2013年09月14日

アップサイドダウン 重力の恋人


 劇場鑑賞は『スタンリーのお弁当箱』以来だから約2ヶ月振りです。
久々にゆっくり足を運ぶことが叶って、テアトル梅田で『アップサイドダウン 重力の恋人』(フアン・ソラナス監督)観てきました。

「二重引力」の世界という設定に興味津々だったのと、ヒロインのキルスティン・ダンストをもう一回スクリーンで観たいなぁという思いからこの作品をチョイス。この女優さんは以前は殆ど興味がなかったのですが、昨年観た『メランコリア』で一気に興味深い御方となりました。

story
   太陽を周回し、真反対に引力が作用する双子惑星で、貧困層の住む「下の世界」の少年アダムは、富裕層が暮らす「上の世界」の少女エデンに恋をする。互いの世界を行き来することは固く禁じられていたが、2人は人里離れた丘で交流を深めていた。しかしある日警備隊に見つかり、アダムはエデンを逃がそうと誤って彼女を上の世界の山頂に落としてしまう。10年後、成長したアダム(ジム・スタージェス)エデン(キルスティン・ダンスト)が生きていることを知り、2つの世界をつなぐ「トランスワールド社」に入社しエデンとの再会を試みるが・・・。

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                    ※story、画像とも、映画情報サイトより転載させて頂きました。


   何といってもやはり映像に魅せられました。
オープニングからして、二つの異なる世界(光きらめく高層ビル群が広がる世界と、廃墟のような暗い街並みが続く世界)が上下真逆の位置にスクリーンいっぱいに広がり、観る者の平衡感覚を一瞬失わせます。不可思議で幻想的なムードに期待は高まりました。

真逆の重力。
先ず物理的に相容れぬ二つの世界。加えて、富裕と貧困、支配する者とされる者、搾取する側とされる側、という隔たり。互いの世界に身を置く男女が交わることなど永遠に不可能に思えるのですが・・・出会って恋に落ちてしまうのですねー。

エデンを追い求めるアダムには文字通り“命がけ”の苦闘が続きます。上下の世界を唯一つなぐトランスワールド社に入り込むも、完璧な上下社会の隔離システムと逆引力の存在がアダムの行く手を幾重にも阻みます。

不屈のアダムがとにかく一途で可愛い。
演じるジム・スタージェスは、私的には『アクロス・ザ・ユニバース』のジュード役が印象に深く、本作でも同様に、共存する若さ(情熱)と繊細さを見せてくれていて好感が持てます。

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下の世界に生まれ家族たちを上の世界によって奪われたアダム。人生を捨てても不思議はない身の上ながら、「希望は捨てない」というシンプルだけど尊い彼の意志に素直にエールを送らずにはいられません。
「上の世界ではみんなが幸せなんだよね?」と問う下の世界の子どもたちに、上の世界を垣間見たアダムが「・・・そうでもないよ」と答えるシーンはさりげなく胸を突きます。物質的豊かさだけでは満たされぬものは確かにあるのですよね。
映像に先ず魅せられる本作ですが、ユーモラスでおとぎ話的ワールドの中にしっかりしたメッセージも織り込まれていたと感じました。
                    
ちょっと残念だったのは、終盤の展開がたたみかけるようだったこと。安易にコトが運び過ぎた感が否めず、ちょっと物足りないかなぁという消化不良感が残りました。
でも映像のファンタジーを楽しんで、そのあたりは自分なりに咀嚼すると致しましょう。(←こういう納得の仕方もかなり“たたみかける”ような感じですけど)

秘境の地に立つ丘。
二つの世界の重力が交わる無重力のような空間で、大きな月をバックにアダムとエデンがくるくる回りながら口づけを交わす画は素敵でした。

私のような「お独りさま鑑賞」でも勿論ワクワクドキドキで楽しめましたが、カップルでデート映画としてもピッタリなのではないでしょうか。かわいい



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  さてさて、独りサク呑みシリーズ(いつからシリーズになったん??)の第?弾。
新梅田食道街の某店(名物料理<エッグ>のあるお店)でのフォアローゼズのハーフロックとソーセージとキャベツの煮込み。このあと更にワングラス呑んで滞在時間は30分。
先客だった常連氏が近くで購入されたプリンを差し入れて下さったのですが、このプリンが絶品で!一口戴いて思わず「美味しい〜!」と叫んでしまったほど。ご購入されたお店は阪急百貨店内のどこかでしょうか。聞けばよかったけれど聞かず仕舞いでした。ちょっと探索してみます。

めでたく発見出来たらブログに挙げさせて頂きますね。お酒以外に、たまにはスウィーツの画像もいいかも、ですね。





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2013年09月10日

春樹インタビュー集 そして、原田宗典さんのこと


   本日10日は村上春樹・編訳の『恋しくて』(中央公論新社 9編の翻訳短編と春樹の書き下ろし短編一作『恋するザムザ』を含む)の発刊日。

ジュンク堂・堂島アバンザ店には既に昨夕から2F入口直ぐの書架に華々しくディスプレイされていました。竹久夢二の美人画による装丁があだっぽさと異色の雰囲気を書架周辺に放っていました。
そんな昨夕、私はそのディスプレイを見つつも先にこちらの一冊、『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』(村上春樹 文春文庫)を購入しました。
昨秋の発売じゃないですか、これ。 知らなかった不甲斐ない私。

                       夢を見るために.jpg                      

※こんな内容
  村上春樹が語る村上春樹の世界。19本のインタビューで明かされる、いかに作家は生まれたのか、創作のプロセスについて―。 公の発言が決して多くない村上春樹は、ただしいったんそれに応じるや、誰にも決して真似できない誠実さ、率直さをもってどこまでも答える。2011年6月に行われた最新インタビューをオリジナル収録。(←文庫解説を転載させて頂きました。)


  結構分厚い本です。小説とはまた違ったダイレクトな春樹さんの言葉の響きを、一頁一頁楽しみに感じていきたいです。
幾つかの作品が相関する過程にも触れられているのでしょうか、そのへんも楽しみでワクワクしていますす。『恋しくて』はもう少し先の楽しみに取っておこうかな、と思います。


  さて、この本の購入と前後してショッキングなニュースをネットで知りました。
作家・原田宗典さんが覚せい剤と大麻所持で逮捕された、と。実は少し前に原田さんの『黄色いドゥカと彼女の手』を久々に読み返したところでした。
原田さんは、彼の作品について拙ブログでも過去に「牡蠣の塩辛、山本文緒、・・・そして“誰かの心の痛み”」「黄色いドゥカと・・・今宵の透明な一杯」という記事タイトルで挙げさせて頂いていて、それなりに思い入れのある作家さんでした。何冊かの短編集やエッセイも読みました。
ネットで「逮捕」の文字が目に飛び込んできた時、「何故?」という問いのあとに「もしかして」と真っ先に浮かんだのがイケナイコナとイケナイクサのことでした。原田さんの小説やエッセイを読んでいて、何となくそういう(心の)線の細さみたいなものを感じていたからです。
悲しいです、とにかく、残念です。
もしも原田さんが今いる世界が鬱屈した闇だとしたら、手足に絡みついたものを断ち切って、脱出してほしいです、そこから。 原田さんの作品に触れさせてもらった一ファンとして、今はそれを願ってやみません。



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  最近、外でワインを呑む機会が続きました。
こちらは大阪マルビル1Fの<アルバータ・アルバータ>での一景です。
タパス6種盛りでぐいぐいワインがすすみます。

お酒が合法でよかった・・・すみません、でも正直な、切実なる心のつぶやきです。





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2013年09月02日

コメント承認制導入のその後


  先日、コメント・TBを承認制にさせて頂いた拙ブログですが、何故かその承認プログラムが作動したりしなかったり・・・。何より、本来の排除目的だった商業コメントが承認プログラムをスルーして自動的にアップされてしまう状態です。改善方法を模索している今ですが、もし改善できなければブログサーバーを他社に変更することも視野に入れております。
今しばらくはこのまま不完全ながら承認制を続けていく予定ですが、皆様には何かと御面倒をお掛けすることと存じます。ご了解頂き、変わらずご投稿頂けることを切に願っております。 ぺろんぱ拝




                               
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2013年08月28日

孤高のメス (DVD鑑賞)


   友人が貸してくれていたDVD『孤高のメス』(成島出監督、大鐘稔彦原作)観ました。
原作の真っ直ぐで健全な医療への追求心を、奇をてらわない配役と正統的な手法で描いた本作に、改めて良質な邦画の持つ心地よさを感じました。

story
   1989年、とある地方都市の市民病院に外科医・当麻鉄彦(堤真一)が赴任する。冷静で正確なオペ技術を持ち、なにより患者のことを第一に考える当麻の姿勢は、仕事に疑問を抱いていた看護師の浪子(夏川結衣)らにも影響を与え、停滞していた院内の空気を活気づかせていく。しかし、そんなある時、当麻は脳死した患者からの肝臓移植を行うか否かという大きな決断を迫られる。それはまだ法律で認められた手術ではなかったが、当麻はいかなるリスクを背負おうとも、助けられる命に手を差し伸べようとするのだが・・・。
 
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                ※stpry、画像とも、映画情報サイトより転載させて頂きました。


  タイトル「孤高のメス」は、崇高な精神のもと、ひたすら患者の命を救うために奔走する孤独な医師を連想させます。また、医学の理念を問う社会派然とした作品世界をもイメージさせます。現役の医師による原作と聞けば尚更に。

しかし“良い意味で”その予想は覆されました。
勿論、医療のあるべき姿を追求した作品には違いないですが、テーマの周辺にあるものを丁寧に掬い上げて描いた、情感に溢れたソフトな作品だったと感じました。

十数時間ににも及ぶ難解な大手術。その様相を(医学界の監修のもとに)徹底してリアルに描きながら、そこには殺伐とした空気もなければ、冷徹な眼差しだけで終わる疎外感もありませんでした。これは一人の女性・浪子の当麻に対する秘めた恋情を綴った物語であるとさえ言えるのでした。
決して放たれることのない、おそらくは本人もそれと気付かぬ、淡く切ない想いがこもった柔らかな情感。オペ器具一つ一つを当麻に手渡す浪子の所作が何度も映し出されるのですが、そこにある種の熱情のようなものを感じ取った人は多かったのではないでしょうか。
医療用語が飛び交う硬質さ、大学病院と地方の公立病院の癒着という粘着性、その行間に柔らかな情感がふわっと匂い立つ、そんな作品でした。

浪子の一人息子・弘平(成宮寛貴)が彼女が残した古い日記から母の過去の日々を紐解いてゆく流れは、似たようなシチュエーションは有りがちですけれど、それはとても安定感のある流れでもあり、観る者を心穏やかに導いてくれるのでした。
ラストの“邂逅めいた展開”は「あ、そういうことになるんだ・・・」とちょっと意外でしたが、そういう“愉快さ”があってこそ、日の目を見ることのなかった浪子の秘めた感情が最後で活きてきたのかもしれません。
    
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堤真一さん、イイですね。
映画では『ALWAYS 三丁目の夕日』『舞妓Haaaan!!!』『クライマーズ・ハイ』『容疑者Xの献身』といった作品を観ましたが、どれもハズレはなかったです。私的には『容疑者Xの献身』の堤さんが一番印象深いですけれど。

生瀬勝久さん、なかなかの“悪いヤツ”振りでした。私、画面に向かって「キミ、悪いヤツやな〜!」と独りごちてました。それはそれだけ生瀬さんが好演だったということなのでしょう。
それにしても、、、あの京葉医大から来た三人の医師の中で、一人くらい「真の医療とは何ぞや」と思い悩み、自らの言動を自問自答する医師がいてもよかったのになーって思いました。一人くらいは・・・ねぇ。

現在は脳死状態での臓器移植は法的に認められています。
私は脳死での臓器提供の意思カードにサインして持ち歩いています(そのような状態になることは勿論無いに越したことはないのですが)。特に理念があってのことではありません。そうすることが自分にとってもいろんな意味でいいように思えるまでのことです。



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  そろそろこの夏も「去り支度」を始めたようですね。
夏の終わりを感じるのは、いつも何だかとても寂しいです。たとえ今夏のような猛暑であっても。

某日、仕事帰りの黒ビール。
一杯目はオーソドックスな生ビールをグビグビ! 二杯目にこの黒ビールをゆっくりと味わいました。
そういえば少し前からスーパーで麒麟の<秋味>が並び始めましたね。 秋、なのですね。




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2013年08月21日

コメント、TB、承認制導入のお知らせ


   以前から時々入っていた商業広告を貼り付けたコメントが、先日一夜にして80件近くも投稿される事態がございました。TBに付きましても、数は少ないものの同様の事態が過去に何度かありました為、このほど、コメント、TBとも「承認制」とさせて頂くことに致しました。
皆様にはご迷惑をおかけ致しますがご理解頂けますよう宜しくお願い申し上げます。
いつもコメントやTBを下さっている映画・お酒・動物好きの方々、変わらずのご支援とご投稿をいただけます事を心から願って止みません。      ぺろんぱ拝



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2013年08月20日

マリー・アントワネット物語展


  お盆のお休みも終わりましたが、朝夕の風に遠くに見え隠れする秋の気配が僅かに感じられるくらいで、日中の暑さはまだまだ厳しいですね。

お休み中も劇場での映画鑑賞は叶わなかったのですが、県美(兵庫県立美術館)に『マリー・アントワネット物語展』を観に行ってきました。
7月6日から開催でずっと気になりつつ足を運べないままでしたが、閉催(9月1日)間近になってやっと。県美はJR灘駅から南へ徒歩10分強といったところにあるのですが、今年のこの時期、照りつける太陽のもと目指す美術館に辿り着くまでに軽く眩暈3回。


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 マリー・アントワネット。
我々「ベルばら世代」にとっては単なる「歴史上の著名人」にとどまらぬ、華々しいオーラをまとった女性です。同時に、人生の光と闇、頂点とどん底を瞬時に駆け抜けたような悲劇のヒロインとしての象徴的存在でもあります。
読みましたねぇ、池田理代子さんの『ベルサイユのばら』。
本展、いたるところに展示作品に付随しての解説が施されていましたが、何だかどれも<ベルばら>の“要点を振り返る復習”のように感じられました。「ああ、そういえば<ベルばら>にこんなこと描かれていたっけな」という具合に。池田理代子さんの『ベルサイユのばら』の威力を改めて実感しました、畏るべし、ベルばら。

本展はマリー・アントワネットの波乱に満ちた生涯を辿りつつ、彼女の徹底した“美へのこだわり”に焦点を当てたものです。
解説にも「自分の趣味をヴェルサイユ宮殿に持ち込んだ唯一の王妃と言われている」と記されていました。
ひとブースのみ「写真撮影OK」とされる展示ブースがあって、彼女の愛したとされるドレスや香水入れなどの小物、船の模型を乗っけた派手な鬘(ありましたね〜漫画にも)などが展示されていました(このブースの展示品は全てレプリカです)。

 マリー 2.jpg マリー 3.jpg


別のブースですが、あの「首飾り事件」の首飾りも展示されていました(これもレプリカです)。
渦中の人物たちの相関関係図と共に。こういうのは何だか現代の週刊紙的。やはり良くも悪くもゴシップの対象となった人なのですね。王室の人間であるのに、容赦なく通俗的で興味本位な視線を浴びせられてしまう、、、そこが、仕来たりの違う他国から幼くして嫁いだ女性の悲しい一面だったのでしょう。

彼女が愛したとされる品々は、どれも当時の技術、集め得た素材では最高のものであったと推察されます。ドレス、装飾品は勿論、什器や寝具、小物に至るまで、自らがオーダーする物はお金や納期にこだわることなく徹底的に最高級のものを求めたというマリー・アントワネット。
やはり大事な“何か”が見えていなかったのでしょうか。王妃ではなくどこかの大富豪の商家に嫁いだ女性だったなら、あのような最期を迎えることにはならなかったでしょう。

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勿論「時」の不運があったことは否めません。
夫ルイ16世の祖父で先帝であったルイ15世と彼の愛妾デュ・バリー夫人が過去に繰り広げてきた贅沢はアントワネット以上の巨額であったらしく、他国への支援などもあってフランスの財政は逼迫し、嫁いできたアントワネットの若さと寄る辺無さが彼女を全ての矢面に立たせてしまったのでしょう。“悲劇の王妃”と称される所以はそこにあるのかもしれません。
夫となったルイ16世の身体上の理由で、夫婦の契りをもったのは結婚後7年を経過した後だったということです。「寄る辺なさ」と記したのは、そのような史実により感じたことでもあります。これらの史実は展示場にあった「解説」にも記されています。

熱愛では決してなかったけれど、ルイ16世との夫婦としての深い絆が感じられたエピソードや肖像画に心が“しん”となりました。夫を敬愛し、子を生し母となって初めて芽生えたと言われる民衆を愛する心。 しかし時代はそれを掬い取るにはあまりに激動のさなかにあったのですね。

展示は、断頭台へ向かうマリー・アントワネットを描いた一枚の絵で締めくくられていました。



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 さて、過日の乾杯からの一景。
イニシャル全員Mの会の、4人全員がお酒好きで結構な量を呑みます。(私は末席です)
年齢は上下で4歳差だから皆きっとベルばら世代だ。 今度逢った時の話題になるか・・・な? 





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2013年08月07日

プリシラ PRISCILLA (久々の再々々??鑑賞)


  クラっと来るような暑さの今日この頃。 日が沈んだ某夜、久しぶりにこの映画ソフトを引っ張り出して鑑賞。
『プリシラ PRISCILLA』(1994年 ステファン・エリオット監督)です。
公開時に劇場に観に行って以来、大好きで何度か観返している作品です。この映画も、派手な衣裳とメークに、そしてオーストラリアの雄大な景観と突き抜けるような青空に“クラっと来る”のであります。

story
大都会のクラブでステージに立つ女装のショーガール、ミッチ(ヒューゴ・ウィーヴィング)はオーストラリア中部アリス・スプリングスでの興業に、性転換者で仲間のバーナデッド(テレンス・スタンプ)を誘った。そこに明るいけれど無鉄砲なフェリシア(ガイ・ピアース)が加わり、ドラッグクイーン3人の砂漠へ向けての旅が始まった・・・。 様々な出会い、別れ、挫折、そして歌あり踊りあり笑いありのロード・ムービー。

                         プリシラ.jpg
  
                   ※story、画像とも、映画情報サイトより転載させて頂きました。
             

  オープニングからクラリと来る映像ながら、そこはかとなく切なさが漂う幕開けです。
シャーリーンの「I've Never Been To Me」の歌詞が彼らの心の叫びのようで。

ショービジネスにはどことなく哀しみの翳が付いて回るような気がするのですが、ドラッグクイーンたちの世界となると尚更なのでしょうか。
旅をする三人、ミッチ、バーナデッド、フェリシア、それぞれ派手な衣裳を脱ぎ鬘を外しメイクを落とした時に見せる素顔(心身共の素顔)が、孤独と弱さと、甘えと拒絶の同居を感じさせて切ないです。

ロード・ムービーよろしく彷徨い続ける彼らの心。
彼らのセクシャリティーを受け入れられない人々の偏見や罵倒、暴力は、前を向いて歩いて行こうとする彼らの心を容赦なく折れさせます。それでも、良くも悪くも旅の先々で出会う人や出来事が、やっぱり自分に正直に生きたいという思いにさせ、三人をそれぞれに違った決意に導いてくれるのです。
ロード・ムービー、イイですね、私はやっぱり好きです。

幾つになっても、どんな状況にあっても、迷いは必ずある。
バーナデッドが放つ「男が女になるのはラクじゃないのよ」っていう台詞がありますが、これって「男」と「女」を別の言葉に置き換えたら誰にだって当てはまることですよね。自分らしく生きてゆくのはラクじゃないのだ、きっと。


                         プリシラ サントラ.jpg ※サントラ

 オープニングの曲に触れましたが、この映画、音楽がサイコーに楽しめる作品です。
そういえば公開時には迷わずサントラを買いました。(このレヴューを綴りながら聴き直しましたよ。)
大自然の中、青空を背景に流れる歌曲「椿姫」にはシュールな感覚に包まれ見知らぬ彼の地へトリップするかのよう。アバの「ママ・ミア」には拍手喝采、エンディングで流れるヴァネッサ・ウィリアムスの「Save The Best For Last」にはぐぐっと心掴まれます。

圧巻は、ショーの衣裳に身を包んだ彼らが、辿り着いた夢の地・キングス渓谷(オーストラリアのグランド・キャニオンと呼ばれている)の頂上で屹然と立つシーンです。
雄大な自然の圧倒的な力を前に、自分たちが最も誇れる姿で立ち向かう彼ら。自分が男であるか女であるかなどという概念すら吹っ飛んでしまった瞬間だったのではないでしょうか。陽光に赤く燃える渓谷に、彼らの華やかな装束を舞わせる雄々しき風、風、風。感動的です。何度観てもここは見とれてしまうシーンです。


脇を固めるボブ役のビル・ハンター、マリオン役のサラ・チャドウィックも素敵。
特にボブ。バーナデットとの穏やかで確かな温もりの日々を祈りたいです。
あ、最後の最後、オマケの映像が笑えますよ。


                                               
                          夢灯り.jpg

この映画の「ドラッグクイーン」のドラッグは「drag (俗に、男性の女装の意)」ですが、似た発音で「drug(薬物)」というのがありますね。「drag」や「drug」では無理ですが、「drunk(酔っ払い)」なら私もクイーン級になれるでしょうか・・・。

そんな私の、またしても“独りサク呑み”(某日某店にて)です。
生ビールのあとに純米吟醸<夢灯り>とマグロのヤマかけです。 大変美味しゅうございました。
滞在時間45分。これってクイーン級を目指す以前にオヤジ級ですね。






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2013年07月22日

タワーリング・インフェルノ (BS 録り鑑賞)


   BS録りしていた『タワーリング・インフェルノ』(アーウィン・アレン製作、ジョン・ギラーミン監督、1974年)観ました。
本作、超有名作品ですが、実は私はきちんと観たことがなかったのでした。
見終えて、この映画が約40年の時を経て今も尚「パニック映画の金字塔」として語り継がれている所以が分かりました。165分、見せてくれました。

story
   サンフランシスコの空にそびえ立つ138階建ての世界一高い超高層ビル“グラス・タワー”が落成の日を迎えた。設計者のダグ・ロバーツ(ポール・ニューマン)とオーナーのジム・ダンカン(ウィリアム・ホールデン)は、屋上に立って眼下にひろがる市の光景を見下ろしていた。しかし、オーナーの娘婿ロジャー(リチャード・チェンバレン)が規格外の製品を使ったために起きた出火はやがて巨大な炎となり、最上階に何百人も閉じ込めたままビルを飲み込んでゆく。

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                       ※story、画像とも、映画情報サイトより転載させて頂いております。


  これだけのスターを揃え、そのネームバリューだけに頼らない血の通った手応えあるドラマを練り、何でもありのCG映像を知る我々も納得の特撮技術で視覚的にもエンタメ性を感じさせる、納得の一作でした。
迫り来る火炎の迫力、パニックに包まれる超高層ビルの不気味さ、死と隣り合わせの脱出劇の緊迫感、まさにザ・ハリウッド映画!という感じ。現場スタッフ全員の、知恵と汗と涙が決して少なくはなかったであろうことがフィルムから肌を通して伝わってくる感じなのです。

スターはスターでありながら(マックィーンもニューマンもダナウェイもアステアも)劇中にあってはただひたすらグラスタワーの火災の中で懸命にもがく一人の人間でした。同時に、其々が一人の人間でありながらやはり演じる俳優は大スターたちであり、その“消せないオーラ”がこの作品を実に華やかに盛り上げているのでした。

81階の倉庫で起こったボヤとそれを知らずにパーティーに興じる最上階の人々の画は、『タイタニック』での同じようなシーンを思い起こさせました。富と英知を結集させた完全無欠なる(或いは完全無欠に見える)モノの中にも、必ず潜んでいる人間の奢りによる小さな綻び。その小さな綻びが完全無欠なるモノを根こそぎ崩壊させる、この怖さは今も昔も変わりませんね。
そして、運命というものの過酷さも。 あの日あの時あの場所に居ることになった運命。特にリゾレット(ジェニファー・ジョーンズ)の定めには無情さ感じ、彼女の最期には言葉を失いました。


                       タワーリング 1.jpg

スティーブ・マックイーンの名が出ていませんでしたね、失礼。本作で彼は決死の救出作戦に打って出る消防隊長オハラハンを演じています。心ニクイ台詞が幾つか。そして美しい碧眼にはドキッとしてしまいました。


  さて、スマホに投入している節酒アプリ<iLovebeer>(いや、これは実は全然節酒に効いていないのは拙ブログで述べましたが…今年4月11日に記事アップ)では、私の飲酒量は缶ビール換算の高さで表すると本日で175mに達しました。
東京スカイツリーは634mとか、、、ならばスカイツリーに届くまであと約460m。それってどれくらいなのか今一つ実感湧きませんが、まあとにかく頑張ります。・・・って違う違う!! このアプリは節酒用に投入したアプリだってこと、また忘れてました、頑張っちゃダメなんですよね。

そんなこんなの、某日のちょい呑み画像。

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2013年07月15日

スタンリーのお弁当箱


  梅田ガーデンシネマで『スタンリーのお弁当箱』(アモール・グプテ監督)観ました。

ネット上の評判もよかったのと、そういえばインド映画って久々だなぁっていう思いから。美味しそうなお弁当の中身にも興味があって・・・。

story
 みんなを笑わせるのが大好きなクラスの人気者スタンリー(パルソー)は、家庭の事情で学校にお弁当を持ってくることができず、昼食の時間はいつも水道水を飲んでお腹を満たせていた。そんなスタンリーを助けようと、級友たちはお弁当を分けてあげるが、食い意地の張ったヴァルマー先生(アモール・グプテ)に見つかって弁当を取り上げられた上、スタンリーは先生から「学校へ来なくていい」と言われてしまい・・・。
 
                      スタンリー 1.jpg
                          ※story、画像とも、映画情報サイトより転載させて頂きました。


   中盤までこれってコメディーなのだったのか?とちょっと悩んだほど、謎の教師ヴァルマーのあり得ない言動に唖然とし、お弁当をめぐる「ヴァルマー VS. スタンリーとクラスメートたち」の構図が随所で笑いを誘いました。
しかし勿論、本作は“笑えるお弁当カルチャームービー”では決してなくて、物語の進行と共に実に多くのものが見えてきたのでした。

何故スタンリーはお弁当を持って来ないのか。
何故彼は放課後、級友たちとのゲームに加わることなく真っすぐに帰ってゆくのか。
何故いつも汚れた制服を身につけ、顔にうっすらと痣をつくっているのか。

何となく彼が不幸せな状況にあることは想像に難くないのですが、とにかくスタンリーの明るさと真っ直ぐさが眩しくて、そうじゃない違う答を探してしまうのでした。

トンデモ教師のヴァルマーもいれば、心優しくて美しい女教師ロージー(デイビヤ・ダッタ)もいて、スタンリーを温かく見守ってくれます。
何より、本当に何より、スタンリーの級友たちの絆が半端じゃなくて、彼を理解し守ろうとする姿が健気でとても愛おしいのです。毎日豪華なお弁当を持参して携帯電話まで持ってるお金持ちのアマンくんの包容力、リーダー的存在のアビシェークくんの凛々しさ、的確な判断力と行動力。喧嘩はしてもイジメはない、「本当にいい子たち」な彼らに、私はものすごく温かい贈りものをもらった気分になりました。
苛酷な状況にあっても見守ってくれる者がいることで人は前を向いて歩いて行ける・・・本作のキモはここなんやろうなぁって思いました。
なかなかの佳作品でしたよ。

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オープニングとエンドロールにテロップで映画制作にかかわった教育関係者全てへの謝辞と、子どもたちが一日も学校を休むことのないよう撮影が行われた経緯などが示されます。
グプテ監督のインドの子ども教育への真摯な姿勢が深く感じられましたし、5000万人にも及ぶ就労児童が当国に存在することを示すことでインドという国が抱える貧困問題への厳しい眼差しも伺えました。

この心優しき社会派監督は、本作で憎まれ役の教師ヴァルマーを見事に憎ったらしく且つ怪しく(ホントに怪しい!)演じておられます。主人公スタンリーを演じたパルソー君はなんとこのグプテ監督のご子息らしいです。

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子どもたちや先生たちが持参するお弁当はどれも美味しそうでした。
サフランライスは色鮮やかだし、豆や野菜が七変化。でも何よりやっぱり「愛情」ですなぁ、お弁当は。


***最後に三言***
■謎をまとったまま姿を消したヴァルマー先生。最後の最後にもう一度登場して何らかの変化を見せてほしかった気がします。
■インド映画に派手な歌と踊りは付き物なのかもしれませんが、随所に流れるあの啓蒙的な歌詞の歌は無い方がよかったのじゃないかと。
■ロージー先生の結婚相手が最後にちょっと登場するのですが、かなりカッコイイ男優さんで、まさに美男美女カップルなのでした。



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  アマン君のお弁当箱は豪華四段重ね。
こちらは純米大吟醸三種重ね…じゃなくて横に並べての三種飲み比べセット。<咲くら・大阪丸ビル店>にて。
目の前でボトルから注いでくださるお店の女性に、「たっぷり入れてくださいね」と声色優しく脅迫。







posted by ぺろんぱ at 12:17| Comment(7) | TrackBack(1) | 日記

2013年07月03日

「理由」 (かなり久々の再読)


   少し前まで通勤電車の携行本は、かなり久々の再読本、『理由』(宮部みゆき著)でした。
(因みに今は江國香織さんの連作短編集です。もうこちらも読了間近です。)

『理由』は単行本(朝日新聞社)が出た時に購入し一気読み。その後、持ち歩いての再読用に文庫本(朝日文庫)も購入したものの、実はなかなか手に取ることのないままだった一冊でした。

抒情的表現が排除された、(ある事件を)客観的に叙述した報道的文体が延々と続くので、再び手を出すのには「読むぞ」という気概めいたものを要したからだと思います。また読むのはちょっとしんどいかな…っていう気持ちになってしまって。それに、、、重い。文庫本でもこれは重かった。些事ですが私は会社には毎日お弁当を持っていってるので、細々とした荷物に加えてこのぶ厚い文庫本は少々キツかったです。しかしあることが切っ掛けで再び手に取りまして、読み始めるとやっぱりぐいぐい引き込まれてつい先日に晴れて再読了。


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単行本で読んだ時も同様のことを感じましたが、やっぱりこの小説には作家・宮部みゆきさんの圧倒的な取材力を感じましたね。勿論、本作はフィクションですから「取材力」というのは「取材を構築する力」ということです。
至極冷静な眼差しと、ご執筆時のご年齢-30代後半-にしてまるで老成人を思わせるような筆致に唸る思いでした。


どのような事件にも「理由」があると思うのです。
人々がふとしたことでその大きな波に飲み込まれてゆく、背景と理由が。

事件を通じて実に多くの人々が細い(時には太い)線でつながっているのですね。そして複雑な、或いは誰でもが抱えているであろうごく普通の「事情」が幾重にも絡み合っているのであろうこと、そして誰もが気がついたらどうしようもない深みにはまってしまっているのであろうこと、更には「家族」というものの成り立ちの、ある意味“不確かさ”みたいなものも、この小説にはこれでもかというくらいに描かれていたように思います。読んでいて、普通に暮らしているつもりでも「ある日どこかにポッカリあいた穴に足をとられてしまう」かもしれない怖さを少なからず感じました。


 映画化された時に観に行こうかとチラシは持っていたのですが、結局劇場には向わずじまいでした。
映画情報サイトで見てみて「ああ、なるほどなぁ」って思えた俳優さんは「八代祐司役の加瀬亮さん」と「宝井綾子役の伊藤歩さん」、それからちょっと別の意味でなるほどと思えたのが「イーストタワーの住人・B子役の裕木奈江さん」。配役の妙とやらを(何となく)感じます、やはりいつかDVDででも観てみたいですね。


   タツリキ.jpg  神力と美酔香泉.jpg  雄町.jpg

  こちらは、とある日の姫路のタツリキ(本田酒造)アンテナショップでの(有料)試飲です。
先ずは<龍力・特別純米の神力、無濾過生原酒>と<純米吟醸・美酔香泉、生原酒>をおつまみと共に。 そして大好きな酒米・雄町で作られた<龍力・特別純米の雄町、無濾過生原酒>も追加。
滞在時間は約30分。 こういう「独りサク呑み」もなかなかよいものです。


 本日、悲しい報せが届きました。東の方を向いて偲ぶ盃を掲げます。

 みなさんにとっての明日が、どうぞ佳い一日でありますように。




posted by ぺろんぱ at 20:09| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記