング・グレイス』を心の支えに、奴隷貿易廃止に尽力した政治家ウィリアム・ウィルバーフォースの人生を描く。
18世紀のイギリス。若くして政治家となったウィルバーフォース(ヨアン・グリフィズ)。彼は同じ志を持つ友人のピット(ベネディクト・カンバーバッチ)と共に、イギリスの収入の多くが奴隷貿易によるものであることに心を痛めていた。現状を打ち破るべく闘う2人だったが、想像以上の苦戦を強いられる。ウィルバーフォースを支えていたのは恩師ニュートンが作詞したアメイジング・グレイス』だった。ニュートンはかつて奴隷船の船長をしていた罪を悔いてこの詞を書いたのだった。ウィルバーフォースはこの曲を心の支えに、政治家として奴隷貿易廃止を懸命に訴え続けるのだったが・・・。

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                          ※story、画像とも、映画情報サイトより転載させて頂きました。


  静かに、深い感慨に包まれる映画です。

奴隷貿易廃止運動に、まさに“人生を投じた”ウィルバーフォース。
度重なる挫折と病気との闘い、厚い厚い英国・奴隷貿易の歴史の壁。長い長い年月を掛けて廃止法案を成立させたウィルバーフォースを、留まる事なき攻撃で世を変えた暴力の英雄ナポレオンと比して「義と和の力で世を変えた英雄」と称えたフォックス卿(マイケル・ガンボン)の弁が胸を打ちます。

本作、反奴隷貿易を謳った作品ですが、実際に黒人たちが暴力で支配されている映像は皆無と言っていいほどです。(奴隷だった男性の胸にある焼印と、途中で少しだけ挿入される子どもたちのイメージ映像的な労働シーンのみ。)
もしそれらをもっと具体的に描いていたら本作はかなり違ったトーンの作品になったと思いますが、監督は敢えてそこを映像にしなかったのだと思われます。それはそれで、政治家ウィルバーフォースの「人間」に迫った作品としての一つの完成があったと感じます。

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唯一、非常に心痛む(というより心潰れる)酷いシーンがいきなり冒頭に出てきます。奴隷貿易と直接には関係のない、一般商人が土砂降りの雨の中で弱った馬車馬を虐待するシーンです。
ウィルバーフォースは自らも死寸前の病状にありながら、豪雨の中、その虐待を止めに入ります。ウィルバーフォースは神を崇める人間として動物愛護の運動も行っていたことが映画の進行と共に分かるのですが、この冒頭のシーンはそんな彼の博愛の精神を物語るものだったと映画を観終わって納得できました。
この馬を救うシーンが、実は動物虐待のみならず人間への虐待をも阻止しようとするウィルバーフォースの精神を描く上でとても意味深いものだったと思います。ここは出来ればもう二度と観たくないほど心潰れるシーンですが、同時に非常に印象深い場面でもあったわけです。

作品のトーンについて先述しましたが、本作は奴隷問題をテーマにしたものながら、清廉でどこか爽やかな印象さえ残すものでした。それは共に歩む友人ピット(ベネディクト・カンバーバッチ)との深い信頼と確かな友情がこの作品の底辺にあったからだと思います。
若くして首相となったピットの立場から一度は二人は袂を分かつ(ように見えた)のですが、やはり根底にある二人の信頼が揺らぐことはなかったのですね。
この二人の友情が18世紀後半の英国の凛とした美しい風景と相まって、とても清々しい印象をもたらせてくれました。
時としてユーモラスな空気も。
英国流の機知にとんだ会話やちょっと皮肉っぽいジョーク、上流階級の人間たちを品良く笑いのネタにした場面など、重いテーマに少し息をつかせてくれたところもありました。

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最終的に勝利を勝ち取った手法が正攻法ではなく敵を欺く作戦であったことも史実として非常に妙味深く、しかし考えてみれば、利権に裏打ちされた人間を「(反奴隷貿易制度に)YES」と言わせる方法としては、実はこれが最も正攻法であったと言えるのかもしれません。

数え切れぬ困難を乗り越えてやっと勝ち得た勝利のラストに、重なるアメイジング・グレイスの曲が感動的です。
バグパイプの音色が深く静かに心に沁み込むのでした。


  主演のヨアン・グリフィズは勿論いいのですが、ベテラン俳優と言われる方々も名脇役としてご出演です(マイケル・ガンボン然り、ニュートンを演じたアルバート・フィニー然り)。
私的には、(ベテラン俳優さんではありませんが)運動仲間のクラークソンを演じたルーファス・シーウェルが目を引きまして、「このひと何度か観たことがある!」と思ってネットで調べるとやはり何作品か出演作を観ていて、中でも『トリスタンとイゾルデ』は拙ブログ記事でベタ褒めしてました、私。ベタ褒めしてた割には今作では「観たことある!」っていう程度になってるあたり、何とも失礼な話ですよね(冷汗)。でもやっぱり本作でも“心魅かれた”わけですからルーファス・シーウェルさんの良さは同じなのでした〜。


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  もう今年もカウントダウン状態。

人生の大先輩諸氏の某忘年会に呼んで頂いてすっかりご馳走になった画。 
この美酒、そのお店オリジナルの純米吟醸で、大変美味しゅうございました。ありがとうございました。ぴかぴか(新しい)






posted by ぺろんぱ at 21:04| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記

2013年12月11日

ジンジャーの朝 さよなら、わたしが愛した世界


  元町映画館で『ジンジャーの朝 さよなら、わたしが愛した世界』(サリー・ポッター監督)観ました。

先月に十三のナナゲイで上映されていた時には諸事情で行けず見送りかと思っていたところ、コメントを交わさせて頂いているブロガー・ゆるりさんに元町映画館での上映情報を戴いたのでした。ゆるりさん、ありがとうございました。

サリー・ポッター監督といえば、大好きな映画『オルランド』の監督さん。『耳に残るは君の歌声』も詩情あふれるタッチが印象に残っている作品です。今作にも期待。


story
  冷戦下の1960年代ロンドン、ジンジャー(エル・ファニング)ローザ(アリス・イングラート)は何をするのも一緒の幼なじみ。思春期を迎えた二人は学校をさぼって宗教や政治、ファッションについて議論し、反核運動に興味を示すなど青春を過ごしていた。しかし、ローザがジンジャーの父親ローランド(アレッサンドロ・ニヴォラ)に恋心を抱いたことや反核運動への意見の相違から、二人の友情に溝が広がっていく。

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                    ※story、画像とも、映画情報サイトより転載させて頂いております。


※結末に触れる記述をしています。


  いきなりの、1945年ヒロシマの上空に炸裂するキノコ雲の映像に驚きます。
これと時を同じくしてこの世に生を得た二人の少女の(とりわけジンジャーの)、これから彼女がもがきながら生きる不安定な時代を予感させる幕開けでした。

キューバ危機を背景に、核戦争と人類滅亡の恐怖が多感な少女の不安定な情緒をとらえ増幅してゆく様子が、透明感のある美しい映像と触れるのが怖いほどのキリキリした空気感の中で描かれていきます。

多感な17歳。
ナイフのように鋭利に、本人さえ気付かぬうちに周囲を傷付け、また容易に傷付けられもする頃。ジンジャーとローザは幼なじみの枠を超えてまるで一卵性児のように全ての行動を共にするのですが、それぞれの根本的な相手との相違点に徐々に気付かされることになります。均衡を失い始める二人。

ジンジャーは両親の決定的な不和とノイローゼ傾向にある母親からの過干渉、ローザは幼少時からの父親不在と経済的にゆとりのない家庭、それぞれに抱える家族の問題が、二人の成長に伴い、彼女らの日々によりいっそうの不安定感を与えます。
二人ともごく一般的な幸福の匂いがする家庭に育っていないということが、彼女たちの心をより過敏たらしめている気がしました。

サリー・ポッター監督はそのあたりを繊細に且つ鋭く切り取って見せてくれています。ジンジャーは詩を綴ることに没頭し、彼女の独り語りの言葉が、この作品そのものをどこか詩的な空気で包んでくれている感じでした。

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ジンジャーとローザを分かった決定的な出来事。
ヨットでジンジャーが感じ取った父ローランドとローザのただならぬ関係。無神論者で自由主義を説く思想家のローランドですが、あの一連の行為は娘ジンジャーへの暴力と言っても過言ではないと私は思います。それを自由恋愛というなら自由の意味をはき違えているし、彼が最後に「すまなかった」と謝ったことがより一層罪深いことに感じられました。思想家であることに酔っているだけの思慮浅いローランド、せめて娘の前だけでも思想家としての毅然とした姿勢を貫き通す厚顔さが欲しかったです。怒りを通り越して憐れにさえ思えたのは哀しかったです。

ジンジャーの迎えた朝は、それまで敬愛していた父ローランド、いつも一緒だと信じていた親友ローザ、そんな二人からの独立だったと感じますが、更にもっと大きな「何か」からの旅立ちではなかったかと。
「何か」とは何か。
核兵器廃絶運動と一夜の投獄、社会情勢に無関心な若者たち、無軌道に手当たり次第にぶつかってきた過去の自分、そんなのを通してジンジャーが見た、「この世の中」という不確実な世界からの、いわば孤高な旅立ちでもあったのかもしれません。17歳にしてある意味「悟った」ジンジャーの表情、怖いほど綺麗でした。


  エル・ファニングには表現力と見惚れるほどの美に文句なく拍手!ですが、ローザを演じたアリス・イングラートもなかなかの女優さんだと感じました。ジンジャーとの微かな心の溝をジンジャーを見る眼差しに微妙にひそませた表情など、ちょっとゾクッとした瞬間もありました。聞けばジェーン・カンピオン監督のお嬢さんだとか。(父親はコリン・イングラードという映像作家とか。)環境が育む才能っていうの、やっぱり大きいですね〜。


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  そうそう、元町映画館で今度(来春くらい??)ミカ・カウリスマキ監督(アキ・カウリスマキのお兄さん)の新作映画『旅人は夢を奏でる』が上映されます。ミカの作品は『GO!GO!L.A.』(1998年)しか観ていないので、これは観ておきたいところですが・・・行けるといいな。
そんなこんなを考えつつ、元町の出来立てほやほやの某店にて熱燗。 熱燗の御代わりをして独りサク呑みは滞在時間30分。




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2013年12月05日

明りを灯す人 (BS録画鑑賞)


 BS録りしていた『明りを灯す人』(アクタン・アリム・クバト監督・主演)観ました。
キルギス・フランス・ドイツ・イタリア・オランダ合作映画ですが、舞台はキルギスの小さな村です。

2011年秋の公開時には気になりつつもスルーしてしまった本作。
ひっそりと公開が始まりひっそりと終映されたような感があります。当時はさほど大きな話題も呼ばなかった(と思う)こういう映画を、BSで早々に取り上げてくれるのは嬉しいことです。

story
  中央アジア・キルギスの田舎には、村人たちに親しみを込めて「明り屋さん」と呼ばれる電気工の男(アクタン・アリム・クバト)がいた。人のいい彼はアンテナの調節からちょっとしたトラブル解決まで何でも引き受けていた。時には貧しい家のために電気メーターを細工して無料で電気が使えるようにしたり。村人のために一生懸命働く明り屋さんの夢は、村の電力を手作りの風力発電でまかなえるようにすることと、息子を授かること。そんなのんびりした時間が流れる村にも、時代の波が訪れようとしていた。ある日、メーターに細工をしていた彼は警察に連行され・・・。

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                          ※story、画像とも、映画情報サイトより転載させて頂きました。


※結末に触れる記述をしております。


この映画を観て、初めてキルギスという国を地図で確認した私です。
地図で確認するまでは漠然と“多分あの辺り?”くらいにしか分かりませんでしたが、東側の隣国は中国なのですね。どうりで、モンゴルの映画『トゥヤーの結婚』で出てきたゲル(丸い小屋造りの家)に似たような建屋が本作でも見られました。
中国との国境には天山山脈が延び、南隣りのタジキスタンへはパミール高原が広がり(←この辺りは Wikipedia 情報です)、手つかずの自然がたくさん残っている国のようです。ソビエト連邦からの独立国家ですが人々の顔や姿形はモンゴル系で、日本人とどこか似ているところも。(明り屋さんなんて、“人が良くて柔和な泉谷しげる”って感じがしないでもないですし。)

沖縄時間というのがあるようにこの地にもキルギス時間っていうのがありそうな、実に長閑で牧歌的な空気に包まれています。明り屋さんも朴訥でとにかく人が良くて、「貧しい人にも明りを」という純粋な思いでメーターを細工しちゃう・・・だから『THE LIGHT THIEF』(明り泥棒)という原題は的を射ていない気がして、本作に関しては邦題のセンスの良さを感じました。

骨董品級に“いいおじさん”の明り屋さん。 彼をめぐる出来事の数々が時にユーモラスで時に幻想的で、このまま柔らかい空気感の中で明り屋さんや明り屋さんの住む村の行く末を見ていたいと思うのですが、、、そうはいかないのですよね。

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富める都会と貧しき村、搾取する者、される者。明り(電気)を巡る政治的利権と、暴力的になだれ込んでくる開発資本(かなりダーティーな匂いもする)。
辛うじて村を支えてきた村長の死のあとは為す術もなく、明り屋さんが時の流れの中でそれこそ“もみくちゃに”される様子がとても心にイタイです。
ほのぼの感あふれるオープニングから最後にああいうシーンを迎えることになるとは思ってもいず、ある意味衝撃でした。

手造りの風車がカタカタと回って軒先につるした電球が微かに赤く灯る、ラストのあの画は明り屋さんの命の灯火だったのでしょうか。
暮れなずむ薄闇の中での仄かな明りが、あまりに哀しいラストでした。

エンディングで映される、自転車を駆る爽快な走りは誰なのでしょう。顔だけが映っていないのです。在りし日の明り屋さんなのでしょうか。もしかしたら、明り屋さんと何度か関わりのあった「あの少年」が成長した姿なのでしょうか。 あの少年は“明り屋さんそのもの”だったと思うので。
とにかく、エンディングのこの自転車の映像がとても救いとなりました。


  アクタン・アリム・クバト監督はネットで調べてみると本作が長編三作目で、味わいのある佳品を撮って来られている監督さんのようです。
長編一作目の「あの娘と自転車に乗って」は、題名から“そこはかとないノスタルジー”が感じられてそそられます、観てみたいです。先述の通り、監督さんのお顔立ちは柔和な感じですが、本作の撮影は結構苛酷さが伝わってきましたよ。やっぱり監督魂は半端じゃないのでしょうね。
最後の湖でのシーン、一頭の馬がめちゃめちゃ可哀想でした。
骨折してないやろか、耳に水が入ったんとちゃうやろか、、、映画作りって厳しぃ〜。


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熱燗の美味しい季節ですが、ちょっと品を変えてこの日はジム・ビームのハイボールです。
ちょっと濃く作ってあって美味しかったです。

劇中で泥酔した明り屋さんがあらぬことを口走るシーンがありましたが、そういえばキルギスではどんなお酒が呑まれるのでしょうね。









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2013年12月02日

3年連用日記帳更新、取り敢えず感謝


  3年前(2010年)の11月にいつもの<連用当用日記帳>を買ってから、さらにまた3年が経ちました。
今年は3年ごとの日記帳を新調する年です。

前回は博文館のものと迷いましたが今年は迷わず高橋書店発行のものを購入。 晴れて8冊目に突入です。


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いっときは止める事も考えた日記でしたが迷いを乗り越えられた今は、ただただ、生きてる限りは日々のことを綴っていければいいなと思ってます。
華やかなドラマなど何もない毎日ですが。
もやもやと思い悩むばかりの毎日ですが。
酔っ払ってばかりの毎日ですが。

世の中いろいろあるし、事故やら病気やらの可能性も考えると生きて日記を綴れることが殆ど奇跡のようにも思えてきます。今のこの時を感謝しないといけないですね。



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友との語らいにも感謝。
時間、ココロ、そして美味しいワインもありがとう。


これから先日BSで録画していた映画(80分の映画、キルギスを舞台にしたものです)を観る予定です。 レヴューはもうちょっと先になりそうですけれど。

みなさん、どうぞ佳い日々を。 ぴかぴか(新しい)







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2013年11月26日

僕が星になるまえに


  シネリーブル梅田で『僕が星になるまえに』(ハッティー・ダルトン監督)を観ました。

シアターのある新梅田シティでは恒例のクリスマス・カーニバルが開催されて、好天の日曜とあってカップルやファミリーで賑わっていました。 今年もあとひと月余りなのですね。

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さて、映画。ぴかぴか(新しい)

story
   29歳の誕生日を迎えたばかりの青年ジェームズ(ベネディクト・カンバーバッチ)は、末期ガンを患い余命いくばくもない。彼に「世界で一番好きな場所」に連れて行ってほしいと頼まれたマイルズ、デイヴィー、ビルの3人の親友たちは、体の自由が利かなくなっているジェームズをカートに乗せて旅立つが、旅は思いがけないトラブルの連続だった。やがて目的地を目前にジェームズの病状が悪くなり・・・。

                       ※story、画像とも、映画情報サイトより転載させて頂いております。


※結末に触れる記述をしております。


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   ベネディクト本人によるずっしりと心に響くナレーション、夜明け間近のほの暗い海に佇む若者の後ろ姿。
邦題のセンチメンタリズムを吹き飛ばすような、“ただならぬ展開”を予感させるダークトーンのオープニングに思わず引き込まれました。

ジェームズ、マイルズ、デイヴィー、ビル、4人の旅は華やかに幕を開け、まるで男子校の修学旅行のような悪ふざけやはしゃぎっぷりが続くのですが、時折何かしら不穏な空気をはらんだカットが挿入され、この旅のゴール、いいえこの旅そのものがひどくキケンなものに感じられて心がざわつきました。

主人公はジェームズなのでしょうが、彼と旅をする3人の仲間たちの個性が其々にしっかりと描かれていて(そして3人とも違う魅力があって)加速度的にスクリーンに引き込まれてゆくのでした。
ジェームズを一つの「主題」と見立てた、実のところはこの3人が本当の主人公なのではないかとさえ思えました。

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旅を進めるにつれ衰弱してゆくジェームズ。
自身の運命を嘆いてか辛らつになるジェームズに「お前の人生は薄い紅茶のようなもの」と詰られたり、適当な生き方を非難されたり、彼ら3人にとっては結構凹む旅路だったりするわけです。ジェームズの言葉が発端となって仲間内で衝突を繰り返し、殴り合いの喧嘩までしながら、それでも旅を続けてゆく彼ら。アクシデントでカートは荷物ごと海に落ち、彼らは疲労の極致でドロドロの様相で、殆ど身一つで目的地へと辿り着きます。

旅を通して彼らは幾度も自身と対峙し、ジェームズに迫る「死」と自分たちの「生」を見つめることになったはずです。彼らはその数日間で、結果的には確実に自身の人生を少なからず前向きに見つめられたはずだと。かたやジェームズは確実に自分の「ある想い」を胸に固めつつ、一歩一歩「死」に近付いてゆく旅路なのでした。
同じ旅が誰かにとっては「生」を、そして誰かにとっては「死」を見つめることになる両方の側面を持つことの、なんと皮肉なことか。

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・・・ジェームズが密かに持っていた旅の本当の目的。
それは全く罪深いものでした。
苛酷な旅を続けさせた友人たちに、最後の最後に一生下ろせない重い荷を背負わせたことになりはしないでしょうか? 末期癌で死にゆく身とはいえ、そこまで他人の人生を巻き込んでしまうのは余りに身勝手ではなかったでしょうか? そんな疑問が去来します。 彼らはおそらく生きている限りあの時の選択の是非を自問自答し続けることでしょう。

しかしその罪深い要求は、苛酷な旅を共にしてきた彼らだからこそ受け止めることができたのだと思います。実は最も互いの心に溝があったように感じていたマイルズが「見届ける」ことになった結果に、私はジェームズよりもマイルズのために泣きました。


この旅の目的がどんなに罪深いことであっても最後までこの映画に寄り添えたのは、ジェームズと友人たちの関係性とキャラがしっかり描かれていたことと、やはり演じる役者さんたち自身の個性と魅力に他ならない気がしました。もっといえば、演じる役者さんの魅力がそのままこの作品の美になっていたと思います。

主演のベネディクト・カンバーバッチ、マイルズ役のJ・J・フィールド、デイヴィー役のトム・バーク、ビル役のアダム・ロバートソン、皆さんに拍手です。「青年」と呼ばれる年齢を過ぎようとしている過渡期の男性像を、少しの疲弊と翳りと圧倒的な清潔感でもって表現してくれていました。
つらく苦しいけれど、彼ら4人にだけ理解のできる「ある一つの完結」は在ったのかもしれないですね、あのラストには。


☆最後に一言だけ、なにか違った先入観を与えてしまう邦題は残念です。
原題「THIRD STAR」は、ちゃんと意味を持つタイトルだったのでそのままの方がずっと良かった気がします。



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 さてさて、最近いただいた和酒で「!」付きで美味しいと思ったもの、2アイテム。
それぞれ違うお店で饗されたお酒ですが、一つは「繁舛 大吟醸 生々」、そしてもう一つは「遊穂 山おろし純米吟醸」です。前者はとにかく私好みの生酒の香立つ芳醇なお酒、後者はご店主の弁を借りれば「今年は格別の出来」とのことで、味わい深いのに非常に喉越しが綺麗なお酒でした。

今年もあと残り一カ月。 さらなる美酒に出会いたいですね〜。かわいい









posted by ぺろんぱ at 21:07| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2013年11月19日

ドライブ・マイ・カー、そして『なぎさ』(山本文緒)


   村上春樹さんの新作短編小説『ドライブ・マイ・カー』が今月9日発売の「文藝春秋」に掲載されました。
こちらは既に読了。 春樹さんの小説の中でも少ない“リアリズムを追求した小説”の部類に入るかと思うものの、読んでいてふと『ねじまき鳥クロニクル』や『ダンス・ダンス・ダンス』を想起させられたあたり、もしかしてこの物語がいつか長編に化けるとするならばパラレルワールドが展開する“非リアリズムの物語”になると言えるかも知れません。そういう余韻を残す作品でもありました。
短編ですがそれなりにしっかりした長さはあり、始まりからエンドまでしっとりとした筆致で読ませてくれるこんな物語も秋の夜長にはイイものでした。
まぁ『ドライブ・マイ・カー』についてはサラッとこんなところで。



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 今回のメインテーマは『なぎさ』(角川書店 山本文緒著)です。
春樹さんの短編を読むために買った「文藝春秋」に山本文緒さんの新刊情報が掲載されていて嬉しい驚き。
山本文緒さん、実に15年ぶりの長編です。(注:1998年の『恋愛中毒』以来と考えるとそうですが、1999年の連作長編『落下流水』以来と考えると14年ぶりということになるかと思います。)
山本文緒という女流作家さんの名は拙ブログで多分村上春樹氏に次いで登場頻度の高い作家さんです。直木賞受賞(『プラナリア』)以来いろいろあったようで、エッセイや短編集は出されれば勿論読ませて頂いていたものの長編小説の刊行は本当に久しぶりです。
15年かぁ、、、人間の「一生」を鑑みるに、それは結構長い年月と言えます。 それだけに、山本さんのその年月に思いを馳せます、そして作品への期待は膨らんでいます。

山本さんの長編小説は、読むのに烈しい痛みを伴うこともありながら登場人物たちへの著者の深い慈しみを感じずにはいられません。
昨日の帰りにJ書店で購入、読みかけだった乃南アサさんの小説を中断して(乃南アサさん、すみません。知り合いじゃないけど一応謝っときます。『なぎさ』を読み終えたらまた戻りますね。)早速今日から通勤に携行してページを繰っています。はい、気合い入ってます。 この気合、この期待が裏切られることは多分無いであろうと信じます。



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  さてさて、期待度が高かっただけに少し残念だったのはこちらの乾杯(お店スタッフさん方のなんとなくの足並み不揃いさを感じてしまい…)。グランフロント某店。素敵なお店構えなのに残念に思いました。いつかもう一度お伺い? いえいえ、お店との出会いは一期一会ですものね。
御一緒させて頂いた御方との乾杯はそういうのと無関係に楽しく佳き時間でした。ワインとチーズ盛合せはとても美味しくいただきました、ありがとうございました。


そうそう、BSフジのドラマ『猫侍』情報を朝日新聞でゲット。知らんかった、、、観なくちゃ。かわいい





posted by ぺろんぱ at 21:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記